はじめに

 2020年は尖閣諸島周辺海域の中国海警局の船舶(海警船)による活動がエスカレートした年となったと言えよう。海上保安庁の統計によれば、2020年に海警船が尖閣諸島の領海のすぐ外側にある接続水域に現れた日数は最長の333日となった[1]。領海への侵入も29日に及び、10月には最長となる57時間もの間、領海内に留まり続けた。さらに尖閣諸島周辺の日本の領海内で漁業に従事する日本漁船に海警船が接近し追尾したため、海上保安庁の巡視船が海警船と日本漁船の間に割って入り、日本漁船の安全を確保するという事案が6件発生した。このような日本漁船に対する法執行を行うかのような活動は[2]、もはや無害でない通航を行う船舶と見なすことはできず[3]、日本政府は外交ルート通じて繰り返し抗議を行なった。

 このような活動を行う海警局に関する中国国内法が2月1日から施行された。中国海警局は、2013年に辺防管理局(公安部)、国家海洋局(自然資源部)、漁業局(農業農村部)、海関総署に分散していた海上法執行機能を統合し国家海洋局に設置されたが、2018年には中央軍事委員会の傘下である中国人民武装警察部隊(武警)の下に設置することが決定された。その所掌事務は、海上法執行と海上権益の保護を実施することが決定されたものの、国内法が制定されないまま運用されていた。このような中、中国の全国人民代表大会(全人代)は2020年11月に中華人民共和国海警法の草案を公表し、翌2021年1月22日の全人代で一部を修正した上で採択、2月1日から施行となったのである。海警法は海警局を重要な海上武装部隊とした上で中央軍事委員会の指揮下に置き、海洋権益の確保や海上法執行のほか防衛作戦も所掌すると定めた[4]。

 中国の海洋進出が顕著な南シナ海や東シナ海では、海警局の活動が問題視されているが、この海警法の制定はどのような影響を及ぼすであろうか。本稿では海警法について分析し[5]、この法令の機能が国際法に基づく権利や義務を逸脱する幅広い権限を海警局に与えることにより、国際法の根拠を欠く活動を海警法に基づく法執行とする点が問題であることを指摘し、また尖閣諸島周辺海域における海警船の活動への示唆について検討する。

国際法の法的根拠を欠く権限付与

 海警法の最も大きな問題は、海警法の適用と執行を想定する範囲が国連海洋法条約(UNCLOS)やその他の国際法で定める国家管轄権及び沿岸国の権利の範囲を逸脱している点があげられる。例えば、UNCLOSは、沿岸国の権利と義務を海域ごとに定め、海上において沿岸国の主権が及ぶ範囲を基線から12海里以内の領海内と定める[6]。そして領海の外側にある接続水域での沿岸国の規制は、通関、財政、出入国管理又は衛生に関する事項に限定し[7]、さらに排他的経済水域では天然資源等に関する主権的権利と、人工島等の設置、海洋の科学的調査および海洋環境の保護及び保全に関する管轄権に限定する[8]。

 ところが、11月に公表された海警法草案では、海警法が適用される中華人民共和国の管轄下の海域を「内水、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚および中華人民共和国の管轄下にあるその他の海域」と一律に定義した[9]。この定義は最終的には削除されたものの、中国の最高裁に相当する最高人民法院は管轄海域について同様に判示しているので、同様の解釈が維持されると考えられる[10]。そして採択された海警法では、海警局の権限を行使する地理的範囲を中国の「管轄下の海域」とだけ定めるので、海警局は海域の区別なく権限行使を行うことができることになる。例えば海警法第25条は「中国の管轄下の海域」に安全保障上の理由で通航や滞留を禁止する海域を設定できるとするが、UNCLOSは主権が及ぶ領海と異なり[11]、より広い航行の自由が認められる排他的経済水域においてこのような海域の設定を認める条文は存在しない。さらに「中国の管轄下」にある海域は、南シナ海の九段線など他の沿岸国の主張する海域と重複しており[12]、このような海域で国際法の根拠を欠くような活動に法的根拠を与えればエスカレーションを助長する可能性がある。

 また、海警法の規定は国際法の根拠を欠く権利を一方的に国内法上の権限として定める機能を持たせている。例えば、外国の軍艦および公船に対する強制的措置を定める海警法第21条は、管轄下の海域で海警局が中国国内法に違反する外国の軍艦や公船に対して、海域から退去するよう必要な警告や統制措置を取ること、また、退去に応じない船舶で重大な危険や脅威を与える船舶に対しては強制的な曳航などにより退去させる権限を海警局に与えている。中国は国内法で事前承認のない軍艦等の領海内の航行を禁じているので、例えば、南シナ海において米国が実施する「航行の自由作戦(Freedom of Navigation Operations: FONOPs)」は中国国内法に違反する。そこで海警船は、米国の軍艦に対して強制的な措置により退去させる活動を海警法に基づく法執行として実施することが想定される。中国は米艦を当該海域から排除するとともに、中国国内法の執行を行うことで当該海域が中国の管轄下にあることを主張するのである。ところが、国際法上、軍艦・公船は外国の執行管轄権の行使から免除されており[13]、海洋法条約も法執行として強制的な措置を執ることまでは規定していない[14]。

 国際法は紛争防止のため、国家権力の発動である法執行活動を実施できる場所を個別の国際条約などが定める場合のほか原則的に領域内と定める。また軍艦や公船など公務のために運航する船舶に免除を与え、国内法違反があっても現場で強制的な措置を取るのではなく、外交的解決を促す制度をもつ。ところが、海警法は国際法に基づかない権限を国内法上の権限として法的根拠を与えるため、このような権限が海警船により法執行活動として実施されれば、エスカレーションを惹起する可能性を格段に高める結果となる。

武器の使用の法的根拠について

 もう一つの重大な点は、海警局に曖昧な武器使用の法的根拠を与えたことがあげられる。海警法第6章では、立入検査などに伴う警察装備と武器の使用について定め、武器の使用が合理的に判断される必要性を求め、不必要な死傷者・財産の損失を避けるという比例性の制限を課す。このような国内法で警察・法執行機関の武器の使用について必要性や比例性の原則を定めること国連総会決議等[15]でも推奨されている。

 ところが、海洋安全保障を定める海警法の第3章では別の武器使用規定がある。第22条は「海上において国家主権、主権的権利や管轄権が外国の組織や個人によって違法に侵害された場合、または窮迫した違法な侵害に直面した場合は、海上警察機関は、本法および関係法令に定める措置を取る権利を有し、武器を含めた全ての必要な措置をとる」と定め、武器を使用する権限を規定する。この措置は主権が侵害される事態における武器使用を想定しており、第83条で海警局は防衛作戦に参加する機関であると定めていることから、第6章が想定する武器使用とは限らない。現場では海警船の武器使用が第6章の制限のある武器使用か第22条の武器使用かも分からないのである。

 また第22条は、主権の侵害に加え主権的権利が侵害された場合にも適用されることに注目が必要である。主権的権利は沿岸国の排他的経済水域における天然資源等に関する権利であり、具体的には漁業資源や海底資源を指す。第6章48条で船舶に装備された武器の使用が、海上テロ事案、海上における重大な暴力事犯、法執行を行う船舶が武器やその他の危険な方法により攻撃された場合と限定していることを踏まえれば、主権的権利の侵害に対して武器を含めた全ての必要な措置をとる権限を付与することは、バランスを欠く。さらに22条が想定する主権的権利の侵害が、例えば九段線内のフィリピンやベトナム、インドネシアの海上保安当局との対峙や衝突事件であるならば、海警船はこのような事案において武器の使用に法的根拠を与えられたこととなり、法執行活動の一環として武器を使用できることとなる。これは現場の更なるエスカレーションを招きかねない。

 海警法は国際法の根拠に基づかない権限を国内法で海警局に付与することにより、当該行為を国内法に基づく法執行と位置付ける作用をもつ。これは国家間の紛争を防止する行為を防止する国際法の機能を回避する結果となり、危険な事態を招く可能性がある。また、中国が一方的に主張するすべての中華人民共和国の管轄下にある海域を法的に内水と同一視し、軍艦や公船に対する免除を蔑ろにする国内法の制定は、国際法に基づく法秩序を大きく揺るがしかねない。中国は法執行活動を行うに際し、国内法のみならず国際法が定める義務を遵守し、海上におけるエスカレーションを防ぐべきである。

終わりに:尖閣諸島周辺海域の安全保障環境に与える示唆

 ところで、海警法の制定が尖閣諸島周辺海域の海警船の活動に及ぼす影響はどうであろうか。中国にとって最大の脅威は、日米安全保障条約による米国の介入であろう。日本政府は米国政府に対して尖閣諸島に日米安全保障条約第5条の適用があることを繰り返し確認している。ただしこの適用は、日本の施政下にある領域であることが一つの条件となっている[16]。そこで中国の狙いは、日本ではなく中国の施政下にある領域であることを主張し、米国による介入の法的根拠を潰すことにある。

 いかにして中国は「日本の施政下にある領域」を変更していくか。第一段階として、尖閣諸島の周辺海域において海警船によるプレゼンスを増やすこと、そして第二段階として中国の国内法を適用し法執行を行うことにより、同海域が中国の施政下にあることを主張することが考えられる[17]。そこで、尖閣諸島周辺の領海内で操業する日本漁船に対して、海警船により中国の漁業法令を適用し、実際に立入検査など法執行を行うことによって当該海域が中国の管轄下にあることを主張し実効支配を強化してくることが予想される。このため、海警船による日本漁船への接近事案は極めて重大なのである[18]。今般の海警法制定をもって、その活動の法的根拠を与えられた海警船は、現行の国際法に基づく権利ではなく、国内法の権限に依拠する法執行活動として、確信を持ってさらに活発化することが予想される。日本政府が尖閣諸島周辺海域における現状維持を継続するためには、一層の警備体制の充実・強化が必要となるであろう。

(2021/02/18)

脚注

  1. 1 「中国公船等による尖閣諸島周辺の接続水域内入域及び領海侵入隻数(日毎)」『尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向と我が国の対処』海上保安庁、(アクセス:2021年2月8日)。
  2. 2 中国外務省は日本漁船が「中国の領海内で違法な操業をした」と主張する。「中国公船、日本の抗議後も尖閣領海で漁船追尾」『産経新聞』2020年5月24日。
  3. 3 この点について拙稿「東シナ海における中国のさらなる現状変更の試み−中国公船の日本漁船追跡事件で考えるべき日本の対応」『国際情報ネットワーク分析 IINA』笹川平和財団、2020/10/20。
  4. 4 なお、本稿では触れないが、中央軍事委員会の指揮を受けることから、海警船を軍艦とみなせるかという議論がある。例えば、山本勝也「中国海警も中国共産党の軍隊である」『国際情報ネットワーク分析 IINA』笹川平和財団、2020年11月17日。および「中国海警と人民武装警察-海警法への違和感と懸念」国際情報ネットワーク分析 IINA』笹川平和財団、2021年2月9日。なお、軍艦の領海内における無害でない通航に対しては、平成27年5月14日の閣議決定「我が国の領海及び内水で国際法上の無害通航に該当しない航行を行う外国軍艦への対処について」に基づき、自衛隊法第82条の海上警備行動を発令して、自衛隊が対応することが政府の基本方針である。
  5. 5 本稿では中国海警法の条文を文理解釈することを基本に分析する。従って中国独自の解釈や適用、執行の方法がある場合はこの分析の限りではないことをお断りしておきたい。
  6. 6 UNCLOS第2条。
  7. 7 同第33条。
  8. 8 同第56条。
  9. 9 中華人民共和国海警法草案 第74条の2項。
  10. 10 土屋 貴裕「中国の海洋安全保障政策カントリー・プロファイル」『インド太平洋における法の支配の課題と海洋安全保障『カントリー・プロファイル』[地域研究会(国別政策研究グループ)]』日本国際問題研究所、2017年3月、4頁。
  11. 11 UNCLOS第25条3項は、沿岸国が領海内において一時的に無害通航権を停止する権利を認める。
  12. 12 中国が主張する九段線について、中国とフィリピンが争ったいわゆる南シナ海仲裁裁判において2016年に常設仲裁裁判所は国際法上の根拠がないことを判示した。Award, In the Matter of the South China Sea Arbitration (Phil. v. China), PCA Case No. 2013-19, Para.278.
  13. 13 UNCLOS第32条および95条は軍艦および非商業目的で運航される政府専用船舶に免除を認める。
  14. 14 UNCLOS第30条は、領海内において軍艦が沿岸国の通航に関する法令を遵守せず、その要請を無視した場合は、直ちに退去することを求めることができるとのみ定める。
  15. 15 例えば “Code of Conduct for Law Enforcement Officials,” UN General Assembly Resolution 34/169 of 17 December 1979, https://www.ohchr.org/en/professionalinterest/pages/lawenforcementofficials.aspx; “Basic Principles on the Use of Force and Firearms by Law Enforcement Officials,” Adopted by the Eighth United Nations Congress on the Prevention of Crime and the Treatment of Offenders, Havana, Cuba, 27 August to 7 September 1990.
  16. 16 日米安全保障条約第Ⅴ条は「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と定める(下線筆者)。
  17. 17 例えば、Alessio Patalano, “What Is China’s Strategy in the Senkaku Islands?” War on the Rocks, September 10, 2020.
  18. 18 この点については、註3拙稿参照。