NATOは加盟国の自由と安全を確保する政治・軍事同盟であり[1]、北大西洋条約の前文からは個人の自由、民主主義、人権、法の支配という共通の価値観に基づく共同体でもあることが読み取れる[2]。これまで、集団防衛組織としての実効性を確保すべく、NATOは、戦略概念の策定や首脳会合の機会を捉えて、変化に対応する新たな計画、戦略、課題への取り組みを続けてきた。2024年7月9日からワシントンで行われた首脳会合も、コンセンサスを基本として、各国代表部大使、外相、国防相レベルの北大西洋理事会(NAC)での議論や調整のプロセスを経て、NATOの存在意義とその方向性を内外に示す重要な機会であったと位置づけられる。

 今回の首脳会合では、3つの主要テーマとして①長期的なウクライナ支援の拡大、②同盟の基盤となる抑止と防衛力の強化、③インド太平洋を含むグローバル・パートナーシップの進化が議論され、その間、日本の岸田総理も三度目となるアジア太平洋パートナー(AP4)首脳会合への参加を果たした。本稿においては、NATO首脳会合の成果を政治、軍事、価値同盟の視点から整理し、日本を含むインド太平洋と欧州の安全保障協力における、情報同盟ファイブアイズとの関係強化に言及する。

ウクライナ支援にむけた政治的成果

 最も大きな政治的な成果は、ウクライナがロシアに勝利するための基盤を整備すべく、軍事装備、支援、訓練の提供に関するNATOとしての長期的支援に対するコミットメントに合意したことである[3]。その背景には、国際的な制裁や規制を無力化するような第三国からの対露支援の継続、西側が約束した軍事供与の遅延や停滞、大量の装備、弾薬支援に伴う加盟国の継戦能力低下への懸念があり、ロシアの戦争を止めるに十分な環境が整えられていない現実に対して[4]、加盟国がリスクとコストを引き続き受け入れざるを得ない事情があったと見られる。

 その一方、首脳会合の直前、ハンガリーは、訓練支援などの調整枠組みや長期的な財政的誓約に不同意を表明するなど、新たな合意が期待されていたウクライナ支援案に対して異議を唱え、首脳会合の行く末に暗雲をもたらした[5]。ウクライナ支援が「慈善事業ではなく、NATO自らの安全保障の利益のため」と主張してきたストルテンベルグ事務総長は、ハンガリーの立場を尊重する一方で、NATOの決定を阻害させないという政治的な折衷案を受け入れさせ、コンセンサスを旨とする同盟の舵取りを成功へ導いた[6]。32カ国の政治同盟は、今後も、このような政治的困難を乗り越え続けてゆくことが宿命づけられている。

全方位への抑止と防衛を目指す軍事同盟

 2022年以降、NATOは、360度全方位のアプローチによる抑止・防衛態勢に取り組んでおり、ロシアによる東方からの脅威のみならず、北極海やバルト海を含む北方、また不安定性を強める南方からの脅威への備えに着手している。特に、南方地域では、偽情報等によって蔓延する反欧米感情を利用して、ロシアや中国がそれぞれ異なる方法で権威主義的な影響力を増大させている[7]。それは、同地域の混乱と不安定性を高めるばかりでなく、気候変動の影響と相まって国際テロや不法移民等を急増させることから、NATOの抑止と防衛の対象に変わりつつある。その結果、今回、南方へのNATOの関与を強化する行動計画が合意され、そのための南方近隣地域担当代表が新たに指名されることになった[8]。

 また、従来から指摘される北朝鮮による弾道ミサイルなどの大量破壊兵器の拡散、中国やロシアによると見られるサイバー攻撃、宇宙空間における不法行為、偽情報などによる認知領域への攻撃[9]に加え、今日のウクライナ戦争を通じて明らかになった域外国による対露支援の事実によって、NATO(西端)北米から見た「西方」への抑止と防衛への関心も高まりつつある。具体的には、半導体や関連機器などのデュアルユース(軍民両用)技術を通じてロシアの戦争経済を支える中国[10]、ミサイルや核兵器の開発技術と引き換えにロシア軍に大量の弾薬やドローンを供与する北朝鮮、イランの存在が挙げられる[11]。特に、NATOを「冷戦の遺物」と呼ぶ中国は[12]、2015年に地中海においてロシアとの合同海軍演習を初めて実施し[13]、今回の首脳会合と同じ時期にベラルーシとの軍事演習を行うなど[14]、欧州に対する軍事面での実存的脅威[15]として認知されつつある。

価値同盟としてのグローバル・パートナーシップの強化

 グローバル・パートナーシップは同盟としての中核的任務である協調的安全保障の大きな柱であり、近年、NATOの価値共同体としての基本理念を守る上で、その重要性を一層増している。それは、ウクライナ戦争を契機として、権威主義国家が、西側の価値観を否定し、個人の自由、人権、民主主義、法の支配という既存の国際秩序の変更を促すような動きを強めることに、価値同盟としてのNATOが強い危機感を示していることからも明らかだ。

 さらに、中国、ロシア、北朝鮮がお互いの包括的戦略パートナーシップに基づいて[16]、軍事分野を含む相互協力関係が相乗的に進むなど、今後、権威主義勢力の敵対的連携が急速に進化しかねないことから、NATOとしてはさらに警戒感を高めざるを得ない[17]。将来的に、グローバルサウスの台頭などで国際的な価値観が多様性を強める中で、権威主義国家による影響力が世界に膨張してゆくことに配慮して、北大西洋条約第3条に規定される民主的なレジリエンス(回復力)を一層強化することは、価値同盟としてのNATOの大きな課題となろう[18]。同時に、その動きは価値観を共有し得るインド太平洋の国々へのアプローチを加速させることに結びつき、今後NATOと日本の協力関係にも大きな変化が及ぶと見られる。

日本のグローバル・アプローチの進化のためのファイブアイズとの関係強化

 2024年4月、日米首脳は、両国が共通の価値観に基づくグローバル・パートナーとして、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を共に維持強化することを確認した[19]。その上で、日米同盟を基点として同志国、例えば価値を共有するいわゆるAP4のオーストラリア、ニュージーランド、韓国、東南アジア諸国、NATOなどとの安全保障ネットワークを強化することも明らかにしている[20]。そのような共通の価値を基盤とするグローバルなネットワークの強化は、持続的な地域の平和と安定を保証するとともに、今後の日米両国の発展と繁栄に寄与し、欧州・大西洋地域との安全保障上の結びつきをより強いものとするであろう。

図:グローバリズム下における権威主義の膨張(概念図)

出典:d-mapsの地図をもとに著者作成

 このように日・米・欧(NATO)間の安全保障態勢の整備が加速化する中で、今後安定的な関係維持の基盤となるものは何か、それは、対外的な権威主義国家の膨張に対して西側社会のレジリエンスを高めるべく、共有する価値観に基づき、相互理解と協調的な行動に資する情報と技術面での連携・協力態勢であると考える。最終的には、安全保障の対象領域が、従来の現実空間だけでなく、サイバー空間や認知領域にも広がってゆく中で、情報と技術の優越性を獲得することによって、多様化し進化する脅威への戦略的な優位性を確立することが期待される。

 近年、安全保障上の情報の収集、分析、共有の対象が、軍事や政治に加え、経済、価値、技術、社会に広範多岐にわたり、その情報活動や成果もより多国間、多分野にわたった有機的かつ包括的なものに変化している。その結果、脅威のグローバル化とそのスピード化に応じて、情報はその精度と確度が更に求められるところとなり、情報サイクルの加速化、すなわち情報の収集、分析、配布、活用を短時間で処理する必要性が高まっている。それらの情報を取り巻く環境変化において、その解決策としては人工知能(AI)や量子力学などの新興・破壊的技術(EDTs)を積極的に情報システムやアセットに取込むことが不可欠であり[21]、併せて、その実装の加速化を図るために対外的な技術協力の枠組みを整備することが求められている。

 そのような現状認識のもと、日本のグローバル・アプローチを強化するためには、情報同盟ファイブアイズとの情報・技術面を重視した関係強化が必要である。ファイブアイズは、米、英、加、豪、NZの5カ国から構成され、構成国間の相互監視を行わないというお互いの信頼関係の上に、情報の共有、特に電子的な通信の監視結果を多国間で共有する枠組みである[22]。このファイブアイズは、現在、21世紀に国際環境が急激な変化を遂げ、インターネットなどの情報通信技術(ICT)が急速に進化する中において、その存在意義と機能上の実効性を確保すべく、民間との協力も含めて、それら技術的変化への柔軟な対応と適合を図ろうとしている[23]。日本は、日米同盟の基礎の上にファイブアイズとの間でインド太平洋地域の幅広い情報・技術協力を強化し、NATOとの三極情報・技術協力を進化させることを視野に入れるべきである。NATOも既に北大西洋防衛イノベーション アクセラレーター ( DIANA )やNATO イノベーションファンド ( NIF ) などEDTsを戦略構造に統合することを目的とした野心的なイニシアチブを立ち上げ、技術的優位性の確保に動き始めている[24]。最終的に日本としては、同志国とのEDTsに基づく情報協力の強化を目的としたインド太平洋の技術共創拠点を新設することを検討すると共に、その調整ハブとしてのNATO連絡事務所の日本への設置を急ぐことになろう。

(2024/08/13)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Three Results from the Washington NATO Summit and Future Actions ―The Challenges Facing the NATO Value Community and Japan's Challenges in Evolving its Global Approach―

脚注

  1. 1 NATO,” WHAT IS NATO?,” March 9, 2023.
  2. 2 NATO, “The North Atlantic Treaty Washington D.C. - 4 April 1949,” October 19, 2023.
  3. 3 NATO, “Statement of the NATO-Ukraine Council,” July 15, 2024.
  4. 4 Ana Swanson, “Why Sanctions Haven’t Hobbled Russia,” The New York Times, February 16, 2024.
  5. 5 NATO,”NATO Secretary General meets Hungarian Prime Minister in Budapest,” June 12, 2024.
  6. 6 NATO, “Joint press conference with NATO Secretary General Jens Stoltenberg and US Secretary of State, Antony Blinken,” June 18, 2024; NATO, “Pre-summit press conference by Secretary General Jens Stoltenberg ahead of the NATO Summit in Washington,” July 5, 2024.
  7. 7 NATO, “Address by NATO Secretary General Stoltenberg at the NATO Parliamentary Assembly (NPA) in Sofia, Bulgaria,” May 27, 2024.
  8. 8 NATO, “NATO Secretary General announces the appointment of new Special Representative for the Southern Neighbourhood,” July 23, 2024.
  9. 9 NATOも新領域からの敵対的な行動に対しては、集団的自衛権(第5条)への発動も示唆するなど、その対応に苦慮してきた経緯がある。NATO, “News: NATO will defend itself Article by NATO Secretary General Jens Stoltenberg published in Prospect’s new cyber resilience supplement,” August 29, 2019.
  10. 10 Simon Lewis, “In Beijing, Blinken confronts China over 'powering' Russia's war,” Reuters, April 26, 2024.
  11. 11 Olivia Yanchik, “Arsenal of Autocracy: North Korea and Iran are arming Russia in Ukraine,” Atlantic Council, January 11, 2024.
  12. 12 Rita Cheng, “China steps up anti-NATO rhetoric ahead of Madrid summit, citing 'Cold War' ethos,” Radio Free Asia, June 24, 2022.
  13. 13 “China, Russia to hold first joint Mediterranean naval drills in May,” Reuters, April 30, 2015.
  14. 14 Isaac Yee, Ivana Kottasová and Simone McCarthy, “China and Belarus conduct joint military exercises right next to NATO and EU’s border,” July 9, 2024.
  15. 15 「同盟存続の信頼性そのものへの危険な存在」を指す。
  16. 16 ロシアと中国が5月16日の首脳会談後に公表された「国交樹立75周年に際しての新時代の包括的戦略パートナーシップの進化に関する共同声明」、またロシアと北朝鮮が6月19日の首脳会談で締結した「包括的戦略パートナーシップ条約」を指す。
  17. 17 NATO, “NATO2022 STRATEGIC CONCEPT,” June 29, 2022.
  18. 18 Michael Turner, Gerald E. Connolly, “NATO in the democratic arena,” NATO Review, 26 June, 2024.
  19. 19 MOFA, “Japan-U.S. Joint Leaders’ Statement: Global Partners for the Future,” April 10, 2024.
  20. 20 U.S. Department of Defense,” Joint Statement of the Security Consultative Committee ("2+2"),” July 28, 2024.
  21. 21 Sydney J. Freedberg Jr., “AI For Five Eyes? New bill pushes AI collaboration with UK, Australia, Canada, New Zealand,” Breaking Defense, November 22, 2023.
  22. 22 Margaret Warner, “An exclusive club: The 5 countries that don’t spy on each other,” PBS News Hour, October 25, 2013.
  23. 23 2020年6月以降、ファイブアイズは、共通の安全保障政策の強化やパートナー諸国との関係強化などを確認したとする国防相会合の概要を公表するなど、外交・経済分野でもその存在感を強めつつある。Australian Government Defence, “Joint Statement - Five Eyes defence Ministers' meeting,” June 23, 2020; また、2023年10月、ファイブアイズは世界のITを牽引してきたシリコンバレーにおいて「新興技術およびセキュリティイノベーションサミット」を初めて開催し、公に民間部門との技術協力、連携に乗り出している。FBI National Press Office, “FBI Hosts Five Eyes Summit to Launch Drive to Secure Innovation in Response to Intelligence Threats,” October 16, 2023.
  24. 24 NATO, “Emerging and disruptive technologies,” May 30, 2024.