第二次トランプ政権vs大学
―「保守的」な教員を雇うとはどういうことか?―

山岸 敬和
ドナルド・トランプは、エリート大学を目の敵にする。ガザ紛争勃発後に大学キャンパスで起こった抗議活動について非難し、「親ハマス過激派を国外追放し、大学キャンパスを再び安全で愛国的なものにする」と宣言した1。そして、学生が過激化する原因は大学教育にあるとし、急進左派とされる教員を解雇すべきだとしている。また、トランプは、教育省を解体するとも主張している。トランプの反高等教育のスタンスは第一次政権の時もあったが、第二次トランプ政権では、高等教育への連邦予算の削減の可能性をちらつかせながら大学との対立がさらに激しくなると考えられる。
第一次トランプ政権が2016年に誕生したことにより、政治学を教える大学教員は、憲法主義や権威主義について議論する時間を増やす等、クラスの内容について改めて考える機会となった2。しかし、トランプの攻撃に対して大学はあまり多くの有効な対抗措置がないと言える。本コラムでは、ジョンズ・ホプキンス大学の政治学者Steven Telesの記事を基にして、まずアメリカの大学で保守的な教員が少なくなっている状況とその原因について述べる。そして、Telesの同僚でもあるAdam Sheingateへの聞き取り調査に基づいて、トランプ主義が広まる中でアメリカの大学が置かれた難しい状況についてまとめる。
大学教員の左傾化
近年、大学教員の思想全体が左傾化していると言われている。調査によると、経済学部以外の社会科学や人文科学の分野では、保守派の教員の割合が一桁台に落ち込んでいる。また政治学では、1960年生まれの現在定年間近の教員達と比べ、1990年生まれの新任若手教員達の思想がより左に偏っているという調査結果が出されている3。
大学の存在意義を考えると、保守派の居心地は元々良くないと言える。すなわち、Steven Telesの言葉を借りれば、「保守派は知識を保存することに重きを置く傾向があるのに対して、学問の世界は創造的で、概念的に新しい知識を生み出す先駆的な研究者に栄誉を与える傾向がある」からである。Telesは、雇用の際に保守的な思想を持つ研究者を差別しているかは明確なデータはないとする。しかし、保守派が排除されているというイメージがあるため、博士課程に進学しない保守派の学生がいるのではないかと推測する。そして近年、保守派のそのような層にとってアカデミア以外に知的営みを継続できる職業の選択肢が増えたと指摘する。American Enterprise Institute(AEI)、Hertog Foundation、Hudson Institute等の保守系シンクタンクでの研究職である。これらの研究職では博士号が必須要件とされないことも多く、大学のように学問領域に縛られることなく、自らの政治的イデオロギーを隠す必要性も感じず、安定した雇用条件で研究に従事できる。
このような大学内外の環境の変化によって、保守派の若者は、多大な時間と費用をかけて博士号を取得するという以外のキャリアを選択するのである。これが大学全体に左傾化をもたらしている一つの要因になっている。
「保守派」の教員を雇うことが解決策か?
トランプは、「マルクス主義の狂人」から大学を取り戻す必要があり、保守的な研究者を雇用する必要があると主張する4。しかしここで問題になるのは「保守的」な教員というのはどのような教員なのだろうかということである。
この点についてAdam Sheingateは政治学の教員について以下のように述べる5。
「保守的な思想を持つ教員は過去にいたが、大前提として科学を信じる、民主主義を信じるという点では共通していました。保守派は多少懐疑主義的であったり悲観的であったりするが、リベラル派と保守派が共有する価値は大きく異なっているとは感じませんでした。私は、米国には健全な保守政党が必要だと考えています。それが安定した民主主義につながると信じているからです」
ここでSheingateは他の学問分野を引き合いに出す。
「極端に言えば、生物学部は進化論を信じない人を雇うべきだとか、物理学部は地球が平らだと信じている人を雇うべきだと言っているようなものです」
民主主義はアメリカの基本的な原則であり、その原則に反する政治学者を雇用することは問題の解決にはならないと主張する。
Sheingateは保守派の教員を雇うかどうかが問題ではなく、問題の本質は別のところにあるという。
「現在のキャンパスにおける問題の原因は、大学キャンパスを利用して騒動を引き起こそうとする外部の保守派組織だと思います。共和党組織内でキャリアを積みたいと考えている学生は、将来成功するかどうかは、保守派の好戦的な運動に貢献できるかどうかにかかっていると知っているのです。そして彼らは過激な言動をすることによって、左派から同様に過激な反応を引き出し、大学は極左の教員や学生の集まりだというイメージを強化するのです。キャンパスの問題の本質は、保守派の教員の雇用を増やすことで解決するとは思えません」
もちろんSheingateは、左派の学生や教員にも問題があることを認める。
「左派にも過激で非自由主義的な勢力が存在します。非自由主義的な左派は、自分の意見に反対する人々をただ罵倒するだけで対話をしようとしません。ただ非自由主義的な左派は、非自由主義的な右派と比べると脅威が少ないと思います」
TelesはSheingateよりも厳しい評価をしているようである。
「・・・アメリカの高等教育がますます閉鎖的になっているという世間の印象は、紛れもなく正しい。実際、大学のイデオロギー的漂流に対する懸念は、もはや保守派に限ったものではなく、プリンストン大学の政治哲学者グレゴリー・コンティの言葉を借りれば、高等教育が 「セクト主義的」になってしまったと憂慮するリベラル派の教員もいる」
とTelesは述べる。
岐路に立たされるアメリカの大学
アメリカではコロナ禍を挟んで過去10年間で500以上の私立の非営利の4年生大学が閉鎖された6。短期的な要因としては、コロナ禍により大学の財政が悪化したこと、中長期的な要因としては、人口動態の変化で高卒者の数が減っていること、大学の授業料の高騰が家庭の財政に大きな負担になり進学を諦める、4年制大学以外にも職業訓練学校やオンライン教育のような選択肢が増えていること等がその背景として考えられる。
第二次トランプ政権が始まっても高等教育への攻撃は続くだろう。大学は少子化や財政等の問題の解決に迫られ、トランプ政権によって大学の信頼度がさらに貶められ、連邦政府の大学に対する財政支援が削減されると授業料がさらに高くなり、そうなるとますます大学離れが加速する。過去のコラム(1、2)で、社会における対話を生み出す大学の新たな組織や、授業内での取り組みについて書いたが、アメリカのエリート大学が、トランプ主義が広まる中で大学教育の存在意義をどのように示していくかに注目していきたい。
(了)
- “What are Donald Trump’s plans to overhaul US colleges and universities?” The Guardian, November 18, 2024, <https://www.theguardian.com/us-news/2024/nov/18/trump-education-policies>, accessed November 30, 2024. (本文に戻る)
- Caroline Simon, “How the Trump era is reshaping how professors are teaching,” USA Today, January 25, 2017, <https://www.usatoday.com/story/college/2017/01/25/how-the-trump-era-is-reshaping-how-professors-are-teaching/37426431/>, accessed on November 30, 2024; Isaac Rose-Berman, “Political Science in the Age of Trump,” Brandies Magazine, Winter 2019/2020, <https://www.brandeis.edu/magazine/2019/winter/perspective.html>, accessed on November 30, 2024.(本文に戻る)
- Steven M. Teles, “Why Are There So Few Conservative Professors?” The Chronicle of Higher Education, July 1, 2024, <https://www.chronicle.com/article/why-are-there-so-few-conservative-professors?sra=true>, accessed on December 2, 2024. (本文に戻る)
- Zachary Schermele, “Trump's win could spell the end of Biden's higher education policies,” USA Today, November 7, 2024, <https://www.usatoday.com/story/news/education/2024/11/07/trump-win-student-debt/76088189007/>, accessed on December 2, 2024.(本文に戻る)
- Adam Sheingateへの聞き取り調査は、2024年10月29日にジョンズ・ホプキンス大学のメインキャンパスであるホームウッドキャンパスで行われた。(本文に戻る)
- Milla Surjadi, “A New Problem With Four-Year Degrees: The Surge in College Closures,” The Wall Street Journal, August 19, 2024, <https://www.wsj.com/us-news/education/a-new-problem-with-four-year-degrees-the-surge-in-college-closures-7f68c4aa>, accessed on December 6, 2024. アメリカには営利大学と非営利大学の区別がある。代表的な営利大学については以下を参照。Alcino Donadel, “Here are the top 10 for-profit colleges in the U.S.,” University Business, February 7, 2023, <https://universitybusiness.com/skeptical-about-for-profit-colleges-these-10-are-tops-in-the-nation/>, accessed on December 11, 2024.(本文に戻る)