1954年5月3日

中断前最後の漁業権行使について

竹島における漁業は、韓国による同島の不法占拠により中断しているが、中断前の最後となった漁業権行使が1954年5月3日に行われた。これは、久見漁業協同組合の11名が、島根県の協力の下に行い、それを海上保安庁の巡視船が護衛するというものであった。その一連の記録(日誌)が、同組合長で、出漁を行った脇田敏氏により残されている。

その記録によると、5月1日に久見港を島風で出港し、別府港に入った。その後、海上保安庁の巡視船が合流して竹島に向けて出港する予定であったが、天候が悪く待機となり、別府港を出港したのは5月2日の夜になった。

5月3日の10時頃、竹島に到着し、東島・西島の間に入り錨を下し、舟3隻に分かれて各々の地点に向かい操業を開始し、和布(ワカメ)の採取を行った。天候の悪化もあり、午後2時過ぎには竹島を出発し、5月4日の午後に帰着した。


参考資料
脇田敏「竹島漁業権行使の経過」(1954年)


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