2023年6月16日、国連マリ多面的統合安定化ミッション(MINUSMA)のマンデート更新を審議する安保理公開会合が開かれ、同会合においてマリ外相がこの10年に及ぶ国連平和維持活動(PKO)の即時撤退を求めた[1]。これを受けて安保理は同月30日にMINUSMAの活動即時停止、年末までに撤退することを決議した。

 MINUSMAの代替案として国連特別政治ミッション(Special Political Mission: SPM)の設立が議論されているが、国連内外からは「ダルフールの二の舞は避けたい」という声も聞こえてくる。これは、2020年にスーダン・ダルフール地方で国連とアフリカ連合(AU)による平和維持活動に代替する形でSPMが発足したにも関わらず、民主化どころか内戦の勃発に至ってしまったためである[2]。

 PKOの後退が続く中でSPMの存在感・期待値が高まっているが、その役割についてはPKOに比べると一般的・学術的認識が薄い。本稿ではこのSPMの構造、役割、今後の展望について検証する。

国連特別政治ミッション(SPM)とは

 長らくPKOが国連による国際平和への取り組みの代名詞のように扱われてきたが、SPMの歴史も同じ時期まで遡る。1948年に任命された国連パレスチナ特使が最初のSPMとされ、その暗殺によって包括的な中東和平プロセスが頓挫し代わってイスラエルと近隣4カ国で結ばれた停戦を監視するために誕生したのが最初のPKO、国際連合休戦監視機構(UNTSO)である。

 SPMには大まかに3種類あり、前述のような特使や事務総長の代理となる人物の派遣(クラスターI)に加えて、安保理の設立した経済制裁監視団や専門家パネル(クラスターII)、そして政治プロセスをサポートするミッションや地域事務所(クラスターIII)がある[3]。アフガニスタン、イラク、リビア、イエメンに展開しているSPM がクラスターIIIに属する。SPMを担当するのは政務・平和構築局で、PKOを管轄する平和活動局とは2020年の事務局改革で地域局やマネージメントの一部が統合したものの、それぞれ担当する事務次長が別のままである。

 PKOは軍事・警察の部隊派遣を伴い、時には国連憲章第7条に基づいた武力行使も用いて文民保護、治安回復、和平合意実施を行うが、SPMの主眼は紛争予防や和平合意の締結、選挙支援、平和構築など政治的プロセスに特化している。SPMの規模はクラスターI型だと人員2名・予算47万ドルの西サハラ特使から人員30名・予算513万ドルのコンゴ共和国周辺(Great Lakes Region)特使まである。ちなみに同地域のPKOとなると国連西サハラ住民投票監視団で人員250名・予算6103万ドル、コンゴ民主共和国安定化ミッションだと人員1万5千名・予算11億2334万ドルという体制の違いがある[4]。

 大規模SPMはクラスターIIIにあり、アフガニスタンのUNAMAで人員1163名・予算1億3000万ドル強、イラクのUNAMIで人員807名・予算1億ドル前後となる(グラフ参照)。SPMは国連通常予算(全体で34億ドル)から賄われており、現存38のSPMを合わせた総支出が7億6600万ドルなのに対し、PKOは別会計で現存11ミッション(合計人員9万7千人)に64億ドルの予算がついている。

 このためSPMはPKOより費用対効果の良いオプションと捉えられる傾向にある。またホスト国においては、国連憲章第7条の可能性が視野に入るPKOを避けてSPMという形でのみ国連ミッションの受け入れを容認する場合もある。よって政治ミッションとは言っても武装解除(ネパール、コロンビア)や停戦監視(イエメン、リビア)などの軍事・警察機能を兼ね備えるSPMも増えてきた。またイラク、リビア、ソマリアなどの危険地帯で展開しているSPMでは安全確保のために警備部隊(Guard Unit)も展開している。しかしながら、概してSPMの規模はPKOの10分の1程度で、アフガニスタン・UNAMAやイラク・UNAMIの規模で予算がつくミッションは稀である。

PKOからSPMへの移行、スーダン・ダルフールからの教訓は生かされるか

 リベリアやシエラレオネなどで大型のPKOが撤退するにあたり、平和醸成を主眼としたSPMへの引き継ぎが国連紛争解決の出口戦略と考えられてきた(そしていずれはSPMから現地の国連諸機関を総称した「国連カントリー・チーム」への転換が想定された)。基本的には選挙、憲法改正、武装解除など和平合意に基づく一連の指標が達成され、紛争再発のリスクが軽減された後の移行である。

Figure 2. Staffing and budget of UNITAMS in comparison to other special political missions
出典:Daniel Forti, Walking a Tightrope: The Transition from UNAMID to UNITAMS in Sudan, International Peace Institute, February 18, 2021, p.20. UNITAMS設立に当たり、他のSPMに比較した人員・予算の規模を表したもの。

 しかし、2020年にスーダンのダルフール地方で展開していたPKOの国連・アフリカ連合合同ミッション(UNAMID)が、スーダン全土を対象としたSPMの国連スーダン統合移行支援ミッション(UNITAMS)に移行した際には、そのような段階を経たものではなかった。UNAMIDはスーダン政府の要請に基づき撤収することになったのであり、スーダン情勢もバシール政権が倒れた後の暫定政権がまだ不安定な状況にあった。そのようななか、選挙や憲法改正などの権力移譲措置の実施、またダルフールのみならず南スーダンとの国境地域での紛争解決など広いマンデートがSPMの UNITAMSに与えられたのである。同時に、縮小しながらもダルフールで文民保護にあたっていたUNAMID(2019年段階で要員7000人前後が13箇所に展開)の撤退とUNITAMSへの引き継ぎも定められた。この全国規模の新ミッションは首都ハルツーム以外では地方事務所7箇所で総勢250名というスリムな形で発足した。国連財政状況の厳しさから当初のミッションコンセプトを3分の1まで削らざるを得なかったからである[5]。当初からダルフールの紛争要因、特に政府軍以外の準軍事組織の存在に関する懸念はUNAMID撤退の最大リスクとして挙げられており[6]、いみじくもその予見は現実のこととなってしまった。

 本稿の冒頭で触れたマリでは2012年の北部反乱軍・過激派組織による首都進攻を受けフランス軍が治安回復に乗り出し、2013年からMINUSMAが1万5千人規模で展開してきた。しかし、2020年8月のクーデター前後からロシアのワグネルによるマリ進出が始まり、同時に反仏・反国連感情を煽るマリ国内での情報操作も顕著となった。ワグネルが軍事訓練・顧問を務めるマリ軍が対テロと称してワグネルと共同軍事行動を取るに伴い、民間人の犠牲も噂され始め、MINUSMAがそれらの事件の報告を行うとマリ政府との関係は更に拗れるようになった。2022年2月にはフランス軍がマリから撤退し、2023年1月に安保理に提出されたMINUSMAのレビューでは現状のまま任務遂行は困難と判断され、(1)増員、(2)縮小、(3)撤退・SPMとの交代がオプションとして提案されていた[7]。そこへマリ政府からのMINUSMA撤退要求である。この状況でSPMへ移行した場合、どの様なリスクがあり、国連は何が出来、何をするべきか。スーダン・ダルフールからの教訓が問われている。

おわりに

 これまで、SPMは主に首都で政治プロセスに専念し、PKOは避難民キャンプや国境、反乱地域など地方で広範囲に人員を配置してきた。両者の構造と規模の違いを鑑みると、後退するPKOの代替をSPMで出来ると結論づけるのは恐らく短絡的であろう。SPMにも特別会計を設けるべきという意見もあるが実現化は不透明だ[8]。十分な財源や装備が確保できないままで広範なマンデートを与えてしまうことはSPM、PKOどちらの場合でも危険である。また、紛争当事者の一端である現地政府が自らの妨げとなるPKOを排除したからといって、その穴埋めに政治プロセスを進める目的でSPMを設立しても、象徴的な存在としかならない。UNITAMSの目の前でクーデターが起き、軍政となり、そしてその軍組織が分裂して内戦状態となったのがその証である。今マリでSPMあるいはカントリーチームに移行しても、北・中部の過激派組織を含む反乱要素の解決には不十分である。

 そして最大の課題は、紛争の構造自体が細分化・多様化している中で、何故国連の紛争解決策はSPMかPKOかといった二者択一の議論をしているのか。これまでの和平プロセスは適切なのかといった本質的な問題に向かう合うべきではないだろうか。国連憲章第6章の伝統的PKO、第8章の地域的行動と国連の役割、局地的停戦監視を加盟国の連合や市民団体に託すなど、模索できる可能性は他にもあるだろう。現在、安保理の非常任理事国を務める日本政府も広く前例を求め、また新しい発想でこの平和活動の過渡期に対処することが求められている。

 ※マリでの今後の国連の活動については、今年8月15日に予定される事務総長報告書にて安保理に提言がされる見込みである。

(2023/07/07)

脚注

  1. 1 国内状況の改善が見られないという理由からである。2020年、2021年の二度にわたるクーデーターで民政復帰が遅れる一方でマリ北部・中部では過激派要素を含む反乱分子をめぐって戦闘が絶えない。武内進一「マリ、国連PKOに撤退要求」現代アフリカ地域研究センター、2023年6月18日。
  2. 2 国連・アフリカ連合合同ミッション(UNAMID)が撤退し、SPMとして発足した国連スーダン統合移行支援ミッション(UNITAMS)にバトンタッチした。その3年後、スーダンは政府軍と準軍事組織・迅速支援部隊(RSF)の内乱状態に陥っている。首都ハルツームの破綻はメディアでも取り上げられているが、ダルフールの状況はさらに悪化し西部では州知事も殺害されている。
  3. 3 e-Guide for staff supporting the UN Peace and Security Pillar, United Nations, June 2021.
  4. 4 MINURSO Fact Sheet; MONUSCO Mission Fact Sheet.
  5. 5 UN Doc., A/77/6 (Sect. 3)/Add.1, “Proposed programme budget for 2023, Estimates in respect of special political missions,” May 27, 2022.
  6. 6 UN Doc., S/2020/202, “Special report of the Chairperson of the African Union Commission and the Secretary-General of the United Nations on the African Union-United Nations Hybrid Operation in Darfur and a follow-on presence,” March 12, 2020.
  7. 7 UN Doc., S/2023/36, “Internal review of the United Nations Multidimensional Integrated Stabilization Mission in Mali,” January 16, 2023.
  8. 8 UN Doc., GA/SPD/767, “Fourth Committee Approves Draft Text on Special Political Missions, with Delegates Calling for Creation of New Funding Mechanism,” November 4, 2022.