リビアでは紛争の激化とともに諸外国の軍事介入も加熱していたが、最近になって停戦合意が結ばれるなど、緊張緩和と政治的安定化の兆しが見え始めた。しかし、停戦の実現に向けた道のりは依然として険しく、何よりも欧米諸国やNATOの対リビア政策の分裂がリビアの安定化を妨げている。本稿では、停戦合意を受けたリビア情勢の変化を整理したうえで、欧米の対リビア関与の混乱の背景について分析する。

リビア紛争の展開―2つの停戦合意

 拙稿「緊張高まるリビア紛争Ⅰ-トルコ、ロシアの軍事介入」[1]で述べた通り、リビアでは2011年のカダフィ政権の崩壊以降に国家再建が進まず、混乱が続いている。暫定政府「国民合意政府(GNA)」は首都トリポリの周辺しか統治できておらず、元軍人のハリーファ・ハフタルが率いる軍事組織「リビア国民軍(LNA)」がリビア東部を実効支配してきた。また、脆弱なリビアに対しては中東、ロシア、欧州など様々な国が独自の思惑から軍事介入を行ってきた[2]。

 2019年4月、LNAがリビア全土の支配を狙ってトリポリに侵攻し、GNA勢力(GNA傘下の国軍や民兵組織の混成勢力)との間に大規模な戦闘が発生した。戦況は1年以上膠着していたが、2020年6月にトルコの支援を受けたGNA勢力がトリポリ周辺を制圧し、LNAはリビア東部に撤退した。

 その後も緊張状態は継続していたものの、8月21日にはGNAとLNAが支持する東部政府「代表議会」が停戦合意を発表し、すべての戦闘の即時停止を求め、2021年3月までのリビア全土での選挙実施を提案した[3]。この停戦合意に向けては、関係諸国による水面下での交渉が進められていたとみられる。合意発表の直前にはトルコ、カタール、ドイツの外相や国防相がリビアを訪問したほか、トルコのチャブシオール外相がストルテンベルグNATO事務総長やロシアのラブロフ外相らとリビア情勢について電話会談していた。

 当初、LNAはこの停戦合意を拒絶していたものの、国連リビア支援ミッション(UNSMIL)に加えて、LNAの強力な支援者であるエジプトが圧力をかけ、対話を促したとみられる。9月23日にハフタルは東部政府のサーリフ議長とともにカイロを訪問し、シーシー大統領と会談した[4]。これらの働きかけの結果、10月23日にはGNAとLNAの軍事代表団がスイス・ジュネーブにて「完全で恒久的な停戦合意」に署名し、3カ月以内(2021年1月23日まで)に全ての傭兵や外国人戦闘員をリビアから退去させることで合意した[5]。

 2つの停戦合意を具体化させるため、11月9日からチュニジアにて国連主導の政治協議「リビア政治対話フォーラム(LPDF)」の第1ラウンドが開催され、2021年12月24日に大統領・議会選挙を実施することで合意された[6]。

 リビアは世界第10位、アフリカ大陸では首位の原油確認埋蔵量(約471億バレル)を誇る。しかし、LNAが国内の油田や石油施設の大部分を封鎖したため、2020年1月以降の石油生産量は日量約120万バレルから10万バレル前後に落ち込んでいた[7]。8月の停戦合意を受けて全土の石油施設からLNAが撤退したことで、9月から石油生産が再開され、11月上旬には産油量が日量120万バレルに回復した。GNAのサッラージュ首相は停戦合意の声明にて、今後の石油収入は国営石油会社(NOC)の特別口座に振り込まれること、全面的に戦闘が停止して政治プロセスが安定するまで石油収入を一切使用しない、という計画を示した[8](ただし、この計画が実現するかは明らかになっていない)。

 今後、これら2つの停戦合意を受けた諸勢力間の緊張緩和と政治プロセスの進展が期待されるが、合意内容の履行に向けた道のりは険しく、安定化のための課題は山積している。国連によれば、トリポリ周辺での戦闘による避難者は2019年だけで20万人を超えており、一般市民にも甚大な被害が発生している[9]。ハフタル司令官とLNAの処遇、GNAと東部政府の統合、民兵組織の武装解除、GNAによるリビア全土の統治(これまで一度も実現していない)、国内に伸長する過激主義テロ組織の掃討[10]などが進まなければ、2021年12月に予定される選挙の実現性・実効性も危うくなるだろう。

 それだけでなく、「緊張高まるリビア紛争Ⅰ」で指摘した通り、リビアには中東諸国やロシアが様々な思惑の下に軍事的、政治的な介入を続けてきた。このため、リビアでの紛争は東地中海のエネルギー開発競争、紅海沿岸における勢力圏をめぐる争い、シリア内戦など、各国が中東・北アフリカ地域内で繰り広げる地政学的競争に組み込まれている[11]。また、リビアの豊富なエネルギー資源や地政学的な重要性を踏まえれば、たとえ軍事介入が収まったとしても、今後の政治プロセスにおいて諸外国は影響力を行使するべく競争を続けるだろう。

欧州・NATO―イタリア・フランスの確執

 不安定なリビア情勢は、テロリズムの拡散、同国を経由した移民・難民の流入、欧州向け原油の供給量の流動化など、多方面で欧州に影響を与えており、安全保障上の重要なイシューである。このため、2017年には「NATO南方戦略ハブ(NATO Strategic Direction South Hub)」がナポリに設置され、リビアを中心とした北アフリカ地域の紛争、テロリズム、移民問題などの解決に取り組んでいる。

 2015年5月、EUは地中海EU海軍部隊(EUNAVFOR Med)による海上警備作戦「ソフィア(Sophia)」を開始した。さらに2017年7月、EU理事会はソフィア作戦の任務に、リビア沿岸警備隊の訓練、リビアからの石油密輸の監視、EU加盟国の捜査当局、欧州国境沿岸警備機関(FRONTEX)および欧州警察機関との情報共有などを追加した[12]。同作戦は2020年4月から、リビアへの武器禁輸や同国からの石油密輸を監視するための作戦「イリニ(Irini)」に引き継がれた[13]。

 しかし、欧州の対リビア政策は分裂している。リビアの元宗主国であり、距離的にも近接しているイタリアはGNAを支持する一方で、フランスは北・西アフリカにおける対テロ作戦やアフリカ諸国における自国権益の保護のためにハフタル司令官を重視し、LNAへの情報提供や軍事訓練などを行っている。両国とも独自にリビア和平会議を主催するなど、対リビア関与をめぐる主導権争いを続けてきた。フランスは、欧米の中でハフタルを公式に招待した最初の国でもある。これは、ハフタルを正統な政治アクターとして認めたことになり、GNAとイタリアは強く反発した。

 リビアの石油権益をめぐる競争も無視できない。イタリアは主にリビア西部からパイプラインを通じて原油・ガスを輸入しており、2019年12月時点で日量30万バレル超、リビアからの輸出量の30%超を輸入していると推計される。一方で、フランスは同時期に日量約8万バレル、同8%超を輸入している[14]。また、仏系企業トタルは東部内陸、南西部、西部洋上の油・ガス田に多くの権益を保有しているが[15]、今後同国への投資を拡大させる計画が報じられている[16]。

 トルコやロシアの対リビア介入が激化する一方で、両国と欧州諸国との関係は冷却化しており、リビアの安定化に向けて協調できる状況ではない。2020年7月、フランスはGNAに軍事支援を行うトルコに反発して、NATOの地中海警備作戦「シー・ガーディアン」から一時的に撤収すると発表した[17]。唯一ドイツがトルコ・ロシアとの対話に前向きであり、2020年1月にエルドアン、プーチン両大統領を招いてリビア和平会議を主宰するなど働きかけを行なっているものの、EU全体を巻き込むには至っていない。

米国―トランプ政権の分裂

 国務省や国防総省などはリビアにおけるテロリズムの拡大やロシアの進出を警戒し、GNAを支援している。2020年3月には、米国人外交官のウィリアムズ元駐リビア臨時代理大使が、国連リビア支援ミッション(UNSMIL)の代表代行に就任した。しかし、トランプ大統領およびホワイトハウスはLNAを支持し、独自の関与を行なってきた。エジプトやUAEなどLNAを支援する諸国も、トランプ政権高官に対して「リビア国内の過激主義テロ組織を抑え込めるのは軍事力を持つLNAだけだ」と働きかけている模様である。結果として、米国政府の対リビア関与は分裂し、安定化を主導できずにいる[18]。

 2019年4月のLNAによるトリポリ侵攻の直後に、ポンペイオ国務長官は戦闘の激化に反対する声明を発出し、リビアに駐留していた米アフリカ軍部隊も同国を離れた。しかしその後、ホワイトハウスはトランプ大統領が4月中旬にハフタルと電話会談を行い、「リビアにおけるテロとの戦いや石油資源の保護に向けたハフタル司令官の重要な役割を認めた」と発表した[19]。なお、サラーマ前UNSMIL代表(2020年3月辞職)は、ボルトン前国家安全保障問題担当大統領補佐官が、ハフタルによるトリポリ侵攻の計画を事前に把握していながら黙認したと指摘している[20]。

 マティス元国防長官はリビア情勢の不安定化がテロリズムの拡大や周辺国の不安定化、ロシアの進出などをもたらし、NATOの結束や米国の同盟国にとって脅威になると認識していた。このため、 NATOだけでなく湾岸諸国やエジプトといった中東の同盟国に働きかけて安定化を進めようとしていたという。これに沿って国防総省、国務省、USAIDが連携して対リビア関与政策を練っていたが、2019年1月の同氏の辞任によって頓挫したとみられる[21]。

 2020年 7月には、トランプ政権が在独米軍約1万2千人を削減すると発表したが、これに伴って米アフリカ軍も大幅な移転・縮小の計画があると報じられている。米国の中東・アフリカからの撤退傾向は、NATOの効果的な活動や加盟国間の協力を妨げており、結果としてロシアによるリビア介入の余地を広げている。

今後の展望とバイデン新政権の課題

 米国はオバマ政権時代からの対トルコ関係の冷却化に加えて、2020年の大統領選に勝利したバイデン上院議員は長年の親ギリシャ派として知られ、新政権下ではトルコへの圧力がさらに高まる可能性がある[22]。そうなれば、NATO加盟国であるトルコと欧米諸国との亀裂は一層広がり、NATOとしてリビア紛争を含めた様々な安全保障上の課題に一致して取り組み、ロシアや中東諸国の軍事介入を抑止することが困難になる。中東・アフリカ地域が不安定化する中で、国際協調や地域安定化への関与を重視する外交・安全保障政策に米国は立ち戻ることができるのか。また、EUやNATO加盟国間での利害対立を越えた協調が可能となるのか。リビアは注目すべき試金石となるだろう。

 なお、中国に関しては、楊潔篪中国共産党中央政治局委員(元外交部長)や王毅外交部長が頻繁にリビアに関する国際会議に出席したり、リビア政府首脳と会談する様子が見られる。また、リビアから中国への原油輸出も拡大している。LNAによる石油施設の封鎖が始まる直前の2019年12月には、中国に対して日量13万バレル超を輸出しているが、これはリビアからの輸出量の約15%、中国の原油輸入量の2%に当たると推計される。中国石油天然気集団(CNPC)、中国石油化工集団(シノペック)、中国海洋石油(CNOOC)など大手国有石油会社も、リビア国内で精力的に事業を行っている。中国はリビア紛争や域内対立に巻き込まれることを慎重に避けながら、同国における政治的・経済的プレゼンスの強化を図っていると考えられる[23]。

 リビア安定化のために国際社会に求められる課題とは、現状を一気に打開する「特効薬」はないという認識を持ち、中長期的に安定化を支援することだろう。これまでも、選挙や政治改革を外部から性急に進めた結果、リビアの紛争は激化してきた。ここまで混乱が続いた以上、欧米が望むような民主化や安定は簡単に訪れないであろうが、粘り強い支援が求められる。他方でリビアの安定は、中東・アフリカ・欧州の治安・テロ・移民問題の悪化や、ロシアの地政学的伸長を防ぐ防波堤になり得る。地域全体の安定化のためにリビア問題の解決が必要という視点から、主要国はリビアに対する支援(経済・開発協力を含む)を強化する必要があるだろう。

※著者の肩書は掲載時のものです。

(2020/11/30)

脚注

  1. 1 小林周「緊張高まるリビア紛争Ⅰ-トルコ、ロシアの軍事介入」『国際情報ネットワーク分析 IINA』笹川平和財団、2020年8月13日。
  2. 2 小林周「中東レポート5 リビア:各国の介入で分裂が続く」『外交』Vol.60、2020年3月、78-79頁。
  3. 3 UNSMIL, “Acting SRSG Williams Warmly Welcomes Points of Agreement in Today’s Declarations by PM Serraj and Speaker Aguila, Calling for a Ceasefire and the Resumption of the Political Process,” August 21, 2020.
  4. 4 Mohammed Abu Zaid, “Haftar, Saleh in surprise Cairo visit for crisis talks on Libya,” Arab News, September 23, 2020.
  5. 5 UNSMIL, “Agreement for a Complete and Permanent Ceasefire in Libya (Unofficial translation),” October 23, 2020.
  6. 6 UNSMIL, “Statement by Acting Special Representative of the Secretary-General for Libya Stephanie Williams on the First Round of the Libyan Political Dialogue Forum,” November 16, 2020.
  7. 7 LNAによる石油施設封鎖の背景には、石油収入を途絶・低減させることでGNAを政治的、経済的に弱体化させ、LNAにとって有利な状況を作り出す意図があったと考えられる。また、2020年1月にドイツ・ベルリンにてリビアの和平に関する国際会議が行われており、トリポリからの撤退を迫る国際社会に圧力をかけるねらいがあったとみられる。停戦合意の石油生産量の推移については以下を参照:Hatem Mohareb, “Surging Libyan Oil Output Nears 1 Million Barrels a Day,” Bloomberg, October 31, 2020.
  8. 8 UNSMIL(August 21, 2020), op.cit.
  9. 9 UNSMIL, “Acting SRSG Stephanie Williams Briefing to the Security Council- 19 May 2020,” May 19, 2020.
  10. 10 リビアおよび周辺国におけるテロリズムの伸張については、以下を参照:小林周「リビアにおける『非統治空間』の発生――交錯する過激主義組織と人口移動」日本国際問題研究所、2018年3月、pp.179-192。
  11. 11 小林周「リビア紛争の展開と地中海東部、紅海沿岸情勢との連動」日本国際問題研究所、2020年11月16日。
  12. 12 European Council, “EUNAVFOR MED Operation Sophia: mandate extended until 31 December 2018,” July 25, 2017. 2018年12月、同作戦は2019年3月末まで延長された。
  13. 13 European Council, “EU launches Operation IRINI to enforce Libya arms embargo,” March 31, 2020.
  14. 14 各種報道、分析をもとに筆者推計。
  15. 15 TOTAL, “TOTAL in Libya,” October 3, 2019.
  16. 16 Salma El Wardany, “Libya Says Total Mulls More Investment in Nation’s Oil Fields,” Blomberg, November 19, 2020.
  17. 17 France 24, “France suspends role in NATO naval mission over tensions with Turkey,” July 1, 2020.
  18. 18 なお、CIAにとって対リビア関与は非常に微妙な問題である。というのも、LNAを率いるハフタルはもともとカダフィ政権の軍高官だったが、1980年代に米国に移住し、長年にわたってCIAのカダフィ政権打倒工作に協力してきた人物だからである。この経緯からハフタルおよびその子女は米国籍を得ている。そのため、いまだにCIAとハフタルの関係は強固であり、米国の対リビア政策の一致を妨げる要因になっていると指摘される。
  19. 19 Steve Holland, “White House says Trump spoke to Libyan commander Haftar on Monday,” Reuters, April 19, 2019.
  20. 20 Carnegie Endowment for International Peace, “Libya and the New Global Disorder: A Conversation with Ghassan Salamé,” October 15, 2020.
  21. 21 米国での専門家へのヒアリング(2018年11月、2019年9月)より。
  22. 22 “Greece, Egypt seek Biden role in eastern Mediterranean dispute,” Aljazeera, November 11, 2020.
  23. 23 Frederic Wehrey, and Sandy Alkoutami, China’s Balancing Act in Libya, Carnegie Endowment for International Peace, May 10, 2020.