極東大演習「ヴォストーク2018」

 ロシア軍は今年9月、極東において大演習「ヴォストーク(東方)2018」を実施する予定である。ロシア軍の定期大演習は4つの軍管区(西部、南部、中央、東部)において毎年持ち回りで実施され、東部軍管区における大演習は前回の「ヴォストーク2014」から数えて4年ぶりということになる。

 ロシア軍のブヴァリツェフ訓練総局長が今年7月に述べたところによると、演習には東部軍管区だけでなく中央軍管区及び北方艦隊(軍政系統上は西部軍管区に所属するが、軍令系統上は独立の統合戦略コマンドの地位を有する)が参加するとされている。[1]これ以上の詳細については本稿執筆時点では明らかにされていないが、「ヴォストーク2014」を含む近年の演習動向に鑑みれば、10万人前後の兵力を動員した大規模演習となることが予想されよう。また、「ヴォストーク2014」では民間人予備役の動員や、地方自治体及び各種国営企業の戦時動員訓練が合わせて実施されていることから、大規模紛争を想定した全面戦争型演習になる可能性が高い。

予想される演習の中身

 問題は、演習の中身である。「ヴォストーク2014」では北方領土を巡る日露紛争に米国が介入してくるという想定の下、北方領土自体の防衛訓練に加えて、核抑止力の基盤であるオホーツク海(太平洋艦隊の弾道ミサイル原潜のパトロール海域とされている)防衛を念頭に置いたものと見られる北極圏への緊急展開訓練が実施された。このようなシナリオはおそらく今年の「ヴォストーク2018」にも盛り込まれることになろう。

 演習に先立ち、ロシア軍は北方領土の択捉島にSu-35S戦闘機及びSu-25攻撃機を初めて展開させており、地上部隊に対する対地攻撃支援や防空など、かつてない規模での戦闘訓練が展開されると見られる。また、ロシアは2016年に最新鋭の地対艦ミサイル・システムであるK-300Pバスチョン(射程300km)を択捉島に、バール(射程130km)を国後島に配備していることから、これらの地対艦アセットによる実弾発射訓練も予想される。演習にあわせて、広域防空システムなどさらなる新型兵器が北方領土に持ち込まれる可能性も排除はできない。

 もちろん、北方領土は広大な演習実施エリアの一部に過ぎない。すでにロシア海軍太平洋艦隊はオホーツク海における水上艦艇及び潜水艦による活発な訓練活動を展開しているほか、北極圏のチュコト半島に大型爆撃機を展開させるなどしており、極東全域が演習実施エリアとなろう。前述した北方艦隊も北極海東部に展開し、ロシア本土極東部、北方領土を含むオホーツク海周辺、そして北極圏を包含する大演習となる可能性が高い。

中国の参加

中国の参加

 さらに興味深いのは、今回の「ヴォストーク2018」に中国人民解放軍が参加すると報じられていることである。中国側の発表によると、参加兵力は人員3200人、車両900両、航空機・ヘリコプター30機であり、9月11日から15日にかけてロシアのザバイカル地域にあるツゴル演習場でロシア軍との合同訓練を実施するとされている。[2]

 中露はこれまでにも上海協力機構(SCO)の合同演習「平和使命」の枠組みで合同演習を定期的に実施してきており、ロシア本土に中国の大部隊が展開してくるのもこれが初めてというわけではない。しかし、これまでロシア軍の単独演習である「ヴォストーク」に人民解放軍が参加したことはなかった。

 そもそも「ヴォストーク」演習では、オホーツク海周辺での対日・対米演習と並行してロシア本土における大規模地上戦演習が実施されるのが通例であり、これは(明示されないものの)対中戦争を想定した訓練であると考えられてきた。一方、中国が「ヴォストーク2018」に大部隊を参加させるとなれば、中国の潜在的仮想敵としての性格は薄まり、今後の中露関係における大きな画期となる可能性がある。ロシア軍部は今後とも中国を仮想敵として想定し続けるとしても、政治指導部においては、中露の「戦略的パートナーシップ」を軍事面にも拡大させるとの方針が強まりつつあるのではないか。

日本の立ち位置

 興味深いのは、この演習の期間がウラジオストクで開催される東方経済フォーラム(9月11日から13日)と重なっている点である。同フォーラムには日本の安倍首相が参加を表明しており、北方領土での共同経済活動についても話し合いが持たれることになっているが、まさにその最中に北方領土での大規模軍事演習と中露合同演習(それが中露の関係性の変化を示唆するものであることはすでに述べた)が実施されるというタイミングになる。ロシア側がどのように言いつくろうにせよ、一連の舞台装置が日本に対する一種の軍事的恫喝として機能しうることは明らかであろう。

 ロシア側にしてみれば、共同経済活動を巡る法的枠組み問題を含め、今後の領土交渉を優位に進めるための手段であるということになろうが、日本としてこれをただ受け入れてよいのかどうかは別途検討されるべきである。安倍首相のフォーラム参加の是非を含め、ロシアの出方にあわせて日本としても対応を考えるべき事態ではないか。

 (2018/09/04)

脚注

  1. 1“Учение "Восток-2018" пройдет на территории двух военных округов,” Российская газета, (「ヴォストーク2018演習は二つの軍管区の領域内で実施される」ロシア新聞)2018年7月27日
  2. 2中国国防部の発表をロシアの国営タス通信が伝えたもの。“Китай поучаствует в стратегических учениях "Восток-2018" в России,” ТАСС, (「中国がロシアでの戦略演習ヴォストーク2018に参加する」TASS)2018年8月20日