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論考シリーズ | No.170 | 2024.11.14
アメリカ現状モニター

同性愛者とアメリカ大統領選挙
―LGBTQコミュニティの分断作戦の背景

山岸 敬和
南山大学国際教養学部教授

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過去50年間でアメリカにおける同性愛者をめぐる政治は大きく変化した。かつて同性愛者間の性行為は違法とされていた。異性愛者のように人を愛する権利がない同性愛者は、その存在が否定されていたのである。

1962年、イリノイ州が初めてその状況を改め、1971年にはコネチカット州が続き、1970年代にさらに19の州がそれに加わった1。そして2003年に連邦最高裁判所が同性愛者間の性行為を禁じていたテキサス州の法律に違憲判決を出したことで、その他の同様の州でも法律が無効となった2。また、同性愛者間の結婚についても、2004年にマサチューセッツ州が初めてそれを認め、2015年には連邦最高裁が全州で認めるという判決を下した。

性の多様性を認めようとする動きはさらに進み、それはLGBTQ+運動と呼ばれるようになった。レズビアン(L)、ゲイ(G)に、両性愛者のバイセクシュアル(B)、生物学的性と自認する性が一致していないトランスジェンダー(T)、性的指向や性自認がはっきりしないクィアまたはクエスチョニング(Q)が加わった3。同性愛者をめぐる政治的環境は約半世紀で大きく変化した。

しかし性的マイノリティに対する偏見は現在でも残るし、その存在すら認めないとする人々がいなくなることはなかった。2017年に誕生したトランプ政権は性的マイノリティの権利を制限する方向性を明らかにした。半世紀にわたる急速な同性愛者の権利拡大に対する反動が政治的に動員され、それがトランプ政権を誕生させる勢力の一翼を担ったとも言えよう。

2023年には510もの反LGBTQ法案が州レベルで提出された。そのほとんどが共和党議員によるものであり、うち77の法案が成立した。出生時に決められた性別に違和感があった場合に性転換を行うための医療サービスを制限するようなもの等がそれらの法案に含まれる。

今回の大統領選挙はLGBTQの人々にとってみると、近年の反動的な流れを押し留めるために重要な選挙であると捉えられていた。他方で、11月1日に副大統領候補のJD Vanceは、トランプは「普通のゲイ」の票を獲得できると発言した4。これはLGBTQコミュニティの中の対立を利用する発言であることは確かだ。

ニューヨーク州のオルバニー近郊で1965年に生まれ、現在ボルティモアで働くゲイ(男性に性愛感情を持つ男性)のJohn(仮名)に現地インタビューを行った5。本コラムでは、彼がゲイとして経験した困難、性的マイノリティの権利が拡大していく中で感じた葛藤、そして2024年大統領選挙について感じたことを語ってくれた内容をまとめる。彼はハリスに票を投じることを明らかにしたが、LGBTQコミュニティの中で、「普通の」ゲイと言って良いかは議論の余地があるかもしれない。しかし、彼のような存在がトランプの民主党剥がしの「標的」になった背景が彼の話からは見えてくる。

ゲイとしての自分が置かれた環境の変化

Johnが生まれた1965年は、既述のようにイリノイ州を除いた州では、まだ同性愛者の存在が認められていないような状態であった。彼が住んでいたニューヨークは、1980年になってようやく同性愛者の人を愛するという基本的な権利が認められるようになった。彼はニューヨーク州内の大学に進学してフランス文学を学び高校の教員になった。その頃までの経験を聞いた。

山岸:子供の頃の話について、特に自分の性についての認識を持つに至ったプロセスについて話を聞かせてください。

John:私は労働階級の両親のもとに生まれました。他人に対して親切な両親でしたが、彼らの世界観は多少保守的であったと思います。私には兄がいますが、彼は活発で「典型的な男の子」でした。でも私は彼とは全然違いました。両親は私がゲイだということがなんとなく分かっていたと思います。彼らは私を支援してくれましたが、地域の文化に合わず居心地はあまり良くありませんでした。それが大きく変わったのは大学に入ってからでした。私のようなゲイの人間が自分に正直になれる場所がそこにありました。私たちは私たちのコミュニティ特有のユーモアがあり、一緒に楽しむことができました。

山岸:大学時代に難しかったことはありませんでしたか?

John:もちろんありました。ゲイの仲間、その他の親しい仲間以外の人とは気を使うことが多かったです。私たちが「gay lips」と呼んでいるものがあります。ゲイの男性が英語を話すときに、高いトーンで話すことや、特定の用語や言い回しを使うことなどを指します。私は自分の声は高いので、ゲイ仲間といないような時には、低いトーンで話すように注意していたことを思い出します。教育実習に出かけた時には、私がゲイだということで子供たちが面白がって騒ぐのを防ぐために特に注意していました。「code switching」と言いますが、場所に合わせて話し方や振る舞い方を変えていました。

山岸:両親に自分がゲイであるということを打ち明けたことを教えてください。

John:彼らはそのことについての話題を避けようとしていたと思います。私が打ち明けた時には、私の母は「ゲイの子供を産んだことは自分のせいだ」という反応でした。彼女は歳を重ねるにつれて、ゲイである自分は彼女のせいではなく、それが自然なことだということを少しずつ受け入れてくれるようになりましたが、最初の反応はそんな感じでした。父親は、ゲイであることで他の人にひどい扱われ方をされていないかと心配してくれて、それは少し救いになりました。

LBGTQ運動に対する葛藤

1999年にはクリントン政権によって、6月を「Gay & Lesbian Pride Month」とすることが決められた。2009年オバマ政権は「LGBT Pride Month」、2021年バイデン政権は「LGBTQ Pride Month」と改称して、より多様な性的マイノリティを包摂する運動になっていった6。Johnにとっては30代半ば以降の変化である。Johnにとってこの流れは、自分のこれまでの辛い経験から考えると前向きに捉える反面、性的マイノリティを守るための運動の拡大については葛藤も抱くという。

山岸:1990年代からは、性的マイノリティの権利拡大のための運動は拡大したように見えますが、それについてはどのように感じましたか?

John:人々が自分で何者であるのかについて表現することについては支持します。私自身は政治的にとってもアクティブかといえばあまりそうではありませんが、ゲイの権利拡大のためだけではなく、トランプ政権の時には、女性の権利拡大のための抗議活動に参加したり、Black Lives Matter運動に参加したりしました。しかし、性的マイノリティ擁護のための運動の主体がミレニアル世代やZ世代になっていった頃から運動が質的に変化したと思います。この新たな運動の展開に対しては、私としては必ずしも賛同できるものではありませんでした。自分の性別を行ったり来たりする、性的指向がしばしば変化するような人々がいるということは頭では理解できますが、同じ運動の仲間として受け入れるのは難しいという気持ちがあります。

山岸:LGBTQ運動の中にも対立があるということでしょうか?

John:BLM運動でも同じことが起こったと思いますが、参加する人々の多様性を拡大しようとするとその中に意見の相違や対立が生まれます。それがLGBTQ運動でも起こっていると思います。私のようにゲイの中にも最近の新たな動きに対して「保守的」な態度を持つ人はいます。それは古い世代の中に多いと思いますが、お互いに性的マイノリティなのにお互いのことが理解できず、どのように対応したら良いのか分からないという状況が起こるのです。

2024年大統領選挙に思うこと

山岸:2024年の大統領選挙をどう見ていますか?JD Vanceは特に未成年の性転換手術について明確な反対を表明しました。

John:今回の選挙は私たちのコミュニティにとっては重要だと思っています。JD Vanceの主張は、中絶するために必要な医療サービスを女性が拒絶されるのと似ています。中絶の権利を女性から奪う議論は、女性が中絶をするという選択が容易に行われるという前提に立っています。しかし、中絶は決して簡単な選択ではありません。同様に、自分の性自認を改めること、性転換手術をすることは決して簡単なことではありません。自分の健康や幸福のために最善になるための選択をすることは個人の権利だと思いますし、そこに政府が介入すべきではないと思います。誰かが性に関する選択をする時に、その苦しさ、難しさ、そして決断の重みについてしっかりと理解されるべきだと思います。

このような考えから、2024年選挙でJohnは個人の選択を尊重するハリスを支持するとした。しかし、彼のコメントを聞いていると、ゲイが人を愛する権利や結婚する権利が保証される中で、ゲイが他の性的マイノリティグループと一緒にされることに違和感があることも分かった。ここに最初に触れたトランプのLGBTQコミュニティの分断作戦の背景があるのだろう。だから、JD ヴァンスは、「トランプは『普通のゲイ』の票を獲得できる」と敢えて言ったのだ。今回の選挙では、トランプは黒人やヒスパニックの分断を図り、それらの集団の票を伸ばした。他方で、LGBTQコミュニティはその分断作戦には乗らなかったようである。しかしLGBTQコミュニティの内部にも対立の溝があり、トランプは今後も利用しようとするだろう。それに対して民主党がどのように対応していくのか、より広く言えば、アメリカのアイデンティティ・ポリティクスがどのように変化していくのかが注目される。

(了)

  1. American Civil Liberties Union, “Getting Rid of Sodomy Laws: History and Strategy that Led to the Lawrence Decision,” June 26, 2003, <https://www.aclu.org/documents/getting-rid-sodomy-laws-history-and-strategy-led-lawrence-decision>, accessed November 1, 2024. (本文に戻る)
  2. 連邦最高裁は、同性愛者間の性行為を犯罪とするテキサス州法を違憲であるとした。U.S. Supreme Court, “Lawrence v. Texas, 539 U.S. 558 (2003),” <https://supreme.justia.com/cases/federal/us/539/558/>, accessed on November 1, 2024.(本文に戻る)
  3. American Experience, “Milestones in the American Gay Rights Movement,” n/d, <https://www.pbs.org/wgbh/americanexperience/features/stonewall-milestones-american-gay-rights-movement/>, accessed on November 1, 2024. その他の性的マイノリティも含めるという意味で「+」をつけてLGBTQ+とする場合も多い。(本文に戻る)
  4. Henry J. Gomez, “Vance, in Joe Rogan interview, predicts Trump could win ‘the normal gay guy vote,’”, NBC News, November 1, 2024, <https://www.nbcnews.com/politics/2024-election/vance-joe-rogan-interview-trump-normal-gay-guy-vote-rcna178135>, accessed on November 1, 2024.(本文に戻る)
  5. 聞き取り調査は2024年10月29日にボルティモア市内で行われた。(本文に戻る)
  6. 316th Wing Historian, “The history of Pride Month,” n/d, <https://www.jba.af.mil/News/Article-Display/Article/2669499/the-history-of-pride-month/>, accessed on November 1, 2024.(本文に戻る)

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