アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑫
分断されたケアの制度
山岸 敬和
オピオイド危機は、単なる薬物の問題ではない。それは、制度がどのように構築され、どのように機能しているのかという問題でもある。この点について重要な示唆を与えてくれるのが、ブラウン大学の医療政策研究者ブレンダン・サロナー(Brendan Saloner)である。
サロナーは、依存症対策、メディケイド(低所得者向け医療保険制度)、そして刑事司法制度と医療の関係を研究してきた研究者であり、薬物問題を個人の逸脱や犯罪ではなく、制度設計の問題として捉える視点を提示している。さらに彼は研究にとどまらず、州政府とのパートナーシップの下で政策形成にも関与し、依存症対策や医療アクセスの改善に関する制度設計にも関わってきた。理論と現場の双方からこの問題に向き合ってきた点に、彼の特徴がある。
本論考では、サロナーへの聞き取りをもとに、アメリカのオピオイド危機がなぜ深刻化したのかを、制度という観点から考えてみたい1。
厳罰主義では止められない危機
以前の論考(アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑨)でも指摘したように、アメリカの薬物政策は、長い間、取り締まりと刑罰を中心に発展してきた。国家は繰り返し規制を強化し、刑事司法制度を拡張してきた。その結果、薬物犯罪を取り締まる制度は大きく発達した。
しかし現在のオピオイド危機は、この枠組みの限界を示している。取り締まりを強化しても、違法薬物市場は容易には消えない。サロナーはこう述べる。「懲罰的な対応は、実際にあまり効果があるとは思えません」。日常的に薬物を使用する人々に対して刑罰はあまり抑止効果を持たないということに加え、彼は違法薬物の売り手について、より具体的にその限界を説明する。「多くの人を逮捕しても、翌日には別の人が薬物を売っている」。
サロナーは、刑罰が全く無意味だと言っているわけではない。大規模な密売組織に対しては一定の効果を持ちうることは認める。しかし、オピオイド危機には、異なったアプローチが必要だという。
彼が問題にしているのは、取り締まりの制度が整備されてきた一方で、依存症を予防し、治療し、回復を支える制度が十分に発展してこなかった点である。オピオイド危機は、この制度の非対称性を浮き彫りにしているのである。
緊急時に必要な治療を受けさせるために
まず、過剰摂取の状態に陥ったときに必要な治療をすぐに受けられないことが大きな問題であり、それを解決するために「No Wrong Door」という考え方の重要性をサロナーは強調する。
患者がどこに行っても、そこがケアの入り口になるべきだという発想である。病院でも、診療所でも、さらには警察や救急隊であっても、患者がどこにまずアクセスしても必要な治療にスムーズにできるだけ早く繋げる体制を整備すべきだという。
制度調整の過程には多くの利害関係者が関与するため困難であることは認めつつ、現実的な改革を模索しているという。すべての医師に薬物の過剰使用に対する基本的な訓練を受けさせるようにすることは一例である。実際、現在のアメリカでは、医師が医学校を卒業しても過剰摂取への対応を十分に学ばないまま臨床に出ることが可能である。こうした状況を変えることは、小さな一歩になるという。
必要な医療サービスを継続して受けさせるために
次にサロナーは、依存症に陥ってしまった人々に対するケアの制度が分断されてしまっていることを指摘する。「危機にある人々がいて……彼らはさまざまな制度の間をたらい回しにされている。そして、それらの制度は互いに連携していない」。深刻な依存症に直面している人々が、複数の繋がっていないケアの制度の間を「押し出されるように移動させられている」とサロナーは言う。
その具体例として、彼はメサドン治療プログラムを例に挙げる。メサドンは長時間で作用するオピオイド作動薬、すなわちオピオイド受容体に作用しつつ、より穏やかな効果を持続させ離脱症状を抑える薬である。医療機関の管理下で投与される。
サロナーは、この薬自体は患者を救うために重要な役割を果たしていると認めつつも、ケアの制度全体から見ると限界があると指摘する。「メサドン・プログラムは主にメサドンによる治療に特化しており、その他の医療サービスまでをつなげるような包括的な仕組みにはなっていない」。
さらにサロナーは、包括的な依存症対策を「ケアの連続体(cascade of care)」という概念で説明する。依存症対策は本来、早期介入、診断、治療への接続、治療の継続、長期的回復という一連の流れとして設計されるべきである、ということだ。しかし現実には、そのすべての段階で人々が制度の隙間から脱落していく。
アメリカで病気や怪我をすると、複雑な制度の中でしばしば困難に直面する。治療のプロセスが専門分化によって分断されており、紹介状が必要になったり、必要な医療機関同士が遠く離れていたり、さらには医療機関ごとに利用可能な保険が異なっていたりするためである。
過剰摂取に陥っている人々に対し、一般の人々にとっても利用が容易ではない制度への適応を求めているとすれば、この制度設計が十分に機能しないのは、むしろ当然であるとも言える。
継続的支援を提供して社会復帰させるために
依存症に陥ってしまった人が、たとえ必要なケアを受けることができて依存症から脱することができたとしても、それで問題が解決するわけではない。依存症を経験した人の多くは、仕事を失ない、収入を失ない、住居も失ない、医療保険を失なってしまっている。社会復帰をするためには、このような生活環境そのものを立て直す必要がなる。
依存症を経験した人が新たな職を得ることは容易ではない。さらに、薬物使用による刑罰や収監の経験がある場合、そのハードルは一層高くなる。賃貸住宅の入居審査にも通りにくくなり、安定した生活基盤を築くことは難しくなる。
医療保険についても課題は大きい。幸運にも優良企業に雇用されれば、多くの場合、雇用主が提供する保険に加入することができる。しかし、そのようなケースばかりではない。その場合、低所得者向け公的医療保険であるメディケイドに加入することになるが、手続きは複雑で、州によって受給要件や申請方法も異なるため、円滑に加入できないことも少なくない。
また、自営業者などは、オバマケアによって整備された医療保険取引所を通じて保険を購入することになる。しかしこちらも手続きが煩雑で、加入期間にも制限がある。そのため現在でも加入資格があるにも関わらず、実際には加入できていない人々が存在している2。
体は回復したとしても、生きていくための環境が整わなければ、再び依存症に陥る可能性は高まる。
サロナーは、治療過程をつなぐだけでなく、医療と社会を接続することの重要性を強調する。これは単に制度を増やすことを意味しない。制度へのアクセスを確保し、さらに制度同士を接続することで、人々が途切れることなく支援を受けられるようにするという、制度設計の根本的な転換を意味している。
もっとも、サロナー自身も根本的改革の実現が容易ではないことを認めている。アメリカの制度は分権的であり、そのあり方を肯定する政治文化も存在する。医療、福祉、刑事司法はそれぞれ別の論理で動いており、完全な統合は容易ではない。そこには強い政治的意思が必要であるが、現在の政治状況を見る限り、悲観的にならざるを得ないと彼は語る。
サロナーはインタビューの最後に、現場で働く人々を批判しているわけではない点を繰り返し強調した。「制度の繋がりとしては多くの機能不全を抱えているが、個別の制度の中では本当に素晴らしい人々が働いている」。問題は人ではなく、制度なのである。
オピオイド危機が示しているのは、薬物問題に対して刑罰制度だけでは十分ではないという現実である。さらに問われているのは、依存症を抱える人々を社会の中でどのように支え、回復の機会に繋げていくのか、そのために制度の連続体をいかに構築するのかという点である。
もっとも制度の連続体のあり方を考える際には、そもそも人はなぜ薬物に依存するのかという問いを避けることはできない。その背景にはどのような心理的・社会的要因が存在するのか。次回の論考では、精神科医サリー・サテルの視点から、この問いに迫りたい。
(了)
- 2026年2月13日、ブレンダン・サロナーへの聞き取り調査をオンラインにて行った。経歴については以下を参照。Brown University, “Brendan Saloner,” <https://vivo.brown.edu/display/bsaloner>, accessed on March 20, 2026. (本文に戻る)
- アメリカの医療保険については以下を参照。山岸敬和『アメリカ医療制度の政治史―20世紀の経験とオバマケア』(名古屋大学出版会、2014年)。(本文に戻る)