ロシアのウクライナ侵攻以来の戦況を最も的確に表すのは「膠着」という言葉だろう。開戦当初、大方の予想に反してウクライナ軍は善戦し、短期決戦で全土を支配するというロシアの狙いは挫折した[1]。一方、本年6月上旬に西側からの兵器・弾薬の支援を受けて開始されたウクライナ軍の攻勢は2ヶ月を経てもその進展は目覚ましいとは言い難く、まさに「膠着」状態にある。ここに至るウクライナでの戦闘の様相からは古典的な陸戦の本質が垣間見られる。サイバー空間での戦いや心理戦、政治戦、情報戦といった現代流の側面よりは、第二次世界大戦、第一次世界大戦、さらには日露戦争の旅順攻略での経験のアナロジーだ。特に、現在のロシアの防御線は、第一次世界大戦の西部戦線を彷彿とさせる。

 本稿ではそのような陸戦の本質に照らしてウクライナでの戦況を分析する。以下、第一線の兵士が兵器を用いて戦う「戦闘」、攻撃や防御のために部隊を運用する「作戦」、そのような作戦を複数組み合わせて戦争全体を指導していく「戦略」という3つの視点に焦点を当てて、膠着状態に見える戦況の特色を解説する。

視点① 質の高い兵器だけで「戦闘」に勝つことはできない

 7月下旬BBCは、「ウクライナの攻勢、なぜ西側兵器でもつまづいているのか」という解説記事を掲載した[2]。西側から送られた戦車や装甲車をもってしてもロシアの防御戦を突破するのは容易ではないという趣旨だ。同じ時期にウクライナの東部戦線で反転攻勢の指揮に当たっているシルスキー大将は、「我々は速やかな戦果を願っているが、現実問題としてそれは不可能だ」と述べている[3]。ロシア軍が膨大な数の地雷やバリヤーに防護された強力な陣地を構築して前進を妨害しているのが理由の一つだ[4]。ロシア軍は伝統的に地雷や各種のバリアーなど対戦車障害の使い方に長じている。ロシアがこの戦法をとるのは、第二次世界大戦中、現在のウクライナから西部ロシアにかけての地域でドイツ軍機甲部隊による電撃戦に対抗するため防勢に立ち、対戦車障害を多用して防御しながらドイツ軍を消耗戦に引き込む戦略をとって以来のことだ。

 ウクライナの反転攻勢が期待されたほど進展しないのは、およそ近代兵器とは言えない対戦車障害が鍵になっているように見える。対戦車地雷の他、テトラポットを連ねたような「竜の歯(Dragon’s teeth)」と呼ばれる対戦車バリアー、キャタピラ式の車両でも超越できない対戦車壕などだ。そもそも防御体制を築く上で最初にやるのは、そのような対戦車障害を防御地域の前に設置して攻撃側の突進を止め、その上で停止する敵に弾丸を浴びせて攻撃を破砕できるよう準備を整えることだ。ウクライナ軍がロシア軍の陣地を攻撃しようとすれば、陣前の障害を処理しなければならない。そうしなければ地雷原を前に停止した戦車は防御側の対戦車ミサイルなどの格好の的になる。戦車に随伴する歩兵は鉄条網に阻まれて釘付けにされ、側面からの機関銃に串刺しになる。日露戦争以来見慣れた戦場の姿だ。

 ウクライナ軍は旧ソ連製の戦車の前面に地雷除去用のローラーをつけて通路を開けるなどの方策を講じたようだが、防御する側が妨害する中での作業は困難だし、時間を要する。ロシア側がさまざまな障害で防護された陣地を準備していることは攻勢開始以前から自明であり、シルスキー大将が述べているように、そもそも「速やかな戦果」を期待して始めた攻勢ではないと理解するべきだろう。

 ところで、ウクライナの反転攻勢を観測して気づくことの一つは、質の高い兵器もさることながら弾薬の量が確保できなければ攻撃も防御も成功しそうにないという点だ。反転攻勢にあたって対戦車障害を排除することの必要性はすでに述べた。この場合、障害処理の主役となる工兵は、陣地を占領する歩兵や後方から歩兵を支援する砲兵の目標となる。このため、敵の歩兵や砲兵に砲弾の雨を降らせて射撃を妨害して工兵を支援することが必要となる。また、突撃する歩兵が障害を超越して陣地に接近し、突入する段階でも周りの陣地から孤立させるため機関銃、迫撃砲、野戦砲などを撃ち続けなければならない。このような射撃に精密さも強力な破壊力も必要ない。むしろ、ボクシングでいうジャブのような射撃を長時間にわたって続けなければならない。戦いが長引くほど、このような古典的な射撃の手数・弾丸数が必要になる。

 障害を克服してロシア軍の陣地に取り付いてからは塹壕戦が待っている。報道で目にするウクライナ軍の攻撃の様子は、第一次世界大戦や日露戦争での塹壕戦を思い起こさせる。塹壕のひと区画ひと区画を攻略して地域を支配するには、高い戦闘スキルと根気そして大量の弾薬が要る。ニューヨークタイムスによればウクライナ軍が5月に塹壕一箇所を奪取した際、直接支援した機関銃2挺だけでも3,000発の弾丸を使用したという[5]。砲弾の消耗は想像を超す。開戦以来ウクライナ軍は西側が供与した155ミリ榴弾砲の弾丸を1日3千発、1か月9万発消耗してきた。米国の月間生産量1万4千発全てを充当してもウクライナ軍1か月分の所用を満たすのに半年以上を要する計算だ[6]。開戦当初、西側から供与された携帯型の対戦車ミサイルや対空ミサイルなどの精密誘導兵器が大きな役割を果たしたのは記憶に新しい。一方、膠着した陸上戦闘の場面では、榴弾砲や戦車といった数世代前の兵器がいまだに大きな役割を果たしている。

 米国がクラスター弾の供与を決めた背景にもこの辺の事情があるようだ。上述の155ミリ榴弾砲の弾種の一つに88個あるいは72個の子弾を持つクラスター砲弾がある[7]。子弾は一定の率で不発弾となり、それが市街地などに残されれば一般市民に危害が及ぶ可能性がある。このため、2010年に禁止条約が発効し、これまでに日本を含む120ヵ国以上が署名したが、今回当事者となる米国、ロシア、ウクライナは参加していない。クラスター砲弾はこれまでウクライナに供与してきた単弾頭の榴弾に比べると、破壊力の小さい子弾を広く撒くため、一発で制圧する地域は広く、前に述べたジャブのような射撃に使用するのに適している。この点は、米国が国際世論を気にしつつも供与を決定した理由の一つであろう。一方、前述の通り、155ミリ榴弾の生産は限界に近く、背に腹は変えられないという事情があると考えることもできる。

視点② 相手を包囲できない「作戦」で決定的な勝利を収めることはできない

 一般的に攻撃する側は防御側を大きく上回る兵力が必要と言われる。膠着した戦線で防御体制を整えた相手を攻撃する場合は特にそうだ。その理由の一つは、攻撃側のシルエットは防御側より大きく、射撃するには容易なターゲットになるという点だ。歩兵に例をとれば、攻撃する部隊は敵に対して立ち姿を晒さねばならない。これに対して防御する側は壕に入ったまま、肩から上だけを曝露すれば射撃できる。この差は平地においてより顕著となる。ちょっとした林や多少の起伏があれば、攻撃のために機動する間、身を隠すことができるが、ウクライナが反撃している戦場はほぼ開豁した平坦地であり、攻撃する側には不利だ。

 膠着した戦線からの攻撃が不利なもう一つの決定的な理由は、防御側を包囲するために相手の後ろに回る機動の余地がほとんどないという点だ。逆に、包囲して相手の退路と補給線を断つことによって攻撃の成果を決定的なものとした事例には事欠かない。第二次世界大戦の中盤にあたる1942年から翌年にかけて、現在のロシア南西部からウクライナにかけての地域では、歴史上最大と言われる戦車戦のいくつかが戦われた。キーウの東約400キロに位置するハリコフ、その北200キロ、モスクワの南450キロに位置するクルスクなどだ。当初は兵力でソ連を圧倒するドイツ軍が快進撃する一方、ソ連軍は広大な国土を生かして後退しつつ相手が疲弊するのを待った。1943年以降は消耗戦に持ち込まれたドイツ軍をソ連軍が追撃する形になる。この地域は、ソフィア・ローレン主演の映画「ひまわり」で知られるように、緩やかな丘陵と平野が続く。大規模な戦車部隊が流動的な状況の下で、大胆に機動して相手の後ろに回り込むことができる地形だ。包囲されて退路を失い、補給線を断たれた部隊に活路はない。独ソ両軍ともに戦意は高かったが、一旦包囲されると、十万人規模の部隊でも降伏を余儀なくされる。ここでさらに抵抗すれば全滅を免れないからだ。近代では、ナポレオンの勝利の多く、第二次大戦開戦初頭のドイツ軍による電撃戦、それに続くソ連軍の反攻において、圧倒的に優勢な部隊が敵を包囲殲滅している。

 昨年春、ウクライナが善戦し戦線が膠着して以降、ロシア軍にとってもウクライナ軍にとっても敵を包囲殲滅するチャンスはなさそうだ。まず、戦線が膠着して両軍が全正面で睨み合っている状態では、奇襲的に機動して第一線部隊の後方に回り込むことはできない。また、相手に対して圧倒的に優勢な兵力を持つことは双方、特にウクライナ軍にとっては極めて困難に見える。唯一のチャンスは、ロシアの防御線を突破して陣地の後方に回り込み、前線の部隊を局地的に包囲する場合にあるが、突破するのも容易でなく、突破して陣地後方に辿り着いても、十分な兵力でなければ逆に包囲される。

 ウクライナ軍が目指しているのは、目を見張るような作戦で決定的な戦果を狙うというよりは、少しずつ支配地域を拡大していく失地回復のように見える。だとすれば、緩慢に見える反転攻勢もある程度の成果を得たということもできる。今後も、ロシアに占領されている地域の中で、要点となる都市や橋梁などを奪回するための地道な攻撃が続きそうだ。

視点③ ウクライナは「戦略」的にも制約を課されている

 ウクライナが軍事的に迅速な勝利を収めることの困難さはこれまで述べた通りだ。加えて、ウクライナは、戦争遂行にあたって戦略的にも制約を課されており、手段を問わず全面的な戦勝という目的を追求する立場にはない。手段も目的も制限された戦争だ。

 まず、ウクライナができることの範囲は、西側がどの程度支援するかという点に大きく左右される。開戦以来ウクライナが善戦している背景には、ゼレンスキー大統領やウクライナ国民の強い意志に加えて、これを支持する西側の支援がある。とはいえ、支援の内容やスケジュールをウクライナが主導的に決定することはできない。この点、過去1年半の展開を振り返ると、西側には、ロシアを圧倒するほどまでにウクライナを支援する能力も意志もないように思われる。第三者の立場からは、ウクライナが負けないようにするためには十分だが、ロシアを圧倒して勝つにはほど遠い程度に見える。

 このことは、さらに戦略的な意味を持っているのかもしれない。核戦略の世界の話だ。開戦以来、ロシアは常に戦術核兵器の使用をちらつかせてきた。ベラルーシは開戦直前に憲法を改正して核兵器の持ち込みを可能にした上で、ロシアの核兵器が自国内に前進配備される可能性に言及にした[8]。プーチン大統領も西側がロシアの行動を妨害する場合には「歴史で経験したことがない重大な結果」に直面すると発言して、戦術核兵器の使用を示唆した[9]。ウクライナ・ロシア国境からモスクワまでは400キロ強。ウクライナが西側の色に塗り替えられた今、ロシアにとってNATOとの緩衝地帯はあまりにも薄い。モスクワに対する脅威が過度に鮮明になる場合には、戦術核兵器の使用を辞さないまで追い詰める危険がある。核兵器を持たないウクライナが、ロシアの核兵器使用という事態を避けながら、通常兵力だけで一定の戦争目的を達成することは神業に近い。

結び

 膠着した状態がドラスティックに変化することは当面なさそうだ。他方、ウクライナが反転攻勢にかける熱意が冷める気配もない。8月12日付ニューヨークタイムスは、ウクライナの反転攻勢が、戦術的に目覚ましい戦果をあげているという趣旨の記事を掲載した。ウクライナが攻撃によって回復した失地は縦深で10−12マイルに過ぎないが、このことでロシア軍は他の防御地域から第一線部隊を転用せざるを得ず、結果的に全般的な防御態勢が弱められたという主張だ[10]。黒海およびアゾフ海沿岸でのロシアの占領地域は東西に細長く、北側からの攻撃に対して縦深を欠いているため、局地的にでもウクライナの攻撃が進展すれば、ロシア軍占領地域が分断される危険に晒される。

 このような状況の下、ロシアが部分的に戦線を縮小すればウクライナにとっては大きな失地回復となり、停戦に向けての動きが生まれる可能性はある。あるいは、ウクライナが反転攻勢を続けていくことで、消耗戦に勝ち抜けば、ロシアが停戦交渉のテーブルに着くきっかけとなるのではないか?ただし、いずれのケースも戦争の終結を意味する訳ではない。歴史に例をとれば、70年前に朝鮮半島で休戦協定が締結された段階に到達するだけだ。問題解決までの道のりは長く、その間、戦術核兵器の恐怖を実感し続けるという現実から目を離すことはできない。

(2023/08/25)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Why the Ground Battle has Become Deadlocked in Ukraine

脚注

  1. 1 英国のシンクタンクRoyal Unified Service Institute の報告書は「ロシアは、10日間かけてウクライナに侵攻し、その後2022年8月までにウクライナを併合できるように占領することを計画していた」と指摘している。Mykhaylo Zabrodskyi, et.al, Preliminary Lessons in Conventional Warfighting from Russia’s Invasion of Ukraine: February-July 2022, Royal United Services Institute (RUSI), p.1.
  2. 2 ジョナサン・ビール「ウクライナの攻勢、なぜ西側兵器でもつまづいているのか」BBC NEWS JAPAN、2023年7月28日。
  3. 3 Jonathan Beale, “Ukraine war: No fast results in offensives, warn Ukraine’s General Syrskyi,” BBC, July 18, 2023.
  4. 4 Ibid., なおロシアの防御準備状況については「ロシアの守備、衛星画像で明らかに ウクライナによる反撃を前に」BBC NEWS JAPAN、2023年5月23日が詳しく報じている。
  5. 5 Andrew E. Kramer, “Storming a Trench Is Treacherous Business. Here’s How It’s Done,” New York Times, June 8, 2023.
  6. 6 「米国の弾薬余剰、近く枯渇か ウクライナ支援長期化で」AFP BB News, 2022年10月11日。
  7. 7 Mark F. Cancian, “Cluster Munitions: What Are They, and Why Is the United States sending Them to Ukraine?,” CSIS, June 10, 2023.
  8. 8 “Belarus referendum approves proposal to renounce non-nuclear status – agencies,” Reuters, February 28, 2022.
  9. 9 Michael O’Hanlon, “Putin is angry, but he isn’t mad,” The Wall Street Journal, March 9, 2022.
  10. 10 Marc Santora, “Ukraine Makes ‘Tactically Significant’ Progress in Its Counteroffensive,” New York Times, August 12. 2023.