前編においては、日本の「在外邦人等の保護・輸送」に相当する諸外国の「非戦闘員の退避行動:NEO」について、国際社会におけるその正当性の根拠、諸外国の実行例等について分析を試みた。これに続いて本稿では、台湾有事を視野に入れて、アフガン事例で顕在化した日本の「在外邦人等の輸送」(以下、「邦人等輸送」)に内在する問題点を分析し、アフガン事例と台湾有事におけるNEOの相違を比較したうえで、台湾有事に際しての日本のNEOについて考察する。
5 日本の「邦人等輸送」
(1) アフガニスタンにおける「邦人等輸送」
「邦人等輸送」は過去に4件行われているが、いずれも10人以下の小規模なものにとどまっており[1]、今回のアフガニスタンは5例目となる。
米軍の撤退期限が迫った8月15日、アフガニスタンのほぼ全域で勢力を拡大させていたタリバンが首都カブールを制圧した。8月11日にワシントンポスト紙とCBSニュースが、10日の当局者の情報として「米軍は現在、崩壊が90日以内に起こる可能性があると評価している」と報じていたが[2]、多くの国はこれほどの早さを予想していなかった[3]。このため、欧米諸国は相次ぎ自国在留者や大使館員の退避を急いだ[4]。
日本の外務省は当初、8月18日を期限として民間のチャーター機で、日本大使館の職員やアフガン人スタッフなど、およそ500人を退避させる退避計画を作っていた。そして日本政府は、治安情勢が悪化した場合に備えて、アメリカの軍用機に余裕がある場合は大使館職員を同乗させる「覚書」を交わしていたが、対象は日本人職員のみで、アフガン人スタッフは含まれていないことから、外務省は、まずは日本人職員12人をアメリカ軍機で退避させる判断を下し、8月17日に退避させることで調整がついた。しかし空港に向かった車両が米軍機の出発期限に間に合わず、急遽イギリスに依頼して英軍機でアラブ首長国連邦のドバイに退避させた[5]。
翌18日以降、外務省は各国に軍用機でのアフガン人職員らの同乗を依頼したが、空席の確約を得られず、米軍から「自衛隊機での輸送を考えるべきだ」と助言された。このため22日夕刻、首相公邸で菅首相と国家安全保障局長、危機管理監、外務・防衛の事務次官らが協議し、自衛隊派遣の方針が固まる[6]。そして翌23日、外務大臣臨時代理(官房長官)から防衛大臣宛の輸送の依頼を受けて[7]、同日、防衛大臣はアフガニスタンからの邦人等の輸送活動を実施するための命令を発出した[8]。この自衛隊による「邦人等輸送」は、最大約500人と想定される残された邦人とアフガン人スタッフとその家族を自衛隊輸送機によりカブール空港から隣国パキスタンのイスラマバードまで複数回に分けて移送することで週内の退避完了を目指した[9]。
25日の夕刻に3機の空自輸送機がカブール空港に到着し、翌26日に米国政府の依頼を受けたアフガン人14人をイスラマバードに輸送した。しかし同日夕刻、2人の日本人と約500人のアフガン人が27台のバスに分乗し、まさに空港に向けて出発するときにカブール空港ゲート付近で大規模な爆発が発生した。空港周辺は大混乱となり米軍は空港ゲートを閉鎖し、空港への移動も不可能な状況からこの退避を断念せざるをえなくなった。その後、タリバンとのパイプを持つカタール政府からドーハの日本大使館に「アフガン人でなければ検問を通過させることでタリバンが合意した」と連絡が入る。この時点でアフガン人の退避は断念を余儀なくされ、バスで空港に到達できなかった2人の日本人のうち退避を希望した1人のみがカブール空港に移動しイスラマバードに退避した[10]。
こうして退避希望者が空港にたどり着けない状況が続くなか、以後の空港における自衛隊機を運航に目途がつかなくなったことから、31日、外務大臣から防衛大臣に任務終了の依頼がなされ、防衛大臣が任務終了の命令を発した。これを受けて周辺国に待機した自衛隊の部隊等を帰国させることとなり、結局この輸送は邦人1人とアフガン人14人の輸送のみという結果に終わった[11]。
(2) アフガン事例における論点
15日のカブール陥落を受けてすぐに軍用機を現地に送った米欧をはじめ、ほとんどの国が18日までに退避行動を開始した一方、日本は17日に大使と大使館員を退避させたのみで[12]、他の邦人、アフガン人関係者の退避が後回しにされた形になったことと、自衛隊機の派遣が欧米より1週間近く遅れたことから、その対応の遅れに対して多くの厳しい批判が寄せられた[13]。「対応の遅れ」は言葉を換えれば「判断の遅れ」であり、その要因として指摘されたのが「輸送の安全」である。これに関しては、前編で触れた1985年のイランからの邦人退避で生じた政府の「判断の遅れ」が繰り返された形となった。
自衛隊法第84条の四に規定される「邦人等輸送」であるが、この条文が自衛隊法に追加された1994年当時は、未だに自衛隊の海外派遣に強い抵抗感が残っていた。この結果、武器の使用に繋がる可能性を排除するために「輸送の安全」が確保されていること、輸送の範囲や輸送対象者や輸送機等の防護のための武器の携行・使用などが制限されるという実態から大きくかけ離れた規定となった。これらの制限はその後、実態に合わせて改正され、現在では、今回のアフガニスタンではその状況から見送られたが、自衛隊法第84条の三に「邦人等の保護措置」が追加され、輸送にとどまらず厳格な条件の下ではあるが、輸送妨害の排除や危害が加えられる恐れのある邦人等の警護、救出まで可能となっている。一方で、「邦人等輸送」には、厳しい制限を課した当初の「輸送の安全」が規定に残されており、この制限が対応の遅れを招いたとして法改正の議論も出た[14]。
「輸送の安全」の判断は政治に委ねられている。今回の派遣について、政府は「カブール空港では、米軍が空港内及びその周辺における安全確保や周辺空域における航空管制を行い航空機の離発着が正常に行われている。タリバンについても、カブール空港からの人員輸送を妨害する動きは見られていない。こうした状況を踏まえ、輸送の安全は確保されている」としている[15]。
今一つの問題として「相手国の同意」の指摘もあった。この要件は、法律の条文には規定されていない。しかし政府は、議員立法提出時に作成された資料において「領域国の同意を得るということが前提であるということは示して」いることから、この要件に拘束されるとしている[16]。今回のアフガニスタンでの要件について、政府は「現在のアフガニスタンのような例外的な状況において、緊急的な措置として人道上の必要性から安全が確保されている状況で自国民等の退避のために輸送するものであり、仮に明確な同意が取れていないとしても国際法上の問題はない」との判断を示した[17]。したがって今回のアフガン事例は、同意を得るべき相手がいない状況下においては、同意なく他国領域に入って「邦人等輸送」ができる場合もあることを示した重要な先例となった。
6 台湾有事におけるNEOと日本の役割
(1) アフガン事例との相違
アフガン事例の教訓を台湾有事でのNEOに反映させるにあたっては、まず、両国の相違の整理が必要である。
アフガニスタンは陸に囲まれ海との接点がないため、アフガン事例では一部の陸路からの退避者を除き、退避は唯一のカブール空港からの空路に依存した。そして8月末までは空港の安全と空港内の管理・サービスは米軍等により維持されていた。カブール市内も一部の爆破テロはあったが、タリバンによる検問等の混乱はあったものの妨害行為はなく、戦闘状態にもなかった。
一方、台湾はアフガニスタンとは対照的に周囲を海に囲まれている。しかし台湾には大型民間機が離着陸できる複数の国際空港のほか、滑走路の短い国内便向けの地方空港も各地に多く点在している。このことで、事態が緊迫し臨時の民間チャーター機の運航が集中するような事態には、短距離離着陸が可能な軍用輸送機による地方空港からの退避も可能となる。
他方で、アフガンで各国がNEOを実施できた「空港の安全」に関しては、台湾有事の最悪の事態は致命的な中国による攻撃が想定されることである。台湾の空港には軍民共用のものが多いが、戦時には民間空港も軍時利用が可能なことから必然的にすべての空港が攻撃目標となることから、空港からの退避はほとんど不可能となる。このため、戦時に取り残された非戦闘員は、海上からの退避に依存することとなる。この場合、取り残された退避者を指定された集結地からヘリコプターで艦船にピストン輸送するという、まさにサイゴン陥落時のアメリカが行ったNEOのような作戦にならざるを得ない。そして、日米にはそのための高い能力がある。いずれにせよ、NEOの成功には平時の民間機が運航されている間にいかに多くを退避させるかということが鍵となる。
(2) 国際貢献としての日本のNEO
朝鮮半島有事を念頭に1997年に改訂された日米ガイドラインにおいて、はじめて協力事項に「非戦闘員を退避させるための活動」という文言が明記され、そのなかで「日本国民又は米国国民以外の非戦闘員について同様の必要が生じる場合には、日米両国が、各々の基準に従って、第三国の国民に対して退避に係る援助を行うことを検討することもある。」と謳った。同様の記述は2015年に改訂されたガイドラインにも継承されている。
そこで台湾有事に際して、この「第三国の国民に対して退避に係る援助」に日本がどう対処するかは、今後の国際社会における日本の立ち位置にも拘る重要な問題である。日本はこれまで、欧州、アフリカ、中東など日本からの遠隔地域における邦人の退避を欧米各国に依頼してきたが、各国は国際慣行に従い快く日本の要請に応じてきた経緯がある。しかし、その過去の関係が台湾有事に際しては逆転する。
これまで欧州や中東やアフリカにおけるNEOに重要な役割を担ってきた欧州各国は、この地域に本国から遠く離れたこの地域に活動拠点を持たないため、自国民の退避は必然的に高い活動能力とこの地域に拠点を持つアメリカと日本に向けられることは必然である。こうしたなかで、果たして日本はその要請に十分対応できるだろうか。
2021年7月末現在の台湾当局の統計[18]によれば、現在台湾には779,908人の外国人が居留しており、そのうち日本人は約15,000人で、アジア圏以外では約10,000人のアメリカを筆頭に36,000人強の居留者がいる。さらに台湾の在留外国人の特徴として、インドネシア、ベトナム、フィリピンなどのアジア地域の居留者の合計は58万人を超え、台湾における在留外国人の75%を占める。これらの国は自国による自国民の退避能力に乏しく、これらのNEOへの対応も必要となる。
さらに事態の様相によっては、外国人居留者だけでなく戦火を逃れる台湾市民の退避も考えられる。こうした大量のNEOを適切に対処するうえでの重要なポイントは、民間機が運航できる間にできるだけ多くを退避させることであり、そのためには的確な情報処理が欠かせない。このことは、今回のアフガン事例においても指摘されていることである。
すでに述べたとおり、「輸送の安全」と「相手国の同意」については国内で議論を呼び、政府も一定の見解を示した。しかし、いま一つ重要な論点についてはアフガン事例で表面化することはなかった。それはガイドラインにも示された「第三国国民の退避」の問題である。
自衛隊法84条の四は、輸送対象の外国人を外務大臣から「同乗させることを依頼された者」と規定する。この「同乗」を条文通りに読み取れば、外国人だけの輸送は法律上認められず、一人でも邦人の輸送対象者がいてはじめて「同乗」の要件が整うことになる。ところが今回のアフガン事例においては、8月26日にアフガン人のみの輸送を行っている。外国人の輸送自体も今回が初めてであるが、この輸送は、外国人のみの輸送に自衛隊機を外国に派遣することはできないが、「邦人等輸送」として外国に派遣された輸送機による外国人のみの輸送も「同乗」の範囲に含まれることを示した重要な先例となった。しかし、「外国人のみの輸送を目的とした派遣」は途を閉ざされたまま残されている。既に述べたとおり、台湾から大量の退避者が発生するような事態が生起した場合に、日本は諸外国からの「外国人のみの輸送」の依頼というグローバルなNEOに応じることができる法的根拠はない。
一方で、過去にこの「外国人のみの輸送」に対応した先例がある。
1991年に湾岸危機に対する国際貢献策を検討していた当時の海部内閣は、湾岸地域から大量に発生する外国人避難民の輸送のために、必要に応じ自衛隊輸送機により輸送を行うことを決定した[19]。この決定に際して、政府は「国賓等の輸送」を規定した自衛隊法第100条の五が輸送対象として規定する「政令で定める者」[20]を根拠に、湾岸戦争で生じた外国人避難民の輸送を可能とする「湾岸危機に伴う避難民の輸送に関する暫定措置に関する政令」を制定した[21]。国会ではその正当性について大きな議論を呼んだが、結局、この「避難民の輸送」については日本に対する要請もなく、政府は当該政令を廃止することとなる[22]。
従来の「邦人等輸送」に関する実例と議論においては、もっぱらその対象が「邦人」の輸送に焦点が当たってきたようであるが、一方で、一時「アメリカ政府は、同盟国の日本にも民間人を退避させるための協力を要請していて、自衛隊の派遣の可能性などについて協議」していたとの報道もある[23]。
2015年の平和安全法制の整備に際して政府が示した「国際社会の平和と安全にこれまで以上に積極的に貢献するため」[24]には、本稿前編で紹介した1985年のイラン・イラク戦争の際にトルコが日本に支援してくれた民間チャーター機の派遣を、日本が他国に行うことは現状でも可能であるが、事態によっては「外国人の退避」を目的とした自衛隊機の派遣の法的整備も必要ではないだろうか。おそらく、この制限の解除には自衛隊の海外派遣に慎重な立場からは強い反対が予想される。しかし先に見たように台湾有事における日本への期待やその責任は、過去の事例とは比較にならないほど大きい。派遣の要件については、現在の「邦人等輸送」では準備行為の場合を除き、要求されてない閣議決定はもとより、国会承認に係らしめるなど、その設定について慎重を期しながらも、前向きに検討する必要がある。
7 おわりに
本稿では、過去の日本や諸外国の事例と、今回のアフガニスタンでの「邦人等の輸送」の実例や法的枠組みを検討した。そして日本には、重要な点で法的に未整理な点が多く残されていることを指摘した。今後、台湾有事を念頭におけば、邦人退避および外国人の退避についての法的枠組みの不備は、台湾在留の邦人だけでなく、広く国際社会への責任として、深刻な問題を引き起こすことになる。日本の政治指導者にとって、先延ばしすべきではない喫緊の課題といっていいだろう。
(2021/10/05)
脚注
- 1 防衛省『令和3年版防衛白書』259頁。
- 2 Idrees Ali, “Taliban could isolate Kabul in 30 days, takeover in 90 - U.S. intelligence,” Reuters, August 11, 2021;
“Afghan government could fall to Taliban within 90 days, U.S. official says,” CBS News, August 11, 2021. - 3 例えば、EUの外交・安保政策の責任者ジョゼップ・ボレルは、8月19日の欧州議会における演説において、この事態を「大惨事(catastrophe)」と表現し、予想情報に失敗があったことを明らかにした。John Chalmers, Sabine Siebold and Kate Abnett, “EU's Borrell laments Afghan 'catastrophe' as staff evacuated,” Reuters, August 19, 2021.
- 4 「日本政府、在アフガン大使館の職員退避急ぐ 欧米諸国も]『日経新聞』2021年8月16日。
- 5 「緊迫のアフガン 13日間 退避ドキュメント] NHK『政治マガジン:特集記事』、2021年9月8日。
- 6 同上;[スキャナー]アフガン退避失敗、外務省後手…日本人大使館員のみ脱出」『読売新聞』2021年8月31日。
- 7 外国に在留する邦人の保護は、外務省設置法第4条8号により外務省の所掌事務とされている。したがって自衛隊が行う「邦人等輸送」は、アメリカと同様に外務省に対する防衛省の協力という関係になる。このため、自衛隊法第84条の四には外務大臣からの依頼があった場合に「邦人等輸送」を行うことが規定されている。
- 8 首相官邸『官房長官会見』2021年8月23日。
- 9 「邦人らのアフガン退避、最大500人を想定…隣国パキスタンに移送・週内の完了目指す」『読売新聞』2021年8月26日。
- 10 NHK「緊迫のアフガン 13日間 退避ドキュメント]。
- 11 首相官邸『官房長官会見』2021年9月1日。
- 12 ロイターは、19日時点でのEUをはじめ欧米を中心に16カ国の対応を伝えたが、そのなかで諸外国が自国民やアフガン人関係者の退避にいち早く着手するなかで、日本だけが大使館員以外の退避について調整中に留まっていた。Takashi Umekawa and Elaine Lies, “Japan seeks to secure safety of nationals in Afghanistan,” Reuters, August 18, 2021.
- 13 例えば、「日本のアフガン退避難航 自衛隊派遣、初動の遅れ響く:邦人・協力者保護、薄い危機感」『日経新聞』2021年8月28日;[大使館が職員を口止めか アフガン退避遅れ]TV朝日『ANNニュース』2021年9月2日、など。
- 14 「岸田氏 自衛隊法の改正検討 アフガン退避初動に遅れ」『FNNニュース』2021年9月5日;「超党派議連「邦人退避で法改正検討を」自衛隊派遣基準を緩和」『時事通信』2021年09月9日。
- 15 首相官邸『官房長官会見』2021年8月23日。
- 16 中谷元防衛大臣『第189回国会参議院 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会会議録 第20号』平成27年9月14日、14頁。
- 17 首相官邸『官房長官会見』2021年8月23日。
- 18 「臺灣地區現持有效居留證(在臺)外僑統計(按國籍及職業分)」中華民国内政部移民署『外僑居留人數統計表11007』2021年7月31日。
- 19 海部首相『第120回国会衆議院会議録第6号(二)』(官報号外、1991年1月25日)、4頁。
- 20 自衛隊法施行令第126条の16は輸送対象となる「国賓等の範囲」として、天皇及び皇族、国賓に準ずる賓客、衆議院議長及び参議院議長、最高裁判所長官、内閣総理大臣、国務大臣などを指定している。
- 21 平成3年1月29日政令第8号。
- 22 「湾岸危機に伴う避難民の輸送に関する暫定措置に関する政令を廃止する政令」(平成3年政令第146号)。
- 23 「アフガン 米が日本に自衛隊派遣協力要請 米民間人の退避に向けて」『FNNプライムオンライン』2021年8月20日。
- 24 国家安全保障会議決定、閣議決定「平和安全法制の成立を踏まえた政府の取組について」2015年9月19日。