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論考シリーズ | No.177 | 2024.12.27
アメリカ現状モニター

トランプを支持したヒスパニック系移民の「裏切り」
―1人の学生から見たアメリカー

山岸 敬和
南山大学国際教養学部教授

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2024年大統領選挙において、トランプはヒスパニック系からの票を大幅に伸ばした。2020年選挙と比べると、得票率は14ポイント伸ばして46%となった1。今回の選挙は「マイノリティのヒスパニック系は民主党を支持する」というこれまでのイメージが大きく揺らぐ選挙であったと言える。

他方でトランプが選挙戦から主張していたのが、メキシコとの国境の管理の強化と、不法移民の大量国外追放である。不法移民の数は現在1,100万人にも上り、その約半数がヒスパニック系であるとされる。新副大統領となるヴァンスは、毎年100万人ずつ国外追放すると発言している。バイデン政権下でImmigration and Customs Enforcementの統括をしていたJason Houserは、トランプ政権が発足するとすぐに各所で一斉捜査が始まり、多くの人々が拘束され留置所に送られるのを目にすることになると予測している2。

なぜ多くのヒスパニック系がトランプを支持したのか?

このような新政権の動きにヒスパニック系移民コミュニティは動揺している。しかし、選挙戦から敵対的な言説を振り撒くトランプに投票したヒスパニック系が今回は実際に多かったのだ。これには様々な要因が指摘されている。

一番に挙げられるのは、ヒスパニック系移民コミュニティの中の分断をトランプは効果的に使ったということである。ヒスパニック系の移民の中は大まかに三つのグループに分けられる。合法的に入国したグループ、非合法だった状態から市民権を得るなど合法のステイタスに変わったグループ、不法移民のステイタスのまま滞在を続けるグループ、この三つである。それぞれのグループの間に分断があるが、最後の不法移民グループと、その他二つのグループとの間の溝は深い。トランプは、不法移民を槍玉に上げることでこの分断ラインを効果的に刺激したというのである。

その他の要因として、ヒスパニック系移民が民主党から軽視されてきたと感じているという点が挙げられる。民主党政権はLGBTQ等の権利の拡大は熱心に進めるものの、ヒスパニック系移民の経済状況が悪くても対応してくれていないと、彼らは考える。また、ヒスパニック系移民はカトリック教徒が多く、社会的争点において保守的である人が多い。これもLGBTQの権利を積極的に肯定する民主党に違和感を持つ背景になる。民主党がジェンダー的に中立の「Latinx」という言葉を使おうとしたことも反感を勝ったとされる。さらに、トランプの挑発的な言動に、特にヒスパニック系の男性が好意を抱いたのではないかという見方もある3。

今回のヒスパニック系の投票行動に関して実際にどの要因が重要だったのかについては今後の研究に譲るが、今回のコラムでは、選挙直前にインタビューをした、不法に入国し未だに滞在ステイタスが不安定な両親を持つ一人の大学生が、どのように今回の選挙を見ていたのかについて書きたい4。そこからヒスパニック系移民コミュニティを取り巻く複雑な環境についても描写できればと思う。

「バブル」の中にいた

Anthony(仮名)はニューヨーク市ブルックリンで育った。子供の頃、両親はほとんど英語が話せなかったという。アメリカに親戚はおらず、両親は市民権を得るための手続きを何度も試みたがうまくいっていない。

彼が育ったコミュニティは、ドミニカ共和国、プエルトリコ、メキシコからの移民がほとんど占めるヒスパニック系コミュニティであった。彼の言葉を借りれば、

「学校の先生はみんなヒスパニック系だった。用務員はヒスパニック系だった。デリの店員はヒスパニック系だった。ホームレスもヒスパニック系だった。みんなヒスパニック系で、ヒスパニック系でないのは校長先生と、たまに地下鉄の駅を通る通勤客だけだった。」

育った環境を彼は「バブル」と評する。

「両親は私を外の世界に出さなかった。経済的に余裕がなかったということもあったと思うが、異なる文化に私を見せることを恐れていた。私は『バブル』の中にいた。」

しかし、そのバブルの中で亀裂が生じていく過程を目の当たりにしたという。不法移民の中で市民権を新たに取得した者と、できていない者の間の分断である。市民権を獲得したヒスパニック系の多くが共和党支持、トランプ支持に傾くのを感じたという。

「私はそれを正しいことだと思わなかったので、私はその当時の友人に、そのような政治的意見の変化は裏切り行為ではないかと言ったことがあります。その友人はそれを個人攻撃だと思ったらしく、それ以来口を聞かなくなってしました。」

彼はトランプを支持する友人たちについて、その理由について理解しようとする。

「トランプを支持したいと思うのは、彼らの気持ちが民主党に代弁されていないと感じているからだと思います。民主党はLGBTQの問題を過度に取り上げ、一所懸命に働く労働者、一所懸命に働く移民については注意を払ってくれない、経済問題に真剣に取り組んでくれないと信じてしまっています。本当はそれほど単純に言い切れることではないと思いますが、彼らはSNSを主な情報源にしているので、考えが偏っていってしまったのだと思います。」

民主党左派から穏健派へ

「バブル」の中で育ったというAnthonyは、大学選びにおいて多くの友達とは異なった選択をした。多くの友達はニューヨーク市、遠くてもニューヨーク州を離れなかった。しかし彼は、通った高校からこれまで一人も進学したことがないジョンズ・ホプキンス大学を選んだ。さらに、経済学や経営学を選ぶ友人が多い中で、彼は公衆衛生学を学ぶ決断を下した。将来は医学部に進学して小児医になりたいという。

高校まで「バブル」の中にいた頃は「極端な左派」であったと彼は言うが、ジョンズ・ホプキンス大学に進学したことで政治的イデオロギーが変化したという。

「大学で多様な人々と初めて出会った時、始めはショックでどう対応して良いのか分かりませんでした。しかし学びを進めていく中で、民主党が天使ばかりでなく、共和党が悪魔ばかりでないことが分かりました。バイデンが候補者だった時には投票自体する気になりませんでした。ハリスが候補になったのでハリスに事前投票しましたが、熱狂的に彼女に賛成した訳ではありませんでした。これまでのトランプの言動、移民に対する彼の政策への反発が主な動機だったと言えます。」

対立構造を超えられるのか?

Anthonyが育ったコミュニティは、都市の再開発、いわゆるジェントリフィケーションによって、高級なコンドミニアム等が新たに建てられ、白人富裕層が流入し、雰囲気が大きく変わってしまったという。この再開発プロジェクトの中で、多くのヒスパニック系は移住を余儀なくされ、経済力に差がある前述した三つのグループの分断はさらに深まっていく。

しかし彼は絶望してはいない。

「私は未来のために行動したいと思います。だから私は小児科医師になりたいと思うのです。そして私のコミュニティに戻って人々を助けたいと思います。同時に地域を良くするために政治にも関わっていきたいと考えています」。

しかし政治との関わり方については、現在の対立構造からは距離を取りたいという。

「トランプ支持者は偏狭な思考の持ち主であると言われますが、民主党支持者の多くも異なった理由でその思考が偏狭になってしまっていると思います。」

「トランプ支持者とハリス支持者はお互いに誹謗中傷するだけで対話をすることはありません。支持者が異なるという理由から私の家族は私が生まれる頃からずっと仲良くしていた友人と絶交してしまいました。個人的な交友関係が政治的な対立に巻き込まれてしまったのです。」

彼はこのような敵意あふれる社会的雰囲気を変えたいと思っている。両親の法的ステイタスが不確実であることが心配でならないAnthonyだが、トランプを支持する人々の論理も理解しようと勉強し、アメリカを良い方向に向かわせるためにできるだけの貢献をしようとしている。

Anthonyの言葉でもわかるように、「ヒスパニック系が民主党支持派とトランプ支持派に分断されている」というような単純な話ではない。ヒスパニック系移民は現在人口比約20%であるが、2050年までに4人に1人までに増える5。このグループの今後の動向がアメリカ政治の将来を大きく左右すると言える。

第二次トランプ政権が2025年1月に始動する。不法移民の大量国外追放が行われた時に、Anthonyを含んだヒスパニック系移民コミュニティがどのように反応するのか、そして「移民の国」を自認してきたアメリカに住むそれ以外の人々がどのような態度の変化を見せるのかに注目したい。

(了)

  1. “Exit Polls,” NBC News, December 17, 2024 <https://www.nbcnews.com/politics/2024-elections/exit-polls>, accessed December 22, 2024. (本文に戻る)
  2. Rachel Leingang, “How would Donald Trump carry out his mass deportation scheme?” The Guardian, December 4, 2024 <https://www.theguardian.com/us-news/2024/dec/04/donald-trump-mass-deportation-explainer>, accessed on December 22, 2024, accessed on December 22, 2024.(本文に戻る)
  3. Richard Luscombe, “How Trump won over Latino and Hispanic voters in historic numbers,” The Guardian, November 9, 2024 <https://www.theguardian.com/us-news/2024/nov/09/trump-latino-hispanic-vote-election>, accessed on December 22, 2024; Amanda Sahar d’Urso and Marcel F. Roman, “The X Factor: How Group Labels Shape Politics,” <http://www.marcelroman.com/pdfs/wps/latinx_project.pdf>,accessed on December 22, 2024. (本文に戻る)
  4. 聞き取り調査は2024年10月30日にワシントンDCで行われた。(本文に戻る)
  5. United States Census Bureau, “Hispanic Population to Reach 111 Million by 2060,” October 9, 2018, <https://www.census.gov/library/visualizations/2018/comm/hispanic-projected-pop.html>, accessed on December 26, 2024. (本文に戻る)

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