中国海警の活動について規定する「海警法」が2月1日から施行された。「海警法」については昨年11月に草案が公表されて以降、中国の国内外から多くの疑問や懸念が表明された。今回、正式に施行されることからあらためて「海警法」を確認するとともに、国際社会が抱く海警に対する違和感や懸念について、特に、海警が人民武装警察部隊(武警)に属していることが誘因しているであろうと思われる点について議論してみたい。

写真

草案との相違点:消えた「海上武装力量」ほか

 公布された法律は草案の一部が修正されているものの、法律の性格を大きく変えるような変化は見受けられない。その上で本稿ではいくつかの点を指摘しておきたい。

(1) 消えた「海上武装力量」

 まず、海警の属性を明らかにする「第2条」において、海警が中国の海軍力であることを示す「海上武装力量」という言葉が消えているが、これによって海警が軍隊の一部であることを中国が取り下げたわけではない。

 「海警法」の上位法である「憲法」「国防法」「武警法」によって武警が軍隊の一部であることが明記されており、第2条の冒頭に「人民武装警察部隊の海警部隊」であることが追加されたことで、婉曲的ではあるがより論理的に海警が軍隊であること、具体的にはいわゆる行政府である国務院から独立した組織である中央軍事委員会の下にある軍事力であることが国内法上明らかにされた。一部国際社会の論評には、海警を「準軍事組織(para-military)」と表現するものがあるが、中国の法律では人民解放軍も海警を含む武警も、さらには民兵組織もそれぞれ等しく「武装力量(armed forces:軍隊)」であると位置づけている。したがって中国の認識では、海警も「軍隊に準じた組織」ではなく「まぎれもない軍隊」であることは明白である[1]。「平時には非戦争軍事活動、戦時には防衛作戦」を任務とする。文字のみを追いかけると、海上自衛隊のことを言っているのかと誤解する人もいるかもしれないが、これは中国海警の任務である。

 「海上武装力量(海軍力)」と言う表現を中国の立法者が削除した動機が、もし我々国際社会の懸念表明に影響されてイメージを和らげたつもりであったとすれば、これもささやかな戦略的コミュニケーションの成果であると言ってよいのかもしれない。

(2) SafetyでもSecurityでもある中国語の「安全」

 次に、海警の基本任務を明らかにする「第5条」において、草案では最初に「海上治安秩序の維持」を挙げていたものが、公布された法律では「海上安全の保衛」とその順序を入れ替えている。中国語では「海上安全」は航行安全などの意味合いが濃いmaritime safetyのみならず、海上安全保障を意味するmaritime securityにも解釈される曖昧な用語である。その上、「保衛」についても交通安全を守るという意味でのguardであったり防衛を意味するdefendとなったりいかようにでも解釈できる。記述順序が任務の優先順位を示すのであれば、それらを入れ替えた立法者の意図には今後も注目すべきであろう。

写真

(3) 関係部門との協力と海警の優位性

 第3に、「第8条」において、国務院や地方政府などの関係機関との協力調整のために草案にはなかった枠組みの設置が明記された。これは「第53条」や「第58条」等で、関係行政部門や人民法院などに要求しているロジスティクスや情報提供支援などを確実にするための規定であり、行政部門や司法部門に対する海警の主導性、優位性を意味するものと言えよう。

(4) 曖昧さを増す「管轄海域」

 そのほか、草案では附則に記されていた「管轄海域」の定義が消えてその意味するところはより曖昧になった。

 これまでの中国の主張をみれば、「管轄海域」が沖縄トラフ以西の東シナ海や9段線の内側など、少なくともいわゆる「第1列島線」の内側のほぼ全てを意図していることは明白である。このような「管轄海域」についての中国の主張は、日本をはじめとする周辺諸国の主張と大きく異なり、その多くは仲裁裁定によって否定されるなど国際社会に認められたものではない一方的な主張である。

 その上、2020年12月に改正した「国防法」では、軍事行動によって守るべきものとして、国家主権、統一、領土と並んで新たに「発展利益」が追加されたが[2]、この「発展利益」の意味もまた「管轄海域」と同様に曖昧模糊としている。恣意的解釈が自在な「発展利益」と「管轄海域」に国際社会は疑心暗鬼とならざるを得ない。

 いずれにせよ、この法律は海上自衛隊幹部学校作戦法規研究室長の松尾1佐が言うように、「国際法の基盤を成すウエストファリア・パラダイムそのものへの挑戦」[3]であることに大きな違いはない。

ウエストファリア・パラダイムへの挑戦:武警の一部である海警

 中国海警の在り様が既存の国際ルールに挑戦するその要因は、中国の歴史や思考過程[4]など様々に考え得るが、ここではその要因の一つとして統合された海上法執行機関として生まれた新たな海警が、その任務とする対象と舞台が全く異なっている武警の一部として組み込まれたことに起因していると考える。

 武警の主たる任務は突発的な社会安全事案やテロリズムへの対応[5]、すなわち国内における暴動など共産党の指導する中華人民共和国体制に対する「内なる敵」に対して備えられた軍事力であり、その主たる舞台は基本的に他の干渉を許さない主権国家の領土の内側である。昨年改正された「武警法」によって海警部隊は従来からの武警の主要部隊である内衛部隊や機動部隊と同列に位置づけられたものの、改正後の「武警法」の中でも海警については付焼刃的に触れるのみであり、具体的な規定は今回成立した「海警法」に丸投げされるまで存在していなかった。

 これに対して海警の主たる舞台は、前述の通りの海洋であり、領海でさえ他国に一定の権利が保障され、沿岸国の絶対的な主権は認められていない。その上、中国籍の漁船や商船などが中国独自の衛星航法・通信システム「北斗」[6]によって中国当局に厳格に管理できるようになった今日では、海警が対象とする目標の大半は外国籍の船舶であることが容易に想像できる。敢えて表現すればそれらは中国の「海上安全」を害する「外なる敵」であると言えよう[7]。

 中国国防部などでは、領海のみならず排他的経済水域や大陸棚などを含む海域を中国の「海洋国土」であると将兵に教育している[8]。これが「管轄海域」に対する中国社会の認識の源となっているのであろう。「内なる敵」に対する軍事力としての組織文化のままで外の世界で活動するのであれば、その帰結として既存の国際社会のルールとの摩擦は当然に生じることとなる。

写真

内と外と異なる「維権」

 もう一つ、海警と武警とを隔てるものに「維権」がある。「海警法」に頻出する「維権執法」は、英語では一般的にright protection and law enforcementと訳されており、日本語では「権益保護と法執行」と訳出することが自然である。

 この「維権執法」なる用語は2002年以降に現れた新しい中国語であり、中国国内の学会など有識者の間でさえ、いまだその概念は確立されたものではない[9]。それゆえに「海警法」では頻出する「維権執法」なる用語も、「武警法」には「維権」はわずか4回、いずれも海警に関する文脈で記述されるばかりである。ちなみに中国国内の警察・法執行活動を規定する「人民警察法」(武警や海警による法執行活動もこの法律が準用される)の中に「維権」は皆無である。

 中国語話者の利用するネット環境において「人権派弁護士」を意味する「維権律師」などが確認できるように、「維権」はそもそも「個人の権利や基本的人権を保護する」と言う文脈で専ら民衆の用語、強いて言えば武警にとって「内なる敵」が用いる敵性用語であったと言えよう。

 中国海警の強化、海軍力増強を進める過程において、いつの間にか「個人の権利を保障する」ための「維権」が、「中国の権益を保護する」ための「維権」にすり替えられようとしている事実が浮かび上がってくるようにも見える。これは以前、尖閣についての論考で触れたことに通じる[10]。

まとめに代えて

 国内法上の「内なる敵」に対する論理をそのまま国際法が規律する海洋に持ち込めば、当然に国際社会と摩擦を生じることになる。

 完全な主権の下にある中国領土内で行われる武警の活動は、許可を得て中国に入国した外国人や組織でさえ、その実態を目にすることはなかなか難しい。 しかし、国際公共財でもある海洋における中国海警の活動、とりわけ国際社会の認識や周辺諸国の主張と相違のある活動を、周辺諸国や国際社会が国際ルールに則って確認・監視することを中国が拒絶する権利はない。

 「海警法」の施行により、国内法に裏付けられた中国海警が今後より一層その活動を活発化させてくることは想像に難くない。我々国際社会はそうした彼らの活動をしっかりと注目し、既存の国際ルールに挑戦する中国海警の活動に対しては、時機を失することなく毅然と明確に指摘して、必要に応じて国際ルールに則った対応をとることが肝要であろう。

※本論で述べている見解は、執筆者個人のものであり、所属する組織を代表するものではない。

(2021/2/9)

*この論考は英語でもお読みいただけます。
Concerns about the China Coast Guard Law – the CCG and the People’s Armed Police

脚注

  1. 1 拙稿「中国海警も共産党の軍隊である」『国際情報ネットワーク分析IINA』笹川平和財団、2020年11月17日。
  2. 2 「中華人民共和国国防法」第2条。
  3. 3 松尾論文では海洋における船舶の旗国主義、とりわけ軍艦等の主権免除の視点から、海警法の一般国際法との乖離を論じている。
    松尾聡成「中国海警法草案の公表-外国軍艦等に対する実力行使を独自に規定-」『海上自衛隊幹部学校戦略研究会コラム』182、2020年12月9日。
  4. 4 例えば、益尾知佐子『中国の行動原理―国内潮流が決める国際関係』(中公新書、2019年)、など。
  5. 5 「中華人民共和国人民武装警察法」第4条。
  6. 6 「渔业」『北斗衛星導航系統』
  7. 7 敢えて付言すれば、他国から見て不法・違法な活動をしている中国籍船舶も、その行動は常に中国当局によって管理されており、そうした活動は当局による指示、少なくとも黙認なしには果しえないものと見るのが適当であろう。
  8. 8 拙稿「防衛駐在官の見た中国(その10)-中国の海洋国土、公海と公空」『海上自衛隊幹部学校戦略研究会コラム』021、2012年1月12日。
  9. 9 毛晨宇「海上“維権執法”概念的界定与未来展望」『海洋報』、2020年6月20日。
  10. 10 拙稿「尖閣は人道主義をめぐる中国と世界の価値観対立の最前線」『国際情報ネットワーク分析IINA』笹川平和財団、2020年9月9日。