沖縄返還後の戦後の調査3(1979年:旧沖縄開発庁)


1979年には日本政府沖縄開発庁による学術調査が行われている。生物関連の調査は1979年5月28日から6月7日にかけて行われ、陸上動物調査(1:主に陸上脊椎動物及び大型土壌動物)、陸上動物調査(2:主に哺乳動物)、水中動物調査(海岸動物及び陸水動物)および植物調査に関する報告がある。

(1)陸上動物調査(1:主に陸上脊椎動物及び大型土壌動物)
本調査は、池原貞雄・安部琢哉(琉球大学理学部)によって行われ、哺乳類3目3科4種、鳥類10目18科32種、爬虫類1目3科6種を確認している。また、初めて尖閣諸島から記録された種として以下のものを挙げている。 (Ref.2)

哺乳綱:ヤギ、モグラの1種、セスジネズミの1種 鳥綱:ヒメクイナ、バン、キアシシギ、メダイチドリ、ホトトギス、ヨタカ (全て魚釣島で確認)

また、分布地が新たに追加されたものとして以下のものを挙げている。
南小島:クマネズミ、カラスバト、スズメ、メジロ
魚釣島:コサギ

モグラの1種は後に新種・固有種であることが分かり、1991年にセンカクモグラとして記載された(Ref.1)、セスジネズミの1種とあわせて動物地理学上極めて価値が高いとしている。なお、南小島において海鳥類の個体数が減少しているように思われ、アホウドリも本調査では目撃できなかったこと、一方、北小島ではオオアジサシの繁殖集団(約250羽)が初めて見られたことを報告している。また、魚釣島の旧カツオ節工場付近にヤギ4頭が棲息しており、放置すれば生態系に重大な影響を及ぼす恐れがあることを述べている。大型土壌動物の調査では、陸産貝について8つの新記録種を認め、アリについて19の新記録種を確認し、土壌動物の組成で最も多かったのは等脚類で、特に海岸植生区でこの傾向が顕著であったことなどを報告しているが、これまでの学術調査の結果から生物地理学上注目すべき動物が多数分布しているばかりでなく、新種や未記録種も数多く残されているだろうと述べている。 (Ref.2)

(2)陸上動物調査(2:主に哺乳動物)
本調査は、白石哲(九州大学農学部)・荒井秋晴(九州大学大学院農学研究科)によって行われ、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、昆虫類、多足類、甲殻類、陸産及び淡水産貝類の調査が行われている。 こちらの調査でもこれまでに記録がないモグラ(1個体・雌)、および1970年に実施された九州大学・長崎大学による合同調査によって発見されたセスジネズミの1種について、2例目となるもの(2頭・雌)を採集したことに触れている。モグラは台湾産のタカサゴモグラに似ているものの、歯数、若干の形質に明らかな差異があり、セスジネズミの1種についても、タイワンセスジネズミに似ているものの明らかな差異が認められ、種名の決定に今後の検討を要するとしている。また、爬虫類についても、アカマダラとは別種のユンナンマダラの1亜種が採集され、これは新しい亜種、センカクマダラ(仮称)として公表予定であるとし、尖閣諸島は生物の宝庫ともいうべきで、自然保護について積極的な対策を講じるべきであるとともに、ヤギの除去を課題として挙げている。 (Ref.3)

(3)水中動物調査(海岸動物及び陸水動物)
本調査は、西島信昇・吉野哲夫(琉球大学理学部)によって行われ、尖閣諸島では初の沿岸魚類相の報告を含む。魚釣島・北小島・南小島の海岸環境の記載に続き、魚釣島・南小島で38科82属155種の沿岸魚類が確認され、尖閣諸島に固有な種は認められないとしている。注目すべき魚種としてイヌザメ・ツキチョウチョウウオをあげ、イヌザメは日本近海からは初めての記録であり、ツキチョウチョウウオは高知県を除いて信頼すべき記録がないものの、この調査では普通に観察されたと報告している。 (Ref.4)

所産種数としては少なく、全般に造礁サンゴの発達の不良と関係していることを推定している。一方、尖閣諸島周辺は潮流が速く、波浪が強いこととも関連して、魚体が大きく遊泳力のある魚種が多く、開放的な岩礁性海岸に見られる魚種の一般的傾向と一致するとしている。(Ref.4)

軟体動物は40科68属127種が確認され、魚釣島から78種(うち64種が初記録)、南小島から96種(うち70種が初記録)であり、尖閣諸島としては41種が初記録で、採集されたほとんどの種は琉球列島でみられる種であるもで、種類相は琉球列島と共通する点が多いと述べている。ところが、ウニヒザラガイは日本では尖閣列島に限られていて、生物地理学上興味ある種であることや、琉球列島では普通にみられるチョウセンサザエが確認されず、それに対してマルサザエが多く採集されていることや、琉球列島では通常珊瑚礁の礁縁部付近に生息しているハチジョウダカラが魚釣島や南小島ではタイドプールで多数観察されたことから、尖閣列島の隆起珊瑚礁海岸にみられるタイドプール帯が、生物の生息場所としては琉球列島の現世珊瑚礁における礁縁部に相当するものであることを示していると述べている。(Ref.4)

また、イセエビの調査では、魚釣島・南小島で採集された個体のほとんどが、外海に面した波の荒い礁に多いシマイセエビであり、調査の結果から隆起サンゴ礁海岸の縁辺部においてシマイセエビが多数生息していることを推定している。(Ref.4)

陸水動物については、確認されたトゲナシヌマエビ・サキシマヌマエビ・オオウナギは幼期は海で浮遊生活を行っており広範囲の分散が可能であるが、イボアヤカワニナとミヤザキサワガニは純淡水性であり、その分布が尖閣諸島の地史と関連するものと考えられ、生物地理学上注目すべきであるとしている。(Ref.4)

(4)植物調査
本調査は、新納義馬・新城和治(琉球大学教育学部)により、合計131地点(魚釣島68地点・南小島40地点・北小島23地点)で実施された。各島の調査結果は以下のようにまとめられている。(Ref.5)

魚釣島:シダ植物66種、裸子植物1種、被子植物272種を確認し、そのうち20種が新たにその分布が確認されたもので、中でもセンカクトロロアオイは琉球列島新記録であると報告している。魚釣島で植物社会学的に識別した群落を、山頂部風衝植生(イヌマキ-ユウコクラン群落、シャリンバイ-ヤブラン群落(センカクツツジ-センカクオトギリ群落))、斜面高木林(ビロウ-コミノクロツグ群落)、低地部風衝低木林(ガジュマル-アカテツ群落)、海浜植生(クサトベラ-モンパノキ群落、シロバナミヤコグサ群落、イソフサギ群落、ミズガンピ群落、ソナレムグラ-コウライシバ群落、ハチジョウススキ群落、オオミズゴケ群落、タイワンハマサジ群落、ハマゴウ群落、ハマダイゲキ群落、シオカゼテンツキ-ハマボッス群落、ボタンニンジン-シママンネングサ群落)の群落を示している。 本報告でもヤギに触れ、発見場所周辺の林内の林床植物やマント群落などに、踏圧や喫食などによる破壊の跡が残されていること、またそれらの喫食植物を24種報告している。 (Ref.5)

南小島:所産植物シダ植物6種、被子植物55種と貧弱で、自生植物が少なく、植生は草本性の群落が主体で、隆起性サンゴ礁の植生(コウライシバ-ソナレムグラ群落、ミズガンピ群落、モクビャツコウ群落、イソフサギ群落、ハマササゲ-グンバイヒルガオ群落)、砂浜植生(ハマボッス-ハマヒルガオ群落)、岩山の植生(フタマタメヒシバ-シママンネングサ群落、ホウビカンジュ群落、ヤンバルタマシダ群落、ガジュマル群落)を示している。(Ref.5)

北小島:北小島は最も所産植物が少なく、シダ植物3種、被子植物33種の36種を確認、植生の発達も岩山に発達した草地が主体であるとし、隆起サンゴ礁植生(イソフサギ群落、モンパノキ群落)、岩山の植生(フタマタメヒシバ-シママンネングサ集落、タビエ群落)を示している。(Ref.5)

なお調査の結果は、魚釣島・北小島・南小島の現存植生図、および魚釣島の植生配分模式図(模式断面における植生の高度分布)としてまとめられている。(Ref.5)

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出典(上・中・下):沖縄開発庁『尖閣諸島調査報告書(学術調査編)要約版』(1980年)


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Ref.1 :Hisashi ABE, Satoshi SHIRAISHI and Shusei ARAI「A New Mole from Uotsuri-jima, the Ryukyu Islands」、『Journal of the Mammalogical Society of Japan』15(2)(1991年2月)47-60ページ

Ref.2 :沖縄開発庁『尖閣列島調査報告書(学術調査編)』第1章(池原・安部)(1980年)

Ref.3 :沖縄開発庁『尖閣列島調査報告書(学術調査編)』第2章(白石・荒井)(1980年)

Ref.4 :沖縄開発庁『尖閣列島調査報告書(学術調査編)』第3章(西島・吉野)(1980年)

Ref.5 :沖縄開発庁『尖閣列島調査報告書(学術調査編)』第5章(新納・新城)(1980年)