6月23日、ロシアの民間軍事会社ワグネル(以下、同社)の創設者エフゲニー・プリゴジンが、約8,000人の部隊を率いてモスクワに向け進軍した。翌24日には、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領の仲介によりモスクワへの進軍を停止したが、プリゴジンの去就は不明、ワグネルはベラルーシで大規模に再編成を進めているとされる。状況は依然として流動的だが、これまでワグネルが精力的に活動してきた中東・アフリカ諸国の政治・治安情勢に与える影響が注目されている。

 本サイト『国際情報ネットワーク分析IINA』には、これまで中谷純江氏によるワグネルのアフリカ進出に関する論考[1]や、坂根宏治氏によるアフリカにおけるクーデターの連鎖とロシア・中国の関与に関する論考[2]が掲載されている。これらを踏まえ本稿では、アフリカにおけるワグネルの活動を簡潔に整理したうえで、6月23日反乱の影響について分析する[3]。

アフリカにおけるワグネルの活動

 ワグネルは2017年頃からアフリカ諸国に進出し、現地政府との契約により軍事訓練、武器・軍事ロジスティクス供与、要人保護、対テロ活動、反政府勢力鎮圧などを行なってきた。進出先であるスーダン、リビア、マリ、中央アフリカ、モザンビーク、マダガスカルといった国々は、①政治情勢が不安定であり内戦や紛争が続いている、②中央政府が脆弱であり、国軍・治安機関以外の軍事勢力(反政府勢力、テロ組織など)が活動している、③豊富な天然資源(金、鉱物、石油、ウランなど)を有している、といった共通点を抱えている。

図1:ワグネルおよび関連企業が展開するアフリカ諸国

出典:各種報道をもとに筆者作成

 またワグネルは、情報工作によって現地の反植民地感情を扇動し、欧米や国連の影響力排除を図ってきた。例えばマリでは、2020年8月の軍事クーデターの数ヶ月後にワグネルが進出した。クーデターを受けて欧米諸国が支援を控える一方でロシアとワグネルは関与を強め、マリの軍事政権もワグネルの軍事力を頼るようになった。その後、マリ国内ではSNSやマスメディアを通じて旧宗主国のフランスをはじめとする欧州諸国や国連への反発が高まったが、ロシアの関与が指摘される[4]。

 2022年5月にマリ軍事政権はフランスとの防衛協定の破棄を発表[5]、その後8月には対テロ作戦に従事してきた駐留仏軍がマリから撤退した。2023年6月30日には、国連マリ多面的統合安定化ミッション(UN Multidimensional Integrated Stabilization Mission in Mali =MINUSMA)も期限を迎え、年末までに撤収することが決まった[6]。米ホワイトハウスのジョン・カービー国家安全保障会議(NSC)戦略広報調整官は、プリゴジンがMINUSMAの活動終了に向けてマリ政府に働きかけたことを把握していると述べた[7]。なお、ワグネルが影響力を強める中央アフリカからも、駐留仏軍が2022年12月に撤退を完了させた[8]。

 2023年7月23日、米財務省はマリにおけるワグネルの活動拡大を促進したとして、同国のカマラ国防相、ディアラ空軍参謀長、バガヨコ同副参謀長を制裁対象とすると発表した[9]。

 ワグネルはシリアのフメイミーム空軍基地やリビア国内の複数の基地をハブとして利用し、アフリカ諸国に展開してきた。地中海を挟んで欧州の対岸にあるリビアが、ワグネルのアフリカ進出の拠点となっていることを、西側諸国は強く懸念している。

図2:シリア・リビアからスーダンへのワグネル部隊の展開

出典:CNN(2023年4月21日付)[10]をもとに筆者作成

 2023年1月にはウィリアム・バーンズ米中央情報局(CIA)長官がリビアを電撃訪問し、東部を実効支配しロシアと強いつながりを持つハリーファ・ハフタル「リビア国民軍(LNA)」司令官との間で、ワグネルの撤退について協議した。バーンズ長官はハフタル司令官を含む関係者に対し、ワグネルとのいかなる協力関係に対しても明確かつ厳重な警告を伝えたという[11]。同長官の訪問直後に米国はワグネルを「国際犯罪組織」に指定し、圧力を強めた。なお、リビアへの進出は2017年頃からと見られるが、これはリビア政府との契約によるものではなく、当時リビア内戦に介入しハフタル司令官を支援していたUAEが資金提供を行なったとされる[12]。

活動を支える天然資源利権とロジスティクス

 ワグネルを受け入れる多くのアフリカ諸国は財政難であり十分な支払い能力を有していないことから、同社は治安維持や各種軍事活動の見返りとして金やダイヤモンドといった資源の採掘権を獲得してきた。

 例えば米・戦略国際問題研究所(CSIS)の分析[13]によると、ワグネルは2018年初頭に中央アフリカに進出して以来、金とダイヤモンドの採掘権を確保し、また木材産業に深く関与するようになった。正確な計算は難しいものの、中央アフリカでの事業だけで最大10億米ドルの年間利益を得ることができるという試算もある。ワグネル関連企業のMidas Resourcesは2022年、ンダシマ金鉱山(Ndassima)での採掘事業を拡大するための新たな許可を取得し、採掘能力を拡大させている。また、同国ではこれまで地元の武装勢力がカカオやコーヒー豆などの輸出用農作物に独自に課税していたが、これをワグネルが乗っ取って徴税しているとされる。

 ここで留意すべきは、ワグネルのアフリカ諸国における活動において重要なのは戦闘部隊ではなく、むしろ同社の系列企業やプリゴジンの関連企業が提供するネットワークやロジスティクス能力だとの指摘である。英キングスカレッジのアンドレアス・クリーグ上級講師によれば、ワグネルはアフリカ・中東における展開能力を、ロシア政府・軍に頼らない自律型ネットワークにすることを目指しており、そのためにリビアへの介入後に国際ネットワーク構築を進めてきたという[14]。戦闘部隊に限らず、情報やロジスティスクスを支援する関連企業・組織がアフリカ大陸にどれほど展開し、どのようなネットワークを構築しているのか、把握することはほぼ不可能である。

 6月28日、米財務省の外国資産管理局(OFAC)は、ワグネルとプリゴジンに関係する4つの企業と1人の個人を制裁対象に追加した[15]。これには中央アフリカで活動する採掘企業Midas Resources(上述)も含まれる。他にも、ドバイを拠点とする工業製品販売会社Industrial Resources General Tradingは、プリゴジンが支配する金・ダイヤモンド会社Diamville SAUと協力し、中央アフリカからUAEやヨーロッパ向けに商品を出荷、マネーロンダリングに関与していたと疑われる。1月には、UAEを拠点とする航空機会社Kratol Aviationも、中央アフリカ、リビア、マリでのワグネルのロジスティクスを支援しているとして制裁対象になった[16]。

6月23日反乱はどのような変化をもたらすか?

(1)ワグネルのアフリカでの活動への影響

 6月23日の反乱がアフリカにおけるワグネルの活動に与える影響については、専門家の間でも議論が割れている。反乱直後には、アフリカでの活動に関する指揮系統が変化した、既に一部の部隊が離脱したなどの報道が目立ったが、事件から1か月が経ちワグネル本体にも大きな変化が見られない中、様子見の論調が増えている。アフリカ諸国の指導者がワグネルを求めても、これまで資金やロジスティクスを提供してきたアラブ諸国の指導者の姿勢が変われば、ワグネルの活動にも変化が生じるとの見方もある[17]。

 筆者は、現時点では、今回の反乱を受けてアフリカ諸国からワグネルの部隊が突然撤退したり、活動を縮小したりする可能性は低いと見ている。その主な理由は、ロシアとアフリカ諸国の双方が、ワグネルの活動やネットワークに利益を見出しているためである。具体的には、①ワグネルが活動する多くの国の政治・軍事指導者にとって、政権や軍事バランスの維持のためにワグネルの存在が有益であること、②ワグネル(および関連企業)が有する現地政府とのネットワークや天然資源の利権、制裁逃れのための多種多様なペーパー企業は、ロシア政府・軍にとっても有益であること、が挙げられる。CSISは、ワグネルが様々な関連企業を通じて資源の採掘権を「法的」に得ており、他の企業・組織が単純に置き換わることは困難であると指摘する[18]。

 加えて、③ワグネルの軍事・経済活動によってアフリカ諸国の強権的な指導者とロシアの関係が強化されることで欧米の影響力が低減したり、欧米や国連の治安維持活動が停滞して政情が不安定化することは、NATOやEUが対処すべき問題を拡散させ、ウクライナ戦争における対露圧力の緩和につながる――つまり、ワグネルをアフリカに維持することがウクライナ戦争においてロシアを利する効果を持つという点も重要である[19]。

 6月22日、ワグネルはテレグラムのチャンネルにてアラビア語やフランス語を操れる人材を募集し、6ヶ月の契約期間を提示した。また6月23日には、物資とワグネル要員を載せたと見られる露輸送機がシリアのフメイミーム空軍基地からマリに到着した。その前日、同輸送機は露南部クラスノダール地方モルキノのワグネルの訓練基地に駐機していたことが確認されている。少なくともワグネル側は、先般の蜂起にもかかわらず、アフリカ諸国での活動を強化しようと考えていたことがうかがえる。

図3:ワグネルがアラビア語とフランス語の人材を募集したテレグラムの告知

 以上を踏まえれば、ロシア/ベラルーシにおける司令部や指揮系統に大きな変化が起きない限り、当面ワグネルはアフリカ諸国での活動を継続する可能性が高い。セルゲイ・ラブロフ外相は6月30日の記者会見で、アフリカ諸国とワグネルとの契約については「(契約している)各国政府が決めることだ」と述べている[20]。2023年7月27~28日にはサンクトペテルブルクにて、第2回ロシア・アフリカ・サミット[21]が開催予定であり、プーチン政権としてもワグネルを通じて構築してきたアフリカ諸国との政治的・軍事的関係を現段階で白紙に戻すことは望まないだろう。

(2)ワグネルのアフリカにおける指揮系統・運営への影響

 プーチン政権がアフリカ諸国でのワグネルの活動を「乗っ取る」とすれば、ロシア・アフリカ・サミット終了後の8月以降となるのではないかと見込まれる。ワグネルの活動内容が変わらなくても、指揮系統が変化し、ロシア国軍の傘下に組み込まれる可能性はある。その兆候は、ワグネルの戦闘部隊そのものよりも、上述のロジスティクス関連企業や鉱物企業がロシア政府により差し押さえられたり、営業停止措置を受けたりするという形で現れるかもしれない。

 プーチン政権はこれまで、ワグネルを通じてアフリカ諸国との関係を強化してきた一方で、市民の人権侵害や内政干渉については「民間会社の活動」として関与を否定し続けてきた[22]。6月23日の反乱後、プーチン大統領自らがワグネルを国防省などの予算で全面的に支援していたことを認めた[23]ことから、ワグネルが構築したアフリカ諸国での軍事プレゼンスや資源利権を乗っ取る上で大きな不都合は生じないだろう。ただし、国際法違反や国連安保理制裁の対象となるリスクを避けるため、ロシア政府・軍として直接的にアフリカ諸国の紛争に介入することは想定しにくい。

 かつてプリゴジンと密接に働き、アフリカでのワグネルの活動を取り仕切っていたとされるコンスタンティン・ピカロフ(通称「マザイ」)が関与する民間軍事会社コンボイ(Convoy)がワグネルの一部組織を吸収する可能性もある。ピカロフは中央アフリカにおけるワグネルの拡大を主導した人物であり、元ロシア軍将校として同国防省との連絡役を務めていたとされることから、今後アフリカでの活動を拡大させても不思議はない[24]。

 現時点で兆候は見られないが、ワグネルとプリゴジンに関連する様々な企業が複数のグループに分裂し、プリゴジンがあるグループの支配権を保持する一方で、別のグループがロシア軍に吸収されたり、または自律的に活動する可能性も否定できない。ロシア軍への編入を望まない一部のワグネル部隊(例えばマリの部隊を指揮するイワン・マスロフなど)が、アフリカ諸国で独自の軍事行動を取った場合、既に不安定な国々の軍事バランスや紛争状況が一層複雑化し、地域情勢が流動化する恐れもある。

(2023/07/27)

脚注

  1. 1 中谷純江「安全保障のハイブリッド化(1)注目されるワグネルのアフリカ版図拡大」国際情報ネットワーク分析 IINA、2022年6月30日。
  2. 2 坂根宏治「『クーデターの時代』のアフリカ(前編):ロシアと中国の積極関与と欧米の影響力低下」国際情報ネットワーク分析IINA、2022年3月11日。
  3. 3 本稿は、以下の分析をもとに加筆修正を行なったものである。拙稿「プーチン政権『対アフリカ関与』の橋頭堡、ワグネルの知られざる利権と影響力の行方」新潮社Foresight、2023年7月13日。
  4. 4 白戸圭一「マリを『親露国家』に変貌させたロシアの対外情報戦略」『公研』2022年6月号。
  5. 5 “Mali – The Malian transitional authorities terminate the Defense Cooperation Treaty (TCMD) and the Status of Forces Agreement (SOFA),” France Diplomacy, May 2, 2022.
  6. 6 中谷純江「国連特別政治ミッションはPKOの代替案となりうるのか―マリからのPKO撤収で問われるスーダンの教訓」国際情報ネットワーク分析IINA、2023年7月7日.
  7. 7 Steve Holland, Daphne Psaledakis “Leader of Russia’s Wagner helped boot UN peacekeepers from Mali, US says,” Reuters, July 1, 2023.
  8. 8 “Last French troops leave Central African Republic amid closer Bangui-Moscow ties,” France 24, December 15, 2022.
  9. 9 U.S. Department of the Treasury, " Treasury Targets Malian Officials Facilitating Wagner Group,” July 23, 2023.
  10. 10 Nima Elbagir, Gianluca Mezzofiore, Tamara Qiblawi and Barbara Arvanitidis, “Exclusive: Evidence emerges of Russia’s Wagner arming militia leader battling Sudan’s army,” CNN, April 21, 2023.
  11. 11 Mohamed Eljarh, “Libya factions reassess Wagner's operations in light of mutiny in Russia,” Al-Monitor, July 3, 2023.
  12. 12 拙稿「緊張高まるリビア紛争Ⅰ-トルコ、ロシアの軍事介入」国際情報ネットワーク分析IINA、2020年8月13日。
  13. 13 Catrina Doxsee, Joseph S. Bermudez Jr., and Jennifer Jun, “Central African Republic Mine Displays Stakes for Wagner Group’s Future,” CSIS, July 3, 2023.
  14. 14 Jack Dutton, “US sanctions on UAE Wagner Group affiliate could impact Libya operation,” Al-Monitor, July 2, 2023.
  15. 15 U.S. Department of the Treasury, "Treasury Sanctions Illicit Gold Companies Funding Wagner Forces and Wagner Group Facilitator,” June 27, 2023.
  16. 16 U.S. Department of the Treasury, “Treasury Sanctions Russian Proxy Wagner Group as a Transnational Criminal Organization,” January 26, 2023.
  17. 17 “Mutiny at Home Weakens Wagner in the Middle East,” Washington Post, June 24, 2023.
  18. 18 Doxsee, Bermudez Jr., and Jun, op.cit.
  19. 19 拙稿「ロシア『ウクライナ侵略』で高まるリビアの戦略的重要性」新潮社『Foresight』2022年5月24日。
  20. 20 “Future of Russia's Wagner contracts with African governments a matter for them - Lavrov,” Reuters, June 30, 2023.
  21. 21 Roscongress Foundation, “Second Russia–Africa Summit: For Peace, Security and Development.”
  22. 22 田中孝幸、久門武史、「ワグネル機能停止 ロシア外交『汚れ役』不在に」『日本経済新聞』2023年7月2日。
  23. 23 Grégoire SAUVAGE , “Vladimir Putin says Wagner paramilitaries paid billions by Russian state,” Financial Times, June 28, 2023.
  24. 24 “New Russian militia Convoy rises as Wagner Group gets too big to control,” France 24, April 8, 2023.