はじめに

 アフガニスタンにおける深刻な人道危機状況は、タリバーン政権による2度目のアフガニスタン支配が始まって2年半を過ぎた現在も続いており、同政権による女性や女児に対する人権侵害、メディア関係者に対する圧力が続いている[1]。このため、西側諸国を中心に国際社会の同政権承認は行われず、同国に対する二国間支援も緊急人道支援を除き滞っている。

 こうした状況のなか、国際社会は、後述する国連安保理決議を採択するなどして状況の改善を図っているが、日本政府はこれに先立って、国連食糧農業機関(FAO)とNGOペシャワール会、同会が支援する現地NGOピース・ジャパン・メディカルサービス(PMS)と協力し、食糧増産を目的としたプロジェクトを開始した。アフガニスタンの人道危機解消のためには、まずは国民に食糧が行きわたり、それが持続可能となることが重要である。そのためにはアフガニスタン各地で食糧増産がなされなければならない。こうした点を考慮すれば、食糧増産に向けたプロジェクトは人道危機解消に必要なものとして評価できる。

 アフガニスタンでは、1979年のソ連侵攻前までは、食糧自給がなされており、一部は輸出も行われていた。食糧増産の潜在力は存在する。ペシャワール会は、2002年以降「緑の大地計画」を開始し、65万人の食糧を確保することに成功した[2]。この事例を踏まえて、ペシャワール会と現地アフガニスタン人との間で培ってきた食糧増産のノウハウを日本政府が仲介し、FAOと協力し、同国全土に広げていくことができれば、食糧自給の見通しも生れてくるだろう。

 本稿では、国際社会の対応を確認し、アフガニスタンの食糧増産に向けた日本政府・FAO・NGOの共同活動の現状とその可能性について述べる。

アフガニスタンの現状と国際社会の対応

 2024年2月21日、国連、世界銀行、EU、ADB(アジア開発銀行)は共同で、2023年10月にアフガニスタン・ヘラート州で発生した大地震による被害と損失の復旧・復興のために計4億290万ドルが必要である旨の評価報告書を発表した[3]。また、国連UNHCR協会によると、国民の約半数に値する2920万人が人道支援を必要としており、1530万人が食料不安に苦しんでいるとされている[4]。

 こうした状況に対し、2023年12月29日、国連は安保理決議2721を採択した[5]。同決議は、アフガニスタンの諸課題に対処するための独立アセスメントの勧告の実施を検討することを国連加盟国等に求めるとともに、同勧告の実施を促進する役割を担うアフガニスタン特使の任命を国連事務総長に対して要請している。

 日本政府は、UAEとともに、この決議の共同ペンホルダーとして、決議採択に中心的な役割を果たした。外務報道官談話では、アフガニスタンの人道状況改善に向けて、次のように述べている[6]。

  1. ① タリバーンが女性・女児の権利の制限を一層強め、国際社会からの孤立を深める中、本決議がアフガニスタンをめぐる状況の改善並びに同国及び地域の平和と安定に寄与することを期待する。
  2. ② 独立アセスメントの勧告を踏まえ、国際社会によるアフガニスタンの諸課題への対応の協調的なアプローチ形成に一層積極的に貢献していく。
  3. ③ アフガニスタンの人道状況の更なる悪化を防ぐ観点から、国際社会と連携し、アフガニスタンの人々への人道支援及び基礎的ニーズに応える支援を継続していく。
  4. ④ 女性及び女児の権利を制限する措置の撤廃を含め、全てのアフガニスタン人の人権尊重や政治的包摂性の確保等に向け、タリバーンに対し変化を求める直接的な関与を粘り強く行っていく。

 国連安保理のプレスリリースを見ると、採択にあたっての各国のコメントの強調点は違っているが[7]、おおむねこの日本政府の問題意識に沿って、決議が採択されたと評価することができるだろう。

日本政府・FAO・NGOによる食糧増産支援

 これまでの論考でも述べたように[8]、筆者はアフガニスタンの人道状況改善に向けて、日本の民間人道支援を強化し、食料増産に寄与すべきであると主張してきた。これに関して、2023年8月30日、国際協力機構(JICA)は、FAOとの間で、約950万米ドル(13.28億円)の無償資金協力「地域社会の主導による灌漑を通じた農業生産向上計画」に関する贈与契約に署名した[9]。

 FAO日本事務所の説明によれば[10]、本事業はJICAの協力を得つつ、今後4年間実施する予定であり、アフガニスタン東部のクナール州[11]では、12,600人以上の男性や女性、子ども達が、貧困や食料不安におかれる中、灌漑農地の拡張、地元の食料生産の増大、及び食料安全保障の強化とより強靭に生計が立てられるよう支援を行うとされている。また、本事業を通じて、特に気候変動の影響が増大する中で、脆弱な放牧地の保護や貴重な地下水資源の涵養等を通じ、地域社会に直接環境面での便益をもたらすことが期待されるとしている。

 注目すべき点は、2003年に中村哲医師とPMSによって始められたクナール川流域に灌漑システムを築く「緑の大地計画」をさらに発展させていくことを目指しているとされ、PMSからの技術協力支援を基に事業が進められることが明記されている点である。今回の事業では、クナール州にあるヌルガル灌漑用水路を改修し、農業生産のための灌漑水量の確保や送水をより確実なものとし、用水路によって灌漑される農地面積を70ヘクタール増やし、計643ヘクタールに拡大する計画である。これにより、農業の総生産量が増加し、農業生産性を少なくとも12%上げることが期待され、また、食料不安に直面している農村世帯にとって、これまで年に1度しか収穫できなかった小麦の二期作が可能となり、農家の所得や強靭性、食料安全保障が向上する。さらに、改良され現地に適した品種により、2,000ヘクタール以上の脆弱な放牧地を保護し、重要な地下水資源を涵養する等、地域社会にも便益がもたらされるとされている。

 PMSは、2003年から2023年までに、23,800ヘクタールを灌漑し、65万人以上の食糧不安を解消し、生計を向上させた実績がある[12]。この実績を日本政府及びFAOが認め、人々が自ら灌漑システムを適切に管理・利用できるよう支援するPMS方式が採用されている。この事業において、PMSは、専門家を派遣し、現地の技術専門家に対してPMS方式の研修を行うとともに、地域社会の水利用者に対し、灌漑システムを効果的かつ持続的に管理できるよう、運用と保守に関する研修を行い、本事業の成果や効果を長期的に維持することを目指すとされている[13]。

ペシャワール会・PMSの本事業への貢献と今後

 上述した通り、PMSの本事業への貢献は大きい。FAOはすでにアフガニスタンの全34州で強靭性の強化に向けた支援を行っており、本事業に成功すれば、PMS方式の灌漑事業がアフガニスタン全土に広がっていき、同国食料不安の解消に大いに貢献することが期待できる。

 日本政府は、中村哲医師により開始された「緑の大地計画」の成果を認め、PMS方式による灌漑・食糧増産計画をFAOとの協力で行うこととした。岡田隆アフガニスタン大使も「日本はFAOと協力して、この中村哲医師の遺産である事業に取組み、地域社会が貴重な水資源を管理し、持続可能な農業を行えるよう支援します。日本は、アフガニスタンの人々自らが助け合い、生計を再建し、再び自立していけるように支援を続けます」[14]とコメントしている。また、PMSも、PMS灌漑方式の普及計画としてFAO-PMS共同事業を2023年度事業計画の4本柱の1つに挙げるとともに[15]、JICA・FAO共同事業の調印と事業の枠組み(PMS方式灌漑事業普及を目的に日本がFAOに資金提供し、PMSが技術支援を行うこと)についてペシャワール会会報で報告している[16]。

 JICA、FAO、PMSの共同作業という枠組みをつくり上げた関係者各位の努力に敬意を表する。本事業は、長年のPMSの努力と食糧増産と地域安定に対する貢献をJICA、つまり日本政府が認め、評価し、それを政策化したことにより実現した。

 日本のNGOは世界各地で先駆的活動を行っている。政府承認が行われておらず、政権による人権侵害が深刻なアフガニスタンのケースのように政府が直接二国間支援を行うことが適切でない場合があるが、NGOによる民間人道支援は有効な手段な一つである。こうした例は、NGOの支援がきっかけで始まったベトナムの母子健康手帳普及の取り組みが、後にベトナム政府との協力で全国普及に至った際に、JICAが協力した事例が筆者が知る限り存在する。今後とも開発途上、或いは安全が保たれない諸国などにおける課題解決に向け、政府と日本のNGOが現地NGOや国際機関も適宜含めつつ協力していくことが望まれる。

(2024/03/11)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Japan’s Humanitarian Assistance for Increasing Food Production in Afghanistan ― Utilization of Private Sector Humanitarian Assistance in a Situation in Which Bilateral Assistance Is Difficult

脚注

  1. 1 1月には共同通信のアフガニスタン人助手が拘束される事件が発生した。石原孝「アフガン支配のタリバン、共同通信助手を解放 メディア締め付け強化」『朝日新聞』2024年1月25日。
  2. 2 緑の大地計画は2002年に発表され、灌漑事業は2003年より開始された。詳細は、ペシャワール会「灌漑事業」を参照のこと。
  3. 3 “UN Reports Staggering US$ 402.9 Million in Recovery Needs Following Last Year’s Earthquakes in Herat, Afghanistan,” United Nations in Afghanistan, February 21, 2024.
  4. 4 国連UNHCR協会「2023年10月アフガニスタン地震」。
  5. 5 “Adopting Resolution 2721 (2023), Security Council Requests Secretary-General Appoint Special Envoy for Afghanistan,” Meetings Coverage and Press Releases(SC/15548), United Nations, December 29, 2023.
  6. 6 外務省「アフガニスタン情勢に関する国連安保理決議第2721号の採択について(外務報道官談話)」2023年12月30日。
  7. 7 注5を参照のこと。
  8. 8 拙稿「人道的観点からの在アフガニスタン日本大使館業務実施の報道~日本外交強化につながることを期待する~」 国際情報ネットワーク分析 IINA、2022年12月27日; 「石油の安定的な確保のための中東外交:人道支援と経済協力を包括的に捉える」国際情報ネットワーク分析 IINA、2023年3月20日; 「深刻化するアフガニスタンの人権問題:求められるタリバーンとの対話」国際情報ネットワーク分析 IINA、2023年6月22日。
  9. 9 国際連合食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所「アフガニスタンにおけるFAOと日本の協力:地域社会の主導による灌漑を通じた農業生産の向上を支援」2023年8月30日。
  10. 10 同上
  11. 11 PMSが活動するナンガルハル州の北の州でクナール川上流地域。
  12. 12 国際協力機構「アフガニスタン向け無償資金協力贈与契約の締結:故中村哲医師の実践による灌漑手法を通じ農業生産向上に貢献(FAO及びペシャワール会/PMSとの連携)」2023年8月30日。
  13. 13 注9を参照のこと。
  14. 14 同上
  15. 15 「ペシャワール会報」2023年6月28日、No.156、5頁。
  16. 16 「ペシャワール会報」2023年9月27日、No.157、6頁。