7月末、ザワーヘリ・アル・カーイダ最高指導者が、アメリカ軍によりアフガニスタンの首都カブールで殺害されたことにより、タリバーン政権がテロ組織とのつながりを断ち切っていないことが明白となった。女性の権利を始めとする人権状況の改善が観られないことと合わせ、1年前のタリバーンによる政権奪取以来続いていた西側諸国を中心とした国際社会による開発支援停止が継続することは決定的になったと考えられる。

 一方、本年初頭より行われた国連機関及び各国官民による人道支援も、約4000万人の人口のうち2300万人が厳しい飢餓の中にある状況を改善させるまでには至っていない[1]。現時点で最も重要なことは、アフガニスタン国民を飢餓から脱出させ、命を守り、生活を確立することであり、そのためには食糧生産を強化しなければならない。

 そのような厳しい状況下であるが、現時点で国際社会ができることは、国際機関やNGO等民間支援組織を通じての食糧支援等人道支援に限られている。しかし、アフガニスタンの村落開発については、過去20年間の内戦状態の中でも16,500haの農地を拓き、65万人の人口を養えるようにしたペシャワール会の成功例があることを忘れてはならない。同会活動は、タリバーン政権も承認し、支援さえ受けられているようである[2]。

 国際的な開発支援が困難な現状下、アフガニスタンの農業生産力を少しずつでも向上させていくには、ペシャワール会のような実績のあるNGOが、活動を発展させていくのが適切である。本稿では、ペシャワール会の活動報告から観た、アフガニスタンの農業生産向上の道筋を検討していく。

タリバーン政権下でのペシャワール会の活動

 ペシャワール会(PMS)の農業灌漑活動が行われている地域は、アフガニスタン東部ナンガルハール州のシェイワ、ベスード、カマの3郡で、西から来流するカブール川に北から注ぎ込むクナール川の両岸の地域である。PMSはこの地域灌漑の為、過去20年の間に12の取水堰を築いてきた(以下図1の通り[3])。PMSの灌漑事業では、これら取水堰の補修・改修に加え、堰・用水路建設後の5年間、流域住民との共同維持・管理などを行っている。また、流域住民による浚渫作業の定例化の必要から水組合結成を支援している[4]。

図1:PMS建設の取水堰(ペシャワール会作成)

図1:PMS建設の取水堰(ペシャワール会作成)

 2021年8月15日のタリバーンによる政権奪取の際、PMSは一時活動を停止した。しかし、9月2日には農業事業を再開した。再開にあたっては、タリバーン政権下のナンガルハール州農業灌漑局及びシェイワ郡長に対して活動説明を行い、河川局によるPMS事業の視察を受けた。河川局も郡長もPMS事業を称賛するとともに、故中村哲医師への多大な賛辞を表明した[5]。また、首都のタリバーンの担当官をPMSドクターサーブ・ナカムラ・コミッティー[6]のメンバー数名が訪問し、事業再開の許可と治安維持への協力申し出を受けた[7]。

 これを受け、PMSは年当初の計画に従って事業を行い、本年2月にはバルカシコート取水堰(図1の⑪)を完成させた。PMS灌漑地域ではガンベリの灌漑地でのバッタ問題等はあるが、この春は平年並みの小麦の収穫も行った[8]。PMSは昨冬の飢饉に対しても、ナンガルハール州南部地域の諸郡[9]で食糧配布[10]を行った。また、支援を通じて同地域住民から「谷川の水が干上がり、水無川になっている」との陳情を受けたことから、谷の伏流水を地下で堰き止めて灌漑を行う通称「地下ダム」建設で支援できないか検討を始めている[11]。

 今後の事業展開として、PMSは、上記のナンガルハール州南部地域の「地下ダム」建設の検討に加え、PMS方式[12]を広げるモデル事業として、PMSが実施する取水堰工事を他地域の技術者や関係者の研修の場として活用することを、タリバーン政権との協力の下実現する検討に入った[13]。この事業は、前政権時代にJICAや国連機関も計画したものとのことである[14]。

PMS方式の全国普及に向けて:我が国政府の支援に関する提言

 アフガニスタンでは依然として食糧危機が続いている。PMSは、食糧配布は、国連機関や海外NGOが担い始めた為に一旦休止し、他の地域のアフガン国民が自らの手で食糧を自給できるように支援する方向で検討している。また、これを可能としているのが、タリバーン政権との良好な関係、日本大使館[15]、JICA及び国際機関との協力の蓄積である。

 前政権との間で合意していた農業灌漑に関するPMS方式の普及をタリバーン政権とも合意することができれば、PMSが検討する「PMSが実施する取水堰工事を他地域の技術者や関係者の研修の場として活用する」事業が大きく羽ばたく可能性がある。このような事業を究極の人道支援として位置づけ、直接的には難しいかもしれないが、日本政府、JICA及び国際機関がPMSと意見交換をしながら見守る形で支援するというのはどうであろうか。

 もちろん、テロ組織との関係を断たず、女性の権利等人権状況の改善が見られない中、政府がタリバーン政権と交渉することはできない。他方で我が国政府は、現地NGOには草の根無償資金協力を行うことができ、JICAの専門家は、日本側PMS技術支援チームを応援することもできる。タリバーン政権への支援ではないので、PMSとタリバーン政権が合意したことを、人道支援の枠内で政府が見守ることは可能である。また、国際機関も現地NGOであるPMSへの支援であれば可能である。実際現在も両者は食糧配布の人道支援においては、情報交換等の協力を行っている。また、今PMSが一番困っている日本からの支援金をアフガン国内の銀行から十分かつ確実に引き出せない問題についても、我が国政府はタリバーン政権に対し、この送金が日本の支援者からPMSへの支援金であることを明示し、人道的観点から送金された全額がPMSに渡されるよう銀行に指示するよう要求することで、人道支援に協力できる。

 このように、PMS方式の普及を通じた農業生産拡大は、実現可能な方式である。この普及を通じて飢餓に苦しむアフガニスタン国民の命と生活を守ることで、同国社会・経済が安定していくことを期待する。

(2022/09/05)

脚注

  1. 1 “Afghanistan: Food insecurity and malnutrition threaten ‘an entire generation,’”UN News, 15 March , 2022.
  2. 2 ペシャワール会報、No.150
  3. 3 ペシャワール会報、No.148、5ページ。2021年7月までにPMSが造設した取水堰分布と灌漑された3郡の図。
  4. 4 ペシャワール会報、No.148
  5. 5 ペシャワール会報、No.150
  6. 6 中村医師がこれまで全て判断していた事項につき密な話合いをもち、重要な方針は、村上総院長の判断を仰ぐ、PMS各部門の幹部12人よりなる委員会。
  7. 7 同上。
  8. 8 ペシャワール会「アフガニスタンの現状とPMSの今(6)」。
  9. 9 スピンガル山脈麓のアチンやロダット郡。上記8参照。
  10. 10 ナンガルハール州の尤も干ばつ飢饉の被害が重大な6地区で各300家族、約18,000人に1か月分の小麦や米、豆などを配給。上記8参照。
  11. 11 上記8参照。
  12. 12 現地の能力で維持管理もできる技術で表流水を取水し、用水路等建設により灌漑を行う方式。
  13. 13 上記8参照。
  14. 14 同上。
  15. 15 中村哲医師存命中、日本大使館からの草の根無償協力で500本のナツメヤシの交配事業を行った。上記8参照。