移民問題に新展開?民主党系市長・州知事の反発とウクライナ問題
西山 隆行
2016年大統領選挙で多くの予想を裏切って当選したドナルド・トランプは、選挙戦の最中から移民問題とアメリカ=メキシコ国境地帯の治安問題を取り上げ、南部国境地帯に壁を建設すると発表した。民主党側はこれに強く反発し、2020年大統領選挙で勝利したジョー・バイデンは就任演説で壁の建設は断じて行わないと宣言し、トランプ政権期の移民政策を撤回する姿勢を明確にした。だが今日、バイデン政権がトランプ流の移民政策を採用し、予期せぬ形で移民制度改革が実現するのではないかとの予測もなされることもある。実際には、2024年大統領選挙に出馬しているトランプが移民問題を争点として積極的に取り上げる姿勢を示しているため、二大政党の政治家は、あえて対立的な姿勢を示し続けると考えられるので、移民制度改革の実現には困難が予想される。とはいえ、1986年以降進展の見られなかったこの問題について変化の兆しが見えたことは、米国政治、とりわけ民主党の変化を示唆しているともいえる。
このような変化が生じた大きな背景として、1.不法移民の流入と国境周辺地帯での拘束数が急増していること、2.不法移民問題が都市部でも大問題となり民主党支持者内でも移民問題についての認識が変化しつつあること、3.共和党がウクライナ支援問題と移民問題をリンクさせて論じる傾向が強まっていることがある。本稿では、この問題について考察することにしたい。
不法移民の流入と国境周辺地帯での拘束数増加
最近、メキシコとの国境を経由して不法入国する人の数が増えている。昨年10月から今年9月末の不法入国が247万件を記録している。CNNの報道によると、アメリカ=メキシコ国境を越えてやって来た不法移民の数は昨年12月の一か月で22万5000人を超え、1万人を超える日が続いたという1。
トランプ政権は不法移民に対する寛容度ゼロ政策を掲げて積極的な取り締まりを行っていた。バイデン大統領はトランプ政権のやり方を批判する立場を鮮明にしていたため、バイデン政権は不法移民に寛容になるという印象が強まったことが、不法移民の流入増加を招いたと指摘されている。
5月には、コロナ禍で実施されてきた米国へ陸路またはフェリーで入国する外国籍者に対する入国制限(タイトル42)が期限を迎え、バイデン政権が不法移民取り締まりを強化した結果として短期的に不法移民の数は減少したものの、再びその数は増大している。
近年では、不法移民の行動パターンは、いくつかの点で変化している。アメリカ=メキシコ国境地帯での不法な越境が積極的には取り締まられていなかった時期には、不法移民の多くは米国内で居住して経済活動に従事することを目指していた。だが、国境周辺地帯のみならず多くの場所で不法移民の取り締まりが強化されるようになると、不法越境を目指す人は国境警備員に発見されて庇護申請をする機会を得ることを求める傾向が強くなっている。もちろん、難民としての地位を得るのは容易でないものの、国外退去処分される人も必ずしも多くないため、米国内で一定期間は生活をすることができるためである。
また、最近の不法移民の大きな特徴は、家族での違法越境が増大していることである。不法移民に対する寛容度ゼロ政策を掲げたトランプ政権は、適切な書類を携帯していない成人の不法移民を直ちに拘束して刑事裁判にかける一方で、未成年を保健福祉省が管轄する別の施設に収容し、一刻も早く引き取るよう親戚や里親の家庭に求める措置をとった。だが、その結果離散する家族が増えたことに対する反発が強くなったことを受けて、2018年6月には不法移民の家族を一緒に収容すると立場を変更した。また、バイデン政権は、トランプ政権の方針により引き離された移民家族に対する補償金の支払いを含めて、トランプ政権の強硬な立場との違いを印象付けようとした。かつては男性が単独で国境を越えることが多かったが、これらの変更を受けて、家族で入国した方が国外退去処分にされにくいのではないかとの憶測から、家族での入国が増加したのである。
不法移民問題の都市問題化と民主党系市長・州知事の不満
不法移民問題、とりわけ不法移民と治安の関連については、アメリカ=メキシコ国境周辺地帯の問題と一般的には受け止められてきた。だが今日では、都市部でもその問題が真剣に議論されるようになっている。
その背景には、バイデン政権になって以降、テキサス州のグレッグ・アボット知事やフロリダ州のロン・デサンティス知事がリベラル派と民主党が優位にある大都市に不法移民を移送するようになったことがある。トランプ政権が不法移民の取り締まりを積極的に行った時期には、多くの都市は不法移民の取り締まりをあえて行わなかったことから「聖域都市」と呼ばれるようになった2。これらの都市は不法移民がある程度訪れた場合でもその生活を支援する仕組みを整えていたが、急激に大量の不法移民が移送されてくると、対応能力を超えてしまった。その結果、都市部でも不法移民が治安を悪化させるのではないかとの懸念が強まった。
最近では、とりわけサンフランシスコ市やニューヨーク市での体感治安の悪化が頻繁に報告されている。実際にはこれらの地域でも、公式統計上は犯罪発生件数がコロナ前の時期と比べて急激に増大しているわけではない(もっとも、公式統計は犯罪認知件数をまとめたものであるので、実際には暗数が多く犯罪が増大しているという可能性もある)。とはいえ、人々の体感治安が悪化し、それを不法移民問題と関連付ける論調が強まっているのである3。
国境周辺地帯の共和党州知事がバイデン大統領を批判することはこれまでもよくあった。今では、民主党知事であるアリゾナ州のケイティ・ホッブスも、同州が不法移民への対応で限界に達しているとして、連邦政府が安全と秩序を保証するよう求めている。そして同様の声は、国境周辺地域以外の都市や民主党が優勢な州でも強くなっている。
例えばニューヨーク市長のエリック・アダムスやシカゴ市長のブランドン・ジョンソン、イリノイ州知事のJ・B・プリツカーなどは、連邦政府の支援と積極的な対応を求めている4。住民の体感治安の問題以外にも、不法移民がシェルターと食事を与えられているのに対し、ホームレスにはそのような支援を与えられないことに不満を抱く人も存在するなど、貧困の問題を抱える都市部ではマイノリティの間に複雑な関係性が発生することもある。
民主党支持者の間でも、国境問題についての認識が変わりつつある。シエナ・カレッジが11月に発表した調査によれば、ニューヨーク州の民主党支持者の移民に対する認識は厳しくなっている。ここ20年程の間に同州にやってきた移民が州に利益をもたらしたと回答する人は37%だったのに対し、負担となったという人が35%に上った。また、最近の移民の流入は問題だと回答した人は75%に上っている(47%はとても深刻な問題だと回答している)。そして、ニューヨーク州民は新しくやってきた移民に対して既に十分なことをしたので、移民の流入の程度を緩やかにすべきだと回答した人は53%に上る5。
全米を対象にしたFOXニュースの調査でも、南部国境地帯をめぐる問題を「危機」あるいは「重要な問題」だと回答した割合は、2019年初頭は37%だったのが2023年12月には79%に増加している6。クイニピアック大学の調査によれば、アメリカ=メキシコ国境の安全を確保するための財政支援を増やすべきだと回答したのは73%に及び、その割合は民主党支持者の間でも59%に達している(共和党支持者は94%、支持政党なし層は71%)7。
世論の変化を受けて、不法移民に寛容な立場をとってきた人々の行動にも変化がみられる。トランプ政権期には、移民の権利を擁護する活動家が移民・関税執行局(ICE)廃止を掲げたり、国境開放論に近い発言をしたりすることがあったが、現在ではそのような主張が強い支持を得ることは考えられなくなっている8。米国内に居住する不法移民に対して市民権獲得への道を開くという主張も、その妥当性はともかくとして、以前に増して支持を集めるのが容易でなくなっているだろう。また、不法移民問題のなかでも、未成年の時に親に連れられて不法越境したドリーマーと呼ばれる人々には特別な保護を与えるべきだという認識が党派を超えて共有されてきた。だが、家族で違法な越境を試みる人が増えたこともあり、ドリーマーに対する同情もなされにくくなったといえる9。
移民問題の解決をめぐっては、包括的移民改革という名で、国境警備強化と一定要件を満たした人に対する市民権付与などを抱き合わせにする改革が長く目指されてきたが、そのような可能性は今日ではかなり低下したといえよう。
ウクライナ支援問題と移民問題のリンク
共和党はバイデン政権がウクライナ支援を外交政策における最優先課題と位置付けていることを踏まえ、移民問題と関連させながらバイデン政権を批判している。例えばロン・デサンティスは、ウクライナより国境地帯に注目すべきだとしたうえで、大統領に選ばれたならば麻薬カルテル殲滅も目指してメキシコに軍を派遣すると主張している。連邦議会でも同様の傾向が出てきており、下院のマイク・ジョンソン議長や上院のミッチ・マコーネル院内総務も、ウクライナ支援を行うためには国境地帯の安全を確保することが必要だと繰り返し表明している。
連邦議会が立法措置を行わない限り、ウクライナに行える支援の財政的資源は近いうちに枯渇し、戦況をロシア有利に変えかねない。そして、連邦議会下院で共和党が多数を占めている現状では、バイデン政権も共和党の意向に沿わざるを得ない。このような動きを踏まえてバイデン大統領は、国境周辺問題について重大な妥協を行うつもりだと発言した10。
実はバイデン大統領は、ベネズエラからの移民に新たに労働許可を与える一方で、違法に入国した人々の強制送還を再開している。また、連邦議会が予算措置をした以上仕方がないという論理でアメリカ=メキシコ国境地帯における壁を増設することを既に認めている。これらに対しては、カリフォルニア州選出の上院議員アレックス・パディラや、ニューヨークを地盤とする下院議員のアレクサンドリア・オカシオ=コルテスらは政権を批判したものの、政権への反発は総じて彼らが予想するほどには強くはならなかった。
このような状況は、必ずしもバイデン大統領にとって悪いことばかりとは言えないだろう。移民問題は2016年大統領選挙以来二大政党を分かつ争点と認識されるようになったが、実は二大政党共に移民に寛容な立場をとる人と批判的な立場をとる人を抱えるため、積極的な政策をとりにくい分野であった。トランプ批判の高まりを受けて民主党は移民擁護の立場にシフトしていったが、その立場が極端になりすぎたとの批判も強まっていた。先ほど紹介したように、民主党支持者の間でも南部国境地域をめぐる見解は変わりつつある。
民主党に変化の兆し?
バイデン大統領は政権発足当初から移民問題を副大統領のカマラ・ハリスに任せた。バイデンとすればハリスに業績を作る機会を与えた、ハリスからすれば難しい問題を押し付けられたという認識かもしれないが、これまでのところ目に見える成果は出ていない。移民問題がウクライナ問題と関連する形で動く可能性が出てきたのは予想外のことではあるが、二大政党の双方にとって、短期的には好ましい状況ができたということかもしれない。
移民問題は欧州やアフリカ、中南米においてもポピュリストが取り上げる大争点となっている。その象徴的な事象が、トランプ大統領の不法移民取り締まり政策と、それに対する民主党の反発だった。米国では移民制度改革は最も解決困難な問題の一つとされており、大規模改革はロナルド・レーガン政権期の1986年に行われて以降実現していない。この1986年改革に類するような規模の改革が達成されると考える人はおそらくいないし、その可能性も低いだろう。
とはいえ、右派ポピュリズムに反発を示してきた民主党が、その象徴的争点とされた移民問題で右派ポピュリストの政策を部分的とはいえ取り込まなければならなくなった現状は興味深い。仮に2024年大統領選挙がバイデン対トランプの再戦となった場合、この問題をめぐってどのような論戦が展開されるか、注目しておきたい。
(了)
- Priscilla Alvarez, Rosa Flores, and Holly Yan, "December migrant surge at Southern border largest in more than two decades as mayors call for action," CNN, December 29, 2023, <https://edition.cnn.com/2023/12/29/us/us-mexico-border-migration/index.html>, accessed on January 10, 2024.(本文に戻る)
- 移民の取り締まりは基本的には連邦政府の管轄であり、州や地方政府にはその権限は存在しないというのが連邦最高裁判所が示してきた原則である。例えば、2010年にアリゾナ州議会は、移民が合法的な滞在証明書を携帯しなければ州法上の犯罪とするというSB1070法を制定した。それに対し、連邦最高裁判所は2012年に、州の法執行機関は当該人物の法的地位だけを根拠に移民を逮捕する権限を持っておらず、その責任は連邦政府のみが有するという判決を下した。にもかかわらず、トランプ政権は州や地方政府にも不法移民の取り締まりに協力するよう要請した。それに協力する必要はないというのが聖域都市と呼ばれる地方政府や州政府の立場である。
他方、2023年12月18日に、テキサス州のアボット知事は州機関による不法移民の逮捕や強制送還命令を可能にする法案に署名し、同法が成立した(2024年3月発効予定)。移民取り締まり政策は連邦政府の専権事項という原則に正面から挑戦するもので、連邦最高裁判所での判例変更を目指しての試みだと予想されるが、多くの反発も寄せられている。 (本文に戻る) - 西山隆行「米国の都市部治安悪化の〝現実〟と政治的争点」Wedge Online、2023年11月29日、<https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32233>(2024年1月10日参照)。(本文に戻る)
- Joe Anuta and Emily Ngo, “Big city mayors head to D.C. with a message for Biden on migrants,” Politico, November 1, 2023, <https://www.politico.com/news/2023/11/01/big-city-mayors-head-to-dc-with-a-message-for-biden-on-migrants-00124920>, accessed on January 10, 2024; Toluse Olorunnipa, “Biden faces growing pressure from Democrats over border crossings,” The Washington Post, October 8, 2023, <https://www.washingtonpost.com/politics/2023/10/08/democrats-criticize-biden-immigration-border/>, accessed on January 10, 2024.(本文に戻る)
- Aaron Blake, “Democrats’ border problem is getting real,” The Washington Post, November 21, 2023, <https://www.washingtonpost.com/politics/2023/11/21/democrats-border-problem-is-getting-real/>, accessed on January 10, 2024.(本文に戻る)
- Victoria Balara, "Fox News Poll: Majorities support measures to strengthen border security as the issue increases in importance," Fox News, December 17, 2023, <https://www.foxnews.com/official-polls/fox-news-poll-majorities-support-measures-strengthen-border-security-issue-increases-importance>, accessed on January 10, 2024.(本文に戻る)
- “84% Of Voters Concerned The U.S. Will Be Drawn Into Military Conflict In The Middle East, Quinnipiac University National Poll Finds; Concern About Prejudice Against Jewish People In U.S. Hits Record High,” Quinnipiac University Poll, November 2, 2023, <https://poll.qu.edu/poll-release?releaseid=3882>, accessed on January 10, 2024.(本文に戻る)
- Seung Min Kim and Colleen Long, “Washington’s center of gravity on immigration has shifted to the right. Can the parties make a deal?” AP News, December 7, 2023, <https://apnews.com/article/joe-biden-immigration-asylum-border-congress-7507034034ba49a8f170777600cad46e>, accessed on January 10, 2024.(本文に戻る)
- ドリーマーについては、西山隆行「ドリーマーと共和党の困惑」SPFアメリカ現状モニターNo. 3、2017年12月11日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/24423.html>(2024年1月10日参照)。(本文に戻る)
- Zeke Miller, Aamer Madhani, and Stephen Groves, “As Ukraine aid falters in the Senate, Biden signals he's willing to make a deal on border security,” AP News, December 7, 2023, <https://apnews.com/article/biden-ukraine-congress-aid-military-russia-002fde812843fc1fc0e969b653ce83a8>, accessed on January 10, 2024.(本文に戻る)