本稿では、IINAへの坂根宏治氏の2022年3月11日の寄稿[1]でも触れていたロシアの民間軍事会社ワグネル・グループ(Wagner Group、以下ワグネル)のアフリカ展開を更に掘り下げる。ウクライナ侵攻に対する欧米諸国の経済制裁等でロシアの孤立が深まる一方で、アフリカにおけるワグネルの進出が続いている。ウクライナ戦の長期化で世界的な不況・食料不足が懸念される中で、ワグネルの活動範囲の拡大はアフリカの政治経済にどの様な影響を及ぼしていくのか。本稿では、近世西欧に始まる中央主権国家体制は武力行使・資本蓄積・行政の一元化を経て誕生したというティリー(Charles Tilly)の論点に基づき、アフリカ諸国でのワグネルによる治安維持と天然資源支配を検証し、それが統治に及ぼす中長期的展望を考える[2]。
ワグネルは2017年頃から軍事訓練・武器供与・要人保護・対テロなどの契約でアフリカ諸国に進出してきた(図1参照)。それに伴い、ワグネルが関与するマリ軍のオペレーションで2022年1月から4月だけで456名の民間人死亡者が発生したとされている。また、中央アフリカ共和国でもワグネル要員による民間人の殺害や拷問が報告されている[3]。
民間軍事会社の例としては、これまでにもアンゴラやシエラレオネの内戦を収束させた南アフリカのエグゼクティブ・アウトカムズや、アフガニスタン・イラク有志連合軍下で警備や訓練などを請け負ったブラックウォーターUSAが知られている。ワグネルは2013年に香港で登記されシリア内戦に参加したスラブ軍団などを前身とし、2014年のロシアによるクリミア併合の際に誕生した。その経営者であり黒幕とされるのは「プーチンのシェフ」と呼ばれる実業家プリゴジン(Yevgeny Prigozhin)で、現地オペレーションはロシア軍参謀本部情報局上層部が握っているとされる[5]。
では受け入れ国側では何が起きているのだろうか。ワグネルが展開するシリア・リビア・スーダン・中央アフリカ共和国などでは、長引く内戦で国家が疲弊し、治安要員の補填策として民兵や自警武装団が部族や地域ごとに動員されてきた。これらの非国家アクターは反乱鎮圧や首都警備を担うことで準国家としての恩恵を受けつつも中央統制から独立した形で増力し、今や政権の存続そのものを左右する存在となっている。ワグネルはこの多様な武装勢力によって統治と安全保障の一体性が分断された状態の中で進出してきたのである。
天然資源とワグネル展開の構図
ワグネルの展開先には不安定な政治・経済・社会情勢に加えて天然資源が豊富という共通項がある[6]。過去にもアンゴラやシエラレオネでダイヤモンドなどの採掘権が民間軍事会社への支払いに利用されたことがあるが、図1と2を比較しても明らかな通りワグネル派遣とロシアの天然資源外交は一つのパッケージである。またワグネルはロシアの「ハイブリッド戦争」の体現であり、軍事的関与に加えて2016年の米国大統領選や2018年マダガスカル大統領選で見られたような世論操作やサイバー攻撃などの非軍事的戦術を併用する[7]。すなわち現地の勢力図を塗り替える介入の対価として、天然資源やインフラに関する利権がワグネルや関連会社に渡っているのである。幾つか具体例を見てみよう。
スーダンではダルフールの内戦がほぼ収束した2017年にプリゴジン所有のM-Investと子会社Meroe Goldが当時のバシール(Omar al-Bashir)政権より金採掘権を得た。また同年にダルフール反乱弾圧を率いてきたアラブ民兵が迅速支援部隊(Rapid Support Forces : RSF)として正式に軍体制に組み込まれ、ワグネルによる訓練を受けたという。金は2011年の南スーダン独立後は石油に代わる主な外貨源となった。2012年には北ダルフールでスーダン最大級の金鉱山が発見されたが、ここは当初アラブ民兵の創始者ヒラル(Musa Hilal)の支配領にあった。しかしバシール大統領(当時)の関係がこじれたヒラルが2017年にリビアに逃れる途中でRSFに拘束されると、RSF司令官ダガロ(Mohamed Hamdan Dagalo通称へメッティ)一族がダルフールの金鉱を管轄するようになった。2018年には3000万ドル相当の金がダルフールからアラブ首長国連邦に流れたと報じられている[8]。
一方でスーダン国内の経済状態が悪化しバシール政権に対する抗議活動が広がり始めると、M-Investは民主化デモの抑圧にも関与したという[9]。バシール政権は2019年にクーデターで崩壊したが、民主化勢力と軍・RSFから成る連立政府から民政への移行は2021年10月の再度のクーデターで頓挫した。スーダン暫定政権はワグネルの存在を公式には否定しているものの、実際はRSFを通じて連携が続き、今年2月にはヘメッティが暫定政府副議長としてモスクワを公式訪問している[10]。また軍・RSFはサウジアラビア主導のイエメン反乱鎮圧にも参加した見返りとして、アラブ首長国連邦とサウジアラビアから30億ドルの財政支援と軍事物資を受けている[11]。ロシア・サウジアラビア・アラブ首長国連邦の歩み寄りがRSFを通じても見られるのである。
中央アフリカ共和国でも2017年に同国軍による治安改善を支援するという名目でロシアによる軽火器の供給が始まり、2018年にはワグネル展開と同時にプリゴジンのM-Financeの子会社Lobaye Investが金とダイヤモンドの採掘権を獲得した[13]。従来中央アフリカでのダイヤモンド発掘ではモスリム系が仲買人でクリスチャン系が労働人夫として搾取される構造が民族間の敵意を煽ったと考えられている[14]。2013年にチャドやスーダンの傭兵も交えたモスリム系武装勢力セレカ(Séléka) が北東部から侵攻して首都を制圧すると、クリスチャン系民兵反バラカ(anti-Balaka)が組織され戦闘が激化した。2014年には国連PKOが派遣されたが、首都以外は反バラカとセレカの残党が分割支配をしている状態が続き、その中でワグネルの活動が始まったのである。Lobaye Investやワグネルが選挙介入したマダガスカルの国有会社を通じてロシアのヘリや車両などが投入され、またワグネル傭兵が図3・4の示す通り鉱山近辺のモスリム人地域で反乱鎮圧に着手した[15]。2019年に中央アフリカ政府と14の武装勢力団体との間で和平合意が結ばれると、今度は新たに役職に着いた元セレカ指導者とワグネル・Lobaye Investが手を結んで鉱山搾取に乗り出した[16]。同年には内戦が勃発して以来活動を停止していたカナダの採掘会社のライセンスが前述のマダガスカルの国有会社に振り分けられている[17]。
対テロと傭兵
ワグネルと関連会社は、弱体化している中央政府と複数の武装反乱勢力や民兵の間の力学関係を利用して拡大してきた。構図的には国家に対する支援というよりも特定の要人を肩入れし、現地の勢力地図を書き換えることで、関連会社に利権が回るという仕組みである。
では反乱組織ではなくテロ組織相手ではどうだろうか。
対テロに関するワグネルの業績は成否が分かれている。シリア内戦では2017年のイスラム国家からのパルミア奪回などに貢献したが、モザンビークでは2019年に天然ガス開発参入と同時に北部のイスラム系過激派対処に派遣されたものの、作戦失敗で2ヶ月後に撤退したため、モザンビーク政府に契約を打ち切られている[20]。
マリでは2012年の北部の反乱軍・過激派組織による首都進攻をフランス軍が阻止して以来、2013年からは国連PKOや欧州部隊による対テロ活動も展開してきたが、北部の安定は確保されず過激派組織の影響は中部にも広がってきた。ロシアはマリ政府への2019年の武器供与を皮切りに、マリ国内での親露・反仏感情を煽る情報操作を行い、2020年のマリ軍によるクーデターの数ヶ月後にはワグネルが軍事訓練・要人保護・対テロを掲げて進出した[21]。翌年フランス軍がマリへの派兵を50%削減したため、旧宗主国に替わるロシアの存在感が増している。
一方で図5の通り、マリの鉱石資源は南部と2016年に金が発見された北部反乱地域に集中しており、北部金鉱は今のところ反乱組織アザワド運動連合あるいは政府側民兵組織連合プラットフォームの支配下にある。しかし南部の鉱石地域では伝統的なハンターの同盟組合(“Dozo”)が非公式の鉱山警察の役割を果たしており、ワグネルはこの地域にLobaye Invest関係者を調査に派遣したと言われている[22]。南部の鉱山資源を狙っているのはワグネルだけではない。ここではISIL(Islamic State of Iraq and the Levant)やアル・カイーダ系の過激派組織もサヘル地域一帯の金鉱に触手を伸ばしているという[23]。隣国ブルキナファソでもロシアがヘリや武器の供給だけではなくソーシャルメディア上での情報操作を始めており、ワグネルの次の攻略対象だろうと言われる一方で、過激派による鉱山地域での攻撃が増加している[24]。
ワグネルが中央政府の支配の及ばない鉱物資源地域に進出していくのに伴い、過激派組織や傭兵などの多様な非国家軍事アクターとの衝突が増えていくだろう。リビアでのワグネルのパートナーは、IINAへの小林周氏の寄稿でも既に述べられている通り、2015年に国連仲介で成立した国民合意政府とライバル関係にある自称リビア国民軍のハフタル(Khalifa Haftar)将軍である[25]。ワグネルは2019年にハフタルによる国民合意政府への進撃を支援したが(スーダンのRSFもハフタルへ援軍を送っている)、ハフタルは国民合意政府の警護のため雇われたミスラタ・トリポリの民兵に阻まれた[26]。ミスラタやトリポリの民兵は地域出身毎で構成され、国民合意政府の事実上の軍・警察部隊としてインフラや市場をコントロールすることで独自の財源を持ち、今やリビアは「マフィア国家」の様相を呈している[27]。リビア国民軍による空爆にもハフタルによる懐柔にも首都内外の民兵組織は靡かなかった。そしてトルコが国民政府側で軍事支援を始めるにあたりハフタルはトリポリ攻略を諦め、2020年に国民合意政府と停戦を結んでいる。
以上より、反乱組織が既に分裂・弱体化している場合でのワグネルの成功に比べると、マリ南部やリビアのような、反乱勢力・民兵組織・過激派などの武装組織と現地の資源・暴力管理が密接に関わっている地域における侵攻は遅いものと思われる。地域的アクターによって局地的支配が確立している場合、原則的に利益追求型の民間軍事会社の関わり方には限界があるのだろう。
おわりに
恐らくワグネルの展開で国際社会が憂慮すべき事態は(1)民主改革が退行している地域で傭兵を得た政府の独裁化、(2)ワグネルの影響を受けた軍の暴走、(3)天然資源と国庫の枯渇による更なる富の再分配の失敗、そして(4)経済格差の加速化と貧困地域の不満を利用した過激派の浸透、ではないだろうか。既に紛争地域におけるワグネルとその支援下にある軍による人権侵害行為は国連の報告書でも取り上げられている[29]。ワグネルのアフリカ版図拡大が注目されているが、これまでの事例を見ると、スーダンの様に政権交代しても軍が実権を握っているため支配の継続性のあるところや、中央アフリカ共和国の様に反乱組織に統制がないため武装組織の切り崩しがしやすいところでの成功が目立つ。ワグネル要員の現地派遣数は基本的に1000名前後から2000名で、受け入れ国の軍をバックアップするという形で展開する。この様な間接的な関与の場合、反政府組織が分裂している状態の鎮圧行動で政府軍側を有利にすることは可能でも、マリで5000名のフランス軍が苦闘した対テロでワグネルが成功するとは考えにくい。すなわち、アフリカの対ワグネル接近は、武力行使・資本蓄積・行政を一元化する能力に欠ける主権国家の再構築に貢献するのではなく、中長期的にはその更なる分断化に繋がると言えるだろう。
ワグネルのアフリカ進出は、ロシアの世界戦略を具現化しているだけではなく、政治体制が脆弱な地域において主権国家と非・準国家防衛アクターが共存・競争する安全保障のハイブリッド化と、その結果として中央集権国家の枠組みそのものが弱体化していくことを示唆している。冷戦後に資本主義の世界像が確定する中で、紛争は天然資源などの利権をめぐる「欲望」によって引き起こされると言われた[30]。それから30年、紛争の要因はもっと複雑だと証明され、紛争解決・平和構築・国家再建などの様々な試みを経て、改めて利権と覇権の問いの前に立たされている。「正当な暴力の独占」という主権国家の基盤がない政府にとって、ワグネルの様な民間軍事会社は民兵や自警団や準軍組織などの自衛外注案の一つであるだろう。しかし安全保障の民営化は主権の侵食である。市場に一度任せたものを再び国営化するのは可能だろうか。そして兆候はワグネルの台頭以前に、過激派や犯罪組織を含む紛争の構造の複雑化・紛争関係者の多様化・戦闘の局地化から始まっていたのではないだろうか。国家の在り方が改めて問われている。
(2022/06/30)
脚注
- 1 坂根宏治「「クーデターの時代」のアフリカ(前編):ロシアと中国の積極関与と欧米の影響力低下」国際情報ネットワーク分析IINA、2022年3月11日。
- 2 Charles Tilly, “War Making and State Making as Organized Crime” in P. Evans, D. Rueschemeyer, & T. Skocpol (Eds.), Bringing the State Back In, Cambridge: Cambridge University Press, 1985, pp. 169-191.
- 3 Massacres, Executions, and Falsified Graves: The Wagner Group’s Mounting Humanitarian Cost in Mali, Washington, D.C.: Center for Strategic Studies, 2022.
Peter Fabricius, Wagner’s Dubious Operatics in CAR and beyond, Pretoria: The Institute for Security Studies, 2022. - 4 “Small bands of mercenaries extend Russia’s reach in Africa,” The Economist, January 15, 2022.
- 5 “Putin Chef's Kisses of Death: Russia's Shadow Army's State-Run Structure Exposed”, Bellingcat, August 14, 2020; 『ロシアの 陰の 兵士』Indo-Pacific Defense Forum、 2022年3月22日.
- 6 Sergey Sukhankin, Russian PMCs in the Syrian Civil War: From Slavonic Corps to Wagner Group and Beyond, Washington D.C.: The Jamestown Foundation, 2020.
- 7 廣瀬 陽子『ハイブリッド戦争: ロシアの新しい国家戦略』講談社、2021年; “What is hybrid war, and is Russia waging it in Ukraine?” The Economist, February 22, 2022.
- 8 Patrick Smith, “Sudan: Hemeti and the $16bn Annual Gold Exports to the UAE,” The Africa Report, January 13, 2021; Murat Sofuoglu, “A Collapsed Gold Mine in Sudan Raises Questions about Its Money Trail,” TRT World, December 29, 2021.
- 9 Treasury Targets Financier’s Illicit Sanctions Evasion Activity, Washington, D.C.: US Department of Treasury, 2020.
- 10 Jennifer Holleis and Kesten Knipp, “Sudan: Cold shoulder for UN, warm embrace for Russia,” DW, April 21, 2022.
- 11 Khalid Abdelaziz, “Saudi Arabia, UAE to send $3 billion in aid to Sudan”, Reuters, April 21, 2019.
- 12 “Africa's mining operations will benefit from elevated prices,” The Economist Intelligence Unit, March 25, 2002.
- 13 Alexander Rabin, Diplomacy and Dividends: Who Really Controls the Wagner Group?, Philadelphia: Foreign Policy Research Institute, 2019.
- 14 Kasper Age, “Warlord Business: CAR’s Violent Armed Groups and Their Criminal Operations for Profit and Power,” The Enough Project, June 17, 2015.
- 15 Pauline Bax, “Russia’s Influence in the Central African Republic,” International Crisis Group Commentary, December 3, 2021.
- 16 Dionne Searcey, “Gems, Warlords and Mercenaries: Russia’s Playbook in Central African Republic,” The New York Times, September 30, 2019.
- 17 Jack Margolin, Paper Trails: How a Russia-Based Logistics Network Ties Together Russian Mining Companies and Military Contractors in Africa, Washington D.C.: The Center for Adanced Defense Studies, 2019.
- 18 Central African Republic: Priorities for Ending Poverty and Boosting Shared Prosperity - Systematic Country Diagnostic, Washington, D.C.: The World Bank, 2019.
- 19 Central African Republic: Abuses by Russia-Linked Forces, New York: Human Rights Watch, 2022.
- 20 舩田クラーセンさやか「イスラム国がモザンビークを攻撃の衝撃(結)」論座、2019年10月22日。
- 21 Raphael Parent, The Wagner Group’s Playbook in Africa: Mali, Philadelphia: The Foreign Policy Research Institute, 2022.
- 22 Getting a Grip on Central Sahel’s Gold Rush, New York: International Crisis Group, 2019; Tracking the Arrival of Russia’s Wagner Group in Mali, Washington, D.C.: The Center for International and Strategic Studies, 2022.
- 23 Neil Munshi, “Instability in the Sahel: How a Jihadi Gold Rush Is Fuelling Violence in Africa,” Financial Times, 2021; Fahiraman Rodrigue Kone and Nadia Adam, How Western Mali Could Become a Gold Mine for Terrorists, Pretoria: Institute for Security Studies, 2021.
- 24 The Wagner Group’s Playbook in Africa: Mali, ibid; Declan Walsh, “Putin’s Shadow Soldiers: How the Wagner Group Is Expanding in Africa,” New York Times, May 31, 2002.
- 25 小林周「緊張高まるリビア紛争Ⅰ-トルコ、ロシアの軍事介入」国際情報ネットワーク分析IINA、2020年8月13日。
- 26 Frederic Wehrey and Wolfram Lacher, “Libya’s New Civil War,” Foreign Affairs, May 30, 2019.
- 27 Tim Eaton, Abdul Rahman Alageli, Emadeddin Badi, Mohamed Eljarh and Valerie Stocker, The Development of Libyan Armed Groups Since 2014 Community Dynamics and Economic Interests, London: The Chatam House, March 2020.
- 28 Grégory Chauzal and Thibault van Damme, The Roots of Mali’s Conflict, The Hague: The Clingendael Institute, 2015.
- 29 United Nations, Human Rights Council, Impact of the use of private military and security services in humanitarian action Report of the Working Group on the use of mercenaries as a means of violating human rights and impeding the exercise of the right of peoples to self-d, A/HRC/48/51 (July 2, 2021).
- 30 Karen Ballentine and Jake. Sherman,The Political Economy of Armed Conflict : Beyond Greed and Grievance, New York: Lynne Rienner Publishers, 2003; Paul Collier and Anke Hoefflery, “Greed and Grievance in Civil War,” Oxford Economic Papers 56, pp.563–95, 2004.