発端は2020年6月5日夕方のWall Street Journal(電子版)によるスクープ記事だった。トランプ政権がドイツに駐留する米軍9,500の削減を決定したというのである。現行の約34,500から削減し、上限を25,000にする方針と伝えられた[1]。これに対してホワイトハウスも国防総省も当初は確認を避けたものの、6月15日に、トランプ大統領自身が、ホワイトハウスで開催されたイベントで記者の質問に答え、在独米軍削減の方針を改めて表明した[2]。
トランプ大統領がドイツの国防予算の少なさやロシアからの天然ガスパイプライン建設、貿易不均衡などを厳しく批判するなかで、米独関係は悪化の一途だった。その文脈で、在独米軍の削減の可能性は、以前からさまざまに言及されてきたが、具体的な決定が行われたのは初めてである。
そこで以下では、まず、この在独米軍削減計画のこれまでの状況を整理する。そのうえで、同問題がNATOにおける抑止・防衛態勢に加え、米国の同盟コミットメント全般に対して提起する問題を検証することにしたい。浮かび上がるのは、政治的衝動が軍事的合理性を押しのけようとする姿である。
詳細計画は未定
在独米軍を25,000にまで削減する方針の存在は確認されているものの、詳細は未定のようである。6月17、18日に遠隔ビデオ形式で開催されたNATO国防相会合でも、これについてかなり議論されたとみられる。
ストルテンベルグNATO事務総長は、6月15日に行われたトランプ大統領との電話会談、およびNATO国防相会合でのエスパー国防長官の説明に基づき、削減計画の方法と時期(how and when)については未定であると強調した[3]。NATO会合においては、エスパー長官が釈明に追われた様子が窺われる。同長官は、詳細が未定であること、およびヨーロッパの安全保障への揺るがないコミットメントを強調することで、疑念の声に対応したようである。
現時点で存在するのは、おそらくオブライエン大統領補佐官が署名した文書のみである。同補佐官はその後、6月21日にWSJ紙に寄稿し、詳細は未定であり、国防長官と統合参謀本部議長が大統領に提示するオプションを入念に策定中だと説明した[4]。とりあえずホワイトハウス主導で決定されたのは、削減の規模のみであり、具体的にどの部隊がどのように移動するかなどの具体的中身はこれからなのである。
そして、詳細が未定であることは、仮に2020年11月の米大統領選挙でトランプ大統領が敗れれば、削減計画が実施されない可能性があることを示している。実際、同削減計画に対しては、米国内でも野党民主党に加え、共和党内からさえ、特にロシアを利するだけだという観点から、反対の声が強い。「撤退はプーチンへの贈り物[5]」だというのである。
一方的決定の弊害
今回の決定をプロセスとしてみた場合に特徴的であるのは、ドイツ駐留部隊に関する大きな決定であるにも関わらず、ドイツ政府との間の事前協議が全く行われなかったことである。意図的にドイツを排除した形で決定に持ち込まれた、という方が正確かもしれない。その背景には、トランプに近いとされるグレネル前駐独大使が存在すると考えられている。ドイツを「懲罰(punish)」する観点での措置であり、ドイツ側へは、オブライエン補佐官が在米ドイツ大使館に電話での事後連絡だったという[6]。
在独米軍削減が報じられる直前には、トランプ大統領による対面でのG7首脳会合開催提案に対して、メルケル首相が新型コロナウイルスを理由に出席しない方針を示し、これに対してトランプが激怒したとの一件があった。そのため、米軍削減はそれに対する報復との見方もあった[7]。計画自体は以前から検討されていたとしても、このタイミングでの決定を促した要因として、G7首脳会合をめぐる問題がはたらいた可能性を否定することはできないだろう。
いずれにしても、駐留国政府との協議を経ずにここまで大きな削減を決定すること自体、本来であればあり得ないことであるが、これはNATOの観点でも問題である。というのも、在独米軍は、ドイツ防衛のために駐留しているというよりは、欧州全体の抑止・防衛態勢の要だからである。そのため、今回のNATO国防相会合では、エスパー長官が、今後はNATOと緊密に協議することを約束した模様である[8]。NATOとして、この点は譲れなかったのである。
バードン・シェアリングと同盟の結束
今回のトランプ政権の決定の背後には、ドイツにおける国防予算増額のペースが遅いことへの苛立ちがある。NATOは2014年の英ウェールズ首脳会合で、GDP(国内総生産)比2%の国防支出を今後10年間で実現するように努力するとの政治的コミットメントで合意している。これはオバマ前政権時代のことだったが、トランプ政権はこの遵守を強く求めてきた経緯がある。そのため、増大基調とはいえ、2019年で1.38%[9]にとどまるドイツに対して、「怠慢(delinquent)[10]」だと批判するのである。
他方でトランプ政権は、GDP比2%を達成した諸国に対しては、「2%組(Two Percenters)」と呼んで厚遇する姿勢をみせている[11]。その筆頭がポーランドである。同国のドゥダ大統領は、右派ポピュリストとして移民制限などの政策でもトランプ大統領と親和性があり、また対露の安全保障の観点でポーランドへの米軍駐留の拡大を働きかけてきた。2019年6月の米・ポ首脳会談では、在ポーランド米軍を1,000名増強することで合意していた[12]。その後、具合的な配置場所や施設建設などに関して調整が長引いていたが、本件は、在独米軍削減計画を受けて、その一部のポーランドへの移駐という形で前進する可能性が高まっている[13]。
しかし、ドイツからは「懲罰」として一方的に削減しつつ、他のNATO加盟国に「褒賞」として増強するような姿勢は、同盟の結束を維持する観点では悪影響が極めて大きい。自らの安全保障のために米軍駐留を求める諸国が、他国を出し抜いて米軍を引き入れるような事態は防がなければならないのである。
ポーランドも、この点には留意し慎重に行動――他国の犠牲のうえに自国への米軍駐留を求めるわけではない点を強調――してきた。しかし、在独米軍削減計画が明らかになった以上、削減される米軍が他国であっても欧州にとどまることがNATOの利益であるとの論法が広がりつつある[14]。NATOのためにポーランドが一肌脱ぐような議論である。全体としては正しいのだろうが、これまでの経緯とこのタイミングを考えれば、額面通りには受け取れない。
軍事的合理性と政治的衝動
今回の在独米軍の削減計画が明らかになったことを受けて、他国、他の地域においても同様のことが発生することへの懸念が存在する。駐留経費負担をめぐる交渉が難航する韓国では特に関心が高いが、類似の交渉を控える日本に対しても圧力となるとの見方がある[15]。他方で、トランプ政権の重視する中国への対応の必要性から、ドイツのような一方的な大幅削減といった事態にいたる可能性は低いともいわれる。
軍事的合理性から考えれば、後者の見方が優勢だろう。米国にとっての日米同盟の重要性の一部が中国によって担保されていることは否定できない。オブライエン補佐官も、ドイツでの削減分の一部は、インド太平洋地域に振り向ける方針を示し、日本にも言及している[16]。それでも、在独米軍削減計画が意味するのは、軍事的合理性が政治的衝動に勝るとは限らない現実である。
実際、在独米軍削減で最も不利益を被るのは米国(米軍)自身である。ドイツにとっては、トランプが指摘するように、基地周辺地域の経済への打撃はあるかもしれない[17]。しかし、2019年9月の米世論調査機関、ピュー・リサーチ・センターによる調査では、在独米軍について、米国人の56%が「とても重要」、29%が「ある程度(somewhat)重要」(計85%)としているのに対して、「とても重要」と回答したドイツ人は15%、「ある程度重要」が37%(計52%)にとどまっている[18]。
こうした認識は、在独米軍の役割という現実を反映したものでもある。約35,000名のうち、戦闘部隊は一部であり、主要部分を構成するのは欧州全体、さらには中東、アフリカを含めた米軍の兵站、医療、訓練の拠点機能である。つまり、在独米軍は、「ドイツ防衛のために存在しているのではない(ハーバー駐米ドイツ大使)[19]。削減計画が明るみになった後のドイツ側の反応が抑制されたものになっているのも、そうした事情による。大統領選挙年におけるトランプ政権の一挙手一投足にこれ以上翻弄されたくないとの思いも見え隠れする。
そして、空港や司令部機能に加え、病院や訓練施設といったインフラ投資を考えれば、米国への帰還にしても、NATO内での他国への移動にしても、容易ではない。上述のポーランドへの移設などの場合、新たなホスト国による支援を求めることができるが、米国に帰還する場合のコストは全て米国の負担になる。エスパー長官を筆頭に、国防総省関係者が在独米軍削減問題でほとんどコメントを避けてきた背景には、これを積極的に進めることが不利益であることへの認識が存在するのだろう。
日本への影響は?
在独米軍がドイツのためのみでないとの構図は、在日米軍にも当てはまる。例えば横須賀に司令部を置く米海軍第7艦隊は、アジア太平洋全域とインド洋の一部をカバーする。また、沖縄に司令部を置く第3海兵遠征軍は、アフガニスタンやイラクにも派遣されてきた。これらを失うとすれば、米国にとっての大きな損失である。これに比べれば、「韓国のため」との要素の強い在韓米軍はより脆弱だといえる。
しかし、繰り返しになるが、在独米軍の削減計画は、軍事的合理性に安住できないことを示しているのである。駐留経費に関しても、自国内に展開するよりも日本の方が「安上り」だという点は、ドイツも同様であった。日本としても、トランプ政権の政治的衝動にいかに対応できるかが問われる。
今回の在独米軍削減計画は、今後どのように推移するか、いまだに不透明である。しかし、これをトランプ・メルケル関係や、米独間のもめごとなどに矮小化せずに、トランプ政権の同盟政策にみられる傾向のあらわれとして注視していく必要がある。
(2020/06/25)
脚注
- 1 “Trump to Pull Thousands of U.S. Troops From Germany,” Wall Street Journal, 5 June 2020.
- 2 White House, “Remarks by President Trump in Roundtable Discussion on Fighting for America’s Seniors,” 15 June 2020.
- 3 “Press conference by NATO Secretary General Jens Stoltenberg ahead of the meetings of NATO Defence Ministers,” 16 June 2020; “Press conference by NATO Secretary General Jens Stoltenberg following the meetings of NATO Defence Ministers,” 17 June 2020.
- 4 Robert O’Brien, “Why the U.S. Is Moving Troops Out of Germany,” Wall Street Journal, 21 June 2020.
- 5 “Retreat from Germany (editorial),” Wall Street Journal, 7 June 2020.
- 6 “Trump’s Former Ambassador to Germany Gets His Revenge,” Der Spiegel (International), 15 June 2020.
- 7 “U.S.-Germany Crisis Goes Deeper Than Trump’s Planned Troop Cuts,” Bloomberg, 10 June 2020.
- 8 註3のストルテンベルグNATO事務総長記者会見(6月17日)参照。
- 9 NATO, “Defence Expenditure of NATO Countries (2013-2019),” PR/CP(2019)123, Public Diplomacy Division, NATO, 29 November 2019.
- 10 註2のトランプ大統領発言参照。
- 11 例えば、鶴岡路人「波乱のなかったNATOの70周年首脳会合?」笹川平和財団IINA、2019年12月18日を参照。
- 12 “Remarks by President Trump and President Duda of the Republic of Poland in Joint Press Conference,” 12 June 2019; “Trump Embraces Poland’s President and Promises Him More U.S. Troops,” New York Times, 12 June 2019.
- 13 “His reelection uncertain, Polish president seeks a boost from Trump,” Washington Post, 22 June 2020.
- 14 Artur Kacprzyk, “U.S. to Reduce Military Presence in Germany,” Spotlight, Polish Institute of International Affairs, 17 June 2020.
- 15 「トランプ氏『駐独米軍を3割削減』 負担不足に不満」『日本経済新聞』2020年6月16日(電子版)。
- 16 註4のオブライエン補佐官寄稿参照。
- 17 註2のトランプ大統領発言参照。
- 18 “Fast facts about how Americans and Germans see security issues amid Trump’s plan to reduce troop levels,” Pew Research Center, 8 June 2020.
- 19 “Trump says US cutting troops in Germany over NATO spending,” DW.com, 15 June 2020.