1895年1月22日・2月2日

標杭建設の指令案文の作成


1895年(明治28年)1月22日、内務省は内閣批第十六号に基づいて沖縄県知事への指令内容について協議すべく、外務省に指令の案文を送付。 内務省は指令の案文として「明治廿六年十一月二日付甲第百十一号上申標杭建設ニ関スル件聞届ク」を提示し、これに内務外務両大臣が署名することを予定。外務省は本文指令を浄書し調印した上で、2月2日に内務省へ返付したことが付記されている。(Ref.1)
(補足)従って、沖縄県に本指令が送付されたのは2月3日以降と考えられる。


tit
Ref.1 :秘別第一三三号ノ内「久場島魚釣島ヘ本県所轄標杭建設ノ件」
(外務省外交史料館所蔵外交記録『帝国版図関係雑件』1-4-1-7)

参考資料
南方同胞援護会機関誌『季刊沖縄』63(1972年12月31日)
特集 尖閣列島第2集 p.121~122