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論考シリーズ | No.167 | 2024.11.2
アメリカ現状モニター

「北風と太陽」でハリス陣営を揺さぶる左派:
地雷としてのイスラエル政策

渡辺 将人
慶應義塾大学総合政策学部准教授

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現副大統領と元国務長官の実績対比:ヒラリーの「意地悪」演説?

(前回論考から続く)
前回述べたようカマラ・ハリスの3つ目の悩みは「バイデン政権」の現職の責任者であるということだ。現職は新規の政策案を訴えると相手側に「それなら今、お前の政権でそれを実行すればいいだろ」と攻撃されるのは常だ。現職大統領なら実績を示した上で「さらに時間が要るのでもう1期」と反撃できる。しかし、副大統領は政権で何の力もないのに一蓮托生にされる。TVディベートで有利に運んだはずのハリス陣営が不愉快だったのはトランプの最後の一撃だった。

「彼女は、こうする、ああする、素晴らしいことをすべてするつもりだ、と言っていた。なぜ彼女はそれを実行しないのか?彼女は3年半も政権にいる。国境を修復するのに3年半あった。雇用や、私たちが話したすべてのことを実現するのに3年半あった。なぜ彼女はそれを実行しないのか?彼女は今すぐ退陣すべきだ」

党大会でのヒラリー・クリントンの登壇もハリスには可哀想だった。ビル・クリントンのように30分延々と自分の政権の自慢話をするような真似はしなかったが、登壇日1番の大歓声と拍手で、ヒラリーのテーマソングまで流され、全てを持って行かれた。挙句はフェミニズムの歴史と足跡の話で威圧感を与えた。まるで、あなたはその最後の部分に付属しているものだ、と言いたげだった。「本当はこの人が女性初大統領の予定だった」と観客にリマインドするような演説に人々は立ち上がって「ロック・ヒム・アップ」(トランプを投獄しろ)と合唱始めた。2016年共和党大会でロック・ハー・アップ(ヒラリーを投獄しろ)と言われた復讐だ。

ハリスも「ホワイトハウスのシュチュエーション・ルーム(地下にある危機管理対策室)で着席したことがある」(外交安保経験がある)とヒラリーは付言したが、逆に部屋で座っているだけの「無任」副大統領と世界を飛び回る国務長官の差異と貫禄を見せつけたような形にも聞こえた。口では応援しているが、これで勝てたら私のおかげだと言いたげで、「カマラが可哀想」「意地悪演説」との評価も現場では少なくなかった。だが、党内の女性の反ハリス派は多くがヒラリーへの忠誠心が高い集団だったので、ヒラリーが「ハリスを支持してあげないさい」という「許可」号令をかけることにハリス陣営は十分に感謝した。とにかく「副大統領」は有利には働かない。

ハリスにとっての悩み種としてのイスラエル

バイデン政権の対イスラエル政策についてハリスは無関係だと白を切ることはできない。そもそもハリスはカリフォルニア州司法長官就任の際ユダヤ系団体の支援を得ているし、夫もユダヤ系でバイデン政権のようなイスラエルへのしがらみがないどころか、切り捨てることは不可能でしがらみが深まるという説もある。ちなみにハリスの弱点は、政務の腹心に恵まれないことだった。オバマにとってのアクセルロッド、ビル・クリントンにとってのカービル、ベガラ、ステファノポロス、ヒラリーにとってのフーマ・アベディン、ブッシュ息子にとってのローブ、ヒューズ。小泉総理を支えた飯島勲氏ではないが、一蓮托生、政治人生の命運を共にする政務腹心が「今、親分の課題はこれだ、いいか」と号令をかけてギュッと組織をまとめる。ハリスが最も信頼して耳を傾けるのは妹のマヤ・ハリスと夫のダグ・エムホフだが、家族だけではダメだ。情が湧いて切りにくくなるし、依怙贔屓感が出て組織内に嫉妬が生まれる。家族登用を好むトランプですらバノンを活用した。

左派論壇のシンクタンクは2020年大統領選挙にハリスが名乗りをあげた際に「JストリートよりAIPAC寄り」と題した記事(ナタニヤフとの親密な写真)を掲載したが、これが今回持ち出されて回覧されている1。ハリス上院議員はワシントンでよく見られる形式的な親イスラエル派の立場をはるかに超えていた、という批判記事である。特にダメージになっているのは、ハリスが「パレスチナ人の村の取り壊し中止をネタニヤフ首相に要求する書簡に、サンダースやウォーレンといった民主党上院議員や大統領候補者たちと共に署名することを、拒否した」過去への批判だ2。

ユダヤ系団体には、共和党系右派で無条件のイスラエル支持色の強いAIPAC、「親イスラエル」を掲げるも平和主義で民主党左派系の「Jストリート」の対比が明確に存在するが、民主党系としては他イシューと連動したユダヤ系団体も活発にハリスを応援している。例えば、1981年設立のJACはユダヤ系の価値観を反映した候補を連邦議会に送り出すことを主目的とした団体だ。ユダヤ系価値観として彼らが掲げるのは「強力な米イスラエル関係」「反ユダヤ主義との闘い」「人工妊娠中絶の権利保護」「銃事件予防」「政教分離」であり、「女性団体」「銃規制団体」のリベラルな顔を持ち、キリスト教右派を批判する世俗性が特徴だ。今回の党大会でも筆者はユダヤ系議員団と共にJACの会合に参加したが、なるほど進歩派議連で反戦派女性のジャヤパル下院議員(ユダヤ系ではなくインド系)が特等席に招かれ、通常のユダヤ系団体とは違う多様性が売りだ。しかし、それでもパレスチナへの同情論は主題ではなく、「反ユダヤ主義の蔓延を防ごう」が掛け声になる。

民主党系のユダヤ系団体がナタニヤフを支持することはまずないし、現イスラエル政権への批判の嵐だ。しかし、だからこそ懸念される「反ユダヤ主義」対策をメインにするか、パレスチナに同情するかが民主党内の中道と左派の分かれ目だ。「Jストリート」といえども、ハリスにパレスチナにやわらかな配慮を求めるだけでイスラエルを切り捨てるような真似は進言しない。「親イスラエル」「親平和」がスローガンだからだ。

イスラエル問題はハリスにとって鬼門であり、だからこそシカゴの党大会は4日間、「表イベント」ではイスラエルの話はタブーだった。ハリス陣営が政策、とりわけバイデンの得意技であったはずの外交安保について本質的には何もキャンペーン中は踏み込めないのはこうした重荷もある。それこそ予備選があればその戦いの中で、1つ1つ主張を正していけばいい。予備選は過去の知事や議員時代の政策を「考えを改めました」と訴えて、訂正を信頼してもらう作業時間でもあるのだ。ハリスにはそれがなかった。本選で突然何かを唱えても嘘に聞こえてしまう。上記のような過去記事が左派の有権者に出回り、戸別訪問でボランティアが「どういうことなのか」と問い詰められている。彼らが末端で苦労している。

党大会でテレビに映らない「死角」に露呈する党内分断

ところで、この党大会の「表」イベントと「裏」イベントというのは説明が要る。日本で目にするのは「表」だけだが、党内分裂は「裏」で浮き彫りになるからだ。アメリカの政党の全国党大会には三つの機能がある3。① 候補者指名の儀式(州別のロールコール投票による指名と候補者の指名受諾)、② 空中戦(TV中継による4日間の党関係者による応援演説・キャンペーン動画上映)、③ 党関係者のネットワーキング(政治家、スタッフ、利益団体、アドボカシー集団、献金者、シンクタンクらの「同窓会」と営業活動)である。

①の「儀式」では2日目に州ごとに意思表明するが、「誰も支持しない」という「支持拒否」の代議員が発生することもある。これが多いと候補者の指名には妨げにならずとも面子が潰れる。今回は一定州でハリスを支持しない代議員が少数ながら発生した。理由は概ねイスラエル政策への批判であった。この「ボヤ」を主流メディアに報じさせない火消しにも陣営は苦心した。

②の「空中戦」では登壇者の顔ぶれが党内政治の縮図を反映する。全国委員会と陣営は招待スピーチの並びに「テーマ性」を持たせる。登壇者は夜遅い時間ほど厚遇で、誰が引き受け、どんな貸し借りを候補者との間に交わすかは、選挙戦と次期政権を占う情報になる。テレビ時代以降の外向け党大会は「テレビ番組」であり、放送事故を防ぐために生バンドや余興のダンサーやミュージシャンの調整、テレプロンプターのテストも施される。紅組だけ白組だけ分かれて放送する「政治紅白歌合戦」だと思ってもらえばいい。フロアの代議員は「人間素材」としてテレビに映る仕事で、奇抜なコスチュームと感動の表情と人種的な多様さなどを考慮して放送する。だからテレビに映る党大会は高度に演出されたものだ。

重要なのはテレビやネット配信の「死角」になる反応だ。ハリスの指名受諾演説ではイスラエルの自衛権に触れ出した時、凄まじいブーイングが起きた。しかし、当然それらの音を放送することはない。筆者の席の右隣はパキスタン系夫妻だったが、帰ろうとする怒りの仕草を示した。ところが、次の瞬間、パレスチナの自決権と「2国家解決」についてハリスが言及した。ブーイングの嵐だった聴衆は驚きの大歓声だ。「イスラエルは大事だし、パレスチナも大事」という支離滅裂だが、優等生的な両論併記のサンドイッチ手法の演説にまんまと引っかかり、イスラエルのことは水に流して大喜びだった。党大会では演説がつまらないと抗議のために代議員や観客が廊下に出ることがあるのだが、その生々しい反響はテレビで見えにくく、筆者が党大会だけは現地入りする理由の一つだ(2016年大会ではサンダース支持者がどの角度からもテレビに映させるために、支持者に「NOヒラリー、NOトランプ」「NO TPP」プラカードを隠し持たせ、フロアの隅々で掲げさせた)。

2004年大会から党大会に招かれるようになった筆者は、共和・民主両党の党大会に断続的に参加しているが、党大会と本選は経年比較で見えてくるものが少なくない。2008年民主党デンバー大会(オバマ)は大成功だが、2016年フィラデルフィア大会(ヒラリー)は上記の党分裂露呈で失敗。2020年はコロナ禍で事実上の大会中止で、満を持しての2024年シカゴ大会の党内評価は「OK」「普通」だった。分断や混乱もないが、感動で泣く人もいない。それでいいのだ。加点主義ではない減点主義で「騒ぎが起こって台無しにされない」ことが重要であり、「デンバーは目指せない」が合言葉だった。だが、この「合格最低点」主義が、微妙に本選の士気に影響を与えている。「オバマほどの圧勝は諦める」と言われたような気がするというフィールドスタッフもいる。

ところで、党大会は共和党との横比較にはあまり意味がない。性質が違うからだ。共和党は民主党的な活動家参加の熱量はなく、献金者が淡々と集まるのが特徴だ。蝶ネクタイ姿でおめかしした小学生ぐらいの子が、つまらなそうにゲームをしている姿に廊下でよく出くわす。代議員の親に無理やり連れてこられている。表面の「盛り上がり」だけにとれわれると、毎回民主党の方が盛り上がっているように見える。共和党大会は圧倒的に白人ばかりで、筆者は2008年のミネソタ大会で招待してくれた党幹部らが代議員席のフロアに降りてしまい、1人だけ上段スタンドに腰掛けて眺めていたら、係員が猛スピードで近寄ってきて「マケイン候補かぶりつきのステージ前チケットをあげるから降りて」と頼みこまれた。アジア人をカメラに撮らせたかったのだ。共和党は常に人種差別的な「白人政党」と誤解されることを恐れている。丁重にお断りした。

だが、どちらの政党であろうと党大会で一番重要なのは開催都市各地で行われている裏イベントの③だ。②が全米の一般支持者や無党派向けならば、③は党内の政治玄人や活動家向けである。「演説番組」向けメイン会場(屋内スポーツ競技場)とは別に、コンベンションセンターで人種エスニック集団、ジェンダー・セクシュアリティ、利益団体、争点別のコーカス(集会)が朝から夕方まで開かれる。政治家はこれらの集会を梯子し、結集している活動家と対話する。政治家は裏イベントで本音を語り、表イベントで建前を語る。サンダースはその典型である。以前拙稿で述べたように、サンダースを2015年から10年近く間近で見てきた筆者は今回もサンダースの動きに注目し、サプライズ登壇が組まれた労働者会合(レイバーコーカス)に出向いた。案の定、サンダースは労組幹部たちを前に「市民の利益が一番」「労組幹部のためじゃない」とサンダース節を発揮し、挙句は党大会をシャンパン片手に見下ろしている「特別席の高額献金者」を批判し始めた。当然、バイデン政権のイスラエル寄りの政策も批判した。

左派論壇を巻き込んでの「誉め殺し」「尻叩き」作戦

だが、今回の左派は巧妙な仕掛けを作った。「誉め殺し」班と「尻叩き」班に分かれて行動した。英語で「優しい警官(good cop)」「怖い警官(bad cop)」というやつである。「尻叩き」のサンダースはガザを持ち出してハリスに冷や水を浴びせたが、「誉め殺し」担当はアンドレア・オカシオ=コルテス(AOC)だった。ハリス政権になれば玉手箱のようになんでも解決すると期待値を上げまくる。あまりの賛美は「そうしなかったら許さない」というほとんど脅迫のようだった。あなたが高齢者なら、カマラがそこにいます。あなたが〜なら、と全方位でカマラに頼ろうよと呼びかける。ただ、「(カマラは)ガザ地区での停戦を確保し、人質を帰国させるために、たゆまぬ努力を続けています」と言い出したときは、さすがに聴衆はばつが悪そうだった。すかさず、アメリカの左派論壇誌『ネイション』が、「オカシオ=コルテスの党大会演説はガザの運動への裏切り」と見出しを打った記事を配信した4。

大会3日目の朝、この記事について陣営と民主党全国委員会は「無視する」態度を示しながらも明らかに動揺した。筆者と車移動していた全国委員会顧問は記事の著者がガザ支援の活動家で公平な記事ではないと切り捨てていたが、この3日目の夜にハマスに息子を人質にされているユダヤ系夫妻が登壇したときは、「パレスチナ系市民を最終日に登壇させろ」とバランス取りを全国委員会委員長とハリス陣営に進言した。このユダヤ系夫妻はシカゴ市民で極めて進歩的で善良な夫妻である。さまざまな経緯から登壇してもらうことになったのだが、全ての運営幹部関係者に話が通っていなかった上に、パレスチナ系市民の登壇要請は交渉が決裂した。バイデン政権批判を生放送で始められたら党大会が台無しになり、リスクがありすぎる。しかし、ハリス陣営は「ハマスの被害者」の登壇を諦める選択肢も取らなかった。パレスチナ系が不在でもイスラエルに寄り添う姿勢は最低限示すのがハリス陣営の意思だった。

『ネイション』のオカシオ=コルテス批判は言うまでもなく「やらせ」である。オカシオ=コルテスに「誉め殺し」担当をしてもらうことで、左派論壇に叩かせる。彼女は「スクワッド」と言われる新世代左派の中では最も党主流派幹部が抱き込みやすい「話の通じる」若手とされていて、マイノリティと若年層にアピールする彼女のカリスマ性を利用したい党幹部は、同時に彼女の政治生命も潰させたくない。党のスターとして育てたい大切な存在だ。彼女が過度に支持基盤の左派の中で嫌われてしまうと困るのだ。左派の論壇と政治家の阿吽の呼吸作戦の効果はあったと見るべきだろう。陣営内でも賛否あったハリスの「イスラエル自衛権」「パレスチナ自決権・2国家解決」を解釈抜きにただ羅列する「アリバイ演説」はそのまま残ったし、オバマ大統領元補佐官でハリス陣営にも助言をする人物は筆者に「ハマスの被害者だけを登壇させたのは間違い。ハリス陣営は何を恐れているのか。イスラエルに対してこう対応(イスラエル寄りを努めて強調)すべきという恐れを民主党内に感じさせてしまっている。パレスチナ側の人を登壇させるべきだった」と後でに激昂の表情を見せた。彼はユダヤ系である。

スケープゴートとしての「プロジェクト2025」

外交安保がタブーなら、国内政策しかない。トランプ政権再来への危機感を高めるために民主党が本選でフル活用しているスケープゴートが、ヘリテージ財団が作った保守政策マニフェストの「Project2025」である。本選キックオフの党大会では「サタデーナイトライブ」でお馴染みのコメディアン、ケナン・トンプソンを利用した「プロジェクト2025」叩きが場を和ませた。ジョークとしては切れ味の悪い茶番なのだが、トンプソンが党大会の誘いを引き受け、「サタデーナイトライブ」風のネタを共和党叩きで再現してくれることに聴衆は魅了された。

「Project 2025」のマニフェスト本『Mandate for Leadership』が887ページもある電話帳より大きな角ばった分厚い巨大な形状であることもネタの一つだった。これを携えて登壇するコメディアンや政治家が次々とこれをバンバンと台に叩きつける。日本なら「漬物石」とでも揶揄されそうな無用の長物感を演出するのに最適であった。ヘリテイジ財団はオリジナルをレーガン政権始動の1981年に刊行しており、レーガン時代へのオマージュでもあるため紙製にこだわったようだが、電子書籍時代に民主党の笑いネタにされた。

トンプソンは中継で一般市民と対話するという演出を施した。同性婚をしている女性、産婦人科医、連邦政府の公務員(教育省)を画面に呼び出し、それぞれ「Project 2025」によればあなたには「悪い知らせがある」と脅すというジョークだ。同性婚は禁止、人工妊娠中絶を手伝った医師は逮捕、教育省は廃止と「Project 2025」のこのページには書いてあると槍玉にあげる。「相手が政権を取ったらこうなる」という恐怖ロジックは、「民主党政権になるとライフルも刀狩りになり、ハンティングが禁止になる」という銃規制への煽りや、かつて若きレーガンが「共産主義になると医師は強制的に割り当てられ医療の選択権が失われる」と脅かしたように、共和党のお家芸でもあったが、今回は民主党が「Project 2025」の世界をディストピアのように描くことに専心している。

実際にはトランプは「Project 2025」とトランプ陣営は関係がないと強調しているが、これが特定のシンクタンクの政策綱領の言いなりになるのが嫌なトランプ気質からの強がりに過ぎないのかは、未知数だ。大なり小なり、結果として「Project」に書かれている内容に収斂する面はあろう。いくらトランプが関係性を否定しようともお構いなしに、これがまるでトランプ=ヴァンスの綱領であるかのように悪魔化するのが民主党の戦略である。

人工妊娠中絶、関税:トランプとの差別化に苦慮する現場

しかし、他人の政党の民間綱領批判しかやれないのは、手足を縛られている民主党の現状の反映でもある。

当初から対女性の名誉回復をゴールにしていたバイデンは、2024年大統領選挙で、人工妊娠中絶を焦点に戦うつもりだったが、連邦レベルで中絶を合法化するのはやりすぎだというカトリックの懸念がここにきて噴出して、ハリス陣営は中絶だけを掲げることをカトリック対策で手控える中途半端な態度を強いられている。党大会でも、母体が危険にさらされた夫婦が中絶した例、親に乱暴を受けての例だったが、いずれも極端な例で、自由な選択権を正面から論ずることは逃げた。この事例で中絶禁止が理不尽だと思わない人はいないからだ。問題はこういう極端な例ではない、母体も安全で、性的暴力でもない、個人の自由で中絶することをキリスト教が看過できるかのディベートなのだが、これも予備選なら論議を深めても有意義だったが、カトリック票の手前それは本選に入れば民主党内ではできない。しかも、トランプも性的暴力の場合は例外としていて、州が決めればいいとしている。「どんな条件でも中絶は女性の自由」と言い切らないと、トランプとの差別化には弱すぎるのだ。

イスラエル政策と並ぶ対トランプの地雷政策は、労働者票と絡む「関税」だが、「トランプ関税は良いことなのではないか」と疑問視する現場の労働者たちに対して、左派の「リシンク・トレード」など消費者団体がハリス支持の論理を代理構築している。曰く、「トランプ大統領が貿易と製造業の課題を解決するために、すべての輸入品に10~20%の関税を課すと言っている」と有権者に尋ねられたら、関税の必要性を認めた上で、関税だけでは雇用創出や消費者への安価な製品供給に繋がらない、ので「30年間で最も高い割合でアメリカに製造工場を新設する投資を行い、トランプ政権のどの時期よりも多い15万ものアメリカの製造業の雇用を創出している」と回答することになっている。関税自体は否定できないので必然的に歯切れが悪くなる。

シングルイシューを強く押し出せば、党内集団の不協和音になるため、民主党はミックス戦法で乗り切るしかなく、高速鉄道推進も「気候変動」「雇用創出」を混ぜ合わせている。特に労働者対策は正面から訴えるとトランプに票を送り込むことになるので、シングルマザーの雇用、気候変動対策の雇用、移民労働者の雇用と、民主党的なリベラルな色をつけてリベラルなイシューを包摂するマルチ戦略をとっている。これがトランプの「移民は犯罪者」一本打法への反撃になり党内結束を促すとの見方もあれば、本質的に白人労働者の雇用問題から逃げているだけだとの見方もある。つまり、「アイデンティティ政治」政党に舵を切っていく中で、格差対策重視のサンダース派に失望される「左派内路線対立」の顕在化だ。最後に2つの党内の声を紹介して終わりにしたい。

(著名な統計専門家のネイト・シルバーが、予測するにはあまりに接戦ではあるが、「勘ではトランプ勝利」と言ったことについて)

「投票率が上がればハリスに軍配が上がる可能性がある。しかし、選挙のこの時期の過去の世論調査では、バイデンもヒラリーも、どちらももっとリードしていた。そして、その結果がどうなったかは周知の通り。どの世論調査も信頼できるものかどうかわからない。最後はミシガン州とウィスコンシン州に入る。暴力がなく、この選挙を乗り切れることを今は願っている」(元オバマ大統領側近)

 

「この直前段階で、イスラエルが特別に大規模な攻撃を仕掛けたり、反撃をしたりすれば、それは民主党にとってマイナスにしかならないだろう」(民主党元連邦下院議員)

民主党は、1:選挙に弱かった候補者を「ドリームチーム」で勝利させること、2:経験が浅い候補者を外交安保含め立派な統治者に育てること、という2つの未曾有の実験に挑戦している。2つ目は選挙中の達成余裕はないが、地位の責任が人を育てる面もある。民主党スタッフは言う。「政治経験ゼロのトランプだって1期は務まったではないか! カマラなら十分立派な大統領になるよ!」。これは一理ある。だが、対有権者で、これが鋭い反撃レトリックになるか、それともブーメラン的な笑えないジョークにしか聞こえないか。
それこそ「パラレルワールド」化している今のアメリカでは解釈は割れるだろう。

(了)

  1. Stephen Zunes, “‘More AIPAC Than J Street’: Kamala Harris Runs to the Right on Foreign Policy”, Foreign Policy in Focus, January 28, 2019 <https://fpif.org/more-aipac-than-j-street-kamala-harris-runs-to-the-right-on-foreign-policy/>, accessed on Oct. 31, 2024(本文に戻る)
  2. Zaid Jilani, “As Democrats Shift Left on Palestine, 2020 Contender Kamala Harris Gives Off-the-Record Address to AIPAC”, The Intercept, March 7 2018, <https://theintercept.com/2018/03/07/kamala-harris-israel-aipac/>, accessed on Oct.31, 2024 (本文に戻る)
  3. 渡辺将人『オバマのアメリカ』(幻冬舎新書、2009年)。党大会の内部について2008年のデンバー大会(民主党)、ミネアポリス大会(共和党)を比較して内部から描いた。(本文に戻る)
  4. Kareem Elrefai,” AOC’s DNC Speech Was a Betrayal of the Gaza Movement”, August 21, 2024, The Nation,<https://www.thenation.com/article/politics/aoc-dnc-speech-gaza/>, accessed on Oct. 31, 2024 (本文に戻る)

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