リビアで2021年12月に予定されていた大統領・議会選挙が延期され、政治対立が続く中でも、在リビア日本大使館は隣国チュニジアを拠点として、精力的に活動を行ってきた。

 天寺祐樹・在リビア日本国大使館臨時代理大使(以下、臨代)はインタビューの後半で、リビアを取り巻く国際情勢や日本の対リビア関与に焦点を当てて語った[1]。

● 選挙延期後のリビアに対して、諸外国はどのように関与しようとしているのでしょうか。

 2021年3月の着任以降に気付かされたのは、リビア情勢は国際社会の縮図として、中東・北アフリカ諸国の対立・協力関係や、欧米やロシアを含めた大国間の国際関係を直接的に反映しているということです[2]。

 最近は、中国・韓国のプレゼンスも目立っています。2021年10月のベンガジ訪問時、中国が建設途中で(2011年革命時の治安悪化により)放棄した大規模な住宅群を見かけ、かつての中国の経済的プレゼンスの大きさを実感しました。中国は国連安保理常任理事国として、「ベルリン・プロセス[3]」の正式招待国です。現状では政治分野に関心はなく、経済を重視していますが、情報通信分野でのプレゼンスを強化しています。韓国も同様に、官民一体となってリビアの電力・インフラ・車両分野を中心に旺盛な復興・開発需要に食い込もうとしています。

 リビアは世界第9位、アフリカ第1位の原油埋蔵量を誇り、天然ガスの埋蔵量も豊富です。このため、欧米も政治的関与だけでなく、経済的利益を戦略的に追求しています。この点を日本も見習い、リビアの安定化に向けた支援を通じて日本の国益にも資するような取り組みを行うべきでしょう。今後は、日本企業が利益を得られるような民間需要を開拓する必要があると考えます。経済関係の強化はリビア側も希望していることです。

バシリーSRSG・UNSMIL代表との会談(2023年3月)

● ウクライナ戦争はリビア情勢にどのような影響を与えているのでしょうか。

 第1に、食糧安全保障への影響が挙げられます。リビアは小麦の輸入をウクライナに大きく依存しており、2022年2月のロシアによるウクライナ侵略から1週間で、小麦・小麦粉の価格が最大30%上昇しました。また、同国には中東・アフリカ諸国から63万人以上の移民・難民が流入し、その4分の1は食料難に陥っていると言われています。この状況を改善すべく、日本は2022年7月に世界食糧計画(WFP)を通じた食糧支援を決定しました[4]。ただし、単に食料を提供するだけではなく、持続性を担保するために、給食制度や人材育成を重視して、リビアの実情に沿った支援内容としました。

 第2に、露民間軍事会社ワグナー(ワグネル)をめぐる問題です。ワグナーはリビア国内に複数の軍事拠点を維持し、マリやサヘル諸国、中央アフリカなどへ進出するハブ(通過点)として利用してきました[5]。ワグナーはウクライナ戦争においても重要な役割を担っていますが、リビアやアフリカ諸国での活動との連動には注意が必要です。

 ロシアの政治的・軍事的な介入は、リビアの国民和解を阻害し、対立を深める恐れがあると懸念されています。だからこそ国連や国際社会は、ワグナーを含めた外国人戦闘員や傭兵の撤退を要求しており、その動きを日本も支持しているのです。

 他方で、ワグナーのプレゼンスを望むリビア国内外のアクターもいます。ハフタルLNA司令官は自身の政治的・軍事的影響力を維持するためにロシアの後ろ盾を求めていますし、エジプトなど一部の周辺国も、ワグナーが撤退するとリビア西部に軍事的に進出してきたトルコのプレゼンスが拡大し、軍事バランスが崩れるという懸念を持っています。

● 日本の対リビア関与の展望と課題を教えてください。

 2023年、日本は国連安保理非常任理事国及びG7議長国となっています。国連安保理において、日本はリビア制裁委員会の議長国を務めていますし、G7においても米英仏独伊は「P3+2」という枠組みでリビアに深く関与しています。日本も国際社会の責任ある一員として、リビアの安定化を支えることが求められます。2022年8月にチュニジアで開催された第8回東京アフリカ開発会議(TICAD8)では、リビア情勢が地域に与えるインパクトの大きさが確認されました。

 政治主体の多くが現状維持を望む現状において、政治・選挙プロセスの展望は不透明であり、暫定政府である国民統一政府(GNU)の正統性にも疑問符が突き付けられています。「リビア人によるリビア人のため(Libyan-led, Libyan-owned)」の政治プロセスを尊重すべく、代表議会(HOR)と高等国家評議会(HSC)が進める憲法・選挙法を整備するための協議を促進することが大切であるとともに、政治プロセスを進めようと努力するバシリー国連事務総長特別代表(SRSG)・国連リビア支援ミッション(UNSMIL)代表の取り組みを支持していくことが重要です。

 日リビア二国間関係においては、治安情勢を見極めつつ、大使館をトリポリに復帰させて日本のプレゼンスを強化することが最重要任務です。また、リビア政府及び政治勢力が国政選挙に向けた道筋を整えられるように支援する必要があります。ハイレベル外交も有意義であり、最初こそ距離を感じたマングーシュ外相も、今では訪日を希望しています。政治レベルの関与と並行して、人材育成を通じた国づくりの支援も重要であり、中断されていた文部科学省の国費留学生制度を再開すべく準備を進めています。また、JICAが主導する「アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ(ABEイニシアティブ)」や課題別研修、JICAチュニジア事務所と国連機関の協力による「カイゼン」研修も実施しており、これらの取り組みはリビア側から高く評価されています。

 経済協力については、上述の通りwin-winの関係を築くことが重要であり、当館は日本企業への情報提供や、経済関係の省庁・政府機関との人脈構築を通じて、ビジネス活動の促進に努めてきました。2023年2月末には、初となるリビア日本ビジネス・オンライン会合を開催、日本企業数十社とリビアの経済・エネルギー関連の省庁・公社が参加し、意見交換を行いました[6]。この取り組みは、今後も継続する予定です。

 財源の大部分をオイルマネーに頼るリビアでは、国民の大部分が公務員として政府に雇用されるなど公的セクターの肥大化が課題となっており、産業多様化や民間セクター開発が急務です。これらは日本の経験が活かせる分野でもあり、特に人材育成に関してリビアからも大きな期待が寄せられています。

 また、経済開発は政治的に対立する地域間・勢力間の交流を促進させる上、ビジネス機会が拡大して外資企業の参入が進めば、諸勢力間で武力衝突を防ぐインセンティブが高まり、不安定化の抑止につながるでしょう。さらに、隣国のチュニジアやエジプトを中心に地域的な波及効果も期待されます。エジプトは現状でGNUの正統性を認めておらず、国連主導の政治プロセスからも距離を置いていますが、経済機会が拡大すれば、態度を軟化させる可能性も高まります。

ミスラータでの経済特区に関する会議への参加(2022年6月)。

 2011年以降の日本の対リビア支援の大部分は国連機関を通じたものですが、停戦合意の維持と人道状況の改善を受けて、支援の焦点を緊急・人道支援から①経済開発・地方開発、②ガバナンス・社会安定化、③保健・公衆衛生へとシフトさせています。他方で、長期にわたる紛争や公共サービスの劣化を受けて、依然として人道支援を必要とする脆弱な人々が存在することも事実であり、上述のWFPを通じた食糧支援のような取り組みも継続していく計画です。

 リビアの安定化と国づくりを支援することは、単にリビアの利益になるというだけではなく、日本が国際場裡においてリビアを味方に付けることにつながります。例えば2022年4月の国連人権理事会におけるロシアの理事国資格の停止決議では、リビアがアラブ22カ国の中で唯一賛成票を投じました。2022年10月に日本が提出した核兵器廃絶決議案にも、リビアは賛成しています。ロシアのウクライナ侵攻や、アジア地域における力を背景とした一方的な現状変更の試みが拡大する中で、日本の対リビア関与は、日本にとって望ましい国際秩序や規範の維持に貢献し得ると言えます。

 リビア国民の尊厳に配慮し、寄り添い、価値を共有しながら関与することが重要ですが、これは一朝一夕になし得るものではなく、現場での情報収集や人脈構築が必須です。だからこそ、当館としてできるだけ早期のリビア復帰を進めようとしているのです。

 他の中東・北アフリカ諸国やアラブ地域と同様に、リビアでも日本人のメンタリティは高く尊敬されています。また、幾度もの内戦を経て復興・開発に踏み出しつつあるリビアの人々は、日本の戦後復興の経験に強い関心を持っています。日本に留学したり、日本企業と商取引を行ってきた経験を持つ人々もおり、彼ら・彼女らを中心に「知日派・親日派」を増やしていくことが重要な課題です。

日本留学経験者との会合(2022年3月)。

インタビュー後記

 筆者は2021年4月から2023年4月にかけて、書記官として在リビア日本大使館に勤務した。小規模かつ退避公館という制約の中で、天寺臨代とまさに二人三脚で、リビア出張を繰り返し、幅広い業務に取り組んできた。インタビューにある通り、様々な意味でゼロベースから人脈構築や情報収集、大使館のリビア復帰準備などを進めたが、リスクを恐れず挑戦に前向きな上司を持てたことは僥倖であった。また、中東・アフリカ情勢が大きく動く中、現場で外交官として勤務できたことは非常に有意義な経験となった。

 リビア情勢は、中東・北アフリカ、地中海、サヘル地域の情勢とも連動し、大国間競争やウクライナ戦争の影響を強く受けている。リビアの更なる不安定化は、中東・アフリカ地域におけるロシアの軍事的伸長をもたらし、日本の安全保障環境にも負の影響を与え得る。

 G7広島サミットの首脳コミュニケでは、法の支配に基づく国際秩序の維持・強化のためのグローバルサウスとの関係構築の必要性が確認された[7]。リビアに関しても、アフリカ連合(AU)及びアラブ連盟と連携した、国連仲介の下での安定化の取組を支持し、2023年末までの大統領・議会選挙の実施を求める旨言及された[8]。国際社会において、力による一方的な現状変更の試みへの対抗で結束できる基盤づくりを進めるためにも、日本がリビアの政治・選挙プロセスを支援することには大きな意義がある。

(前編)

(2023/05/26)