トランプ主義に取り込まれる大学生
―ハリスが負けた一つの要因

山岸 敬和
激戦州でハリスが敗北した一因に若年層(18〜29才)の票が伸びなかったことが挙げられる。前回の大統領選挙と比べると、7つの激戦州で一つを除いてハリスは民主党の得票率を落とした1。若年層が共和党に流れた背景として、ガザ紛争や経済問題が指摘されるが、ジョンズ・ホプキンス大学の社会学者Amy Binderらによる研究からは、保守派側が若年層を民主党から引き剥がす戦略を展開していたことがわかる。
BinderはJeffrey Kidderと共に著書『The Channels of Student Activism: How the Left and Right Are Winning and Losing in Campus Politics Today』を2022年に出版した2。この本の中で彼らは、アメリカの大学キャンパスにおける政治活動のダイナミクスを分析し、学生がどのように政治活動のための組織化を行い、どのような主張を行い、どのように政策に影響を及ぼそうとしているかに焦点を当てている。また彼らの著書は、これまで研究されてこなかった大学生の中の保守派の存在について注目したことで大きな話題になった。
本コラムでは、まずこの著書を基に近年の大学キャンパスにおける政治的活動を取り巻く環境についてまとめ、次にBinderに今回の選挙戦も含めた最近の共和・民主両党の動向について聞いた結果、そして最後に分断を修復する手立てについても聞き取りを行った結果を記したい3。
大学生の政治活動を取り巻く環境
一般的に、日本の大学と比べアメリカの大学は政治活動が組織化され可視化される。大学には大抵「College Democrats」「College Republicans」という学生組織があり、集会、講演会、抗議活動等を実施する。BinderとKidderによると、近年の学生による政治活動には大きく分けて三つの環境的要因が作用しているという。
第一に、大学が整備する環境である。これらには、学生自治団体、大学行政への請願制度、大学主催の学生イベント等が含まれる。リベラル派、保守派の学生に限らず、このような環境は利用される。しかし、大学からの支援の度合いはどのような政治的傾向を持つかで異なり、リベラル派系の運動の多くは大学からより強い共感を得ていることが多い。
第二に、学生が抗議活動等を行うためのより非公式的なサポートである。伝統的にリベラル派系の学生団体は、活動家による運動との歴史的なつながりがあることから、活動家からの非公式なサポートを受け易く、ここでも保守派と比べて優位に運動を展開してきた。
第三に、大学外の財団、シンクタンク、利益団体からの財政面、技術面での支援である。ここでは党派による優位性は逆転して、保守派派の学生は保守系の組織から財政的・人的支援や、組織化のためのトレーニングを受ける。他方でリベラル派の学生は、地域のネットワークや活動家ベースのNGO等に頼っているため財政的支援が手薄い。
キャンパスに広められるトランプ主義

Amy Binder教授(筆者撮影)
Binderは、近年三つ目のポイントにおいて、ここ10年くらいで保守派(より厳密にはトランプ派)とリベラル派の格差が拡大したという。「AEI(American Enterprise Institute)は学生への支援を以前からやっていました。しかしその規模には限界があり、トランプに対しては距離をとっていました。トランプ支持を明確に打ち出しながら学生を支援するTurning Point USAという団体があるのですが、これが大きく成長した2015年あたりが分岐点だと思います」。
Turning Point USAという団体は2012年にCharlie KirkとBill Montgomeryによって設立され、高校や大学を対象に保守主義を広める運動を始めた。2016年にトランプが共和党の有力大統領候補となると近づき、それ以来トランプの思想や政策に則った形で団体を成長させていった。Binderによると、「Kirkがこの組織を指揮し、彼が学生たちを挑発的な形で抗議活動を行うよう促しそのための動員を始めました。この団体に積極的に政治資金を提供する寄付者たちが出てきて、一気に勢力が拡大しました。Kirkは高等教育に非常に批判的です。彼は、支援する者たちに卒業後に同窓生として寄付を行わないように働きかけています。皮肉なことに、大学を嫌いにさせるために大学生を動員していると言えるでしょう」。彼の動きは、高等教育が文化戦争の要となる流れが生まれた、重要な背景要因の一つである。
Turning Pint USAは2021年までに高校や大学に2,025もの支部を持ち、年間収益が3,000万ドルに迫る規模にまで成長した4。「このようなトランプ派の動きに対抗するためにリベラル派は同様なことをやってこなかったのか」という筆者の質問に対して、Binderはこのように答えた。「もちろん、進歩主義的な大義を支援しようとする団体はたくさんあり、大学に財政的な支援も行っています。しかしそれはキャンパス内の建物や研究に対して行われることが多いのです。このような団体に欠けていたのは学生の政治活動への資金援助ですが、まだ有効な対策が取られているとは思えません。なぜならば、進歩主義を進めようとする団体は、基本的にそういう教育は大学がやるべきだと思っているからです」。
分断はもう修復できないのか?
トランプ主義がキャンパスに広まり、Turning Point USA等の団体に支援される学生は挑発的な抗議活動を行う。大学では学生が分断され、友人を失うことを恐れ、友達と政治ついて語ることを控えるというのは、現地の大学生と話をしていてもよく聞かれたコメントであった(学生への聞き取り調査の結果は別のコラムにまとめる)。
しかし、BinderとKidderの著書では、党派を超えた対話を推進するBridgeUSA等の団体が、大学における分極化や分断を修復する可能性があると指摘されていた。それは現在どのようになっているのかをBinderに聞いた。「BridgeUSAはとても順調に活動を進めていると思います。その他にも、New Pluralists、Braver Angels、Living Room Conversations等の多くの非営利団体が、党派を超えた対話を促進するために大きな財政的支援を受けながら活動を広めています」。
Binderは最後に、健全な民主主義にとって大学生が政治についての意見を表出することの重要性と注意すべき点について、以下のように力説した。「学生が自分の意見を表明すべきであるという大原則は絶対に守らないといけません。彼らが自分の意見を表明すること対して、法律や大学のルールで禁止するようなことはあってはなりません。適切な場所を設定し、学生同士が議論する機会を作り、意見の相違はあったとしても、互いを煽り合うようなことはせず、教育環境を整え、教員と学生が互いにコミュニケーションを取ることが重要です。そうすれば、若い学生が持つ暴力等の最悪の衝動的行動を防げると思います」。
日本では、アメリカの「分断」が強調されている。今回のインタビューでも、大学キャンパスにまで分断の溝が広まっている様子が確認された。しかし、前回のコラムで紹介したAgora Instituteに加え、それを克服しようとするBridgeUSA等による組織的な動きがあることも軽視すべきでない。大学で党派を超えた対話の方法や重要性を理解した若者が社会に出ていく時に、社会の分断を埋める何かが出てくるのかもしれない、と期待するのはあまりにも楽観的すぎだろうか。
(了)
- Elena Moore, “Biden won big with young voters. This year, they swung toward Trump in a big way,” NPR, November 8, 2024, <https://www.npr.org/2024/11/07/g-s1-33331/unpacking-the-2024-youth-vote-heres-what-we-know-so-far>, accessed November 9, 2024. 詳細な数字については以下。アリゾナ州(-2%)、ネヴァダ州(-6%)、ノース・カロライナ州(-14%)、ウィスコンシン州(-15%)、ペンシルヴァニア州(-18%)、ミシガン州(-24%)。(本文に戻る)
- Amy J. Binder and Jeffrey L. Kidder, The Channels of Student Activism: How the Left and Right Are Winning and Losing in Campus Politics Today (Chicago, IL: University of Chicago Press, 2022).(本文に戻る)
- Amy Binderへの聞き取り調査は、2024年10月28日にジョンズ・ホプキンス大学ホームウッドキャンパスで行われた。(本文に戻る)
- Eric Kelderman, “The Far-Right’s College Crusade: How extremists are infiltrating—and fracturing—campus Republican groups,” The Chronicle of Higher Education, June 28, 2021, <https://web.archive.org/web/20210628185838/https://www.chronicle.com/article/the-far-rights-college-crusade>, accessed on November 1, 2024.(本文に戻る)