原油輸入の中東依存率が高まっている。本年1月の中東依存率は94.4%であった[1]。ロシアのウクライナ侵攻やそれに伴う原油の高騰により、中東からの石油輸入の日本のエネルギー確保における重要性は極めて高くなっている。1973年の石油危機以来日本は、原油輸入確保を最優先の課題として、中東政策を立案・実施してきたが、この依存率を見れば、同確保が中東政策の核心にあることは変わっていない。

 必要な原油輸入確保の為、今やるべきことは何であろうか。ウクライナ侵攻後のロシアからの天然ガス輸入に頼れず、中南米は遠く、米国のシェールガス・石油は値段が高いことからすれば、中東の石油の重要性は依然変わらない。中東からの石油輸入確保を確実にする中東政策を実施するべきである。現在の中東をめぐる国際情勢や日本と中東諸国との関係を勘案すれば、これまでの中東地域の平和と安定に関わる協力・貢献に加え、悪化した人道状況改善へ向けての支援と脱石油の国づくりを進めている中東諸国への民間企業の進出が最も有効であると考える。

 本稿では、これまでの日本の中東外交とその実績を振り返りながら、アメリカの政策の変化に言及しつつ、日本の中東外交に求められる取り組みについて検討する。

原油輸入確保の為のこれまでの日本の中東政策と実績

 日本は、20世紀の経済にとって不可欠なエネルギーである原油供給先として第2次世界大戦以前から中東に注目し、原油確保の努力を行ってきた。1930年代の横山正幸在エジプト公使によるサウジアラビアとの交渉から始まり、戦後は、後にアラビア石油会社を設立する山下太郎による、サウジアラビア及びクウェートからのカフジ油田採掘権の獲得、またモサデク政権によるイラン石油事業国有化に際して、英国による海上封鎖の中、出光石油は、日章丸を派遣してイランからの原油輸入の実績がある。さらに、1970年代から80年代にかけてアラブ首長国連邦から数ヶ所の海上油田採掘権を取得したことなどである。

 1973年の石油危機以来、日本は、石油の安定的供給には中東地域の平和と安定が欠かせないとして、地域の紛争等の問題に関与し、平和と安定のための努力を行ってきた。

 第1は、中東和平問題への貢献である。石油危機の際は、二階堂談話[2]を発出し、パレスチナ人支援を明確にし、アラブ産油国の友好国として原油輸入を確かなものにした。湾岸戦争後は、経済協力を通じて中東和平に貢献するようになった。1991年10月から始まるアメリカ・ソ連(1992年1月以降はロシア)が共同主催する中東和平交渉多国間協議[3]で重要な役割を果たすとともに、パレスチナ自治政府支援を行い、パレスチナ人とアラブ諸国並びにイスラエルに強いインパクトを与えた。それが周辺諸国を巻き込みながらパレスチナ支援を行なう「平和と繁栄の回廊」構想[4]の提案と2006年の構想発表以来現在までの実施に繋がった。

 第2は、エジプト、ヨルダンを始めとする中東・北アフリカの発展途上の諸国に対して経済協力を行ってきたことである。有償無償の資金協力、日本の得意とする開発調査及び技術協力をこれら諸国に行ったことにより日本に対する信頼は高まった。さらにアフガニスタン復興支援に大きな貢献を行った。

 第3に、日本はイラン・イラク戦争の勃発以来、次のように中東地域の平和と安定そのものに貢献してきた。

  • 1980年に始まり88年まで続いたイラン・イラク戦争時の「創造的外交」のスローガンの下の両国への紛争緩和の政治的働きかけ[5]及びペルシャ湾安全航行装置のアラブ産油6か国への供与
  • 1990-91年のイラクのクウェート侵攻・占領に端を発する湾岸危機・戦争における総額130億ドルに上るイラク近隣諸国への経済協力及び多国籍軍に対する財政支援
  • 湾岸戦争直後のペルシャ湾への自衛隊掃海艇の派遣
  • ゴラン高原等への自衛隊の国連PKO派遣
  • アフガン戦争時のインド洋後方支援自衛艦の派遣
  • イラク復興支援の為の自衛隊部隊サマーワ派遣
  • ソマリア沖海賊対策の為の自衛艦の派遣[6]
  • シナイ半島の多国籍部隊・監視団(MFO)支援(資金的・人員派遣)

 前記の3つの貢献においては、中東地域の平和と安定に向けて、アメリカを始めとする中東の石油に依存する欧米諸国と協力して対処するという外交戦略があった。湾岸危機・戦争時のアメリカを始めとする欧米諸国と足並みを揃えられない苦難の時期から始まり、米ロ主催中東和平プロセス進展への貢献のアメリカからの承認を経て[7]、アフガン戦争時のインド洋後方支援とアフガニスタン復興支援、イラク復興支援自衛隊部隊派遣等で中東における国際協力の重要なパートナーにまでなった。

アメリカ安全保障政策のインド太平洋への重点移行と日本の中東政策

 上述したように、中東の平和と安定に向けての日本の支援は、過去50年間で大きな広がりを示した。また同じく上述のように、この支援は、アメリカを始めとする国際協力の中で行われてきたものであった点も確認が必要である。実際に、日本は、この国際協力の中で、2001年の米国同時多発テロ攻撃に端を発するアフガニスタン戦争後の復興支援を主導し、これまで約69億ドルの支援を行ってきた[8]。しかし、2021年にバイデン政権が誕生し、「中東からは退き、インド太平洋に意識を集中させる」[9]という判断の下、アフガニスタンからの軍の完全撤退等がなされている。こうした状況で、中東の平和と安定へ向けての日本の支援の意義を改めて確認する必要がある。

 中東の平和と安定へ向けての支援は、経済・技術支援を主としている。技術支援は「人を育てる研修」が基本である。また、自衛隊の派遣も後方支援や復興支援等が主な目的であった。このため、中東諸国やそれぞれの国民は、日本に対する信頼と友好の念を持っており、日本が中東の平和と安定の為に支援や活動を行うことは、歓迎されこそすれ、反対されることはあまりないと見られる。

 現在、中東・北アフリカでは、従来からのパレスチナ問題、アフガニスタン問題、イランの核問題に加え、シリアやイエメンでの内戦が継続するとともに、各国社会経済状況も不安がある。このような中、日本がこれまで行ってきた「平和と繁栄の回廊」構想への貢献や各国への経済協力を引き続き行っていくべきである。また、先月のトルコ・シリア大地震災害への緊急支援等人道支援は時宜を逃さず行うべきである。これらのことを着実に行っていくことが、日本の中東の平和と安定への貢献となるし、中東地域の人々の信頼と友好の念を勝ち取ることとなる。

シリア・アフガニスタンに対する民間人道支援

 このような支援実績がある中、現在、課題となっている問題は、日本政府が承認していない政府が統治するシリアとアフガニスタンへの支援であり、湾岸産油国の脱石油の国づくりへ協力である。

 2月に発生し、5万人以上の死者を生み出したトルコ・シリア大地震災害では、シリア人の被災者支援が十分には行われていない。反政府勢力のいる被災地へはトルコから国境を越えて支援を行う困難があり、シリア政府支配地域の被災地への各国政府からの支援はなされない状況が続いている。

 また、タリバーン政権下のアフガニスタンでは農業生産と食料調達能力が衰え、約4000万人の人口のうち2280万人が急性食料不安に陥り、870万人が緊急レベルの食料不安に直面していると言われている[10]。国際機関を通じての支援は行われているが、政府レベルの支援は行われていないか不十分である。10月及び12月の拙著論考[11]で述べたように、アフガニスタンでは、ペシャワール会の人道支援を全国展開できるように「上乗せした」人道支援を実施していくことがタリバーン政権下での人道支援の強化となると考える。

 しかし、欧米各国と協調して開発支援を行わないこととしているシリア及びアフガニスタンについては、人の命の危機に関わる人道状況を、手をこまねいて見過ごしておくべきではない。政府が行えないなら日本の民間支援組織NGOが支援に出向くことができるようにすべきではないか。シリア政府支配地域の被災地は戦闘も起こっておらず、一般的な治安は良い。また、シリア政府も人道支援は歓迎している模様である。またタリバーン支配下のアフガニスタンも、イスラミック・ステート・ホラサン州(ISKH)のテロの脅威はあるが、前政権とタリバーンとの内戦時に比較すれば、格段に平穏だと言う。シリアやアフガニスタンへの人道支援は、NGOの支援が鍵だと考えられる。

中東諸国への経済協力:産油国への企業進出

 日本は、サウジアラビアとクウェートの国境付近にあるカフジ油田採掘の権利をサウジアラビアとの間では1999年まで、クウェートとの間では2001年まで持っていたが、前者は完全に同権利を失い、後者については技術支援契約のみとなった。また、2021年、日本企業がカタール政府との天然ガス大口長期購入契約を更新できなかった。

 サウジアラビアやカタールとの交渉で共通するのが、日本政府や企業が契約更新時の原油や天然ガスの市況を睨み、両国が希望する契約条件や協力要請に合意しなかったことである。サウジアラビアの脱石油の国づくりを支援したり、カタールの契約条件に合意することは、一時的には採算が合わないことであろうが、今次ウクライナ戦争の勃発とエネルギー価格の暴騰などの状況がいつでも起こり得ることを考えれば、日本の長期的国益を常に交渉の検討要素の中に入れておくべきである。

 現在、アラブ湾岸産油国は、アラブ首長国連邦(UAE)のマスダールシティ計画[12]、サウジアラビアのスマートシティ計画[13]など、脱石油の国づくりの構想を発表し、実施してきている。これらは世界中の投資と技術を呼び込んで行おうとしている。2008年、筆者がUAEアブダビを訪ね、マスダールシティ計画について話を聞いた時から15年が経過し、UAEはマスダールシティをモデル都市として、クリーンエネルギーを全エネルギーの50%以上とし、発電のCO2排出量の70%を削減する「UAEエネルギー戦略2050」[14]が実施されている。

 これに呼応するかのように、昨年ジェトロはサウジアラビアビジネスミッションへの参加を企業・個人に呼びかけ、実施した。また、外務省は本年に入り、日本・中東3か国(UAE、オマーン、バーレーン)外交関係樹立50周年記念シンポジウム・文化イベントを開催し、湾岸産油国へ企業・個人の目を向けさせようとしている。しかし、中東の国の特命全権大使を務め退任した元外交官の述懐は、日本企業の中東理解は、40年前とほぼ変わっていない、と言うものであった。中東地域への進出を慫慂しても、中東は危ないところという意識がまず先に立ち、進出に至ることはなかなかない、と言うことである。日本企業の中東進出を促す政策と工夫が必要である。

日本の中東政策への提言

 上述のように、アメリカの政策転換後の日本の中東政策においては、現状で最も必要とされる人道支援及び日本企業の中東進出を促す経済協力が重要であり、次を提案したい。

  1. 1)日本のNGOの有志に両国への人道支援の調査と検討を呼びかけるとともに、日本政府に対しては、NGO有志が実際に両国への人道状況調査や支援を行うことになったら側面支援を求めたい。
  2. 2)中東地域へのビジネス進出戦略を、政治主導で外務省、JICA、JETRO等関係諸機関並びに経済界等を集めて策定し、それを中東諸国に伝えるとともに、官民双方が実施していくのはどうであろうか。政官民の指導的立場の皆さまにご検討を頂きたい。

(2023/3/20)

脚注

  1. 1 「石油統計速報(令和5年1月分)」資源エネルギー庁、2023年2月28日。
  2. 2 「中東問題に関する二階堂官房長官の発言」1973年11月6日。
  3. 3 中東和平多国間協議(運営委員会と経済開発、水資源、環境、難民、地域安全保障の5つのワーキンググループ(WG)から成り、イスラエルとアラブ諸国間の二国間政治交渉を信頼醸成により下支えするもの)で日本は環境WGのlead国を務めイスラエル・アラブ間の協力構築に寄与するとともにEUがlead国を務める経済開発WGで観光部会を開設し観光分野の地域協力を推進した。
  4. 4 「「平和と繁栄の回廊」構想」外務省、2018年4月29日。
  5. 5 1983年の安陪晋太郎外務大臣のイラン、イラク両国訪問後戦争が激化する前まで続けられた。
  6. 6 「海賊対処行動」海上自衛隊。
  7. 7 重家俊範中東アフリカ局審議官(当時、元在大韓民国特命全権大使)は、クリストファー米国務長官の書簡の中で中東和平多国間協議進展に対する貢献につき言及され感謝された。
  8. 8 「アフガニスタン・イスラム共和国基礎データ」外務省、2021年5月14日。
  9. 9 「米国の中東政策とミドルクラス外交」SPFアメリカ現状モニター、No.93、2021年5月27日。
  10. 10 「アフガニスタン緊急支援」世界食糧計画(WFP)。
  11. 11 宮原信孝「NGOを通じた村落開発支援でアフガニスタンの飢餓・食糧不足解決を!」国際情報ネットワーク分析IINA、2022年9月25日。宮原信孝「人道的観点からの在アフガニスタン日本大使館業務実施の報道~日本外交強化につながることを期待する~」国際情報ネットワーク分析IINA、2022年12月27日。
  12. 12 矢羽野晶子「オイルマネーをクリーンエネルギーに循環。石油大国・アラブ首長国連邦の“すごいエネルギー戦略”」AMP Media、2022年1月10日。
  13. 13 「サウジアラビアの超未来的な巨大都市「NEOM」とは一体なんなのか? 構成する4つのプロジェクトを紹介」Pen Online、2023年1月29日。
  14. 14 注11を参照のこと。