はじめに

 2月8日、「在外邦人等の輸送」を規定した自衛隊法(以下、「隊法」)第84条の四について、政府は閣議決定を経て改正案を国会に提出した[1]。改正の契機となったのは、昨年8月に実施されたアフガンにおける邦人等の輸送に際して顕在化した判断の遅れに起因するものだ。岸田首相は当時から是正のために法改正の必要性を主張しており、今回の改正についても首相自身が防衛省に検討を指示していたとされる[2]。

 当時、アフガニスタンから退避させることができたのは米国から依頼されたアフガン人14人と、退避を希望した邦人1人にとどまった。※

 この結果、活動期限を迎えた自衛隊機が撤収したあとに、日本大使館やJICAに勤務する現地の協力者とその家族約500人が取り残されたことから、そのような日本への協力者とその家族も輸送すべきとの批判が噴出した[3]。

 今回の改正案においては、そのような日本に協力する外国人を輸送するための自衛隊派遣にも道を開いている。しかし一方で、台湾有事に大量に発生することが想定される日本と無関係の外国人退避者の輸送を目的とした自衛隊の派遣(以下、「外国人輸送派遣」という。)の問題は残されたままになっている。これについて、「日本と無関係の一般外国人のみの輸送を可能にする方策も検討したが、夏に参院選を控える今国会の会期延長は困難なため断念し、改正範囲を最小限に絞りこんだ[4]」との報道からは、法改正の検討段階では外国人輸送派遣も検討されていたようである。

 何故この問題が今回同時に改正できなかったか、法改正の検討において「最小限」を超えると判断された背景の本質を整理して理解しておくことは次の改正の検討に意義あるものと思料される。本稿においては、改正案の内容を整理・分析するとともに、外国人輸送派遣の改正が見送られた理由について、自衛隊法の基本構造の分析から読み解くとともに、緊張するウクライナ情勢から見えたNEO(非戦闘員退避行動)[5]の問題点も分析することとしたい。

改正案の内容

 今回の改正案は次の3つの内容からなる。

① 政府専用機による輸送を優先する要件の撤廃

 現行規定は、在外邦人等の輸送は政府専用機を使用することを原則として、状況によってその使用が困難な場合には、自衛隊の輸送機や船舶などでも行えるとしている。改正案では、判断の遅れに繋がるこの政府専用機の優先使用の記述を削除して、政府専用機の使用可否を検討せずに、機動性の高い自衛隊の艦船、航空機を使用できるようにすることで判断の迅速化を図ることとしている。

② 安全の確保の要件の見直し

 現行規定は、「輸送を安全に実施することができる」場合に限り実施できる内容になっている。アフガンの事例ではこの要件を厳格に判断するあまり、現地の安全確認に時間を要して派遣の判断が遅れたと指摘された[6]。改正案では、過度に厳格な判断につながる「輸送を安全に実施する」という文言を、予想される危険を避けるための「方策を講ずる」に改めることで、判断の迅速化を図っている。

③ 主たる輸送対象者の範囲の拡大

 現行規定は、輸送対象者をあくまでも日本人である邦人に限定する一方、外国人の輸送は、外務大臣から依頼に基づく同乗者に限っている。改正案では、主たる輸送対象である「邦人」の範囲を拡大させて、日本国籍を有しない「邦人の配偶者若しくは子」、「名誉総領事若しくは名誉領事」、「在外公館や独立行政法人の現地職員に採用された者」を追加することで、日本人の輸送対象者が不在であっても、そのような外国人輸送のために自衛隊を派遣できることとしている[7]。

自衛隊の行動に関する隊法の基本構造

 隊法は、第3条に自衛隊の任務を「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つ」ことと規定し、当該任務は一つの「主たる任務」と二つの「従たる任務」から構成されている。その任務は第6章に個別具体的に列挙され、当該各行動時に認められる権限を第7章に規定している。さらに第8章には、任務には当たらないが自衛隊が行う協力や手続きなどが規定されている[8]。こうして自衛隊の行動は、他の法律に基づくものも含めて、すべての行動と権限の根拠が隊法に規定され、行動の根拠となる規定がない行動は認められない[9]。いわゆるポジティブリスト形式が採用されている。

 ここでいう「主たる任務」に該当するのは「自衛隊が我が国を防衛する」ために行う「防衛出動」であり、これは、唯一自衛隊のみが様々な権限を付与されて行うことができる。

 二つの「従たる任務」のうち、一つは「必要に応じ、公共の秩序維持にあたる」ものであり、治安出動や海上警備行動などの警察機関を補完するために警察権を行使する行動のほか、領空侵犯対処、弾道ミサイル等破壊措置や災害派遣も含めた、広い意味で国及び日本人の安全を保つための秩序維持を目的とする行動である。この「我が国の防衛」と「公共の秩序維持」の二つの任務は、日本の安全に直接かかわるものとして第3条の第1項に規定されている。

 これに対して、もう一つの「従たる任務」は、「主たる任務の遂行に支障を生じない限度において」という条件を課した上で、「かつ、武力による威嚇又は武力の行使に当たらない範囲において」、「別に法律で定めるところにより自衛隊が実施することとされているもの」として第2項に規定される。具体的には、重要影響事態法、PKO法、国際平和共同対処事態法等の個別の法律で定める自衛隊の国外における協力・支援等がこれに該当する。これらの活動は、自衛隊が協力・支援として行うものであることから、従来は任務に該当しないものとして第8章に規定されていた。しかし、自衛隊の任務が多様化したことを背景に任務の見直しにより2006年の法改正により任務化され、いずれも国会承認の対象となる任務として第6章に移された[10]。

隊法上の在外邦人等の輸送の位置づけと外国人の輸送

 もともと在外邦人等の輸送は、任務には当たらない活動を規定する第8章の第100条の八として置かれていた。これは、在外邦人等の輸送が外務大臣からの依頼を受けて行うものであることから、外務省に対する協力・支援の活動として位置付けられていたことによる[11]。現行規定は、前述の任務の見直しにより第6章の第84条の四に置かれているが、その目的は、あくまでも第3条が「我が国の」と規定する邦人の安全にあり、外国人の輸送は人道的見地に立った付随的な「同乗」として認めているに過ぎない。

 この「同乗」の内容については明確にされていなかったが、従前から、邦人輸送の目的で派遣された場合に、仮に輸送対象者のすべてが外国人となるような場合が生じても邦人の数や状況に照らして適切に決定されている限り排除はされないという整理もされていたようである[12]。これが昨年のアフガン派遣において、アメリカの依頼による14名のアフガン人のみの輸送が行われたことで、邦人等輸送として外国に派遣された場合には自衛隊が外国人のみを輸送することは排除されないという重要な先例となった。しかし台湾有事を念頭に置けば、外国人輸送派遣については未解決のまま残されている。

残された外国人輸送派遣の問題

 今回の改正理由は、あくまでも先のアフガン派遣において現実に顕在化した問題点の是正であることから、将来の台湾有事に想定される外国人のみの輸送を目的とした派遣の問題は対象外となる。こうした将来の問題に備えた法整備には謙抑的で、原則として現実に生じた問題についてのみ対応するという姿勢は、従来からの日本の法整備の特徴として言えることである[13]。

 今回の改正案は、第3条の任務のカテゴリーからは第1項の「邦人の安全」を目的とする「公共の秩序維持」としての行動として整理している。このため改正案は、日本人に限られていた「邦人」の定義を拡大させて、日本の協力者たる外国人についても「国の安全を保つために」必要な「邦人」に含まれるという整理にしたものといえる。

 これに対して、外国人輸送派遣は、諸外国や国際社会に対する協力・支援であり、形式論から言えば、隊法3条の任務のカテゴリーからは第2項の協力・支援としての任務に該当し、仮に改正するとなれば、第6章では第84条の四ではなく、国会承認の対象となる第85条の五に置かれて然るべきである。そうだとすると、外国人輸送派遣の枠組みを創設するには、第3条の「別に法律で定めるところにより自衛隊が実施することとされているもの」という規定に従い、別途個別の法律の制定したうえで、第85条の五の改正が必要となる。形式論からは、この改正があるべき姿であるが、法の改制定には法案の作成から国会審議など、多大の時間を必要とする。しかし、現在のウクライナの情勢緊迫に見られるように、台湾有事もいつ起こるかも知れず、大量に発生する在台外国人の退避への日本の支援は喫緊の課題といえる。

 それでは現行法の枠組みでは、まったく出来ることはないのかと言えば、緊急避難的ではあるが、重要影響事態あるいは国連総会等の決議があれば国際平和共同対処事態としての対応が考えられる。両事態における対応措置は、本来は事態に活動する米軍等の外国軍隊に対する協力・支援として位置づけられており、イラク特措法[14]に規定されていた「人道復興支援活動」としての「輸送」のような人道的目的の輸送は規定されていない。しかし仮に、外国軍隊が外国人の退避作戦に従事することとなれば、当該活動を行う外国軍隊に対する役務の提供として外国人のみの輸送も法律の枠内に納まるとの整理が可能とも考えられる。

ウクライナ危機が示唆する台湾有事に向けた喫緊の課題

 現在のウクライナにおける緊張の高まりに、各国ともアフガンでの反省を踏まえて迅速な自国民退避に取り組んでいる。2月12日、バイデン大統領はロシアによる軍事行動の脅威の増大を理由に、ウクライナに残っているすべてのアメリカ市民に対して直ちに出国するよう要請し、イギリス、オランダ、韓国など、多くの国も在留自国民にウクライナを離れるよう警告している[15]。

 日本の外務省も、2月11日の段階でウクライナの危険情報を最も厳しい「レベル4」(退避勧告)に引き上げ、11日時点で150人程度残っているとされる在留邦人に対して、早期退避の強いメッセージを発出している[16]。

 ここで注目すべきは、アメリカの対応である。バイデン大統領は、2月11日のNBCのテレビインタビューにおいて、ロシアがウクライナに侵攻した場合について「テロ組織を相手にしているわけではない。我々は世界最大の軍隊の一つを相手にしている。これは非常に異なった状況であり、事態は急速におかしくなる可能性がある」としたうえで、「それはアメリカとロシアが互いに撃ち合いを始める世界大戦」であり、その様な事態にアメリカ人を救出するために軍隊を派遣しないと明言し、「我々は、これまでとは全く異なる世界にいる」と付け加えた[17]。また同日、国務省で行われた電話記者会見でも、国務省高官が、ロシアがウクライナのいずれかの場所で軍事行動を起こした場合、アメリカ政府はアメリカ国民を救出することはできないと明言し[18]、国務省の退避勧告でもこの点を強調している[19]。

 このように武力紛争状態に突入した段階では、バイデン大統領が指摘するようにNEOのために軍隊を派遣するのが現実的でないことは各国の共通認識でもある。ただし、それは武力紛争状態になれば軍隊は軍事作戦に専従するため、計画的なNEOに専従できなくなるということであり、文民(非戦闘員)の保護が蔑ろにされるということではない。軍事作戦の最中においても取り残された文民がいれば、当然に保護される。重要なことは、ウクライナ情勢でロシアが国境付近に大規模な兵力を集中させ、いつ侵攻に転じてもおかしくないというような事態においては、できるだけ早期に民間の輸送手段によるNEOに努力を傾注することである。

 したがって軍隊によるNEOは、民間による輸送の質的・量的な限界を補完するために機能させるということに尽きると考えられる。おそらく台湾有事はウクライナの場合のように黒白がはっきりしたものでなく、限定的なグレーゾーン事態に近いケースから大規模な軍事力動員をともなうものまで多様な事態を想定すべきであろう。いずれにせよ、仮に中国が奇襲侵攻を行った場合には、非戦闘員の退避が進まない中で軍事作戦に突入することになり、混乱は避けられないと考えるべきだ。だとすれば小規模ながら高度の能力を要するNEOを想定することも必要だ。いずれのケースにおいても関係各国の個別的な対応には限界がある。アフガンではカブール空港の空港管理や航空管制などをアメリカが一元的に担ったが[20]、しかし、各国が独自に行った輸送途中の一時退避先や退避者の収容の調整は、受入れに拒否的な国もあり、必ずしも円滑には実施できなかった[21]。台湾有事においては、港湾・空港を利用する船舶、航空機の管制は台湾当局が担うが、大量の運航調整には支援が必要になることも考えられる。また、アフガンで問題化した一時退避先や退避者の収容先の調整等などは、国連関係機関などと連携した総合的な調整機能を早期に確立することが必須である。

 とりわけ台湾有事に際しては、大量の発生が予想される退避者に対応できる大きな輸送能力はアメリカと日本に集中している。筆者は本サイトにおいて台湾有事に各国が自国民の退避を日本に期待することは必然であり、これに対応できなければ広く国際社会への責任として、深刻な問題を引き起こすことになるとして、外国人輸送派遣の整備の重要性を指摘した[22]。

 台湾有事への対応には日米が主導的に対応することが不可欠である。日本は、外国人輸送派遣の問題をはじめ、どの様な役割を果たせるか、また、果たさなければならないかについて、日米の役割分担を中心に余裕のある時期に詰めておくことが喫緊の課題である。

(2022/02/18)

※2月18日付けの記事において、退避希望者にJICAの職員が含まれると記述しましたが事実誤認で、JICA職員は含まれていません。また退避先は日本ではなくパキスタンのイスラマバードでしたので、2月25日に本文を訂正いたしました。

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Further Legal Changes Needed to Enable Transport of Nonnationals: Ukraine’s Lessons for a Taiwan Contingency

脚注

  1. 1 「防衛省設置法等の一部を改正する法律案」防衛省『第208回国会(常会)提出法案』2022年2月8日。
  2. 2 松山尚幹「邦人輸送、外国人だけでも輸送可に 自衛隊法改正案の概要判明」『朝日新聞』2022年1月14日。
  3. 3 前野全範「痛恨の500人置き去りで終わった日本のアフガン退避作戦。出遅れと失敗の背景は?」NTV『日テレニュース24時』、2021年8月31日。
  4. 4 天野雄介「自衛隊法改正案…「外国人の輸送」課題残る」『読売新聞』2022年2月2日。
  5. 5 外国において緊急事態に遭遇した自国民を退避させる行動は、一般に「非戦闘員の退避行動(Noncombatant Evacuation Operations: NEO)」と呼ばれ、日米防衛ガイドラインでも同様の表現が用いられている。日本の「在外邦人等の輸送」はこれに相当するが、日本特有の自衛隊の国外活動に対する制限により、諸外国が行う一般的な活動に比べてかなり制限されたものとなっている。拙稿「アフガン事例で問われる台湾有事における「在外邦人等の輸送」(前編)―アメリカの「非戦闘員の退避行動」の概念と過去の在外邦人退避事例―」笹川平和財団『国際情報ネットワーク分析 IINA』2021年9月28日。
  6. 6 「輸送の安全」の確認に起因する対応の遅れは、アフガンの事例において初めて起きた問題ではなく、イラン・イラク戦争時の1985年の邦人退避においても「安全の確認」が遅れにより邦人の国外脱出が間に合わず、トルコなど外国の協力・支援によって退避させることができた事例がある。事案の詳細については、同上拙稿を参照。
  7. 7 防衛省『第208回国会(常会)提出法案』2022年2月8日。
  8. 8令和2年版 防衛白書
  9. 9 防衛所設置法第5条は、自衛隊の任務、行動、権限等については「自衛隊法の定めるところによる。」と規定していることから、隊法以外の法律に基づく行動・活動についても、隊法に重ねて規定されている。このような規定はインデックス規定と呼ばれている。
  10. 10 防衛庁設置法等の一部を改正する法律第118号(平成18年12月22日法律第118号)。
  11. 11 外務省設置法第4条第1項九号は「海外における邦人の生命及び身体の保護その他の安全に関すること。」として、在外邦人の保護を外務省の所掌事務と規定している。
  12. 12 田村重信、高橋憲一、島田和久編著『日本の防衛法制』(初版)内外出版、2008年、188頁。
  13. 13 日本の法整備の特徴については、拙稿「日本の緊急事態対処における非強制措置の是非を考える(後編)―日本の非強制措置の特徴・歴史・課題」笹川平和財団『国際情報ネットワーク分析 IINA』2020年5月25日。
  14. 14 「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(平成15年法律第137号)。
  15. 15Ukraine tensions: Joe Biden says US citizens should leave Ukraine now,” BBC, 12 February 2022.
  16. 16 今後の情勢次第では、民間航空機の運航が停止される可能性も否定できません。多くの国が同様にウクライナ国外への出国を勧告しており、商用便への予約が殺到し座席の確保が困難となるなど、今後出国が著しく困難になる可能性もあります。このため、現在ウクライナに滞在されている方は、民間商用機を含む最も安全な手段で、直ちに退避してください。ウクライナへの渡航は、どのような目的であれ、止めてください。ウクライナの危険情報【危険レベルの引き上げ】」外務省『海外安全情報(危険情報)』、2022年2月11日
  17. 17 Teaganne Finn, “Biden warns Americans in Ukraine to leave, says sending troops to evacuate would be 'world war',” NBC News, 11 February 2022.
  18. 18A Senior State Department Official On Our Diplomatic Presence in Ukraine,”
    Office of the Spokesperson: U.S. Department of State, SPECIAL BRIEFING, Via Teleconference, February 12, 2022.
  19. 19Why doesn’t the U.S. government use the U.S. military for all evacuations?” U.S. Department of State — Bureau of Consular Affairs, Travel.State.Gov.
  20. 20 David Shepardson, “More than 60 countries say Afghans, others must be allowed to leave Afghanistan,” Reuters, August 16, 2021.
  21. 21 とりわけEU加盟国の中には、大人数の難民のEU域内に受け入れで国民らが反発した2015年の移民危機の繰り返しは避けたいとする国もあった、“Afghanistan: How many refugees are there and where will they go?” BBC, 31 August 2021
    また、アメリカは退避者の収容先に限界が近づいたことから、日本や韓国にも米軍基地の利用を検討した、Gordon Lubold and Alison Sider, “U.S. Considers Ordering Commercial Airlines to Help in Afghan Evacuation,” The Wall Street Journal, August 21, 2021.
  22. 22 拙稿「アフガン事例で問われる台湾有事における「在外邦人等の輸送」(後編)―アフガンの教訓を台湾有事に生かすための課題―」笹川平和財団『国際情報ネットワーク分析 IINA』2021年10月5日。