1953年8月3日

竹島周辺海域第5次特別取締

1953年7月12日の第4次特別取締の際、巡視船へくらが銃撃を受けたことに鑑み、韓国艦艇や官憲の竹島への在留が予想されたことから、今後の取締について海上保安庁第八管区海上保安本部長室に各巡視船の船長や係官が集まり協議を行った。そして、8月2日から3日かけて巡視船へくらを使用して第5次特別取締が実施され、8月3日8時から11名が竹島の上陸調査を行った。(Ref.1)

上陸時、韓国官憲や漁民はおらず、最近に韓国人が来島した気配はなかった。第8管区海上保安本部の報告書によれば、わかめ・あわび・さざえ等の漁期が過ぎ、韓国漁民は漁業調査以外は来島しないものと思われると考察されている。また、西島において自動小銃弾と思われる実弾や薬莢等が発見され、第4次特別取締の際にへくらが銃撃されたと思われる山腹で確認された。(Ref.1)

第1次特別取締(上陸調査)の際には、日本の領土である旨を示した標柱が設置されたが、これが撤去されていることが確認された。その他にも、急造のかまど(ブリキ製)およびあわびの貝殻12個が散乱しているのを確認している。(Ref.1)

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Ref.1:「八管公機密第260号(1953年8月5日)」(海上保安庁第八管区海上保安本部開示資料)


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