今日の米英「特別な関係」は、両首脳間の関係に関する限り表面上良好なものの、英国のEU離脱で英国の国際的影響力が低下し、それが対米ポジションの低下にもつながることを避けられないという構造的問題に直面している(詳細については、本稿「前編」を参照[1])。しかし、変わらないようにみえる側面、すなわち「特別な関係」が「特別」であり続けている分野も存在する。その最も顕著な例がインテリジェンス協力である。
米国、英国、カナダ、豪州、ニュージーランドという英語圏5か国によるいわゆる「ファイブ・アイズ(Five Eyes)」は有名だが、そのなかでも米英2国間関係はさらに特別だといわれる。それは、トランプ(Donald Trump)政権下でもほぼ従来通り継続されているようである。逆説的だが、次世代携帯通信5Gのインフラに中国企業ファーウェイ(Huawei)の参入を認めるか否かをめぐる米英間の不一致に、米英間の特別な関係が示されているようにみえる。今回は、この問題を出発点に、米英の「特別な関係」のもう1つの側面を考えていくことにしたい。
ファーウェイ問題をめぐる米英の不一致
5Gについて英国は、まずGCHQ(政府通信本部)傘下のNCSC(国家サイバーセキュリティセンター)が技術的検証を行った。ちなみにGCHQは米NSA(国家安全保障局)のカウンターパートであり、サイバー空間に関する米英インテリジェンス協力の中核となる組織である。2019年2月に明らかにされたNCSCの検証結果は、5Gへのファーウェイの部分的な参入を許してもそのリスクを低減させることができ、対応可能だというものだった[2]。
その背景には、2010年11月に英国内に設置されたファーウェイ・サイバー・セキュリティ評価センター(Huawei Cyber Security Evaluation Centre: HCSEC)の存在がある。同センターは、英国当局(NCSC)の監督の下で、サイバー・セキュリティの観点からファーウェイの製品(ハードウェア、ソフトウェア)を評価する機関である。英国におけるファーウェイの扱いを理解するうえでは、この経験と態勢が重要である。しかも、NCSC 傘下に置かれるHCSEC監督委員会(Oversight Board)の年次報告書は、ファーウェイにおけるソフトウェアの設計方法やサイバー・セキュリティのレベルに関して問題点を指摘し、改善を要求している[3]。興味深いことに、これは、いわばファーウェイの技術不足の指摘であり、一般的なファーウェイ脅威論とは異なる方向性の議論である。
いずれにしても、NCSC の判断はあくまでも技術的評価である。その目的は政府としての(政治的な)最終判断のための材料の提供であった。それを受け、メイ(Theresa May)政権下の国家安全保障会議(NSC)は2019年4月の会合で、5Gネットワークの基幹部分(core)からは同社を排除しつつ、コア以外の部分(edge)については参入を認めるとの判断を下したと報じられた。NSCの決定は機密だったにもかかわらず、同決定は直後にメディアにリークされた。この情報漏洩を重くみた首相、および内閣官房は内部調査に乗り出し、メイ首相はウィリアムソン(Gavin Williamson)国防相を解任する事態になった[4]。
情報漏洩の背景には、ファーウェイの参入を部分的に認めるべきだとする立場と、全面排除を求める立場との間の対立が存在したといわれている[5]。一部参入を認めるとの結論に不満を持つ全面排除派が情報を漏らし、議論を喚起しようとしたとの見立てである。
NSCの決定はいまだに公表されておらず、そのため、英国政府も具体的中身についての説明は行っていない。そもそも、先に述べた4月のNSC決定は、この件についての英国政府としての最終的な判断でもなかったのだろう。加えて、その後首相が交代したこともあり、本件は、いずれにしても今後改めて検討される見通しである。
別の観点では、上述NSC決定の内容がどのようなものであったにしても、米国政府が中身を全く知らなかったとは考えにくい。さらに、その前段階で、ファーウェイ製品に関する米国政府による技術的検証の結果は、英国とは完全に共有されていたと考えるのが自然であり、この点に関して米英両国間での齟齬はほとんどないのだろう。そうした背景もあり、報道された英国の決定に対する米国の反応は抑制されたものになったと考えられる。
それでも、英国を含む同盟国に対してトランプ政権がファーウェイ排除の強い働きかけを行っていることは明らかであり、一部諸国に対しては、安全保障・防衛協力への悪影響を梃に決定を迫ってきた。そうした諸国の間には、米国がファーウェイ排除を主張しながら、その根拠となる情報をシェアしようとしないことへの不満もあるといわれる。この点も、英国への対応とは異なるのだろう。
合意への信頼感?
2019年6月に国賓として英国を訪問したトランプ大統領は、メイ首相との共同記者会見で、記者から、英国がファーウェイを規制しなければ、英国とのインテリジェンス協力を制限するのかと問われた。これに対するトランプ大統領の返答は以下のようなものだった。
「[制限は]しない。ファーウェイに関しても他のすべての問題に関しても我々は完全に合意に達するからだ。我々は素晴らしいインテリジェンス関係を有しており、立場の相違を乗り越えることができる。それ[インテリジェンス協力の制限]をすることはない。我々はこの問題を議論した。制限は全く考えられない。これまでも制限したことはない。[英国は]真に偉大な同盟国でありパートナーだ。問題は何もない[6]。」([ ]内は筆者。)
言い回しはトランプ節だが、内容は極めて真っ当である。ファーウェイ問題は米英当局間で合意可能であり、それがインテリジェンス協力に影響を及ぼすことはないと、かなりの確信を持って述べられているのが印象的である。この点は、さすがのトランプ大統領もインテリジェンス機関を含む事務方から念入りな説明を受けていたものと推定される。あるいは、仮に事務方の説明を踏まえていなかったのだとすれば、「特別な関係」についての米大統領の本能的認識として、さらに興味深いかもしれない。
なお、英国が5Gへのファーウェイの参入を認めた際のインテリジェンス協力の制限という米国からの脅しに対しては、専門家の間では当初から懐疑的な見方が強かった。「そのような脅しは、この関係[米英間のインテリジェンス協力]がどのように機能しているかを知らない人によるいい加減なものだ」、そして協力の制限など「現実的ではない(not realistic)」といった見方が、米英双方の元インテリジェンス関係者からあがっていた[7]。単なる情報のやり取りだけではなく、人的にも相互に浸透しあっている米英の関係において、協力の制限は、米国にとっても容易なことではない。
米英間での実際の「落とし所」がどこになるのかは不明だが、米英当局間(少なくともインテリジェンス当局間)では相互の信頼に基づき、妥協点のイメージができていると思われる。この点で、米国として陰に陽に圧力をかけ続けなければ一致点を見出せないと考える他の同盟国相手とはアプローチが異なるのだろう。加えて、トランプ政権との関係をより重視するジョンソン(Boris Johnson)政権であれば、米国の求めに応じてファーウェイを完全に排除するだろうとの見通しが米国側にあるともいえる
そしてどこに向かうのか
ただし、これにも落とし穴がある可能性は否定し切れない。というのも、5Gネットワークにファーウェイの参入を認めるか否かの判断は、技術的考慮と政治・外交的考慮に加えて、当然のことながら経済的考慮に規定されるのであり、さらに、ここでいう政治・外交的考慮および経済的考慮には、中国との関係が含まれるからである。Brexitの行方次第では、対中関係や経済的コストといった考慮に対して英国が今以上に脆弱になる懸念も存在する。そこに、中国がつけ入る隙が生じる危険がある。
実際、先に触れた2019年4月のNSCの直後にはハモンド(Philip Hammond)財務相の「一対一路フォーラム」出席のための中国訪問が予定されており、そのことが影響したとの指摘もある※8。NSCでの決定において、それがどこまで直接的な原因だったかの検証は難しいものの、EU離脱による経済的打撃が懸念されるなかで、中国との貿易・投資関係の重要性が英国にとって上昇していることは否定しえない。ロンドン駐在の中国大使も、英国の新聞への寄稿などで、英国が米国の圧力に屈しないようにとの牽制をしている[9]。中国によるこの種の情報戦は、陰に陽に今後さらに拡大する可能性が高い。
他方で英国は、追い詰められれば追い詰められるほど米国に頼るしかなくなるというのが、いわばDNAレベルで埋め込まれた性向だとすれば、上記のような懸念も杞憂に終わるのだろう。その場合、やはり「特別な関係」は強固だったという結論になろうが、米英間パワーバランスは大きく変化することが避けられない。従来も英国が米国のジュニアパートナーであることは自明だったが、力の格差がさらに広がることになる。
いい方をかえれば、それは元米国務省で現在は欧州外交問題評議会(ECFR)のシャピロ(Jeremy Shapiro)が指摘するように英国の「新たなプードル化(Neo-Poodleism)※10」なのかもしれない。ジョンソン首相については、トランプ大統領に個人的に近いだけに、英国の国益がかかる場面でトランプ政権に対峙できないのではとの疑念も根強い。イランや気候変動といった、米英で立場が明確に異なる問題での対応が当面の焦点となる。いずれにしても、対米関係において英国が、欧州という後ろ盾を失うことの代償は大きい。
外国との関係を勝ち負けや損得の発想によってアプローチする「アメリカ第一」のトランプ政権にとって、米英関係のパワーバランスがさらに米国有利になることは望ましい。単純な論理である。しかし、それが中・長期的にも米国の国益であると結論づけるのは短絡的に過ぎる。米国にとっての英国が最も重要な同盟国なのだとすれば、その国の弱体化は米国の利益に反するはずだからである[11]。
中国やロシアといった「戦略的競争相手」に米国単独で立ち向かうのではなく、同盟国にも役割を求めるのだとすれば、自陣営の弱体化は米国の国益に合致しない。しかしトランプ政権は、同盟国との関係も、対中関係と変わらないゼロサム的な勝ち負けの観点で捉えているようであり、英国との「特別な関係」も、その意味では「特別」ではない。おそらく、これこそが「特別な関係」に忍び寄る最大の脅威であろう。日本にとっても他人事ではない。
(2019/09/10)
脚注
- 1 鶴岡路人「米英『特別な関係』の行方(前編)――EUの後ろ盾を失う英国」、笹川平和財団・国際情報ネットワーク分析(IINA)、2019年8月28日。
- 2 例えば下記にNCSCの基本的考え方が示されている。Ian Levy, “Security, complexity and Huawei; protecting the UK's telecoms networks,” Blog Post, National Cyber Security Centre (NCSC), 22 February 2019.
“Ciaran Martin's CyberSec speech in Brussels,” Speech, National Cyber Security Centre (NCSC), 20 February 2019. - 3 最新のものは下記。
Huawei Cyber Security Evaluation Centre (HCSEC) Oversight Board, “Annual Report 2019; A Report to the National Security Adviser of the United Kingdom,” March 2019. - 4 ウィリアムソンは情報漏洩を否定しているが、種々の状況証拠に加え、同氏が内閣官房による調査に協力しなかったことが解任の引き金になった。これについてのメイ首相とウィリアムソン国防相のそれぞれの書簡は下記参照。
“Exchange of letters between Theresa May and Gavin Williamson,” BBC, 1 May 2019.
漏洩された情報に基づく第一報は下記。
“Theresa May defies security warnings of ministers and US to allow Huawei to help build Britain's 5G network,” The Daily Telegraph, 24 April 2019. - 5 “US cyber chief warns UK against giving Huawei ‘loaded gun’,” Financial Times, 25 April 2019.
- 6 The White House, “Remarks by President Trump and Prime Minister May in Joint Press Conference,” London, 4 June 2019.
- 7 “US intelligence threats to Britain ‘not realistic’, say spies,” Financial Times, 1 June 2019.
- 8 “US cyber chief warns UK against giving Huawei ‘loaded gun’.”(上記[5]。)
- 9 Liu Xiaoming, “Britain can and must work with Huawei on 5G,” The Daily Telegraph, 27 April 2019.
- 10 Jeremy Shapiro, “Boris Johnson and the Politics of Neo-Poodleism: Trump Won’t Rescue the British From Their Brexit Mess,” Foreign Affairs, 8 August 2019.
- 11 John Deni, “Why Brexit is a strategic disaster for the United States,” Washington Post, 19 August 2019.