トランプ政権2.0の関税政策の二律背反を考える
―関税か物価抑制か?

渡部 恒雄
トランプの勝因は物価高への有権者の不満
11月の米国大統領選挙においては、経済こそが多くの有権者の関心事項であった。結局、トランプ氏がハリス氏よりも、経済、とりわけ物価の下落への期待を受けたことが、勝利の要因の一つであった。CBSニュースの出口調査を見ると、トランプ候補に投票した有権者が最も重視した課題が「経済」の51%で、2位が「移民」20%だったのに対して、ハリス候補に投票した人々が最も重視したのが「民主主義」56%で、2位が「妊娠中絶」の21%であり、トランプ候補のメッセージが有効だったことがわかる1。
トランプ陣営は「あなたの暮らしは4年前に比べて良くなりましたか?」というメッセージにより、有権者の物価高についてのバイデン政権への不満に訴えた。新型コロナによるパンデミックで米国経済も大きく落ち込んだが、感染拡大一年前の2019年当時の経済と2024年の経済を比較してみれば、2024年の経済は11.5%拡大している2。ただし、バイデン政権下のインフレーションで物価が高騰し、インフレ自体は沈静化させているが、有権者は近年で経験したことのない物価高を実感している。しかし、実際には物価上昇とともに賃金も上昇しており、必ずしも多くの人々に生活苦をもたらしてはいないことが、データでは示されている。たとえば、2024年の物価上昇を考慮した米国人の実質賃金は、2019年の第3四半期の時点の平均賃金よりも10%高い3。
ただし、客観的な数字と有権者、特に接戦州でキャスティング・ボートを握っていた無党派層の実際の経済実感は別のものだったようだ。先に引用したCBSニュースの出口調査によれば、投票者の45%がトランプ前政権時の4年前より現在の経済が「悪くなった」と答え、「良くなった」と答えたのは24%だけで、30%が同じと答えている。そして過去1年のインフレがもたらす家計の状況については、22%が深刻、53%が苦しいと答えており、全く問題ないと答えたのは24%だけだった。そして経済が悪いと答えた人の投票先の69%がトランプ候補で、29%がハリス候補だった4。
実際、賃金上昇を考慮しなければ、現在の米国のインフレ経済下では、明らかに4年前よりも現在の方が物価は高い。トランプ氏は、9月10日のハリス氏とのテレビ討論において以下のような発言で、物価高による暮らしの難しさを指摘している。
私(が大統領だった頃)はインフレがなかった。実際になかった。(バイデン-ハリス政権は)私はこれほど悪い時期は過去に見たことはないため、おそらく我が国の歴史で最も高いインフレだ」「人々は外食できずにシリアルやベーコンや卵など何も買えずにいる。我が国の人々は、(バイデンとハリスの)仕打ちで絶対的に死にかけている。彼らは経済を壊そうとしている5。
誇張や事実に基づかない部分もあるが、出口調査を見る限り、トランプ氏の発言は、有権者、特に低所得者層の不満を吸い上げたことがわかる。ただし、トランプ氏が選挙戦を通じて、インフレ対策への効果的な経済政策を示したわけではない。米国民の(新型コロナパンデミック前の)トランプ政権前半の経済がよかった記憶を呼び起こして、自身の経済政策への期待を高めて、選挙戦に勝利した。
実際、トランプ氏の選挙中の公約は、一律10~20%の関税をすべての国家に課し6、中国に60%以上の関税を課す7というものだ。この関税は米国の消費者に転嫁されるため、物価高を呼び込むことになる。トランプ氏が公約通りの関税賦課を行えば、米国の消費者が関税分を負担するために、物価上昇を引き起こす可能性が十分にある。さらに高関税は物価を上げるだけでなく、米国と世界の景気を冷やすことにもなる。例えば、大和総研の試算では、トランプ氏が公約した関税をすべて実施した場合、最大で米国のGDP を2.16%下落させ、インフレ率(CPI 上昇率)を1.56%に上昇させる8。
トランプ政権2.0は関税という劇薬をどう扱うのか?
トランプ第一期政権の2017年当時は、それ以前の減税措置にも助けられて経済のファンダメンタルズが強く、関税が景気減速を招かなかったが、今回が同じような結果になる保証はない。果たして、トランプ政権2.0は、トランプ氏に勝利をもたらした有権者の不満である物価を下げる政策と、「関税男」(Tariff Man)と自称する自身のトレードマークである関税措置のどちらを優先するのだろうか。
トランプ氏は、第一期政権でも、国家のトップの運営を、自身の経験した企業のCEOの運営と同じと考え、米国が貿易赤字を抱える国家に関税を課して、自国の貿易収支を黒字化することを目標にしてきた。実際、トランプ氏は、「自分の辞書の中では、「関税」という言葉がもっとも素晴らしい言葉だ」とすら発言している9。想定では、以下の二つのコースが考えられる。
【コース1】トランプ大統領にとって、二期目であり最後の4年間は、最終年には82歳となる年齢を考えても、自身のレガシーづくりのために、物価高騰や、経済成長を犠牲にする弊害よりも、米国に産業を呼び戻すために関税賦課による貿易赤字解消を優先する。
【コース2】トランプ大統領は、経済に不満を持ちトランプ氏に投票した有権者の意向を重視し、またトランプ政権を支持し献金をしてきたステークホルダー、特にウォール街の企業の意向も踏まえ、関税はあくまでもディールのための材料に留め、物価抑制と経済成長の維持との間でバランスを取る。
今回、トランプ氏は大統領選挙で勝利し、共和党は議会の上院と下院で過半数を獲得した。それゆえに圧勝という印象が強いが、実際の議会の共和党対民主党勢力は、上院で53議席対47議席、下院にいたっては220議席対215議席というわずかな過半数維持である。したがって2年後の中間選挙では、今回、バイデン政権の物価高に不満を持ち、トランプ氏に投票した有権者が民主党に投票して、共和党が過半数を失う可能性もある。議会の共和党が過半数を失えば、政権運営のために必要な予算審議などでも、民主党の意向を反映せざるをえず、トランプ政権が進めたい政策ができなくなり、レームダック化が進む。
筆者は、おそらくトランプ氏はレームダック化を避けて、自身の権力を維持するために、コース2を取るだろうと考えている。その理由と背景を以下に示したい。
トランプ氏個人の最終目標は刑務所に入らないこと
トランプ政権の関税政策と経済政策の二律背反を考える上で、決定的要因となるのは、トランプ氏個人が最終的に何を優先するか、ということに尽きる。この点でトランプ氏個人が再選に失敗しながらも、なぜ、今回の選挙にあえて出馬したのかを考える必要がある。
米国の大統領選挙の歴史を振り返れば、再選に失敗した大統領は、トランプ氏のように期間をおいて二期目に挑戦することは稀である。トランプ氏以外には、第22代・第24代の大統領のグローバー・クリーブランドだけである。現実的に、連続二期8年という期間がなければ、大統領として目指す大きな政策は実現できないし、そもそも、一度、落選を経験した大統領が、再度、選挙に挑戦するには大きなエネルギーが必要となる。
しかしトランプ氏の場合、大統領選挙に勝利しない場合、すでに有罪の判決も下っている4つの刑事訴追により、有罪となり収監される可能性が十分あった。もし無罪を勝ち取ったとしても、その裁判費用は膨大なものとなり、トランプ氏の財産を減らすことになったはずだ。投票日直前に掲載された英紙ガーディアンの記事は、「もしトランプ氏が落選すれば、78歳の男性はより多くの恥ずべき裁判が待ち受け、収監される可能性もある。それは、法の網を潜り抜け、責任をなんとか逃れることで築き上げた幸運な人生の終わりを意味する10」と予測している。
事実、トランプ氏が大統領に再選されたことで、これまで抱えてきた刑事訴追の多くが先送りされた。ニューヨーク州の裁判所は、トランプ氏が有罪評決を受けた不倫口止め料を巡る裁判で、量刑言い渡しの無期延期を決め、さらに起訴や有罪評決を取り下げるかも審理する11。また、これまでトランプ氏に対する2件の刑事事件、2021年に起きた連邦議会占拠事件に関与した罪と、政府の機密文書を不正に持ち出した罪について、捜査をしてきたスミス特別検察官は起訴の取り下げを連邦裁判所に申し立てた。司法省は、合衆国憲法は現職大統領の刑事起訴を禁じているという見解を取っているからだ12。
ただし、これらの措置はあくまでも延期措置であり、理論的にはトランプ氏が大統領退任後に再度、訴追される可能性もあるし、トランプ氏はこれ以外の多くの民事訴訟も抱えている。これまでの司法省の法解釈では、大統領には自分を恩赦する権限はないとされているが、トランプ氏は、自身を大統領権限による恩赦の対象にするための方策も考えているはずだ。
例えば、トランプ氏が司法長官に指名したパム・ボンディ元フロリダ州司法長官は、トランプ氏が弾劾された際の弁護団の一人で、トランプ氏に法的なアドバイスをしていたトランプ氏のインサイダーである13。FBI長官にも、トランプ氏に対する一連の捜査を批判していた側近のカシュ・パテル氏を指名するなど、司法関係には、経済や外交安保チームと比べて、忠誠心を重視するより露骨な身内人事を行っている。
トランプ氏の言動を研究しているジェイソン・スタンリー、イェール大学教授(哲学)は、「トランプ氏はマフィアのボスのようなもので、人々に望むのは忠誠心だ」として、能力より忠誠心で部下を選ぶとしている。そして、トランプ氏個人の最終目標を、「刑務所に入らず、自分と家族を裕福にし、死ぬまで権力の座に居座ること」とインタビューに答えている14。
トランプ氏にとっては、関税賦課にこだわりすぎて中間選挙で議会のコントロールを失い、自身の最終ゴールである「刑務所に入らずに権力を維持する」ために障害となりかねない、レームダック化は避けたいはずだ。つまり、トランプ氏は経済全体のパフォーマンスを悪くするような関税賦課は行わないようにバランスを取るはずだ。
トランプ政権の経済チームの人事もこの傾向を示している。トランプ氏の最側近といわれ、トランプ氏の関税政策の理論的支柱でもあるロバート・ライトハイザー元USTR(通商代表部)代表が、当初は大統領首席補佐官のような重鎮となる可能性があった。しかし、トランプ氏は首席補佐官には、伝統的な共和党の政治コンサルタントで、トランプ再選に実質的に貢献したスーザン・ワイルズ氏を選んだ。
ライトハイザー氏は、財務長官を希望していたとも言われているが、ウォールストリートのトランプ献金者がこれを嫌がったこともあり、ヘッジファンド出身のスコット・ベンセント氏を財務長官に指名した15。USTRにはライトハイザー氏ではなく、USTRだった際の首席補佐官だったジェミソン・グリアが指名された。
結論―経済全体のバランスを考える一方で関税という梃子も捨てない
第一期政権を振り返っても、トランプ氏は関税賦課が最終目標だったわけではない。この点では、関税賦課により米国内に産業を呼び戻すことを最終目標にしているライトハイザー氏とは一線を画している16。むしろ関税を梃子にして様々な通商交渉を行い、関税を避けたい相手国に対して、米国の要求をのませることを主眼にしていると考えらえる。
トランプ氏の経済チームの人事をみても、関税と経済成長の双方向の要素が反映されている。トランプ氏にとって関税はあくまでもツールであるが、だからこそ結論として、関税賦課をしない、あるいは逆に何があっても関税を賦課する、という両極端な姿勢はとらない。いずれの場合でも、相手との交渉のツールにならないからだ。
このように、トランプ氏の個人的な最終目標と、トランプ氏のディール志向を考えると、関税だけに偏った経済政策は考えにくい。物価抑制も含め経済全体でバランスを取ろうとすると思われる。一方で、ディールのための梃子を有効にするためにも、関税を使った脅しは継続するし、関税賦課という選択肢も決して捨てないだろう。世界は、米国経済の先行きについてはそれなりに楽観視できるかもしれないが、関税賦課への警戒を怠るわけにはいかない。
(了)
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