アメリカン・デモクラシーは修復できるか?
―トランプ政権二期目を前に
山岸 敬和
ドナルド・トランプが再選を確実にした。選挙前の調査では4人に3人が、今回の選挙はアメリカン・デモクラシー(以下、民主主義)の将来にとって「極めて重要」または「とても重要」だと答えた1。2016年大統領選挙では分断を煽るレトリックを繰り返したトランプが当選を果たし、2021年1月6日には連邦議会議事堂襲撃事件が起こった。また今回の選挙戦でもトランプの戦略は変わらなかった。こうした背景を受けて、民主党支持者の中で「極めて重要」と答えた者は半数を超えた。
しかし共和党の方にも異なった理由で民主主義への危機感をもっている人々がいた。彼らはバイデン政権が、FBIなどをはじめとする政府権力を使って、政敵を貶めようとしていることなどに憤りを感じると同時に、強大な連邦政府権力が民主主義を脅かしている、とする。
社会に不満や怒りが存在すること自体だけでは、民主主義が危機的状況にあるとは言えないであろう。しかし不満や怒りを持った集団の間で対話が成り立たない、さらに対話の意思がない状態が長く続くと民主主義は危なくなる。2016年にトランプが当選を果たした後にこの問題が強く認識され、ジョンズ・ホプキンス大学に設立されたのがStavros Niarchos Foundation Agora Institute(以下、Agora Institute)である。
今回のコラムでは、Agora Instituteの創立時からディレクターをやっているHahrie Hanへの聞き取り調査をベースに、この組織の設立背景、これまで行ってきた取り組みと成果、そして今後の課題をどのように見ているのかについて紹介する2。
SFN Agora Instituteの設立背景
Agora Instituteは、Stavros Niarchos Foundationからジョンズ・ホプキンス大学が1億5000万ドル(約225億円)の寄付を受けて2018年に設立された。
本財団の創始者であるStavros S. Niarchosは1909年にギリシャのアテネに生まれた。第二次世界大戦後に、ギリシャの経済発展に寄与し、同時に1996年に亡くなるまで世界各地の教育、社会福祉、医療、芸術や文化の分野の発展に重要な役割を果たした。Stavros Niarchos Foundationは彼の意志と遺産を受け継いで設立された3。
Agoraとは「人が集まる」というギリシャ語「Ageirein」に語源を持つ。それは古代アテネで人々が集まる場所、民主政を支えるための対話がなされた場所の名称であった。アメリカは、戦後に民主主義世界のリーダーとしての役割を果たしてきたが、そのアメリカにおいて社会分断が起こっている。それを解決すべく、古代ギリシャのような対話のスペースを創出するために、同財団はAgoraと称した組織をジョンズ・ホプキンス大学に作るために寄付を行ったのだ4。
Hanは、Agora Instituteの設立の背景について、以下のように述べた。「Stavros Niarchos Foundationは、世界で民主主義が危機に晒されていること、特にアメリカにおける2016年大統領選挙後の政治状況を問題として捉え、それを克服するために大学が果たす役割が重要だと信じて寛大な寄付を提供したのです」。
SFN Agora Instituteの成果
Agora Instituteはこれまで様々な取り組みを行ってきたが、「Discovery」「Dialogue」「Design」という三つの柱によって支えられてきた。
現在14人に及ぶAgora Institute所属の研究者は、民主主義に関する研究の新たな地平線を開拓(discovery)することを使命としている。しかしその目的はただ研究書や論文を書くことで終わらない。一つの重要な仕掛けとして、社会慈善家、科学技術者、ジャーナリスト等の幅広い業種の人々を研究員とし選定することで独自のコミュニティを形成することを目指している。そしてその研究員と大学の研究者をつなげて対話(dialogue)を生み出し、大学での研究成果を現実に社会にインパクトを与えるものとして変換させる機会を創出するのだ。
また地域で多くのプログラムを実施する。これには学生が将来影響力を持つ社会のリーダーになるためのプログラムから、地域の組織のリーダーに対して技術的なサポートを行うもの、コミュニティカレッジの教員に対して民主主義を教えるための支援を行うこと等が含まれる。より効果的なプログラムとするために、人的・財政的資源も投入して、しっかりとプログラムが構成されている(design)。
Hanはこれまでの取り組みの成果について以下のように述べている。「Agora Instituteの成果を大学教員の著書や論文を数えるように評価することはできません。主要メディアに取り上げられたかどうかも成果の一部にすぎず、それ自体が社会に対してインパクトを持ったかどうかは分かりません。私が重要だと思っているのは、さまざまなプログラム等の取り組みに参加した学生、実務家、そして一般の人々が、Agora Instituteの取り組みから学んだことを、その後のキャリアにどのように活かしたかを測ることです。その測定は難しいものですが、これまでの様子を見ていると成果は確実に出ていると考えられます。その人々が学際的な知見、そして形成されたネットワークを使って社会の中で対話を促進する役割を果たしているかどうかが重要です。来年に最初の外部評価が行われますが、今後もその点を重要な評価基準にしていきたいと考えています」。
アメリカン・デモクラシーの今後
以上のように様々な取り組みを行ってきたAgora Instituteではあるが、Hanによるとまだ課題を残しているという。民主主義のシステムに関与しない人々が多くいて、その人々になかなかリーチできないことである。Hanは以下のように述べる。
「政治に関心を持たない人たちは、民主主義のシステムから撤退しているようなものです。それらの人々は、民主主義がさまざまな問題の解決策をもたらすための重要な役割を果たすことに気づいていないのだと思います。確かに、既得権益が存在する制度を変更することは難しく、知識を身につけ、システムへの関わり方を学ばないといけません。・・・たとえ国民の分極化が緩和されたとしても、たとえ隣人とうまくやっていく方法を身につけたとしても、その民主主義なシステムに関与する気がないのであれば、民主主義の危機的状況を根本的に解決したとは言えません。私はこのより裾野が広い問題を解決することを考えながらこれまでAgora Instituteでの仕事をしてきたし、今後もより多くの人々が民主主義のシステムに、より積極的に関わるためのサポートをすることをより強く意識していこうと思っています」。
このコメントは真っ当に聞こえる。トランプ政権二期目も民主主義のあり方が問われ続けることになるため、Agora Instituteのように、アカデミックなところを出発点として民主主義の修復を試みようという動きがあることは重要である。ただし、このコメントを聞いていると、「民主主義のシステム」の内と外との区別をどのようにしているのか、トランプ支持者はシステム外の人間だと見えていないのかと思った。トランプはこれまでも大学という組織をリベラル派の巣窟として攻撃してきたし、今後もそうなるであろう。Agora Instituteのような組織が、リベラル派によるリベラル派のための組織とならないように、今後どのような発展を見せるのかが注目されるところである5。
(了)
- Ali Swenson, “About 3 in 4 U.S. adults say the 2024 election will determine the fate of U.S. democracy,” PBS, August 8, 2024, <https://www.pbs.org/newshour/politics/about-3-in-4-u-s-adults-say-the-2024-election-will-determine-the-fate-of-u-s-democracy>, accessedOctober 28, 2024.(本文に戻る)
- Hahrie Hanは、市民による政治参加や社会変動等を研究の対象とする政治学者である。詳細は以下を参照。“About Hahrie,” <https://www.hahriehan.com/about>, accessed on Oct.30, 2024. Hahrie Hanへの聞き取り調査は、2024年10月28日にボルティモア市内で行われた。(本文に戻る)
- Stavros Niarchos Foundation, “Founder,” <https://www.snf.org/en/about/identity/founder>, accessed on October 27, 2024. 同財団は、これまで5,500以上の団体に、合計38億ドル以上の寄付を行ってきている。(本文に戻る)
- Stavros Niarchos Foundation, “SNF Agora Institute at Johns Hopkins,” <https://www.snf.org/en/work/grants/grants-database/the-johns-hopkins-university-endowment-2017/>, accessed on Oct.27, 2024.(本文に戻る)
- Agora Instituteと類似した活動は、ハーバード大学のAsh Centerやヴァージニア大学のKarsh Institute of Democracyでも行われており、互いに連携をしながら活動を進めているとのことであった。(本文に戻る)