中東・北アフリカ諸国の政治・経済がコロナ禍の衝撃を受ける[1]中、リビアでは紛争が激化し、諸外国の軍事介入も加熱している。特に、最近はトルコとロシアが介入を強め、リビア国内だけでなく中東・北アフリカ地域の政治・安全保障に影響を与えている。本稿では、最近のリビア情勢を整理したうえで、リビアに介入するロシア、トルコおよび他の諸外国の思惑と、今後の展望について分析する[2]。

紛争の背景―国家の「断片化」と諸外国の介入

 2011年8月のカダフィ政権崩壊から9年を迎えるが、リビアでは内戦後の国家再建が進まず、政治・治安が混乱してきた。国内には政治権力、経済利益、地域、民族、部族などを軸にした重層的・複合的な対立構造が生じている。国軍や警察以上に民兵組織や武装勢力の軍事力が強く、新政府は国土の大部分を統治できていない。また、諸外国はリビアの安定化よりも国益にもとづいた介入を続けてきた。このようなリビアの状況は、「断片化(fragmentation)」と表現される[3]。

 2014年夏から、2つの「政府」が首都トリポリおよび東部のトブルクに拠点を置いて対立する状況が発生した。この対立はリビアの国家再建や内戦復興を阻害し、「イスラーム国(IS)」など過激主義テロ組織が伸張する要因となった。そのため、国連や欧米諸国が調停に乗り出し、2016年1月に統一政府「国民合意政府(GNA)」が設立された。しかし、元国軍の軍人だったハリーファ・ハフタルが指揮する軍事組織「リビア国民軍」がリビア東部〜南西部を実効支配してGNAに対抗しており、国家統一を妨げてきた。

 また、リビアに対する諸外国の介入は「代理戦争」の様相を呈している。UAE、エジプト、サウジアラビアなどは、リビアでのムスリム同胞団の台頭を警戒し、イスラーム主義勢力と対立するハフタルを支援してきた。これに対して、トルコやカタールは北アフリカにおける影響力拡大のほか、ムスリム同胞団を支援する一環で、トリポリのGNAを支援してきた。近年はロシアも軍事介入を強める一方で、イタリアはGNAを、フランスはハフタルを支援するなど、欧州の対リビア関与は一致しておらず、リビアの「断片化」を助長している[4]。

 2019年4月、ハフタルが指揮する「リビア国民軍」がリビア全土の支配を狙ってトリポリに侵攻し、GNA勢力(GNA傘下の国軍や民兵組織の混成勢力)との間に大規模な戦闘が発生した[5]。国連によれば、戦闘による避難者は2019年だけで20万人を超えており、一般市民にも甚大な被害が発生している。

紛争の背景―国家の「断片化」と諸外国の介入

GNA勢力のトリポリ掌握

 「リビア国民軍」はUAEやロシアの軍事支援を受けながらトリポリ侵攻を続けていたが、2019年末からトルコがGNAへの軍事支援を強化したことで、GNA勢力が徐々に盛り返してきた。2020年6月4日、GNA勢力はトリポリ全域を制圧し、「リビア国民軍」はリビア中部~東部に撤退した。

 今後の戦局は、GNA勢力が中部沿岸のシルト(Sirte)と内陸部のジュフラ(Jufra)を押さえられるかどうかで大きく変化するだろう。シルトは東部の油田地帯や石油輸出ターミナルの入り口に位置する要衝で、もしGNA勢力が掌握すれば、国内の石油権益の支配が可能になる。現状では、国内の油田・石油施設の大部分は「リビア国民軍」に支配されている。

 また、ジュフラには「リビア国民軍」がトリポリ侵攻や南西部の支配に利用した空軍基地があり、同基地をGNA勢力が制圧すれば、リビア国内の勢力図は大きく塗り替えられるだろう。しかし、同基地はロシアの民間軍事会社ワグナー(Wagner)の拠点でもあり、5月下旬以降、ロシア製の戦闘機や防空システムが集められている[6]。

 7月中旬以降、GNA勢力はトルコの支援を受けながら、兵力をシルト付近に集結させている模様である。しかし、シルトとジュフラは戦略的に重要な拠点であり、「リビア国民軍」が容易に明け渡すとは考えにくい。今後の戦局は不透明であり、緊張状態は継続している。

LIBYA Navy and airbases
出所:Aljazeera ”Libya: Mapping areas of military control”(July 27, 2020)
(https://www.aljazeera.com/indepth/interactive/2020/06/libya-mapping-areas-military-control-200604114507211.html)

トルコの介入―東地中海の天然ガス開発競争との連動

 トルコはGNAを支援することで、中東域内で対立するUAEやサウジ、エジプトに対抗する狙いがある(これらの国々は「リビア国民軍」を支援している)。また、東地中海における天然ガス開発競争において有利な立場を得るために、リビア(GNA)を利用しようとしている。

 トルコの対リビア介入が強まったのは、2019年11月にエルドアン大統領とサッラージュGNA首相が、①両国間の安全保障協力、特にトルコからリビアへの軍事支援に関する覚書と、②東地中海における両国間の海洋境界設定に関する覚書に署名してからである。当時、「リビア国民軍」はトリポリへの攻勢を強めており、窮地に立たされたGNAは外部の支援を求めていた。この点で、東地中海の天然ガス開発競争において孤立し、協力相手を求めていたトルコと利害が一致したといえる[7]。

トルコの介入―東地中海の天然ガス開発競争との連動

 GNAを支持するトルコは、国産の軍事ドローンBayraktarシリーズや装甲車BMC Kirpiなど武器や軍需品をGNAに提供してきた。また、トルコ軍に加えて、2019年末からはシリア人戦闘員を多数送り込んでいる。リビア、トルコ、シリアでの報道によると、すでに約1万6千人以上がリビアに派遣され、3千人以上がトルコ国内で訓練を受けているという[8]。

 6月上旬、トルコ空軍・海軍はリビア近海で演習を行い、リビア国内に2ヶ所の軍事基地を設立する計画を明らかにした。また、チャブシュオール外相、アカル国防相、ギュレル参謀総長などが相次いでトリポリを訪問しており、GNAの政府・軍高官と会談している。トルコのリビア介入は中東・北アフリカにおける地域大国間の確執や東地中海の天然ガス開発競争と連動しており、今後も強まると考えられる。

 経済面でも、トルコはリビアの電力・エネルギー部門への進出や100億ドル規模の輸出といった計画を打ち出している。トルコにはGNAへの軍事支援にとどまらず、リビアへの進出を多角化させ、今後のリビアにおける政治的・経済的影響力を強化させる狙いがあると考えられる。GNA勢力がリビア中部にまで勢力圏を広げ、トルコがリビア国内に軍事拠点を確保すれば、トルコの影響力はさらに大きくなるだろう。

 他方で、トルコのリビア介入には制約もある。国境を接するシリアとは異なり、リビア情勢がトルコにとって直接的な脅威となるわけではない。すでにシリア内戦に深く介入しているトルコにとって、リビアでの紛争に過度に引きずり込まれることにはリスクも伴う。トルコの介入は、あくまでもハフタルを支援する諸国へのカウンター・バランシングと捉えるべきで、現時点ではあらゆる資源を投入して「リビア国民軍」を排除することは想定されていないだろう。GNAを軍事的・政治的に支援することでハフタルや諸外国を牽制し、今後のリビアの政治プロセスをトルコの利益に沿った形で進めようとしているとみられる。

ロシアの介入―民間軍事会社の活用

 ロシアはリビアに介入することで、中東・北アフリカ地域における欧米の影響力を削減し、長期的にはシリアに次ぐ地中海進出の足掛かりを確保したいと考えているようだ。また、カダフィ政権時代からの強い経済関係があり、エネルギー開発、インフラ事業、兵器・軍需品輸出などの利権を維持・拡大するねらいがある。

 ロシアは2019年下旬からプーチン政権に近い民間軍事会社ワグナーを投入することで、対リビア軍事介入を強化させてきた。2020年7月に発表された米国防総省の報告書によると、800〜2,500人のワグナーの兵員が「リビア国民軍」を支援するために派遣されている[9]。また、米アフリカ軍(US AFRICOM)はロシア軍の輸送機がリビアにワグナーの兵員を送り込み、戦闘機MiG-19やSu-24、対空防御システムPantsir-S1を展開している様子を衛星写真とともに公開している[10]。

 ロシア政府が公式に、ロシア軍やワグナーによる「リビア国民軍」への支援を認めたことはない。しかし、2018年11月にはハフタルがモスクワを訪問し、ショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長に加えてワグナーの経営者とされるエフゲニー・プリゴジンと会談したと報じられており、当時からロシア政府・軍部のトップレベルでワグナーを介したハフタル支援が計画されていたとみられる[11]。

LIBYA Navy and airbases
出所:US Africa Command(https://www.africom.mil/pressrelease/33034/russia-and-the-wagner-group-continue-to-be-in)

 外交面でも、ロシアは国連安保理常任理事国として、ハフタルおよび「リビア国民軍」に対する非難声明への拒否権を発動している。シリア内戦において顕著なように、中東・北アフリカにおける欧米主導の秩序構築を妨害することで、自国の影響力を維持・拡大する狙いが見て取れる。同時に、リビア紛争をその他の地域・領域における問題(例えばクリミア危機以降の対露制裁)を有利に進めるためのレバレッジとする計算もあるだろう。

 ただし、ロシアはハフタルの「一点賭け」というわけではなく、GNAのサッラージュ首相や国連リビア支援ミッション(UNSMIL)のサラーマ前代表(2020年3月辞任)などもモスクワに招き、協議を行ってきた。また、トルコのエルドアン大統領をはじめ外務省、軍、情報機関の高官とリビア情勢について頻繁に協議している。ロシアは繰り返し「例外なくリビア国内のすべての勢力と対話する」と強調しており、多様な紛争当事者との関係を維持することで影響力を高めようとしてきた[12]。この行動は、シリア内戦におけるロシアの立場とも通じるところがあるだろう。

 GNA勢力のトリポリ掌握後も、ワグナーによる「リビア国民軍」支援は継続している。8月上旬には、リビア東部沿岸にS-300地対空ミサイルシステムが配備されたとの情報がSNS上で出回っている[13]。また、ロシアもトルコに対抗して、アサド政権に近いシリア人戦闘員200~300人をリビアに投入している。トルコ・ロシア間での協議は繰り返し行われているものの、リビア紛争に関して妥協点は見えておらず、ロシアの対リビア介入の動向は不透明である。

軍事介入を示唆するエジプト

 リビア情勢の急変を受けて、大きく反応したのは隣国エジプトである。6月20日、シーシー大統領は演説でシルトをエジプトの国家安全保障上の「レッドライン」と呼び、GNA勢力が東進を続ける場合は軍事介入の準備があることを示唆した。さらに7月20日、エジプト議会がリビアへの軍事介入を全会一致で可決した。この直前の16日にはリビア東部の有力者や部族指導者がカイロを訪れ、シーシー大統領と面会していた。これらの動きにより、エジプト軍がリビアに介入するための条件は整ったといえよう。

 エジプトの強硬な対応の背景には、リビアの不安定化によって国家安全保障が脅かされることへの警戒感がある。両国の国境は1,200kmにおよぶ砂漠地帯であり、エジプトはリビアからのテロ組織、犯罪組織、武器、ドラッグなどの流入に悩まされてきた。GNA勢力とトルコの東進によってリビア東部が不安定化することは、エジプトにとって大きな脅威となる。

 ただし、現時点ではエジプトがリビアに大規模な軍事介入を行う可能性は低いとみられている。限定的な空爆やリビア東部国境地帯への地上軍の派遣はあり得るが、リビア中部への進軍やトルコ側勢力との直接衝突は現実的でない。あくまでも、断固たる軍事的姿勢を示すことでGNAとトルコをけん制する狙いがあると考えられる[14]。

今後の展望と国際社会の課題

 現状では、トルコの支援を受けたGNA勢力が攻勢を弱める気配はなく、事態沈静化への糸口はみえない。トリポリ掌握をリビア東部に支配圏を広げる絶好の機会だと見ているGNAは、「リビア国民軍」との停戦や対話に応じるのは、シルトとジュフラを制圧した後であると主張している。

 また、諸外国の介入はシリア内戦や東地中海のエネルギー開発競争、中東・北アフリカにおける勢力圏をめぐる競争などと連関しており、妥協点は見出しにくい。ロシアとトルコの交渉が進まず、エジプトが軍事介入を示唆する中で、緊張状態は継続するだろう。リビアを舞台にトルコ・エジプト・ロシアが全面戦争を繰り広げる可能性は低いが、突発的な衝突が各国を軍事的に巻き込む可能性はある。

 GNA勢力と「リビア国民軍」の間で停戦が実現したとしても、戦闘の被害を受けた住民や移民・難民への人道支援、停戦監視と政治プロセスの進展など、課題は山積みである。国際社会の支援が不可欠だが、国連や欧米諸国の関与は限定的であり、各国の軍事介入に翻弄されてリビア情勢は今後も「断片化」が進むと懸念される。

※著者の肩書は掲載時のものです。

(2020/08/13)

脚注

  1. 1 小林周「「2つのショック」に襲われる中東諸国~グローバルなコロナ蔓延と石油価格下落の影響~」『SPF IINA』2020年7月16日。
  2. 2 なお、リビア紛争に対する欧米諸国の関与、国連やNATOなどの動向については次の寄稿に執筆する。
  3. 3 Frederic Wehrey and Wolfram Lacher, “The Wrong Way to Fix Libya,” Foreign Affairs, June 19, 2018.
  4. 4 小林周「中東レポート5 リビア:各国の介入で分裂が続く」『外交』Vol.60、2020年3月。
  5. 5 「リビア、和平プロセス崩壊の危機 武装勢力が首都空爆」『日経新聞』2019年4月8日。
  6. 6 Brian Katz, and Joseph S. Bermudez Jr., “Moscow’s Next Front: Russia’s Expanding Military Footprint in Libya,” Center for Strategic and International Studies, June 17, 2020.
  7. 7 川田眞子「イスラエル・キプロス・エジプトを中心とする東地中海の天然ガス事情―Leviathanガス田生産開始―」石油天然ガス・金属鉱物資源機構『石油・天然ガス資源情報』2020年4月20 日。
  8. 8 “Turkey sent 16,500 Syrian fighters to Libya - Observatory,” Ahval, July 29, 2020. なお、米国防総省はトルコによって派遣されているシリア人戦闘員を3,500-3,800人と推計している。
  9. 9 U.S. Department of Defense, East Africa Counterterrorism Operation/ North and West Africa Counterterrorism Operations: Lead Inspector General Report to the United States Congress(January 1, 2020 - March 31, 2020), July 16, 2020.
  10. 10 United States Africa Command Public Affairs, “Russia and the Wagner Group continue to be involved in both ground and air operations in Libya,” July 24, 2020.
  11. 11 Paul Goble, “Moscow Laying Groundwork for Deeper Military Involvement in Libya,” Jamestown Foundation, Eurasia Daily Monitor Vol. 15 Issue 162, November 13, 2018.
  12. 12 Samuel Ramani, “Russia’s Mediation Goals in Libya,” Carnegie Endowment for International Peace, April 18, 2019.
  13. 13 “Unidentified air defense system deployed by #LNA near Ras Lanouf oil port, eastern #Libya,” KRS Intl.@alkaraisili.
  14. 14 Yezid Sayigh, “Is Cairo Going to War?” Carnegie Middlle East Center, Middle East Insights From Carnegie, June 22, 2020.