民主党とリベラリズム―2024年米大統領選の敗因は何か
西山 隆行
大統領選で民主党が敗北した理由は?
11月5日に行われた2024年米大統領選挙は、予想外に短期間で決着がついた。大統領選挙は接戦状態にあったことから、筆者を含めて多くの識者が、選挙後に混乱が起こる可能性を指摘していた。大統領選挙の結果を決めるとされた接戦7州についてみると、たしかに州ごとの得票率の差は多くの場合は2%未満で接戦だった。だが、7州全てを共和党のドナルド・トランプがとった結果、勝者総取り方式の故に選挙人数で予想外の差がついた。出口調査の結果を見ると、9月、10月に投票先を決めた人は民主党のカマラ・ハリスに投票する比率が高かったものの(9月:54%対42%、10月:47%対40%)、前週に投票先を決めた人は42%対54%、直前の数日に決めた人は41%対47%で、トランプに投票した人が多く、選挙直前の動員の点でトランプ陣営の方が勝っていたのかもしれない1。
ハリスが敗北した理由については様々な仮説が提起されている。その一つに、民主党がマイノリティのアイデンティティの問題を重視する一方で、労働者の利益を軽んじていたからだという指摘がある。出口調査の結果を見ると、トランプが中間層と低所得者層の票を以前の共和党候補と比べると多く獲得していることから、この議論には傾聴に値するところがある。だが、民主党がアイデンティティの問題を重視していた割には中南米系の票も予想外に多く共和党に流れ、ハリスに対する黒人の情熱も強くならなかった理由も考察する必要があるだろう。そもそもマイノリティには労働者層、低所得者層も多く、彼らが経済的な要求を掲げていたことを考えると、マイノリティのアイデンティティの問題と利益(階級)の問題を切り離して論じることの妥当性についても検討する必要がある。
民主党内では、リベラル路線が徹底されていなかったことが敗因だと主張する人もいる。リベラルという言葉に込められている意味は多様だが、多くの場合、より「左」に動くとか、イスラエルに対してより批判的になるというような、「わかりやすい」解決策が想定されているように思われる。
だが、実際には、一つの路線の徹底よりも、多様な有権者集団に対してより丁寧で緻密な対応が必要だったのではないだろうか。本稿では、マイノリティの問題に焦点を当てて民主党の敗因について考察するとともに、今後の労働者層の動向についてもコメントすることにしたい。
民主党が展開したアイデンティティ政治の限界
米国社会において、黒人や民族的少数派は差別を受けてきた。その是正を目指して、社会的弱者の利益・関心を守って多様性を重視しようとする立場が存在する。人種・民族集団の文化を尊重し、それらの共存を図ろうとする立場は多文化主義と呼ばれている2。
多文化主義はカナダやオーストラリアでは国是とされるが、米国では批判の対象とされることが多い。多文化主義が国家を分裂させるという指摘はかねてより存在するが3、近年注目されているのは、多文化主義を提唱する左派の論者の指摘が多数派に対する配慮を欠いている、という指摘である。ロンドン大学のエリック・カウフマンは、白人集団がその民族性やナショナル・アイデンティティを強調すると、多様性、とりわけ人種、民族、性的指向などの価値を重視し、エスニック・マイノリティが自集団の文化を重視することを正当化する人々は、「人種差別だ」と糾弾する傾向があると指摘し、このような状態を「不均衡な多文化主義」と呼んでいる4。
だが、白人労働者層の中には、成功した白人からは見下され、人種・民族的マイノリティからは積極的差別是正措置という逆差別を受け、稼ぎが少なくなったがゆえに家庭内で妻に蔑ろにされている、というような被害者意識を持つ人々が存在する。米国における白人の人口比率は低下していて、2040年代のいずれかの時点で半数を下回ると予想される中、社会経済的地位が低下しつつあることに不満を抱く白人労働者層を「新たなマイノリティ」と呼ぶ人々がいる。彼らの感情を掬い上げたのがトランプであり、2016年大統領選挙の際のトランプ主義には白人によるアイデンティティ政治、という側面もあった5。
それに加えて筆者は、アイデンティティ重視派の中には、人種・民族的集団ごとの相違には意識が向いているものの、集団内部での多様性についての認識が十分でない場合も多いという印象がある6。
例えば中南米系については、キューバ系やヴェネズエラ系はもともと共和党支持の傾向が強い。カソリックが多く、社会的争点では保守的な傾向もあるため、中絶やLGBTQの問題を強調する民主党の立場になじめない人もいる。このような事情から、中南米系は民主党支持の傾向が強いものの、政党帰属意識は弱い。実際、米国生まれか家庭内で英語のみを話す人の間では元々トランプ支持の割合もそれなりに高い。また、外国で生まれたにもかかわらず、正規の手続きを経て米国籍や永住権を獲得した中南米系にとっては、不法移民の存在は迷惑な可能性もある7。カウフマンは、白人の伝統的な価値観を自発的に身につけて「白人化」しつつあるマイノリティの存在を指摘している。彼らは民族的アイデンティティよりも経済を重視していると想定されるが、民主党はこのような立場の人に対する配慮を十分に行うことができていなかったのではないだろうか。
黒人の多様性に対する認識が不足していた可能性もある。同じく「黒人」といっても、米国で奴隷だった人を祖先に持つ人と、近年アフリカなどから移民してきた人の間には相違がある。黒人教会は社会的争点については保守的な態度をとっており、中絶や同性婚に対する民主党の立場に不満を抱いている場合もある。民主党は黒人に対してアイデンティティという象徴の次元での支持を強調する一方、黒人が共和党に投票するはずはないという想定の下、十分な物質的利益を与えてこなかった。このような傾向に対する黒人の不満は、南部国境周辺州から都市部に移送されてきた不法移民に対する民主党の対応によって顕在化した。「聖域都市」と呼ばれることもあるこれらの都市は、移送されてきた不法移民にシェルターや食事を提供した。だが、米国民である黒人の低所得者層がシェルターや食事を希望しても、同様の支援はなされてこなかった。黒人が民主党によって軽んじられているとの認識を持ったとしても、不思議ではないだろう。
今回の選挙ではミシガン州で人口の1%を占めるとされるアラブ系が、思いのほかトランプに投票したことが注目されている。アラブ系は、バイデン政権によるイスラエル支援に不満を抱いているとされる。だが、民主党内には、トランプが大統領になればより親イスラエルの立場が強くなり、イスラエルに有利な形での取引がなされる可能性があるから、アラブ系は最終的には民主党に投票するだろう、という認識が存在した。しかし、アラブ系については2001年の911テロ事件以後、ヘイトクライムにあうことを恐れて、アラブ系というよりは白人としての意識を強く持ち、米国社会に順応しようとする人が存在する。彼らが、できるだけ早く紛争を終わらせることが最重要だと考えた可能性はある。彼らからすればイスラエルによる攻撃を容認しているバイデン政権は不誠実だという点でトランプと同様であり、ハリスに投票するほどの情熱を持っていなかった可能性はある。
このように、黒人、中南米系、アラブ系のいずれもが一枚岩的にまとまって利益・関心を共有しているわけではなく、内部に多様な立場が存在している。そのような多様性に十分な配慮をすることなく、一義的に対応しようとしたことに不満を抱く人々は存在しただろう。彼らからしてみれば、民主党は集団としてのアイデンティティは重視するものの、個人の尊厳には十分な配慮ができておらず、個人主義という米国的な価値観を重視していない、と考える可能性もあっただろう。このように、今回の大統領選挙では、民主党がリベラリズムの理念を十分に徹底することができなかったことが、問題点として鮮明になったように思われる8。かつてならば民主党を支持していた人の中に、民主党によって声を汲み上げてもらえなくなったと感じている人々が存在する。トランプ現象には、彼らの支持を獲得したという側面がある。その対象は2016年大統領選挙時点では白人労働者層だったが、2024年にはマイノリティに拡大したと言えるだろう。
共和党が労働者の政党に?
ハリスの選挙戦については、理念先行型であり、労働者層や低所得者層の生活の実態に即した政策を提起することができなかったという指摘がなされている。仮に民主党が平等を重視する政党であるならば、国内に存在する圧倒的な経済格差にもっと注目して、労働者層や低所得者層に寄り添うべきだったのだ、という指摘には説得力がある。
今回の大統領選挙では、全国党大会の際のJ.D.ヴァンス副大統領候補の演説に象徴されるように、共和党が労働者の票を獲得しようとする態度が鮮明だった9。そして、一部の識者は、民主党は労働者層に見捨てられ、労働者や低所得者の支持を勝ち取ったトランプの共和党が労働者の政党に生まれ変わろうとしている、と指摘するようになっている。
だが、今回の選挙で共和党が労働者の党となったと結論付けるのは早急だろう。労働者層や低所得者層が共和党に投票したのは、民主党によって具体的な恩恵を受けることができなかったからである。しかし、民主党が低所得者層に対する支援を行うことができなかったのは、それを可能にするような財源を共和党が多数を占める下院が予算化しなかったせいでもある。民主党内にはビル・クリントン政権以降に存在感を増したニューデモクラット的な立場もあるが、彼らも多くの共和党議員からすれば左派的だとされるだろう。
実際、来年以降、上下両院を制して統一政府を達成したとはいえ、共和党が労働者層や低所得者層に具体的な恩恵を与える見込みは高くない。共和党は、長らくは小さな政府を提唱する財政的保守派と、中絶禁止などを訴える社会的保守派、強いアメリカを提唱する軍事的保守派の寄り合い所帯だった。それにトランプ派が加わったとはいえ、党内の財政的保守派が低所得者層支援のための財政支出を認めるとは考えにくい。
トランプは減税を主張する一方で公共事業を行うよう提唱している。トランプによれば、不足する財源は関税でまかなうという事だが、それが可能だと考える人は多くないだろう。そもそも高関税政策は国内の物価高につながる可能性が高く、低所得者層に打撃を与えるだろう。
米国をはじめとする先進国の中で寛大な社会政策を提唱する政党が存在感を低下させている大きな背景にはグローバル化の進展があり、それを一国で、更には単独の政党の尽力で乗り越えることは困難なのではないだろうか。
このように考えれば、今後の米国では選挙があるたびに政権に不満を抱く低所得者層が非政権党に票を投じることで政権交代が恒常化するシナリオが考えられる。長期的には、受益することはありそうにないと理解した低所得者層が政治参加をしなくなる、というシナリオも考えられるかもしれない。極端なことを言えば、経済的な不平等に対応しようとする福祉国家は、第二次世界大戦後に経済繁栄が続いたごく一時期にのみ発生した事象だった、と後に呼ばれるような事態になるかもしれない。
第二期トランプ政権以後、アイデンティティと階級の問題について二大政党がどのように行動するか、注目する必要があると言えるだろう。
(了)
- 以下、本稿で出口調査といえば、CNNのデータを指すものと理解していただきたい。 CNN Politics, “Election 2024: Exit polls”, <https://edition.cnn.com/election/2024/exit-polls>, accessed on November 26, 2024.(本文に戻る)
- 飯田文雄編『多文化主義の政治学』(法政大学出版局、2020年)。(本文に戻る)
- 例えば、アーサー・シュレジンガーJr.(都留重人監訳)『アメリカの分裂-多元文化社会についての所見』(岩波書店、1992年)、アラン・ブルーム(菅野盾樹訳)『アメリカン・マインドの終焉』(みすず書房、1988年)など。(本文に戻る)
- エリック・カウフマン(臼井美子訳)『WHITESHIFT[ホワイトシフト] 白人がマイノリティになる日』(亜紀書房、2023年)。(本文に戻る)
- ジャスティン・ゲスト(吉田徹/西山隆行/石神圭子/河村真実訳)『新たなマイノリティの誕生―声を奪われた白人労働者たち」(弘文堂、2019年)、西山隆行「アイデンティティ政治がもたらす分断―<契約国家アメリカ>のゆくえ」新井誠/友次晋介/横大道聡編『<分断>と憲法―法・政治・社会から考える』(弘文堂、2022年)。(本文に戻る)
- 西山隆行「<米民主党敗北>党内から反発くらったハリス、汲み上げたマイノリティの人たちの声、トランプ現象とは何か」Wedge Online, 2024年11月7日、<https://wedge.ismedia.jp/articles/-/35649> accessed on November 26,2024.
西山隆行「共和党を支持する中南米系女性が増加中?―米国のエスニシティ政治の複雑性」笹川平和財団(SPF)アメリカ現状モニタープロジェクト、2022年7月25日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_121.html> accessed on November 26,2024.(本文に戻る) - 西山隆行『移民大国アメリカ』(ちくま新書、2016年)。(本文に戻る)
- トランプ支持者のコメディアンが米国の自治領であるプエルトリコを「ごみの浮島」と呼んだことが問題となったが、それを受けてバイデン大統領が「ごみはトランプ支持者たちだ」と発言したことも不満をよんだ。トランプ支持者は本質的に人種差別主義者であるという認識が反映された発言だと思われるが、そのようなある種の独善性に対する反発が見られた可能性もあるだろう。(本文に戻る)
- 西山隆行「J.D.ヴァンスの副大統領指名と共和党のトランプ党化、その限界」笹川平和財団(SPF)アメリカ現状モニタープロジェクト、2024年8月27日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_160.html>, accessed on November 26, 2024.(本文に戻る)