前回の小欄[1]では、ロシア軍秋季大演習「ヴォストーク2018」に関する事前予測を試みた。そこで本稿では、同演習の終了後、改めてその概要を振り返るとともに、前回の予測がどこまで的中し、何が異なっていたかを事後的に検証してみることにしたい。

 なお、同演習は9月11日から17日の日程で東部軍管区を舞台として実施され、東部軍管区、中央軍管区、北方艦隊(西部軍管区)のほか、南部軍管区の一部兵力や独立兵科の空挺部隊が参加した。

極東大演習「ヴォストーク2018」

史上最大規模の演習となった「ヴォストーク2018」

 第一に、「ヴォストーク2018」が極めて大規模なものとなろうという予測は基本的には的中した。「基本的は」という但し書きがつくのは、その規模が予想をはるかに上回る巨大なものであったためである。

 ロシア国防省の発表によると、「ヴォストーク2018」の参加兵力は合計29万7000人という巨大なものであり、戦車を含む装甲戦闘車両約3万6000両、航空機約1000機、艦艇約80隻が動員されたという。[2]これまでにロシア軍が実施した大演習で最も大規模であったのは15万5000人を動員した「ヴォストーク2014」であったから、ソ連崩壊後のロシアが実施した演習としては過去最大規模であり、ソ連時代まで遡っても1981年の「ザーパド81」以来ということになる。

 ちなみにロシア軍の総兵力は定数101万3000人、実数は95万人以下と見られているので、総兵力の3分の1程度が参加した計算である。

10年ぶりの「マニョーブル」

 従来の大演習が戦略指揮参謀演習(SKShU: strategic command-staff exercises)と位置付けられていたのに対し、「ヴォストーク2018」の位置付けは「マニョーブル」であった点も注目される。指揮参謀演習とはその名の通り、作戦指揮機関(司令部及び参謀部)の演練に主眼を置いたものであり、部隊の実働はそれらの決定を反映する「指標」とされている。SKShUとはその中でも最も大規模な戦略レベルのものを指し、近年のロシア軍では4つの軍管区が持ち回りで実施してきた(したがって各軍管区には4年に1度の頻度で実施の順番が巡ってくる)。

 一方、「マニョーブル」とは「戦略演習、作戦・戦略演習、作戦演習のうち、敵味方に分かれて実施される対抗演習を指し、指揮要員・参謀部・兵力の訓練、それらの戦闘準備態勢の検証及び改善、新たな戦闘手段の研究等を目的として実施される」ものであり[3]、部隊の戦闘能力に関する演練により重点が置かれる。ロシア軍が公式に「マニョーブル」との位置付けで行った戦略レベルの演習は2009年の「オーセニ2009」が最後であり、「ヴォストーク2018」はこの種の大演習としては約10年ぶりである。

 今回の「ヴォストーク2018」が「マニョーブル」の形式を取った理由について、ショイグ国防相は、装備近代化プログラムの達成度チェックを目的としたものであると述べている。[4]また、今後は5年ごとに「マニョーブル」を実施していく方針も示した。このように、「ヴォストーク2018」は部隊の練度及び装備状態の検証に主眼が置かれており、このために部隊の実働規模もかつてなく大規模化したと考えられよう。

 なお、ゲラシモフ参謀総長が演習に先立つ9月6日に実施した記者会見での発言によれば、「ヴォストーク2018」では戦略レベルにとどまらず、全レベルにおいて対抗形式が採用されるとされていた。[5]具体的には、中央軍管区、西部軍管区北方艦隊、南部軍管区航空部隊から成る侵攻部隊(青軍)を東部軍管区及び中国軍の合同部隊(赤軍)が迎え撃つというのが「ヴォストーク2018」における演習シナリオであり、中国軍も参加した地上戦フェーズでは主としてザバイカル地方のツゴル演習場が用いられた。

中国軍の参加

 第二に、中国軍とモンゴル軍の参加は事前発表のとおりであった。中国からの参加兵力は人員約3200人、装備品約900点、固定翼機・ヘリコプター約30機とされるが[6]、モンゴル軍の参加兵力については具体的な数字が明らかにされていない(ごく少数であったと見られる)。

 前回も述べたように、「ヴォストーク2018」への中国の参加は政治的に大きなインパクトを孕むものであったと言えよう。「ヴォストーク」演習はもともと対中戦争演習と対日米戦争演習の2本立てで構成される演習であり、中国は仮想敵として扱われてきたためである。中国の参加兵力自体は演習全体の規模から見てさほど大きなものではないが、重要なのはそれまでの仮想敵国が「友軍」として扱われるようになったことである。「ヴォストーク2018」と同時期にウラジオストクでは東方経済フォーラムが開催され、習近平国家主席が初めてこれに参加したことを考え合わせれば、中ロ関係のさらなる緊密化をアピールする狙いがあったことは明らかであろう。

 このような観点からすれば、かつてなく大規模な演習を中国と合同で実施するという事実そのものに政治的な意図が存在した可能性も考えられる。

 ただ、今回の「ヴォストーク2018」でも、ロシア軍は極東に大規模な兵力を集結するとともに、予備役動員、高速道路を転用した航空機の離発着訓練などを実施しており、純軍事的には依然として中国は仮想敵にとどまっていた可能性が高い。

中国の参加

対日姿勢のトーンダウン

 第三点として、「ヴォストーク2018」が北方領土における大規模な訓練を含むものとなるであろうとの筆者の予測は大きく外れた。これも前回も述べたが、ロシア軍は演習に先立って北方領土の択捉島に戦闘機や攻撃機を初配備していたほか[7]、8月20日から25日にかけて実施された「ヴォストーク2018」の準備演習には国後島のラグンノエ演習場が演習エリアに含まれた[8]。

 しかし、前述したゲラシモフ発言においては、「ヴォストーク2018」の演習エリアにはクリル列島(千島及び北方領土)を含まないことが明言された。実際、演習期間中のロシア国防省発表も、同地域における訓練活動には一切触れておらず[9]、少なくとも表向きは、北方領土は演習エリアから外された模様である。同時期に開催された東方経済フォーラムには日本の安倍首相が参加を予定していたこと、これに先立つ7月の日露外交防衛閣僚会合(2+2)において、小野寺防衛相が北方領土での演習活動に「冷静な対応」を求めたこと[10]などに配慮したものと思われる。

軍事の論理と政治の論理

 以上、史上空前の大演習となった「ヴォストーク2018」を事後検証してみた。

 全体を通じて言えるのは、今回の演習を純軍事的な論理と政治的な論理とに区別して評価する必要性であろう。純軍事的に言えば、今回の「ヴォストーク2018」でも中国は依然として仮想敵のひとつであった可能性が高く、対日米戦争シナリオも実際の演習シナリオには盛り込まれていたと思われる。その一方、政治的に見ると、ロシアは中国を「友軍」として招き入れるとともに、日本に対する軍事的な牽制と取られかねない行動を自制するとういう振る舞いを見せた。

 このような軍事の論理と政治の論理のうち、どちらが前景化するのかは、今後の国際情勢に大きく左右されようし、その結果はまた国際情勢へとフィードバックされることになろう。その今後を見通すことは困難であるが、「ヴォストーク2018」を契機として中ロの軍事的接近がどこまで進むのかはひとつの注目点となると思われる。

 また、一時的に日本に対する軍事的牽制を抑制したロシアであるが、北方領土の軍事力近代化や日本のミサイル防衛推進に対するロシアの非難といった諸問題はなんら解決を見たわけではない。極東におけるロシアの軍事態勢や日本に対する姿勢がどのような推移を辿るのかは近く策定される新たな防衛計画の大綱にも影響する問題であり、中ロ関係と合わせて引き続き注視が求められる。

 (2018/10/10)

脚注

  1. 1 拙稿「ロシア軍秋季極東大演習「ヴォストーク2018」ー中国人民解放軍参加をどう読むか?」国際情報ネットワーク分析(IINA)、2018年9月4日。
  2. 2 Валерий Герасимов, Тезисы выступления начальника Генерального штаба Вооруженных Сил Российской Федерации на брифинге, посвященном подготовке маневров войск (сил) «Восток-2018» 2018.9.6.
  3. 3 ロゴジン副首相(当時。現・国営宇宙公社ロスコスモス総裁)が中心となって編纂した軍事用語辞典『戦争と平和』の定義より。“КОМАНДНО-ШТАБНЫЕ (ШТАБНЫЕ) УЧЕНИЯ,” ВОЙНА И МИР.
  4. 4 “Шойгу пообещал, что масштабные маневры войск будут проводиться в России каждый пять лет,” ТАСС, 2018.9.16.
  5. 5 Герасимов, op. cit., 2018.9.6.
  6. 6 「史上空前の規模 中露戦略演習『ボストーク2018』が正式に開始」中国網日本語版、2018年9月12日。
  7. 7 択捉島のヤースヌィ空港にSu-35S戦闘機が展開したことは8月初頭の段階でサハリンの地元紙によって伝えられていた(“Истребители Су-35С заступили на боевое дежурство в аэропорту Ясный,” SAKHALIN.INFO, 2018.8.3.)。しかし、衛星画像を用いた筆者独自の分析によると、択捉島にはすでに7月末の段階で3機のSu-35Sが展開していたほか、軍用飛行場であるブレヴェストニクにも同時期にSu-25攻撃機が展開していたことが確認できる(拙稿「強化される北方領土の軍事力 予想よりも大規模な航空機展開」Yahoo!ニュース個人2018年8月15日。
  8. 8 “Команда "В ружье": армию России внезапно проверили на готовность к приему гостей,” ВЕСТИ, 2018.8.20.
  9. 9 「ヴォストーク2018」に関するロシア国防省の公式発表。
  10. 10 外務省「日露外務・防衛閣僚協議(「2+2」)」(平成30年7月31日)