中国とオーストラリアとの間の対立が続いている。オーストラリアが中国による経済的恫喝を受けているという図式であり、例えば、オーストラリア産ワインに対する関税引き上げが注目を集めている。2020年11月に最大212%の関税が導入され、12月には中国向けワインの輸出がほぼゼロになった。これらは強制的経済措置(coercive economic measures)と呼ばれ、経済的手段を用いた外交「エコノミック・ステイトクラフト(economic statecraft)」の一環である。中国のそうした行動は、「戦狼外交」ならぬ「戦狼貿易」とも呼ばれる[1]。
そこで以下では、中国とオーストラリアの間の問題を出発点として、経済的な強制措置への対抗として、集団防衛のような同盟国や友好国の間での相互支援が可能かについて初歩的な論点整理を行い、課題を抽出したい。強制措置へのより本質的な対応においては、各国経済の強靭化が課題となり、近年これに関する議論が急速に発展している。また、強制措置を実施するのも中国のみではないが、ここでは、日本およびその友好国が対応を迫られている中国の措置を対象に、強制措置の標的になる国が発生した場合の、同盟国や友好国による相互支援の形とその課題に限定して議論する。
中国のオーストラリアに対する関税引き上げなどの貿易制限措置に関しては、ワイン以前にも牛肉や大麦などが対象になってきた。中国政府がこうした措置をとった背景には、豪州が新型コロナウイルスの発祥地に関するWHO(世界保健機関)の調査受け入れ要求を主導したことや、香港や新彊ウイグル自治区の人権問題に関して、米国や英国などの「ファイブ・アイズ」――米・英・豪・カナダ・NZの5カ国によるインテリジェンス協力ネットワーク――諸国とともに批判を強めている事情があるとみられる。
中国にとってオーストラリアは、政治的にセンシティブな問題を繰り返し提起する厄介な国なのだろう。コロナウイルスに関しても、香港やウイグルの問題に関しても、オーストラリアが単独で中国に対峙しているわけではないが、中国にとって同国は、反撃しやすい相手と判断されたとみられる。
中国による強制措置自体は、アジアやヨーロッパで2010年代初頭から繰り返されているが、近年状況が悪化している。例えば、次世代移動通信5Gに関し、中国政府は特にヨーロッパ諸国に対して、中国企業であるファーウェイを排除した場合の報復を示唆し続けている。チェコのビストルチル上院議長が2020年8月から9月にかけて台湾を訪問した際には、ちょうどヨーロッパ歴訪中だった王毅外相がチェコに対して「高い代償を払わせる」と警告した[2]。こうした中国の言動はいずれも反発を呼ぶことになり、その意味では逆効果だった部分もある。しかし、中国との政治面を含む関係の悪化が、経済的な報復を招くことへの懸念が各国で根強いことは否定できない。その意味で、中国の脅しは、常にどこかで効果を発揮する懸念があるため、広く国際社会の課題になる。
連帯と集団防衛
こうした状況で問われるのは、中国(あるいはその他の敵対的国家)による経済的恫喝、強制措置の標的となってしまった国に対して、その国の同盟国や友好国がいかに支援できるかである。
オーストラリアが中国による強制措置の被害を受けていることに関して、歴史的につながりの深いイギリスのラーブ外相は、議会での質問に答え、「オーストラリアを完全に支持し、連帯して我々の利益と価値を守る」と述べた[3]。同じくイギリスの議会下院外交委員長のトゥーゲンドハット議員は、豪メディアとのインタビューで、中国の措置を「極めて攻撃的行動」として非難したうえで、「オーストラリアと同じ船に乗っている」として連帯を表明している[4]。
また日本は、オーストラリアのモリソン首相が来日した際の日豪首脳会談の声明で、「貿易は政治的圧力をかけるための道具として決して使われてはならないことを確認した[5]」と表明している。それは、「豪州は独りではない」という連帯のメッセージでもあった[6]。
しかし問題は、こうした発言、つまり言葉での支持や連帯の表明以上に、具体的行動として何ができるかである。連帯の表明は第一歩に過ぎない。しかも、この第一歩のいわば精神的支援ですら、実際にはあまり多くの諸国から寄せられていない現実がある。皮肉なことだが、そのために、こうした連帯の表明自体が注目されることになる。
関税引き上げや輸入・輸出制限、あるいは相手国に進出した企業に対する妨害措置、各種規制の恣意的な変更など、経済的な強制措置にはさまざまな種類がある。中国のような大国からそうした措置の標的になった場合の影響は甚大である。さらに、中国の目的は経済的なものではない可能性が高い。経済的手段を通じて、政治・外交・安全保障面での政策変更を狙っているのである。
そうしたなかで、強制措置の標的となった国を他国が支援することは、安全保障でいうところの同盟、つまり集団防衛と同じ論理である。「経済的な第5条[7]」ともいえる。他国への攻撃を自国への攻撃とみなし、共同で対処するとの集団防衛は、NATO(北大西洋条約機構)でいえば、北大西洋条約第5条で規定されている。まさに同盟の中核中の中核である。米国の日本防衛コミットメントを示した日米安全保障条約第5条も同じ基本的考え方に基づく。それら条文において、武力の行使を含む相互支援措置の引き金を引くのは「武力攻撃(armed attack)」である。NATOでは、一時期、天然ガス供給を巡るロシアとヨーロッパ諸国との対立を踏まえ、エネルギー安全保障に関する問題で北大西洋条約第5条が発動可能かが議論になったことがある[8]。
しかし、ここで議論の対象とするのは、第5条の発動要件に該当する経済面での措置ではなく、集団防衛の論理に基づく相互支援として、経済的強制措置に対して、経済分野でいかなる支援が考えられるかである。
相互支援の具体的措置
米CSIS(戦略国際問題研究所)のグレイザーは、考えられる有志連合による集団的行動(collective action)として、(1)強制措置を非難する共同宣言・声明の発出、(2)WTO(世界貿易機関)への提訴、及び提訴への参加、(3)共同での報復関税の賦課、ないし中国による依存度が高い輸出品への課徴金導入、(4)中国市場を締め出された製品の代替購入や損害補償のための共通基金の創設を提案している[9]。
ASPI(豪戦略政策研究所)のハンソンらによる報告書は、(経済面に加え、恣意的拘束等を含む)中国の強制外交に対する「強制対抗戦略(counter-coercion strategy)」が必要であるとし、(1)実態に関する認識共有、(2)G7やG10、EU(欧州連合)など関係国と共同での押し戻し、(3)ファイブ・アイズ諸国による「集団的経済安全保障措置(collective economic security measure)」の創設による、中国側措置の特定、標的にされた国の中国での市場シェアを他国が横取りしないことの合意、(4)経済界との調整(個別企業の問題にせず、国として調整して対応)、(5)中国の強制措置のリスクの考慮拡大、を提案している[10]。
これらは、困難さの度合いは異なるものの、いずれも検討に値する措置である。改めて整理すれば、第1は連帯の表明やWTOでの共同行動といった政治・外交的措置である。これらの一部は、すでに行われてきている。例えば、2010年に中国から日本へのレアアース輸出が大幅に制限された事例に関しては、日本の他、米国とEUが加わり、WTOにおける紛争解決のためのいわゆる提訴が行われ、結果として日米EUの主張がほぼそのまま認められた。この事例は、日本の勝利と評価されることが多い[11]。
第2は、関税引き上げや輸入制限が中国によって発動された場合にその悪影響を減じさせるための措置である。他国がそれに乗じて市場シェアを奪わないこと、及び、他国が代わりに輸入を拡大することなどが考えられる。後者の観点では、中国による措置以降、欧米諸国や台湾を筆頭に、豪州産ワインを「フリーダム・ワイン」と呼び、消費を訴える国際的なキャンペーンが展開された[12]。こうした代替輸入の効果は、まだ貿易統計にはあらわれていないが、2020年の豪州産ワインの対欧州輸出は、新型コロナウイルスに関連してのいわゆる巣ごもり需要などによって21%増加し、数量的には一部に過ぎないが中国向け輸出減少を補う構図になっている[13]。しかし、消費者が直接購入する商品であれば、こうしたキャンペーンが可能でも、大麦や石炭などでは難しい。
第3は、上述のレアアースの事例のように、特定物資の特定国への輸出制限された場合への対応であり、不足する物資を他国が融通するなどの協力が考えられる。特に、2020年12月の中国輸出管理法の施行を受けて、中国による輸入規制とともに輸出規制への懸念が高まっている。ここではこれ以上議論しないが、この観点で平時から重要となるのが、サプライチェーンの多角化である。
横たわる課題
しかし上述のような具体的措置を実際にとるためには障害も少なくない。第1に、そもそも、受け入れがたい強制的経済措置と通常の通商摩擦の境界が、実際には不明確である。例えば中国とオーストラリアの間のワインを巡る問題は、政治的背景の存在が自明であるものの、中国側は反ダンピング措置だと主張している。反ダンピング措置は、世界中で恣意的に使われてきた歴史があり、それ故に各国間で摩擦の焦点になってきた。しかし、市場開放と反ダンピング措置の導入は常にセットであり、反ダンピング措置は自由貿易体制を維持するうえで必要なものでもある。不当な強制措置の認定、つまり集団防衛における武力攻撃の認定にあたる部分で、誰が何に基づいて判断できるのかなど、課題が少なくない。サイバー攻撃を含むハイブリッド戦争が注目を集める安全保障領域においても、集団防衛発動の敷居は曖昧になっているが、経済においてはさらに困難なのだろう。
第2の問題は、各国政府が民間企業の活動をどこまで制限できるかである。上述ASPIの報告書も経済界との協力に触れているが、個別企業の損益に関わるだけに、問題は容易ではない。そして、市場シェアを奪うような行動はしないとはいっても、現場で動くのは政府ではなく民間企業である。実際、豪州産ワインの対中国輸出がほぼゼロになったことを受けて、南アフリカから中国へのワインの輸出が50%増加しているとの数字が報じられている[14]。中国の消費者がワインを飲み続けたい以上、これが市場の現実である。利益を増加させられるときに、あえてそれを避ける決定をした場合、民間企業であれば、株主などから訴訟を起こされることも想定される。そうした状況下で、政府が遺失利益を直接的に補償するのはほとんど現実的ではない。
また、各国政府も、他国支援でそこまでコミットできるだろうか。ASPI報告書が、この共同行動を追求する範囲としてファイブ・アイズを想定しているのは示唆的であろう。極めて強い政治的、精神的結束を前提にしなければ成立し得ないとの判断だと思われる。というのも、中国との問題に他国が参画した場合に、その国までもが中国の標的になる可能性があるからである。自ら進んで「巻き込まれる」ようなものであり、政治外交的に容易でないことは明らかである。しかし、巻き込み、巻き込まれるのが同盟である。安全保障・防衛で可能なことが経済では不可能なのであれば、その一因は上述の集団防衛発動の敷居が不明確であるとの問題であろう。
第3に、そもそも、各国が中国(およびその他の諸国)からどのような強制措置を受けているのかに関する情報共有のメカニズム自体が欠如している。情報が正しく共有されない限り、具体的な行動に移ることは難しい。ASPI報告書が真っ先に認識共有を提案しているのは、それが現状では欠如していることの証でもある。
価値や利益を共有する諸国の間で、関連の情報が迅速に共有され、対応に関する知見を蓄積することが、最初の課題になるだろう。そのうえで、具体的な相互支援を政治的・経済的に可能にするための条件を探ることになる。
(2021/03/10)
*この論考は英語でもお読みいただけます。
Is Collective Defense in the Economic Domain Possible? Lessons from the Australia-China Conflict
脚注
- 1 秋田浩之「中国『戦狼貿易』が掘る墓穴」『日本経済新聞』、2020年12月8日。
- 2 “Czech senate speaker will pay 'heavy price' for Taiwan visit, China says,” Reuters, 31 August 2020.
- 3 “UK and US lock in behind Australia in China row,” The Guardian, 2 December 2020.
- 4 “‘Not here to be bullied’: UK weighs in on China hitlist,” The Sydney Morning Herald, 26 November 2020.
- 5 「日豪首脳共同声明」、2020年11月17日、パラグラフ18。
- 6 “Japan urges Australia to boost East China Sea presence,” Financial Review, 29 January 2021.
- 7 Jonas Parello-Plesner, “An ‘economic article 5’ to counter China,” The Wall Street Journal, 11 February 2021.
- 8 Alexandra-Maria Bocse, “NATO’s organizational adaptation: Responding to energy security concerns,” in Marc Ozawa (ed.), “The Alliance Five Years after Crimea: Implementing the Wales Summit Pledges,” NDC Research Paper 7, NATO Defense College, 20 December 2019; “U.S. senator urges use of NATO defense clause for energy,” International Herald Tribune, 28 November 2006.
- 9 Bonie Glaser, “Time for collective pushback against China’s economic coercion,” CSIS Global Forecast 2021, CSIS, 13 January 2021.
- 10 Fergus Hanson, Emilia Currey and Tracy Beattie, “The Chinese Communist Party’s coercive diplomacy,” Policy Brief, Report No. 36/2020, Australian Strategic Policy Institute (ASPI), August 2020.
- 11 “Asian countries are learning to cope with Chinese bullying,” The Economist, 27 February 2021.
- 12 Nick Aspinwall, “Taiwan Touts Australian ‘Freedom Wine’ In Opposition to Chinese Tariffs,” The Diplomat, 7 December 2020.
- 13 “Brits snap up Australian wine that didn't go to China,” BBC, 4 February 2021.
- 14 “Africa's miners and winemakers toast China's row with Australia,” Reuters, 10 February 2021.