キリスト教ナショナリズムと「愛の政治」
―タラリコは民主党の未来なのか―
山岸 敬和
来たる11月の米国連邦上院議員選挙では35議席が改選される。中間選挙では通常は野党有利と言われるが、今回の選挙では下院に比べ上院で民主党が多数を奪還する可能性は低いと見られるが、民主党候補者の善戦が伝えられている州もある。中でもテキサス州が注目されている。
テキサス州選出の二人の現職上院議員のうち、一人は過去に大統領選挙候補者にもなった共和党のテッド・クルーズ。そして、もう一人は、こちらも共和党の重鎮として影響力を持ってきたジョン・コーニンである。今回はコーニンの議席が改選の対象となったが、コーニンは共和党の予備選挙ですでに敗退した。
コーニンを破ったのは、ドナルド・トランプ大統領から支持を受けたケン・パクストン州司法長官である。パクストンは、過去に職権濫用を理由に共和党優勢の州議会下院に弾劾されたことをはじめ問題が多い人物であるが、トランプからの支持をバックに勝利を収めた1。トランプに楯突こうとする現職議員が、トランプに選挙で対抗馬を立てられて敗れるというのは近年よく見る光景である。
テキサス州は基本的には共和党州であり、2024年大統領選挙ではトランプが民主党候補のカマラ・ハリスに約14ポイント差をつけて勝利している。しかしパクストンは接戦に巻き込まれている。6月前半に行われた世論調査では民主党候補とほぼ互角となっている2。
民主党の対抗馬は、州議会議員で37歳のジェームズ・タラリコという人物である。この人物が面白いのは、「民主党の政治家であるにもかかわらず」、神学校で神学を修め、聖書を頻繁に引用するなど、宗教的言語を積極的に使うことである。タラリコが勝利すれば、テキサス州から33年ぶりに民主党の上院議員が誕生することになる。
長らくキリスト教の言語を使う政党は共和党であった。他方で、民主党は妊娠中絶の問題やLGBTQなどの性的マイノリティの問題に対して、保守的なキリスト教価値観と対立する立場をとってきた。しかしタラリコは、宗教的倫理を前面に掲げながら、貧困や医療、教育、移民、性的マイノリティといった社会的・経済的弱者の救済を訴える。
本論考では、タラリコという人物を紹介するとともに、彼が民主党にとってどのような影響を与える可能性があるのかについて考えてみたい。
タラリコとは何者か
1989年、テキサス州オースティン市から30キロほど北にあるラウンドロック近郊でタラリコは生まれた。幼少期に父親のアルコール依存症が大きな原因で両親が離婚し、そのあと母親がタラリコ姓の教師であった男性と再婚した。母親側の祖父がバプティスト教会の牧師であったことに加え、その継父が敬虔なキリスト教徒であったことから、タラリコも熱心に教会に通い、後の神学研究へとつながっていった。他者への奉仕を続けた継父の存在が、自らの政治観や教育観の形成に大きな影響を与えた、と彼は繰り返し語っている3。
テキサス大学オースティン校で政治学を学び、ハーバード大学で教育学の修士号を修めた後、Teach For Americaというプログラムに参加し低所得層が多く暮らす地域の公立学校で教師として働いた。この現場での経験が、彼の政治活動の出発点になった。
2018年、29歳の時にタラリコはテキサス州下院議員に当選した。教育、医療、銃規制などを主要な政策課題として掲げ、トランプ寄りの選挙区において2ポイント差で当選を果たした。
その後タラリコは興味深いキャリアの選択をする。彼は州議会議員を続けながら、オースティン長老派神学校でキリスト教神学や宗教倫理を学び、神学の修士号を取得したのである。この経験により、宗教的倫理と政治を結びつける独自のスタイルがより鮮明になったと言える。
彼の名前を全米に知らしめたのは、Fox Newsへの出演だった。そこで当時Fox Newsの司会者だったピート・ヘグセス(現国防長官)に対し、「2020年大統領選挙でトランプ氏は敗北した」という事実を認めるよう求めた。その動画はSNSで急速に拡散され、彼の名前は全米で知られるようになった。
タラリコは幼い頃に牧師になることを考え始め、その後政治家のキャリアを歩み始めた後に大学院で神学を学ぶまでに至った。彼にとって、政治とは権力を獲得することではなく信仰に基づく公共への奉仕であるのだろう。その意味で彼は、政治家と聖職者は異なる職業ではあっても、社会に仕えるという点では連続した営みとして見ているように思われる。
民主党とキリスト教徒の距離
民主党には、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア以来、とりわけ黒人教会を基盤として、キリスト教信仰に基づき社会正義を訴える伝統がある。現在では、ジョージア州選出上院議員のラフェエル・ワーノックが代表的存在である。
タラリコが面白い存在なのは、黒人教会の伝統とは異なる形で、白人民主党政治家が宗教的言語を積極的に用いる点にある。白人民主党の大統領と言えば、前大統領のジョー・バイデンはカトリック教徒として信仰について演説で語ることがあった。しかしタラリコほど聖書を引用して神学的議論をする政治家ではなかった。あとはずっと遡ると、1976年に当選したジミー・カーター元大統領は、自らを「ボーン・アゲイン・クリスチャン」とよび、福音派キリスト教徒として信仰に基づく道徳や平和の重要性を語った政治家であった。
しかしカーター以降の民主党は、世俗的なスタンスを取り続けた。皮肉なことに、カーターの当選によって注目を集めた福音派はその後1980年代に共和党の重要な支持母体となっていった。そして共和党は、中絶許容や性的マイノリティの権利保護を主張する民主党を、保守的なキリスト教の価値観から反していると攻撃するに至った。
その構図が少しずつ変化しているのではないかという指摘を、筆者は以前の論考で行った。アレキサンドリア・オカシオ=コルテス(AOC)は、聖書を繰り返し引用しながら政策を論じることはないものの、カトリック的価値観の中で育ったことを認め、「人間の尊厳」など、カトリック社会思想とも重なる言葉を用いることがある。こうした変化は民主党が「世俗の党」から変化しつつある兆候として捉えることもできる。
タラリコは何が新しいのか
タラリコの新しさは、キリスト教そのものを政治に持ち込もうとしている点ではない。むしろ、キリスト教に由来する倫理的言語を、民主党の政策を語るための公共的言語として位置付けようとしている点にある。
上述したようにAOCらが「人間の尊厳」など宗教的背景を持つ言葉を用いるようになる中、タラリコはさらに一歩踏み込み、政策を語る際に聖書を繰り返し引用し、教会などでキリスト教と政治の関係について説教や講演を行っている。
そして彼が提示する倫理的言語は、民主党が掲げてきた政策に新たな倫理的正当性を与える可能性を持っている。同時に、それはトランプ政権下で存在感を強めたキリスト教ナショナリズムに対抗するもう一つの宗教的言説としても位置付けられる。
彼の宗教との関わり方は、離婚という経験と継父との良い関係が影響を及ぼしている。彼は両親の離婚についてよく言及するが、その経験から導かれる結論は、伝統的な家族の形を守るべきだという主張ではない。むしろ家庭の崩壊によって、とりわけ子どもが精神的・経済的な困難に直面しやすいことを踏まえ、そうした人々を支えるための社会的仕組みの必要性を訴えるのである。教師として低所得地域の子どもたちと向き合った経験も、この考え方をさらに強めたという4。
タラリコは、自らの経験を通して、血縁ではなく関係性こそが人を育てると考えるようになった。だから彼は、地域コミュニティ、学校、教会などを重視する。そして、彼の政治哲学を最もよく表す言葉が「愛の政治(Politics of Love)5」である。
彼は「最も重要な戒めは何ですか」と聞かれた時のキリストの言葉を引用する。「神を愛すること」が第一に重要で、次に「自分自身を愛するように、隣人を愛しなさい」。自分自身の中に神聖なものを見出すのであれば、隣人がキリスト教徒であれ、信仰を持たない人であれ、LGBTQなどの性的マイノリティであれ、その隣人にも同じ神聖さを認めずにはいられない、というのがタラリコの説明である。
また、共和党が傾倒するキリスト教ナショナリズムについて彼は明確な反対の姿勢をとっている。「キリストの名を借りた権力崇拝」であるとし、根本的に反キリスト教的であるとする。そしてキリスト教ナショナリズムを、キリスト教そのものを蝕む「がん(cancer)」であると評する6。共和党支持層の一部に広く浸透しているキリスト教ナショナリズムを、同じキリスト教から批判するのである。
そして彼は、他宗教に対しても寛容である。仏教、ヒンドゥー教、イスラム教、ユダヤ教なども、それぞれ異なる伝統ではあるが、同じ神秘的真理を探究していると述べている。キリスト教を前面に掲げながらも、排他的なナショナリズムに向かわない、そこにタラリコの宗教観の特徴があり、彼がキリスト教ナショナリズムに対抗し得る理由がある。
民主党内のキリスト教の今後
民主党は、人種・民族・性別などでの少数派の権利を主張するアイデンティティ政治に傾倒し、白人労働者を十分に代表しなくなった結果、彼らがトランプ支持へと傾いたという見方は、近年広く論じられている。民主党は、アイデンティティ政治を重視し続けるのか、それとも経済政策をより前面に押し出すのか、という選択を迫られているようにも見える。
こうした状況の中で、民主党は異なる価値観を持つ支持者をどのようにまとめるのかという課題に直面している。その際、宗教的な人々と世俗的な人々、経済的に恵まれている人々と恵まれていない人々、白人とマイノリティ、さらには異なるマイノリティ集団の間をつなぐ、新たな政治言語が求められている。
「愛の政治」を訴えるタラリコに対して、同じ民主党内でもバーニー・サンダースらの経済左派は、格差是正や経済的正義を前面に掲げる政治を展開してきた。サンダースは「正義」「不平等」「権利」などの言葉を使う。タラリコが頻繁に使うのは「隣人への愛」「尊厳」「共通善」などの言葉である。
とはいえ、実際には医療アクセスの拡大をはじめとする社会保障の拡大、公教育への投資、格差是正、移民への寛容な姿勢、人種的・性的マイノリティの権利の擁護など、多くの政策課題について両者の立場に大きな違いはない。この二つのグループは必ずしも相対するものではなく、相互補完的な関係性になることができるのである。タラリコは、キリスト教に由来する普遍的な倫理言語を使いながら、両者をつなげる役割を果たすのではないか、筆者はそのように見ている。
さらに、タラリコのような宗教的言語の用い方は、共和党側からの民主党左派に向けられる「社会主義」「共産主義」といったレッテル貼りへの対抗軸となる可能性もある。トランプ大統領は、建国250周年記念行事においても、「わが国では共産主義という脅威が再び勢いを増している7」と述べ、民主党左派をアメリカ的価値観に反する存在として位置付けようとしている。また、民主党は歴史的にも、皆保険制度など政府の役割を拡大しようとするたびに、「社会主義的」だと攻撃されてきた8。しかし、タラリコのようなキリスト教の倫理に立脚して同じ政策を説明できるのであれば、「民主党=反宗教・反アメリカ」という従来の共和党による攻撃は説得力を失う可能性がある。
今度の中間選挙でタラリコが勝利するかどうか、それ自体はもちろん大きな注目点ではある。しかし、それ以上に重要なのは、彼が提示する宗教的言語が民主党の政治文化にどのような影響を与えるのかという点である。もし「愛」「尊厳」「共通善」といった語彙が、分断されたアメリカ社会をつなぐ新たな政治言語となり得るのであれば、それは一人の政治家の当落を超えた意味を持つことになるだろう。
(了)
- Bill Hutchinson, “Election triumphs, a series of scandals dot Ken Paxton's political timeline,” ABC News, May 29, 2026, “Sally Satel,” <https://abcnews.com/Politics/election-triumphs-series-scandals-dot-ken-paxtons-political/story?id=133341950>, accessed on June 28, 2026.(本文に戻る)
- James Henson and Joshua Blank, “June Poll Finds a Competitive U.S. Senate race in Texas amid continuing economic concerns, data center backlash,” The Texas Politics Project, June 22, 2026, <https://texaspolitics.utexas.edu/blog/june-poll-finds-a-competitive-u-s-senate-race-in-texas-amid-continuing-economic-concerns-data-center-backlash>, accessed on June 28, 2026.(本文に戻る)
- Adam Wren, “He’s Deeply Religious and a Democrat. He Might Be the Next Big Thing in Texas Politics.,” Politico, June 16, 2023, <https://www.politico.com/news/magazine/2023/06/16/james-talarico-texas-democrats-00101231?utm>, accessed on June 28, 2026.(本文に戻る)
- John C. Moritz, “Why James Talarico is betting his Christian faith can win over Democrats in the U.S. Senate race,” Austin American-Statesman, October 17, 2025, <https://www.statesman.com/news/politics/state/article/james-talarico-christian-faith-campaign-21081411.php?utm>, accessed on June 28, 2026.(本文に戻る)
- Philip Elliott, “‘She Can’t Win. He Can’: Inside James Talarico's Faith-Based Bid to Flip Texas,” Time, February 27, 2026, <https://time.com/7381394/james-talarico-jasmine-crockett-texas-primary-democrats/?utm>, accessed on June 28, 2026.(本文に戻る)
- James Talarico, “James Talarico Delivers Sermon Against Christian Nationalism,”YouTube video, posted by “James Talarico,” March 28, 2024, <https://www.youtube.com/watch?v=Blph_2RSBno>, accessed on June 28, 2026.(本文に戻る)
- Steve Holland, “Trump extols America, rails at communism in US 250th celebration,” Reuter, July 4, 2026, <https://www.reuters.com/world/us/trump-extols-america-rails-communism-us-250th-celebration-2026-07-04/>, accessed on July 5, 2026.(本文に戻る)
- 山岸敬和『アメリカ医療制度の政治史―20世紀の経験とオバマケア』(名古屋大学出版会、2014年)(本文に戻る)