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論考シリーズ | No.192 | 2026.3.24
アメリカ現状モニター

アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑨
薬物統治史の中のトランプ

山岸 敬和
南山大学国際教養学部教授

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薬物問題に対する国家の対応のあり方は、必ずしも一様ではない。例えばポルトガルでは、2001年から少量の薬物の所持・使用を非刑罰化し、使用者を刑事司法で裁くのではなく保健・社会福祉の制度の中で対応する方針へと転換した。また、スイスでは、ヘロインやコカインなどの所持自体は依然として処罰の対象となるが、少量の自己使用については刑事罰ではなく罰金などの行政的対応で処理されることが多い。両国の制度は形態こそ異なるものの、依存症を公衆衛生や福祉の課題として対処する統治モデルの例と位置付けることができる1。

他方で、日本やアメリカでは、薬物は長らく「秩序」や「治安」の問題として認識され、警察による取り締まりと刑罰を中心とする対応が制度の中核となってきた2。こうした統治モデルは、社会の安定を守るという観点から正当化され、両国において広く受け入れられてきたと言える。

したがって、日本人にとって、アメリカの薬物対策は決して異質なものとして映らないだろう。現代アメリカで深刻化しているフェンタニルの問題は、まさにこの「当然」と受け止められてきた取り締まり中心の統治モデルの延長線上で生じている。本コラムでは、特定の政策の是非を論じるのではなく、この統治モデルがどのように形成され、いかなる影響を及ぼしてきたのかを歴史的にたどる。

医療から秩序の問題

19世紀末まで、アメリカにおいてアヘンやモルヒネは広く流通していた3。医師や薬局を通じて合法的に入手でき、その使用は個人の自己責任に委ねられていた。依存症は個人の問題であり、国家が直接介入する対象ではなかったのである。

しかし、19世紀後半から依存症患者が増加し、薬物使用による社会問題が顕在化すると、それまでのモデルは揺らぎ始める。1914年に成立したハリソン法は、大きな転換点となった4。この法律は、麻薬の流通と処方を厳格に管理し、違反には刑事罰を科す仕組みをもたらした。

この法律によって、医師の裁量は大きく制限され、薬物管理の主導権は、医療から司法・警察へと移行した。依存症患者は、治療の対象であるという以前に、犯罪者としても扱われるようになった。これが、その後に続くアメリカ型薬物統治の基本構造となったのである。

「麻薬との戦争(War on Drugs)」

第二次世界大戦後、薬物問題は新たな局面に入った。1930年以降すでに薬物規制は刑事罰中心へと傾いていたが、1950年代はその流れをさらに強化する転換点となった。冷戦下の反共主義の中で道徳政治が高まり、麻薬は単なる依存や犯罪の問題ではなく、社会を内側から蝕むものとして語られるようになる。1951年のボッグス法や1956年の麻薬規制法によって最低量刑が導入されるなど、刑罰は一層厳格化された。ここに1960年代後半の社会の混乱が重なった。こうして薬物問題は、医療や規制の対象であるだけでなく、国家が厳罰をもって対処すべき道徳的・安全保障的課題として再定義されていったのである。

その流れの中で1971年、ニクソン大統領は「麻薬との戦争(War on Drugs)」を宣言した。薬物問題が「戦争」という言葉を用いた比喩で語られるようになった転換期とも言える。1973年には、連邦捜査機関である麻薬取締局(DEA)が設立され、取り締まり体制は大幅に強化された。薬物・麻薬問題は、国家が戦時動員のような体制をとって対処すべき敵との戦いとして位置付けられたのである。この軍事化された発想は、以前の論考で指摘した、現在のフェンタニルをめぐる「国家安全保障」的言説につながっていく。

1980年代、レーガン政権下で、福祉関連支出が削減される一方で、薬物の厳罰主義は強化された。刑罰が強化され、最低量刑が拡大された5。これによって、医療や福祉による対応がさらに軽視され、取り締まりによる管理が優先される体制が固定化されたと言える。

政策の「自己補強メカニズム」

1990年代以降は、この統治モデルが制度として補強されていく。政治学的には、新たな政策が、受益者を生み出し、新たなルールを作り、社会がそれに適応していくことを「自己補強メカニズム(self-reinforcing mechanism)」が働くと言う6。

薬物に対する厳罰主義によって、DEA、刑務所産業、民間警備産業などが拡大した。薬物統制は、雇用や予算と結びつき、容易には縮小できなくなる7。こうして、アメリカの薬物対策は、戦争というレトリックのもとで、厳格に取り締まるモデルに非常に大きな比重を置く統治モデルへと傾斜し、いわば「取り締まり国家」が制度として強化されていったのである。

2000年以降、依存症を医療の枠組みで捉え直そうとする動きが徐々に広がった。オバマ政権下では、医療保険制度改革などと連動した治療拡充も進められた。しかし、これらの改革は、刑罰中心の制度構造そのものを転換するには至らなかったのである。

例外ではないトランプ

こうした100年以上にわたる統治の蓄積の上に登場したのが、トランプ政権である。刑罰の重視や国境管理の強化といった政策は、しばしばトランプ特有の強硬姿勢として語られるが、歴史的に見れば決して例外的なものではない、むしろ、それらは長年にわたって制度化されてきたアメリカ型の薬物統治の論理を、より明確な形で言葉にしたと理解できる。フェンタニルを「大量破壊兵器」に例える言説は、薬物問題を軍事的・安全保障的比喩で語るという、20世紀後半以来の統治スタイルを踏襲していると言える。

トランプは、「公衆衛生上の非常事態」という言葉を使った。しかし、重要なのは、これで刑罰中心の構造そのものを転換したわけではなかったという点である。医療や福祉を通じた依存症対策を大幅に拡充する方向へと舵を切ったわけではなく、基本的な枠組みは従来の取り締まり重視の延長にとどまった。むしろ、国境管理の強化や対外圧力といった手段が強調されることで、「戦争」の論理はより鮮明になったと言える。ここに見えるのは、個人の依存や治療の問題よりも、国家が対峙すべき脅威をいかに排除するかに焦点を当てる発想の継続である。

もっとも、こうした制度史だけでは対薬物政治の全体像は見えてこない。国家の統制が強化される背景には、常に社会の側、市民の側の不安と恐怖が存在してきた。取り締まりを求める声は、具体的な社会不安と結びついた時に大きくなる。次回のコラムでは、戦争、移民、都市不安といった社会的動揺が、どのように薬物問題と結びつき、現在のフェンタニルがもたらす危機的状況へと連なっているのかを考察したい。

(了)

  1. 丹内敦子「ヘロインに揺れたポルトガル、それでも厳罰より治療を選んだ」『GLOBE+』2018年12月2日、 <https://globe.asahi.com/article/11980477>(2026年3月9日参照);丹内敦子「政府がヘロインを配るスイス―薬物依存を健康問題と考える発想」 『GLOBE+』2018年12月3日, <https://globe.asahi.com/article/11980480>(2026年3月9日参照)。(本文に戻る)
  2. アメリカでは州レベルで医療用大麻や娯楽用大麻の合法化が進んでいるが、連邦法の下では大麻を含む薬物の所持や流通は依然として違法とされており、コカインやヘロインなども厳しく規制されている。(本文に戻る)
  3. 19世紀から2010年代までの薬物政策については以下にまとまっている。HISTORY.com Editors, “War on Drugs,” HISTORY.com, May 31, 2017 (last updated December 2, 2025), <https://www.history.com/articles/the-war-on-drugs>, accessed on February 12, 2026. (本文に戻る)
  4. この法律は、形式上は課税法であったが、連邦裁判所の解釈を通じて、事実上依存者への無制限の処方を違法化し犯罪化するという方向性を決定づけた。(本文に戻る)
  5. 1986年と1988年に成立した反薬物乱用法(Anti-Drug Abuse Act)がそれに当たる。(本文に戻る)
  6. Paul Pierson, “Increasing Returns, Path Dependence, and the Study of Politics,” American Political Science Review 94, no. 2 (2000): 251–67.(本文に戻る)
  7. Dan Baum, Smoke and Mirrors: The War on Drugs and the Politics of Failure (New York: Little, Brown and Company, 1996); Ruth Wilson Gilmore, Golden Gulag: Prisons, Surplus, Crisis, and Opposition in Globalizing California (Berkeley: University of California Press, 2007).(本文に戻る)

「アメリカを揺さぶるオピオイド危機」シリーズ

  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑧ 大量破壊兵器としてのフェンタニル、その政治的意味とは?」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑦ フェンタニルを止めろ!」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑥『米国へのフェンタニル密輸、日本経由か』の衝撃」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機⑤ トランプの関税政策と違法薬物問題との『ズレ』」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機④ 『絶望』にはワクチンも治療薬もない」
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その他関連の論考

  • 山岸敬和「医療保険をめぐる政治の『地滑り』―ハリス、ワルツ、ヴァンスの影響
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