「カフカス2020」演習の概要
小欄では毎年9月に実施されるロシア軍の軍管区大演習について継続的に扱ってきた。この種の大演習は毎年、4つの軍管区(西部、南部、中央、東部)の持ち回りで実施されることになっており、2020年は旧ソ連南部を担当正面とする南部軍管区(旧カフカス軍管区)の順番に当たっている。同軍管区における演習には毎回「カフカス(コーカサス)」の名称が与えられており、今年は「カフカス2020」ということになる。
「カフカス2020」演習は9月21日から26日にかけて、戦略レベルで軍の指揮能力を演練する戦略指揮・参謀部演習(SKShU)として実施された。動員兵力は欧州における軍事演習の上限を定めたウィーン文書(2011年版)の規定に従って、兵力1万2900人以下とされているが、これは演習に直接関与する地上兵力のみであり、兵站部隊、防空部隊、海軍、準軍事組織(旧内務省国内軍から改組された国家親衛軍及び非常事態省)といったウィーン文書制限外の人員を含めると合計で約8万人が関与したとされる[1]。演習実施地域は、南部軍管区内を中心とするロシア国内、アルメニア国内、ジョージア(グルジア)の分離独立地域で事実上ロシアの軍事占領下にあるアブハジア及び南オセチアの演習場計14ヶ所と黒海及びカスピ海であった。演習の想定は「非合法武装組織の隔離、阻止、撃滅」とされ[2]、特定の国家を念頭に置かないとする点でロシア軍の過去の演習と同様である。
軍管区大演習の「国際化」
今次「カフカス2020」演習の最大の特徴は、演習参加国がかつてなく多岐に渡っていることと言えよう。
ロシアは従来から二国間・多国間で様々な合同演習を実施してきたが、軍管区大演習はロシア軍単独もしくは旧ソ連5カ国で結成する軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」の加盟国のみで実施されるのが通例であり、過去の「カフカス」演習は全てロシア軍の単独演習であった。これに対して「カフカス2020」演習には旧ソ連のアルメニア及びベラルーシに加え、イラン、中国、ミャンマー、パキスタンが参加する国際演習となった。このほかには、旧ソ連のアゼルバイジャン、カザフスタン、タジキスタンとインドネシア、イラン(演習部隊に加えてオブザーバーも派遣)、スリランカがオブザーバーを派遣している。
こうした軍管区大演習の国際化は、2018年に東部軍管区で実施された「ヴォストーク(東方)2018」以来の傾向である。同年、従来はロシア軍単独で実施されていた「ヴォストーク」演習に中国及びモンゴルが参加したのを皮切りに 、翌2019年の中央軍管区大演習「ツェントル(中央)2019」には中央アジアの旧ソ連諸国に加えて中国、インド、パキスタンが参加して上海協力機構(SCO)参加国が全て顔を揃えることになった[4]。今次の「カフカス2020」は、こうした軍管区大演習国際化の流れをさらに押し進めるものと言える。
その意図について、ロシア政府やロシア軍は明確な説明を行なっていない。ただ、2014年のウクライナ危機によって西側諸国からの孤立を深めるロシアが、大演習を国際的な連携強化の場として利用しようとしているという推測は成り立とう。すなわち、ウクライナ及びシリアで豊富な実戦経験を持ち、高い軍事技術を有するロシアの軍事的優位を一種のソフトパワーとして用い、非西側諸国における中心的な位置を確保するための試みである[5]。
他方、演習参加国の側にもそれぞれの思惑がある。例えば今回初めて「カフカス」演習に参加したベラルーシは、自国の内政状況に対する支持取り付けのためにロシアとの関係強化を必要としたものであろうし(これとほぼ同時期にベラルーシ国内でもロシアとの合同演習「スラブの絆2020」を実施)、パキスタンが「ツェントル2019」に続いて参加したことは過去数年に渡るロシアとの関係強化をさらに推し進めるとともにロシアとインドの離間を図るという計算が働いていると考えられる[6]。「ヴォストーク2018」以降、3年連続でロシア軍の軍管区大演習に参加している中国には、両国の軍事的接近を米国に対してアピールするとともに、旧ソ連地域における軍事プレゼンス拡大に向けた将来の地ならしという狙いも考えられよう。イランについては、米国やイスラエルとの関係悪化に加え、今年10月に武器禁輸措置が期限切れを迎えることを受けて、軍事的後ろ盾としてロシアへの最接近を図っていると見られる[7]。
依然として残る「軍事」の要素
もっとも、「カフカス2020」に参加した外国軍は合計で1000 人ほどに過ぎず、演習の大部分は依然、ロシア軍単独で実施されたことも忘れられるべきではない。
軍管区大演習の「国際化」は本来の軍事戦略上の目的(将来の紛争に備えた軍事力の訓練)に取って替わったわけではなく、あくまでもそこに付加された機能だということである。「非合法武装勢力」へのロシア国防省の対処という公式アナウンスとは裏腹に、「カフカス2020」演習では巡航ミサイル、航空機、無人航空機(UAV)等を集中的に使用する仮想敵との戦闘が演練されており、実際には大規模な国家間戦争が想定されていることは明らかであろう。多様な利害関係を持つ国家が参加する国際演習であるために、「カフカス2020」の演習想定はごくおおまかなものしか公表されていないが、実際にはウクライナやグルジアとの紛争が北大西洋条約機構(NATO)との大規模紛争に発展する事態が想定されていたものと思われる[8]。
「国際化」の限界
また、軍管区大演習の「国際化」、言い換えれば大規模演習の外交的機能には明らかな限界も認められる。ロシアは今次「カフカス2020」演習への参加を9か国(このほかにオブザーバー参加9カ国)に対して要請したとされるが[9]、実際に参加したのが上記6カ国に過ぎなかったことは、このような限界を明瞭に示している。
例えばインドは、今年8月初頭の段階で「カフカス2020」に陸海空軍から150人を派遣する意図を表明していたが[10]、同月末には参加取りやめを決定した。公式には新型コロナウイルスの感染拡大によってロジスティクスに困難を生じたため、とされているが、実際にはカシミール地方で緊張関係にある中国との合同演習を避けたかったことと、南オセチア及びアブハジアが演習実施エリアに含まれていることを懸念したことが取りやめの理由であるとされている[11]。ロシアが軍事演習を通じて国際的な孤立を緩和しようとしているのだとすれば、まさに旧ソ連空間におけるロシア自身の振る舞い(グルジアの軍事占領)がインドを遠ざけたということになろう[12]。
もう一つの限界を示す例は、アゼルバイジャンがオブザーバー参加に留まったことである。アゼルバイジャンもまた当初は「カフカス2020」への部隊派遣を予定していたが、7月半ばにアルメニアとの間で軍事衝突が発生したことを受けてこれを取りやめたと見られている。それでもオブザーバーを派遣したことはロシアとの関係に一定の配慮を示したという評価は可能であろうが[13]、同時に、ロシアがその勢力圏内における紛争調停能力に限界を抱えていることの証左ともなろう。
おわりに
「カフカス2020」演習終了の翌日、アルメニアとアゼルバイジャンの間では1994年の停戦以来最大規模となる軍事衝突が発生し、本稿執筆中の9月末現在も拡大中である。すでに述べたようにアルメニアはCSTO加盟国であり、ロシアは同国に対して相互防衛義務を負っているものの、ロシアの対応は参戦ではなく、双方に対する停戦の呼びかけにとどまっている。ロシアにしてみれば、アルメニアへの直接軍事支援はアゼルバイジャンとの関係断絶を招くことは必至であるという計算が働くのだろうが、このような事情を抱えている以上、集団防衛体制としてのCSTOの信頼性には大きな疑問符が付されざるを得まい。「カフカス2020」で示されたロシアの求心力の限界は、その直後にあからさまな形で裏書きされたと言える。
ちなみに従来の順序でいうと、2021年9月には西部軍管区からベラルーシにかけて舞台とする「ザーパト(西方)2021」演習が実施されることになる。本稿における議論を敷衍するならば、ここにどの国が参加し、あるいは参加しないのかは、その時点におけるロシアの国際的な立ち位置を測る有力な指標となろう(そもそもこの時点でベラルーシの状況がどうなっているかも、もう一つの関心事項であるが)。
ただ、2021年1月1日からは海軍の北方艦隊が北極地域を担任する軍管区として独立の地位を与えられることが決定されているから、来年の軍管区大演習は北極圏を舞台とする可能性もある。この場合もまた、ロシアが北極圏における中国軍の大規模な展開を認めるのか、他にどのような国々がここに加わるのかが注目される。
(2020/10/13)
脚注
- 1 フォミン国防次官による外国武官団向けブリーフィングによる。 Минобороны России, “Стратегическое командно-штабное учение «Кавказ-2020»,".
- 2 Минобороны России, "В ходе СКШУ «Кавказ-2020» будут отработаны вопросы подготовки и проведения операций по борьбе с вооруженными формированиями международных террористических организаций," 2020.9.21.
- 3 拙稿「ロシア軍秋季極東大演習「ヴォストーク2018」−中国人民解放軍参加をどう読むか?」笹川平和財団『国際情報ネットワーク分析(IINA)』、2018年9月4日。拙稿「事後検証:ロシア軍秋季大演習「ヴォストーク2018」」同上『国際情報ネットワーク分析(IINA)』、2018年10月10日。
- 4 拙稿「中露の軍事的接近はどこまで進むか-2」同上『国際情報ネットワーク分析(IINA)』、2020年3月11日。
- 5 なお、ロシア国防省は軍管区大演習の国際化に先立って国際戦技競技会「アルメイスカヤ・イグラー(アーミー・ゲームス)を毎年開催して多くの参加国を集めており、ここでもロシアの軍事的ノウハウが国際的な求心力として機能していることが観察される。
- 6 Shahid Hussain, “Kavkaz 2020: Why Russia’s Latest Mili tary Drills Are a Golden Opportunity for Pakistan,” The Diplomat, September 2, 2020.
- 7 なお、イランは今年8月にモスクワ郊外で開催された国際武器展示会「アルミヤ2020」に国防大臣以下の国防省代表団を派遣している。
- 8 Roger McDermott, “Kavkaz 2020 Rehearses Joint Operations Against Future Adversaries,” Eurasia Daily Monitor, Vol. 17, Issue 132, September 23, 2020.
- 9 2020年9月8日のロシア軍指揮官会合におけるショイグ国防相の発言より。ただしこれら18カ国の内訳は明らかにされていない。Минобороны России, “Министр обороны России провел селекторное совещание с руководящим составом Вооруженных Сил," 2020.9.8.
- 10 Dinakar Peri, “India to participate in Kavkaz 2020 exercise in Russia,” The Hindu, August 7, 2020.
- 11 Dinakar Peri, “India decides to pull out of Kavkaz 2020 military exercise on Russia due to Chinese participation,” The Hindu, September 29, 2020.
- 12 Mark Episkopos, “Why Russia's Kavkaz 2020 War Games Matter (And Why India Left Them),” The National Interest, September 3, 2020.
- 13 “Аналитики в Баку отметили связь учений "Кавказ-2020" и инцидентов на границе с Арменией,” Кавказский узел, 2020.9.23.