2026年1月に断行された米軍によるベネズエラ侵攻とニコラス・マドゥロ大統領夫妻拘束から早くも5か月余が過ぎた。その前後に公開された国家安全保障戦略(NSS)、国家防衛戦略(NDS)の中で「西半球」重視が示されたことや、ドナルド・トランプ第2次政権が一貫して移民・難民問題や麻薬問題を抱える近隣諸国に強硬な姿勢を取り続けていたことから、米国が「西半球」を自らの勢力圏におさめようとする本気度を、行動をもって示したかのような出来事であった。

 トランプ自身の発言を受け、専門家の間でも「次はキューバだ」という声も聞かれるなか[1]、ベネズエラ侵攻はラテンアメリカ諸国[2]の行動をどのように変化させたのだろうか。その変化は米国に何をもたらすのだろうか。

ベネズエラ侵攻の経緯

 第2次トランプ政権誕生後、次々と強硬な対ラテンアメリカ政策が打ち出された。マルコ・ルビオ国務長官の中米・カリブ諸国の歴訪と、それに伴うパナマの「一帯一路」構想からの脱退、「太陽のカルテル」をはじめ、ラテンアメリカ地域に点在する麻薬カルテルに対する外国テロ組織指定、18のラテンアメリカ諸国に対する麻薬通過国・麻薬生産国指定[3]、麻薬対策が不十分であると見なされたコロンビアへの援助停止や大統領への制裁、合成麻薬フェンタニルの大量破壊兵器指定[4]、不法移民の強制送還と送還された移民の受け入れを拒否した国家に対する関税を通じた圧力などである[5]。

 こうした姿勢に加え、NSSやNDSで、かねてから記載順や分量において軽視されてきた「西半球」が他の地域を上回ったこともあり、トランプ2.0のラテンアメリカ重視がにわかに注目を集め始めた。同文書内では、「モンロー主義へのトランプの系論」が謳われるとともに「米国が世界秩序を支える時代は終わった」と記載され、かつて欧州と米大陸の相互不可侵を誓ったモンロー主義をなぞり、将来の国際秩序に対して、米中が地球儀を二分する勢力圏構想を描いているかのような可能性も指摘された[6]。

 こうした一連の動きの一環として、2025年9月頃から「南方の槍」作戦が展開され、かつてない規模の戦力が投入されたカリブ海では「麻薬運搬船」が何隻も沈められた。その延長線上に生じたのが新年早々のベネズエラ侵攻だったのである。

 侵攻後、ベネズエラでは、マドゥロ政権の副大統領であったデルシー・ロドリゲスが暫定大統領となった。彼女は、元々マドゥロの側近であり、米国の圧力に屈しない姿勢を見せていたが、現在では、政治犯約700人を解放して国内の自由化を進めるとともに、米国と友好な関係を示し、米国を「革命の最大の敵」から戦略的同盟国と見なすようになっている[7]。米国はルビオを中心として、ベネズエラに安定、復興、移行から成る三段階の戦略を提示しているが、その先行きは不透明である[8]。

トランプ版棍棒外交の展開

 ベネズエラ侵攻以前から、第2次トランプ政権は関税を通じてラテンアメリカ諸国の行動を変容させようと試みてきたが、特にベネズエラと同様に麻薬問題を抱える国や、反米主義を掲げてきた国にとっては、国際法に反して武力行使が行われた出来事は衝撃であったに違いない。結果、ベネズエラ侵攻は各国の行動に影響を与えている。かつて、トランプと同じく「モンロー主義へのルーズベルトの系論」を唱えたセオドア・ルーズベルトが推進した棍棒外交さながらである[9]。

 例えば、ベネズエラと並んで反米の急先鋒として数えられるニカラグアは、ベネズエラ侵攻後、米国の要求を受けて政治犯60人以上を解放した[10]。同国は、一貫して反米主義的な発言を続けるダニエル・オルテガが長きにわたって権威主義体制を敷いており、人権弾圧を辞さない統治手法は国際社会から批判の対象となってきた。

 そして、ラテンアメリカ地域で、ベネズエラ、ニカラグアと並んで、(むしろ両国以上に)一貫して反米主義を掲げてきたのが、いま最も注目されるキューバである。ベネズエラ侵攻後、トランプはキューバを「友好的に買収する」と発言したり[11]、キューバ移民の息子であるルビオを「キューバの大統領に」という声に賛同したりする姿勢を見せた。

 キューバに対しては、ベネズエラ産の石油禁輸措置が取られ、関税圧力によってメキシコからの石油輸出も制限されており[12]、同国では深刻な経済危機が生じている。特にエネルギー不足は深刻で、現在では、1日中停電することもあるという[13]。

 経済的な締め付けに加え、米国は最近になって1996年に発生したフロリダとキューバの間を飛行していた航空機2機が撃墜された事件をめぐって、前指導者であるラウル・カストロを殺人などの罪で起訴した[14]。こうした手続きは、同じくベネズエラのマドゥロが米国の国内法に則って拘束されたことを思わせるものであった。

 1959年の革命後、長きにわたって反米主義的な権威主義体制を築いてきたキューバ共産党は、世界一厳しいともされる経済制裁にも屈せずに来た。しかし、トランプ2.0が見せる国際法違反も辞さない「棍棒外交」を受けて、態度を軟化させている。例えば、当初は強気の姿勢を見せていたミゲル・ディアス=カネル共産党第一書記は、米国の圧力を受けて政治犯を含む2,000人以上を釈放している[15]。

 さらに、トランプ政権は3月、マイアミに中南米諸国を招いて「米州の盾」サミットを開催した。同枠組みは、アルゼンチンのハビエル・ミレイ政権や、エルサルバドルのナジブ・ブケレ政権といった親トランプ的な17の右派政権から成り、米州における麻薬カルテルなどの国際犯罪組織と戦うことを目的としている。こうした新たな枠組みの創設は、地域における米国の意に沿わない国家にとってはさらなる圧力となる可能性がある。

ではどうなるか?

 NSSで示された米国が他地域(主に中国)に米大陸への不可侵を求める姿勢は、トランプの名前のドナルドとモンロー主義を提唱したジェームズ・モンローの名前を組み合わせて「ドンロー主義」とも呼ばれる。こうした第2次トランプ政権の「西半球」重視を遂行するための手段ともいえるトランプ版棍棒外交は、関税を梃子にしたディール外交と重なり合うことで、ラテンアメリカ諸国の行動変容を促してきた。

 軍事力行使も辞さないその姿勢は、特に反米主義的な姿勢を見せてきたキューバやニカラグアにとっては脅威に映っているだろう。

 しかし、仮にキューバに軍事侵攻が行われたとしても、その先行きはベネズエラ以上に不透明である。

 キューバは既に70年近く民主主義を経験していない。ベネズエラは、ウゴ・チャベスが登場する1999年まで、地域で最も安定した民主主義の優等生であった。チャベスも当初は民主主義的な統治を続けていたのである。ゆえに、仮に米国がキューバの体制転換を求めたとしても、それがうまくいくかはわからない。

 付言すれば、ベネズエラには(現在は蚊帳の外に置かれている感があるが)ノーベル平和賞を受賞したマリア・マチャドの存在があるが、キューバにそのような人物は存在しない。米国には1966年に制定された「キューバ難民調整法」があり、キューバから亡命した者は政治難民に認定され、他国籍の移民と比べて優遇された条件で永住権を取得できる。民主的価値を持つ人が米国に亡命している場合も多く、それゆえに、キューバ国内に民主的な価値を持つ新しいリーダーがどれぐらい育っているかは怪しい。貧しくなった祖国に戻って自国の立て直しを図る亡命キューバ人がどれぐらいいるかも不透明である。

 さらにいえば、軍事侵攻によってキューバが一層の混乱に陥れば、今以上の難民が米国に流れ着く可能性もある[16]。

 また、こうした状況は中国とロシアによるキューバへの接近を加速させている。例えば、体制転換を求める米国に対し、キューバにはロシアからの石油タンカーが入港するようになっている一方、近年、中ロ両国はキューバを拠点として、米本土にある軍施設等の通信傍受を強化している[17]。ゆえに、キューバに対する厳しい姿勢は、かえって米国の喉元に中ロの影響力を増大させる結果となるかもしれない。

 加えて、トランプの棍棒外交を一層強化するようにも思われる「米州の盾」も、第一回会合にブラジルのルーラ大統領、メキシコのシェインバウム大統領、コロンビアのペトロ大統領が参加しなかった。ラテンアメリカの半分以上のGDPを占め、いずれも左派政権からなるこれらの国の不参加は、地域における組織犯罪のみならず、米=ラテンアメリカ関係が、トランプ政権が描いている未来通りにならない可能性を示唆している[18]。

 「西半球」重視を宣言したドンロー主義、そしてそれに内包されるトランプ版棍棒外交は、短期的にはラテンアメリカ諸国の行動を変容させているように見える。

 しかし、中長期的に見れば、その強硬さが米国の描く「西半球」に一層の不安定化を呼び起こすかもしれない。

(2026/06/08)

脚注

  1. 1 Steve Holland and Gram Slattery, “Trump says 'Cuba is next' in speech touting US military successes,” Reuters, March 28, 2026.
  2. 2 本稿では、ラテンアメリカ・カリブ地域をまとめてラテンアメリカと呼ぶ。
  3. 3 U.S. Department of State, “Presidential Determination on Major Drug Transit or Major Illicit Drug Producing Countries for Fiscal Year 2026,” September 15, 2025.
  4. 4 The White House, “Designating Fentanyl as a Weapon of Mass Destruction,” December 15, 2025.
  5. 5 Ione Wells and Malu Cursino, “Trump imposes 25% tariffs on Colombia as deported migrant flights blocked,” BBC, January 27, 2025.
  6. 6 The White House, National Security Strategy of the United States of America, November 2025; 大澤傑「トランプ2.0が描く西半球」日本国際問題研究所、2026年1月16日。
  7. 7 Laura Cristina Dib, “Two months without Maduro in Venezuela: Democratic transition or authoritarian adaptation?,” WOLA, March 11, 2026.
  8. 8 Simon Lewis and Patricia Zengerle, “Rubio says US plan for Venezuela is stability, recovery, then transition,” Reuters, January 8, 2026.
  9. 9 大澤傑「第二次トランプ政権における対ラテンアメリカ外交―「西半球」政策の範囲とその効果―」『安全保障研究』第8巻、第1号、2026年、120-134頁。
  10. 10 Gabriela Selser, “Following Venezuela, Nicaragua releases prisoners after U.S. demands,” Reuters, January 11, 2026.
  11. 11 “Trump suggests U.S. could have 'friendly takeover of Cuba',” PBS News, February 27, 2026.
  12. 12 “Trump threatens tariffs on any country that sells oil to Cuba, putting pressure on Mexico,” PBS News, January 30, 2026.
  13. 13 “Cuba’s blackouts in charts: More hours without power than with it as Trump’s pressure intensifies,” El País, May 22, 2026.
  14. 14 「【解説】 アメリカのカストロ元議長起訴、キューバで何が起こり得るのか」『BBC』2026年5月22日。
  15. 15 “Cuba begins releasing more than 2,000 prisoners as US pressure mounts,” BBC, April 4, 2026.
  16. 16 Patricia Zengerle, “Despite Trump's pressure, Cuba may not turn out like Venezuela,” Reuters, May 23, 2026.
  17. 17 Alexander Ward and Vera Bergengruen, “U.S. Warns of Growing Russian and Chinese Spying in Cuba,” The Wall Street Journal, May 22, 2026.
  18. 18 Christopher Sabatini, “Trump’s ‘Shield of the Americas’ coalition is destined to fail,” Chatham House, March 9, 2026.