戦略的決定だったのか

 2020年7月14日、イギリス政府は次世代携帯通信網5Gからの中国企業ファーウェイ(華為技術)を排除する方針を決定し、同日、ダウデン・デジタル相が議会で説明を行った[1]。中核以外の部分に限定し、35%を上限にファーウェイ製品の使用を認めるとしていた2020年1月策定の従来方針からの転換である。2020年末以降は同社からの新規調達を禁止し、2027年末までには既存の機器の撤去を完了することで、完全排除を実現することになった。

 2018年以降断続的に続いてきた、イギリスの5Gへのファーウェイの参入の是非をめぐる議論には、これで結論が出されたのである[2]。そしてこの決定は、イギリスによる「ファーウェイ排除」として世界中に発信された。

 その間イギリスは、排除を求めるアメリカと排除に反対する中国の双方から強い圧力を受けてきた。まさに板挟み状態であった。結果として「特別な関係」にある同盟国のアメリカの側を選択したことは驚くに値しないが、今回の決定は、イギリスがトランプ政権の対中姿勢に同調し、中国と対峙していくことを示すものとはいえない。本稿ではこの点を検証したい。

 今回の決定をめぐる構図を若干単純化して表現すれば、「邪悪な中国共産党の配下にあるファーウェイは排除しなければならない!」とのアメリカの主張に対し、イギリスは、「アメリカによるファーウェイに対する制裁の影響が大きいため、同社製品を段階的に排除せざるを得なくなった」と応答したということだろう。これを米英間の戦略的一致と呼ぶのは困難である。

 以下では、イギリス政府が今回の判断の根拠とした国家サイバーセキュリティセンター(National Cyber Security Centre: NCSC)による報告書(公開版)の分析を中心に、この問題へのイギリスのアプローチ、そして今回の決定の性格を明らかにしたい。端的にいってそれは、技術論的な漸進的対応である。

 今回の決定にいたる背景には、トランプ政権からの圧力、与党保守党内での対中強硬論の台頭、新型コロナウイルスに関する中国政府による情報隠蔽への反発や、香港情勢の悪化などが大きく作用している。それらについては別の機会に論じることとし、ここでは、そうした政治状況の変化によっても、驚くほど変わらなかったイギリス政府の同問題へのアプローチに焦点をあてる。

戦略的決定だったのか

米制裁への対応に徹するNCSC報告書

 NCSC報告書に関しては、「2020年5月のアメリカによる制裁に関するNCSC分析の概要[3]」というタイトルにまず注目である。実際この報告書の内容は、2020年5月のアメリカによる輸出管理規則のFDPRA(Foreign-Produced Direct Product Rule Amendment)に基づくファーウェイへの制裁の効果に関する分析に限定されている。

 FDPRA制裁は、アメリカの技術を使用したチップなどの部品をファーウェイに供給することを禁止しようとするものである。その結果、ファーウェイは、独自技術等、従来とは異なる部品調達に切り替える必要が生じ、これが同社製機器の危険性を高めるというのがNCSCの基本的判断である。そのため、FDPRA制裁以後の機器は危険性が高すぎるために使用すべきでないとの勧告になった(第32パラ)。

 しかし、同制裁は5月15日に発表されたものの、効力が発生するのは9月であり、実際の効果はまだ分からない。そのために、アメリカ政府の措置、およびファーウェイによる対処のシナリオを分析して、効果を予測するという形式になっている(第14パラ)。つまり、これはハードウェアやソフトウェアに関する技術的な評価ですらない。

 NCSCは2020年1月に、ファーウェイ製品を使用する際の安全上のリスク軽減戦略(mitigation strategy)に関する指針を示している[4]。今回は、それ自体を更新したのではなく、同指針の対象をFDPRA制裁以前の製品に限定したのである(第36パラ)。既存機器の安全性について新たな懸念が生じたわけではないため、その使用に追加的な制約は課されない(第38パラ)。

 さらに興味深いのは、以下の3点である。第1に、NCSCは、仮に2020年5月の制裁の効果が限定的であれば、アメリカ政府は、狙った効果を得られるまで制裁を強化し続けるだろうと分析している(第11、16パラ)。この点は極めて重要であり、そのため現段階で排除に向けて舵を切らざるを得ないとの判断になったのだろう。

 第2に、FDPRA制裁前の製品の安全評価は据え置いたとの上記の点に関連し、ファーウェイは、今後5年間にイギリス国内で通信事業者2社(BTとVodafone)が必要とする製品・部品を、在庫としてすでにイギリス国内に確保済みであるとNCSCに通報している(第14パラ)。すでに確保された製品によって、5G開始の初期の需要は満たされるというのである。これらは、年内に購入されていれば、引き続き使用可能である。

 第3に、(FDPRA制裁以前の)ファーウェイ機器の使用にもリスクは存在するとしつつ、ファーウェイ機器を性急に排除することも、供給業者が限られている以上、ネットワークの「強靭性(resilience)」を脅かすと述べている。ファーウェイの排除により、安全上のリスクは低減できても、強靭性には悪影響を及ぼすとの基本的認識なのである(第33-34、41-42パラ)。

 その背景には、市場における5G機器の主要な供給業者を何社確保できるかという考慮がある。ファーウェイを排除してしまえば、残るのはエリクソンとノキアである。NCSCは、供給業者が2つに限定されてしまえば強靭性・安全性が影響を受け、1つになってしまえば深刻な悪影響が生じるとしている(第33パラ)[5]。さらに、通信機器の供給をめぐる環境は今後とも変化し得るため、短時間でイギリスの通信網のかなりの部分の機器を交換することは危険であるとも指摘している(第42パラ)。

米制裁への対応に徹するNCSC報告書

中国批判を避けるダウデン・デジタル相声明

 こうしたNCSC報告書を受けてイギリス政府は7月14日、ジョンソン首相主宰のもとで国家安全保障会議(NSC)を開催し、NCSCの勧告を受け入れ、ファーウェイ排除の方針を決定した。ダウデン・デジタル相が発表した措置の柱は、(1)2021年1月からのファーウェイ製機器の購入禁止と、(2)既存のファーウェイ製機器の2027年末までの撤去である[6]。

 使用が禁止されるのは、あくまでも「(制裁の)影響を受けた新たなファーウェイ製機器(new affected Huawei equipment)」である[7]。NCSCの判断同様、あくまでもアメリカの制裁措置により状況が変わり、イギリス政府の判断も変化せざるを得なかったというラインである。

 さらに、ファーウェイ排除により、5Gの開始が2年から3年遅れ、追加のコストが最大20億ポンドかかる点を強調し、それ故に容易な決定ではなかったとの説明がなされた。2027年末とされた完全撤去までの期限を短くすれば、通信網の安定提供への障害が生じかねないとも述べている。

 ダウデン・デジタル相は、安全性と強靭性という、NCSC報告書にも示されている論点にも触れているが、ファーウェイ排除が強靭性を損なうとの議論を正面から展開することは避けた。背景は不明だが、ファーウェイ排除強硬派議員を刺激したくなかった可能性がある。しかし、完全撤去までに7年をかける重要な論拠が、ネットワークの強靭性の維持である点は見落としてはならない。

 ダウデン声明には、中国への言及もあったものの、内容は、ジョンソン政権が香港問題に適切に対応してきたと説明する一方で、中国との間には「相互の尊重」に基づく「成熟した関係」を築きたいとするものだった。ファーウェイを排除する論拠として、中国の政治体制や国家安全法などには全く触れていない。これは完全に意図的なものだろう。

 中国に関しては、「合意できないときは率直に話をし、利益が重なるときにはともに協力する」とも述べている。そこには、中国への不信感や、中国共産党を正面から批判するような姿勢は見られない。トランプ政権高官による中国共産党批判の言説とは大きく異なるのである。

連続性のなかでの今回の決定

 NCSC報告書とダウデン・デジタル相による議会声明から明らかなことは、5Gへのファーウェイ参入問題に対するイギリス政府のアプローチが、今回の決定を経ても変化していない点である。あくまでも技術論で、安全性と強靭性を追求しようとする姿勢だといえる。

 既存機器の撤去を含めた完全排除の期限が2027年末とされたことも注目に値する。事前の報道では、2025年末に設定されるとの観測があったが、事実上延長された格好である。その背景には、携帯事業者の強い巻き返しがあったものとみられる[8]。BTを中心として、携帯事業者側は、ファーウェイ排除によりコストが増大し、それは消費者に転嫁せざるを得ないこと、また、性急な機材撤去作業は、通信遮断などの障害を引き起こす懸念があることなどを訴えていた。まさに「脅し戦術(project fear)」だったといえる。

 ただし、完全撤去までに要する時間について、BT幹部などの発言は、「5年、理想的には7年」、「10年以下では不可能」など、(議論の対象となるものが異なった可能性はあるが)定まったものではなかった[9]。そのため、それらは携帯事業者の「言い値」だったのだろう[10]。政府はそれに振り回されることになった。

 そうした状況を裏付けるかのように、7月14日の決定発表の直後、BTは、新たな決定によっても、ファーウェイ排除の追加コストは、今年1月の政府指針――ファーウェイ機器を35%までに抑える――への対応計画における5億ポンドから変化はなく、5Gサービス開始のさらなる遅れも発生しないと述べたと報じられた[11]。ダウデン大臣の議会での説明は何だったのかと問わざるを得ない展開である。

 加えて、英Observer紙は、今回の決定の前に、イギリス政府関係者がファーウェイ関係者に対し、同社排除の決定は米国の圧力という「地政学的(geopolitical)」事情によるものとの説明を行い、今後変更の可能性があるとも伝えたと報じた[12]。同報道がどこまで正確であるかは不明だが、内容自体は、本稿で検証してきたイギリス政府の基本的考え方に整合的であり、実際にそのようなやりとりがあったとしても全くおかしくない。2020年11月の米大統領選挙で、トランプ大統領が敗れる可能性を考慮に入れているとの指摘もある[13]。

 結局のところ、2027年までは既存(およびFDPRA制裁前)のファーウェイ機器が使用可能であり、今後5年程度の在庫がすでにイギリス国内に確保されているのだとすれば、2020年1月の指針に沿った各社の5G整備計画は、ほぼ変更なしにそのまま実施可能なのかもしれない。しかも、通信機器の耐用年数を考えれば(耐用年数に達したものはいずれにしても交換が必要なため)、今回の決定によって発生する携帯事業者にとっての追加的コストは、実際にはかなり低く抑えられるのだろう。

 これらを踏まえれば、2020年1月の方針と7月の方針の間に、現場レベルでの実質的な差異はあまりないとさえいえそうである。違いがあるとすれば、ファーウェイの完全「排除」という到達点が明示されたことであり、それが立法化されることである。この違いこそが重要だったのも確かだが、それでも連続性が否定されるわけではない。

連続性のなかでの今回の決定

対中戦略は不在のまま

 その結果残るのは、ファーウェイ問題が本来位置付けられるはずのイギリスの対中戦略という大枠がいまだに見えてこない事実である[14]。そうしたなかで確実にいえることがあるとすれば、今後も、イギリスは技術的で漸進的なアプローチを追求するだろうということである。アメリカと一緒になってファーウェイ潰しにかかるのではなく、5G、さらにはその次の6Gを念頭に、ネットワークの強靭性確保のために、新たな参入企業の確保と代替技術の開発という方向性がみえる。日本のNECや富士通にイギリス政府がアプローチしていると報じられているのも、この文脈である[15]。

 全体として浮かび上がるのは、アメリカの圧力には抗いきれないと観念しつつも、その対中強硬姿勢に完全な同調はできない、ないしそれを避けたいなかで、ファーウェイ排除のような問題を、大きな戦略的問題としてではなく、技術的議論の積み重ねの継続性のなかに位置付け、漸進的な変化のなかで処理しようとするイギリスの姿勢である。大戦略を打ち上げようとはせず、白黒つけられない現実をそのまま政策に反映させようとしたのだともいえる。

 イギリスはさすがに老獪だったという評価も可能かもしれないし、EU離脱で「主権を取り戻す」と主張しながら、米中の狭間で結局はこうした中途半端な姿勢しかとれないのだと批判することも可能だろう。

 アメリカと中国、安全保障と経済性などの間で板挟みになるのは、イギリスだけではない。多くの国に共通する難題である。ジョンソン政権の選択は、他の多くの「煮え切らない」諸国に対しても、1つの可能性を示しているのかもしれない。

(2020/07/28)

脚注

  1. 1 Gov.uk, “Digital, Culture, Media and Sport Secretary's statement on telecoms,” Oral Statement to Parliament, 14 July 2020.
  2. 2 2019年秋までの米英間での同問題をめぐる状況については、鶴岡路人「米英『特別な関係』の行方(後編)――変わらない信頼と忍び寄る脅威」笹川平和財団IINA、2019年9月10日を参照。
  3. 3 National Cyber Security Centre, “Summary of the NCSC’s analysis of the May 2020 US sanction,” 14 July 2020.
  4. 4 National Cyber Security Centre, “NCSC advice on the use of equipment from high risk vendors in UK telecoms networks,” 28 January 2020.
  5. 5 この関連で、7月22日の英下院科学・技術委員会に出席したダウデン・デジタル相は、エリクソンやノキアが中国企業による買収される可能性を問われ、「(多角化戦略における)直接で最大のリスクはさらに1社を失うこと」だとし、そのために英政府として可能な措置を検討していると述べている。同審議の映像は、 https://parliamentlive.tv/Event/Index/754c31aa-322f-4811-83d3-9709dde68583 で視聴可能。
  6. 6 註1のダウデン・デジタル相声明。
  7. 7 NCSC報告書は、制裁の効果があらわれ始めるには3カ月から12カ月がかかると試算している(第14パラ)。ファーウェイ機器調達の期限を2020年末としていることとも符合する。
  8. 8 “BT sounds alarm over prospect of UK ban on Huawei,” Financial Times, 14 July 2020.
  9. 9 “BT warns UK: Do not go too fast on banning Huawei,” Reuters, 13 July 2020. また、2020年7月9日に英下院科学・技術委員会に証人として出席したBTおよびVodafone幹部も、ファーウェイ機器撤去に要する期間やコストについては、「複数年の計画が必要だ」や「10億の単位だ」など、曖昧な返答に終始した。質疑の映像は、https://parliamentlive.tv/Event/Index/a8980d74-3589-4680-acd8-1ee90e214b0d で視聴可能。
  10. 10 John Strand, “The UK government tightened the rules on Huawei and sent a strong signal to the rest of the world,” Strand Consult, 14 July 2020.
  11. 11 “BT says Huawei ban can be absorbed in 500 million pounds already earmarked,” Reuters, 15 July 2020.
  12. 12 “Pressure from Trump led to 5G ban, Britain tells Huawei,” The Observer, 19 July 2020.
  13. 13 “UK orders ban of new Huawei equipment from end of year,” Financial Times, 15 July 2020.
  14. 14 Veerle Nouwens and Raffaello Pantucci, “Huawei is No Way for British Strategy on China,” Commentary, RUSI, 17 July 2020.
  15. 15 「英、日本に5G協力要請」『日本経済新聞』(2020年7月19日朝刊)。