戦前の産業

  • 2020年05月18日

戦前の小笠原諸島の主な産業は、農業及び漁業であった。農業では、明治10年頃から熱帯植物や内地の有用植物が移入され、藍の栽培がなされたが、適応せずにすぐに衰えた。その後、サツマイモやバナナの栽培がおこなわれたが、糖価の暴落や病虫害によってこれも衰退した(Ref. 1)。昭和に入ると、亜熱帯性の気候の特性を活かし、冬季を中心にトマト、キュウリ、カボチャなどの栽培が盛んになり、内地に出荷した(Red. 1, 2)。
漁業では、明治の末期から本格的に漁業開発の施策がとられ、農業と並んで主要産業であった。マグロ、ムロアジ、サワラ、アオウミガメ、クジラなどの漁業が行われていた(Ref.1,2)。
兄島、母島に鯨解体工場、父島、母島には製氷工場があった。また、カツオ節やムロ節製造、製糖(白下糖、赤玉糖)、酒造(焼酎)、製菓(アメ、センベイ、マンジュウ)等が生産されていた(Ref.2)。

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Ref.1:南方同胞援護会『小笠原の現況 -付小笠原返還の記録』(1969年)pp. 37-41
Ref.2東京都小笠原支庁『管内概要』令和元年版p. 79