「ヴォストーク」から「ツェントル」へ

 前回の小欄では2018年のロシア軍東部軍管区大演習「ヴォストーク2018」を中心に中露の軍事的接近について考察した。純軍事的には(つまり参謀本部の戦争計画においては)依然として中国は仮想敵の一つにとどまっている可能性が高く、ロシアとしても中国と一定の距離を取る姿勢は示しているものの、全体的な両国関係の緊密化はもはや否定し難いというのがここでの結論である。

 となると次に考察されるべきは、今後の中露関係、特に軍事的なそれがどこまで進展するのかであろう。この点を考える上で、今回は「ヴォストーク2018」に続いて2019年に実施されたロシア軍中央軍管区大演習「ツェントル2019」を取り上げたい。

 「ツェントル2019」は2019年9月16日から同21日にかけて実施された。演習のカテゴリーは戦略指揮参謀部演習(SKShU)とされており、その名の通り、参謀部による軍事計画の策定及び指揮能力の演練を戦略レベルで実施するものである。演習の総指揮官は参謀総長兼第一国防次官であるヴァレリー・ゲラシモフ上級大将が務めた。ロシア国防省の公式サイトによると、演習の概要は以下のとおりである[1]。

概要
 戦略指揮参謀部演習「ツェントル2019」は、今年におけるロシア連邦軍の複合的な運用(戦闘)訓練の最終段階であり、その過程では国際テロリズムとの戦い及び中央アジア戦略正面における軍事的安全保障の確保に関する課題を解決することを目的とした国家連合の部隊集団の運用に関する諸問題が演練される。
演習の主目的
 軍種間における部隊集団の指揮に関する中央軍管区の軍事指揮機構及び部隊の司令部要員の準備水準を確認すること、指揮官及び参謀部が部隊の指揮に関する経験を積むこと、中央アジア地域における平和維持、国益の保護、安全保障に関する共通の課題解決に際して統一性と連携レベルの向上を図ること、国益の保護に関するロシア連邦軍と中央アジア諸国の準備態勢を実演することである。
実施要領
 SKShU「ツェントル2019」は二段階で実施される。このうち第一段階においては、軍事指揮機構が演習のために設定された仮想の軍事・政治的状況の下で国際テロリズムとの戦い、航空攻撃手段の撃退、偵察・捜索活動の実施及び防衛行動の実施に関する部隊指揮を演練する。
 第二段階においては、指揮官及び参謀部が大規模な火力攻撃及び仮想敵の撃破に関する部隊集団の下位部隊の指揮に関する諸問題を演練する。
参加部隊及び参加国
 演習には、中央軍管区の軍事指揮機構及び部隊、南部軍管区カスピ小艦隊、東部軍管区、空挺部隊、航空宇宙軍の長距離航空軍及び軍事輸送航空軍の一部が参加する。
 共同行動を演練するため、演習には中華人民共和国、パキスタン・イスラム共和国、キルギス共和国、インド共和国、カザフスタン共和国、タジキスタン共和国、ウズベキスタン共和国の部隊が参加する。
 以上のように、「ツェントル2019」は中央アジアにおけるテロ対策向上を公式の目的として掲げている。ただし、演習の第一段階に「航空攻撃手段の撃退」が含まれていることからも明らかなように、ここでいう「テロ」は純粋な非国家主体だけを指しているわけではない。この点については、演習直前の9月12日にフォミン国防次官が実施した外国武官団向けブリーフィング[2]を参照するのがよいだろう。この中でフォミン国防次官が述べた内容は大要次のとおりである。
演習のシナリオにおいては、中東および東南アジアと並んで中央アジアでもイスラム過激派の圧力を想定する。
ロシアの南西部に仮想国家を設定し、その指導者は国際テロ組織のリーダーと過激思想を共有しているものとする。
演習においては、当該仮想国家によって近隣国の領域内でイスラム過激派が浸透するものと想定する。
発達した軍事力を有する当該仮想国家はロシアに対して武力を含めた圧力を掛けることを企図しており、結果的に緊張のエスカレーションが軍事紛争に至る。
演習のテーマは、国家連合が国際テロ対策のために部隊集団を運用し、中央アジアの軍事的安全を確保することである。

 つまり、強力な軍事力を持つ国家の支援を受けたテロ組織との戦いが演習の主眼であるということだ。直接の仮想敵は非国家主体だが、そのバックには大国がついているという想定は2017年の西部軍管区大演習「ザーパド(西方)2017」などでも見られたものであり[3]、今回もこれに倣ったものといえよう。ただ、「ザーパド2017」の場合はNATOが旧ソ連域内の反体制派を焚きつけて政権転覆を仕掛けてくるという、いわゆる「カラー革命」を想定したものであると見られるが、「ツェントル2019」が具体的にどのような状況を想定しているのかは明らかでない。いわゆる「アラブの春」を米国による干渉の結果とみなすロシア的世界観からすれば、中央アジアでも米国が同様の不安定化工作を仕掛けてくる可能性も考えられようし、シリアにおけるトルコとイスラム過激派勢力の関係性を想起することもできる。いずれにしても、この種のシナリオには「いかなる第三国も想定したものではない」という但し書きが付くのが常であって、本当の仮想敵国は明らかにされることはないし、今回もその例に漏れない。

中央アジアで交錯する中露の利害

 本稿のテーマとの関連において注目されるのは、「ヴォストーク2018」に続いて「ツェントル2019」にも中国の人民解放軍が参加したことであろう。従来、「ツェントル」演習はロシアと旧ソ連中央アジア部の同盟国(ロシア主導の軍事同盟である集団安全保障条約機構に加盟するカザフスタン、キルギスタン、タジキスタン)との間でのみ実施されており、中国の参加はこれが初めてであった。「ヴォストーク2018」を含めてもロシア軍が軍管区レベルで実施するSKShUに中国が参加するのは2回目であり、引き続き中露の軍事的接近が進んでいることが窺われる。

 ロシアのプーチン大統領は2015年5月、中国の「一帯一路」プロジェクトをロシア主導のユーラシア経済同盟と連携させると発表し、中国の中央アジア進出に一定のお墨付きを与えた。中央アジアを自らの勢力圏とみなすロシアが中国の進出を快く思っていない筈であるという議論は根強く、これは事実ではあろうが、前回述べた諸事情からこれに表立って反対しない姿勢を示していることは看過されるべきではない。「ツェントル2019」への人民解放軍の参加は、軍事面でも中国の中央アジア進出をある程度容認したものと捉えることができよう。

 ここで重要なのは、「ツェントル2019」や「ザーパド2017」の想定に見られるような、「反体制派を焚きつけて紛争を引き起す西側」という世界観を中露が共有していることである。ロシアの場合、これが旧ソ連における政変や中東でのいわゆる「アラブの春」を念頭に置いていることはすでに述べた通りであるが、中国のそれは香港の抵抗運動などがこれに当たる。つまり、権威主義的な政治体制を守るという点で中露には価値観レベルでの利害の一致が見られるのである[4]。

 さらに言えば、中露は中央アジアにおける権威主義的体制が保持されることに戦略的利害の一致を見出している。中央アジアで中露に親和的な権威主義的体制が崩壊すれば、ロシアの勢力圏や中国の一帯一路は破綻の危機に瀕するためだ。アフガニスタンでタリバーン支配が復活し、中央アジアや新疆ウイグルでイスラム過激主義運動が活発化するのを抑え込む上でも、中央アジアが権威主義的体制の下にとどまることは好ましい[5]。

 他方、「ツェントル2019」の新顔は中国だけではなく、インドとパキスタンも初めて名を連ねた。「ヴォストーク2018」にモンゴルを参加させたのと同様、中国のみと関係を強化しているわけではないという姿勢がやはり見られる(このほかには2012年にCSTOの加盟を停止したウズベキスタンも「ツェントル」演習の枠組みとしては初めて参加したがここでは詳しく扱わない)。つまり、「ツェントル2019」で合同作戦を実施したのは上海協力機構(SCO)の面々なのであって、(ロシアが力関係に置いて不利に立たされる)中露二国間の枠組みではないということだ。

 また、「ツェントル2019」と同時期にウラジオストクで実施された東方経済フォーラムでは、インドのモディ首相が初参加を飾った。フォーラムに先立ち、プーチン大統領はモディ首相をズヴェズダ造船所に招待して北極圏開発用に建造中のLNG(液化天然ガス)タンカーなどを船上から視察したほか、夕食会を開くなど、前年の習近平主席に対するそれを想起させる厚遇を行なった。肝心の経済面では2025年までに両国の年間貿易高を300億ドルに増加させることで合意するとともに、インドへのLNG輸出、武器の共同生産、海運協力など合計50億ドル分の契約が結ばれた。また、モディ首相はインドがロシアに10億ドル分の信用供与枠を提供することを表明し、これが「前例のない措置」であると強調している。前回取り上げたように、2018年9月の「フォーラムと演習の季節」が中露の政治・経済・軍事的蜜月を前面に押し出していたとすれば、2019年のそれはインドを中心に据えられていたと言える。

 なお、ロシア軍は2020年9月に南部軍管区(ウクライナ、グルジア、チェチェン等を担当する正面)においてSKShU「カフカス2020」を実施予定であり、ここには「外国の部隊が招待される」とゲラシモフ参謀総長は述べている[6]。果たして人民解放軍は旧ソ連欧州部にまで展開してくるのか、あるいはこのような機微な正面での合同演習を避けるのかは、今後の中露軍事協力の範囲(政治的・地理的なそれ)を考える上で一つの指標となろう。

中露の目指す「協商」と日本の対応

 前回の内容とここまでで述べたことを踏まえて考えると、中露の軍事的接近は大きく進みつつあるが、そこには一定の制限がはめられているということになろう。中露は相互に利益の薄い地域での紛争(特に対米紛争)に巻き込まれることを回避するために相互防衛義務を伴った同盟関係には踏み込まず、また、ロシア側は中国との圧倒的な国力差を考慮して他の域内国を巻き込みつつ相対化を図ろうとしている。

 このような関係性を、ロシアの国際政治学者であるドミトリー・トレーニンは「協商(entente:ロシア語ではантанта)[7]、中国専門家のアレクサンドル・ガブーエフは「ソフトな同盟」と表現している[8]。つまり、公式の条約によらない緩やかな連携である。言い方を変えれば、中露それぞれが決定的に不利な事態に陥ることを回避しつつそれ以外の領域では国益の範囲内で協力し合う関係ということになろう。

 この意味では、中露が緊密な軍事同盟を形成しつつあるという見方は妥当せず、今後ともその見通しは薄いと考えるべきである[9]。他方、軍事同盟に至らない範囲内であれば中露の協力は軍事面を含めて今後も進んでいくであろうし、その関係性が容易に不安定化することを期待するのは過度に希望的な観測であると言えよう。

 日本との関係について言えば、日露関係の改善によってロシアを対中抑止のカードとするという発想[10]は一概に否定されるべきではないとはいえ、現状で有望な外交オプションとみなすことはできない。科学アカデミー極東研究所の日本専門家クジミンコフが述べるように、折角良好な中露関係を毀損してまでロシアが日米側につくメリットが現状では見当たらず、むしろ日米の対中抑止負担をバックパッシング(転嫁)されるだけの結果になりかねない[11]。こうした状況下で日本が対露外交を継続しても中露離間を望むべくことはないのはもちろん、日米同盟の弱体化を招きかねないのではないか。

 中露関係を過大評価も過小評価もすることなく、あるがままに認識することが大国間競争時代における日本としての対中露戦略の第一歩となろう。

(2020/3/11)

脚注

  1. 1 Стратегическое командно-штабное учение “Центр-2019,”Министерство обороны Российской Федерации.
  2. 2 “Минобороны раскрыло сценарий учений ‘Центр-2019’,” ТАСС, 2019.9,12.
  3. 3 同演習については、以下の拙稿を参照されたい。小泉悠「バルト三国併合、ポーランド侵攻のシナリオか!? 西側の介入意図を挫く警告射撃的『核』使用 ロシア軍大演習「ザーパド2017」」『軍事研究』第52巻第12号、2017年12月、88-105頁。
  4. 4 このような見方はウクライナ危機後に特に強まった。一例として以下を参照されたい。
    Vasily Kashin, “Russia's Rapprochement with China Runs Deep,” The Moscow Times, May 27, 2014, Сергей Караганов, “От поворота на восток к большой Евразии,” Россия в глобальной политике, 2017.5.30.
  5. 5 2005年にウズベキスタンで発生した大規模な反政府暴動の鎮圧事件(アンディジャン事件)は、こうした認識を強めた。Alexander Lukin, China and Russia: The New Rapprochement, polity, 2018, pp. 84-85.
  6. 6 Начальник Генерального штаба Вооруженных Сил Российской Федерации генерал армии Валерий Герасимов встретился с представителями военно-дипломатического корпуса, аккредитованными в России, Министерство обороны Российской Федерации, 2019.12.18.
  7. 7 Dmitri Trenin, “Entente Is What Drives Sino-Russian Ties,” China Daily, September 11, 2018.
  8. 8 Alexander Gabuev, “A‘Soft Alliance’? Russia-China Relations After the Ukraine Crisis,” European Council on Foreign Relations, February 2015.
  9. 9 Leon Aron, “Are Russia and China Really Forming an Alliance? The Evidence Is Less Than Impressive,” Foreign Affairs, April 4, 2019.
  10. 10 例えば自民党の河井克行総裁外交特別補佐(当時)は2019年1月に訪米した際、「中国の脅威に日露が共同対処することも念頭にある」と発言して安倍政権の対露積極外交に関して米国の理解を求めたと報じられている。「日露平和条約交渉、中国の脅威念頭 自民総裁外交特別補佐・河井克行氏」『産経新聞』2019年1月9日。
  11. 11 Виктор Кузьминков, “Японский клин,” Известия, 2019.1.11, このほかにはトレーニン(“RESOLVED: Japan could play the Russia Card Against China,” Debating Japan, Vol.2, Issue3, March 12, 2019)やガブーエフ(James Marson, Ala stair Gale, “Japan Objects to Russian Military Construction on Disputed Islands,” Wall Street Journal, December 18, 2018)が中国ファクターによる日露の接近というシナリオに疑問を呈している。