2019年2月2日に米露両国がINF(中距離核戦力)全廃条約(以下、INF条約)からの離脱を表明し、そのための正式な手続きを開始したことから、このままいけば同条約は2019年8月に終了する見通しである。(これまでの経緯や、その過程における論点については、前稿「INF条約の破棄が示すもの――対露関係とNATOにおける『インテリジェンス外交』」を参照。)

INF条約をめぐる議論は、歴史的経緯もあり、米露間およびNATOを中心に展開してきたものの、条約の終了後については、日本を含めたアジアへの影響が大きくなる可能性がある。そこで以下では、INF条約後を見据えて日本が直面する課題を検討することにしたい。まずは日本の政治的ジレンマに触れたうえで、具体的課題として、イージス・アショア、巡航ミサイル防衛、新ミサイルの配備、そして「インテリジェンス外交」を順に検討する[1]。

日本のジレンマ

 米トランプ大統領が2018年10月20日にINF条約からの離脱の意思を表明して以降、日本政府は、この問題について積極的な発言をしてこなかった。可能な限り発言を避けてきたというのが実態であろう。官房長官や外務大臣、外務省報道官などによる応答の基本的なラインは、INF条約が核軍縮・軍備管理において果たしてきた歴史的な役割に鑑み、「同条約が終了せざるを得ない状況は望ましくない」というものだが、同時に、米国の決定に関しては、「問題意識は理解」するとしている[2]。外交において「理解する」とは、「支持する」といえない場合の常套句であり、そこには日本のジレンマが色濃く反映されている。

 その第1は、核軍縮を推進してきた立場に照らし、INF条約の破棄を支持すると明言することは難しいが、日米同盟の重要性に鑑み、トランプ政権の判断を公然と批判するのも避けたいとの考慮である。そのため、INF条約が果たしてきた役割を評価しつつ、それから離脱する意思決定を行った米国の問題意識を「理解」せざるを得ないのである。(なお、INF条約の破棄は対中戦略、対中抑止として望ましいとの議論も可能だが、少なくとも日本政府がそのような立場を公に表明したことはない。)

 第2は、日露間での平和条約交渉が重要な局面にあると認識されるなかで、INF条約違反を批判することでロシアを刺激したくないとの考慮であろう。INF条約の当事国でない日本は、ロシアが条約違反であるか否かを判断する立場にないとの主張は、法的な原則論であると同時に、外交的にも便利な表現だったのである。

 対米・対露のいずれの考慮に照らしても、日本にとっては、INF条約の将来をめぐる議論に「関わらない」のが政治的には得策であり、いわば意図的に「蚊帳の外」にいることを選択したということができる。それは当面の日本の国益に沿うものでもあった。巻き込まれたくなく、実際に巻き込まれずにすんだということである。しかし、それはこれまでの話であり、今後は、目を背けるだけではすまない課題に正面から取り組んでいく必要がある。

日本のジレンマ

イージス・アショア転用問題

 INF条約に関連して、日本がすでに直面している課題の第1は、イージス・アショアの転用問題である。日本政府は、陸上配備のこのミサイル防衛システムを国内に2箇所設置することを決定している。日本の視点では、これは100パーセント防衛を目的とした装備である。しかし、ロシアは米国のイージス・アショアをINF条約違反として批判してきた経緯がある。イージス・アショアの施設は迎撃ミサイルに加えて攻撃型の巡航ミサイルが発射できる、すなわち攻撃用に転用可能だというのである[3]。米政府はロシアの批判を否定しているし、固定式で標的になりやすい施設から攻撃用のミサイルを発射することが軍事的にどこまで効果的であるかも疑問である。それでも、一定の改造を行えばイージス・アショアからトマホークなどの攻撃用ミサイルを発射することは可能だとの指摘は少なくない[4]。

 日本が導入予定のイージス・アショアは、自衛隊が所有・運用するものであり、米国が勝手に攻撃用ミサイルを持ち込むようなことは、日本の常識では全く考えられない。しかし、それを信用しないのがロシアである。米国が本気になれば、日本の同意を得なくても密かに持ち込めると考えているのだろう。

 もっとも、日本は当初からINF条約の締結国ではないため、国際法上は地上発射の中距離ミサイルを保有することへの制約はなかった。そのため、日本のイージス・アショアの問題とINF条約は本来別問題である。その意味でこの問題は、日本にとっては降りかかった火の粉のようなものである[5]。しかし、ロシアはそれ以前から、INF条約とは別に、日本のイージス・アショア導入を批判してきた。日本のイージス・アショアに対するロシア(および中国)の批判や疑念に対してはこれが防衛用であることに加え、ロシアの核戦力(戦略抑止力)に影響を及ぼし得るものではないことを説明し続ける以外にないが、INF条約をめぐる議論の文脈が加わったことで、議論が複雑化することになった。

巡航ミサイル防衛

 第2は巡航ミサイル防衛である。日本のミサイル防衛は、従来は弾道ミサイルに対処するものとされてきた。「弾道ミサイル防衛(BMD)」という言葉が使われてきたのもそのためである。しかし、2018年12月に決定された新たな「防衛計画の大綱」では、「総合ミサイル防空能力」の強化が示され、対象となる脅威として、弾道ミサイルに加えて巡航ミサイルも明記された[6]。これ自体は、米国におけるミサイル防衛の方向性とも合致したものである。

 しかし、ミサイル防衛の対象に巡航ミサイルが加わる場合、北朝鮮以外の脅威という問題が生じる。これまで日本政府は、ミサイル防衛の文脈で北朝鮮以外の国名に公に触れたことはないが、巡航ミサイルに言及する以上、「日本を射程に収める巡航ミサイルを保有している国」が対象になることは論理的に自明であり、それには当然のことながら中国とロシアが含まれる。これを公言することは、従来の日本の方針からの転換点になる可能性が高い。それ自体は、現存する能力への対処として戦略的には合理的な発想だが、これが有する含意と影響が日本国内で十分に理解されているとは考えにくい。

 当面の焦点は、日本のミサイル防衛の対象として中国をどこまで想定するか(できるか)であろう。しかし、能力的に中国の弾道・巡航ミサイルに対処可能であれば、ロシアも除外することはできない。特に、米国のINF条約離脱の直接のきっかけとなったロシアの新型中距離ミサイルである9M729への対処が問題となる。その観点では、同ミサイルがINF条約に違反する射程距離を有するか否かは、日本にとっても他人事ではなかったのである。

 もっとも、巡航ミサイルもそうだが、世界で開発の進む極超音速滑空弾などの新たな兵器は、その飛行経路から、従来のミサイル防衛での対処が困難だと指摘されている。そのため、巡航ミサイル防衛も口でいうのは易しいが、実際に行うことには困難が伴う。そうであるからこそ、それにどの程度のコストをかける用意があるか、すなわち優先度をどのレベルに設定するかが問われるのであり、まずは脅威認識の明確化が欠かせない。

巡航ミサイル防衛

米国の通常弾頭ミサイル配備

 第3のより直接的な課題は、新たな地上発射中距離ミサイルのアジアへの配備問題である。INF条約が終了した場合でも、米国の中距離ミサイルのアジアへの配備がすぐにアジェンダにのぼるかは不明である。現在すぐに配備可能なミサイルは存在せず、新たに開発しなければならないことに鑑みれば、現実の配備問題はまだしばらく先のことだろう。しかし、それは今の段階から日本の方針を検討しなくてよいことを意味しない。検討の開始は早ければ早いほどよい。

 なお、米国では、欧州に関してもアジアに関しても、通常弾頭の中距離ミサイルであれば、核弾頭搭載のものよりも受け入れの敷居が低いはずだとの想定が存在する。そのため、米国側も前方展開の可能性があるミサイルは通常弾頭であることを強調している。しかし、同型ないし同シリーズの外見が近いミサイルに、通常弾頭と核弾頭がともに搭載可能だとした場合に、米国が特定の基地に配備したものが通常兵器であることを対外的に証明することは、現実問題として困難である。これは、米国との関係以上に、国内世論やロシア・中国との関係において厄介な問題にならざるを得ない。

 米国がアジア地域に地上発射ミサイルを配備する場合、まず候補となるのは自国領のグアムであろう。グアムの米軍基地を射程に収め「グアム・キラー」とも呼ばれる中国のDF-26などのミサイルへの対応は必要だが、米国の側での対抗手段が、(通常弾頭だとすればなおさらのこと)同種の地上発射中距離ミサイルでなければならない軍事的必然性は明確ではない。INF条約下でも制約を受けていなかった水上艦艇や潜水艦、さらには航空機から発射されるミサイルに加えて、地上発射ミサイルの配備がどこまでプラスになるのか、他のミサイルでは破壊不能な標的があるのかなどが問われることになる。地上発射ミサイルは、脆弱性を低減させるためにも移動式であることが求められるが、面積の小さなグアムではその効果も限定的であろう。また、破壊力を考慮すれば、巡航ミサイルではなく弾道ミサイルが求められる。

 さまざまな事情に照らせば、日本への配備は、軍事的には合理的な選択肢である。日本にとっても、中国本土を直接攻撃可能な(米軍の)兵器が日本に配備されることは、対中抑止の強化に貢献するとの議論も可能であるし、米国のコミットメントを保証する観点で、同盟における安心供与に資するとの議論もできる[7]

 しかし、政治面を含めて考えた場合、対中であっても対露であっても、核弾頭はもちろんのこと通常弾頭でも、中国本土やロシアを射程に収める中距離ミサイルの配備が極めて困難な問題になることは明らかである。政府としては、可能な限りこの問題を先送りしたいのが本音であろう。しかし、配備を受け入れるのであれば、対中・対露関係に加えて国内世論対策の丁寧な準備が必要であろうし――いくら準備を尽くしても、中露に加えて国内の反対を完全に抑えることは不可能だろう――、配備に反対するのであれば、議論を避けたり、政治的な反対論に陥ることなく、軍事・安全保障面で米国に通用する論理を構築し、日本の役割拡大を含む現実的代替案を提示することが求められる。どちらの場合でも、一朝一夕に解決できる課題ではない。

 そこで求められるのは、米国の要求にいかに対応するかではなく、日本として何を必要とするかという方向での議論である[8]。というのも、中国(やロシア)の中距離ミサイルは、米国よりもまずは日本にとっての直接的な脅威だからである。そもそも、米国の同盟国を脅かしつつ、米国本土を脅かさないことが、冷戦期においてソ連のINFの重要な点であり、それは同盟の離間、すなわち「ディカプリング」を狙ったものだった。これにいかに対応するか――米国にいかなる対応を期待するか――は、本質的にまずは同盟国自身が考える問題なのである。ここではこれ以上論じないが、欧州への米INF(パーシングII)配備決定にいたる過程で、西ドイツのシュミット政権の果たした役割などは、この観点で振り返る価値がある[9]。

 なお、日本の国内事情の観点でおそらく最も敷居が低いと思われるのは、地対艦ミサイルの配備である。INF条約は、地対地のみならず、標的の種類に関わらず、全ての地上発射の中距離ミサイルを禁止する枠組みだった。そのため、地対艦ミサイルも対象になっていた。中国の海洋進出への懸念は日本においても高く、また、自衛隊もすでにより短距離の地対艦ミサイルを運用していることに鑑みれば、(INF条約で禁止されていた)射程500キロを超える地対艦ミサイルは、米軍の装備の日本配備としても、自衛隊の導入にしても、ポストINF条約の第一歩として現実的な選択肢である[10]。

「インテリジェンス外交」の課題

 第4に、今回のINF条約をめぐる一連の過程では、この種の政策決定におけるインテリジェンス(機密情報)の扱いの大きさが明らかになったといえ、このことは、日本に対して課題を投げかけている。本質的には、日本に直接かかわるような問題に関して、関係国(特に米国)に対していかに情報共有を求めるか、そしてその際に、いかに相手をして日本との情報共有に利益を見出させるかとの問題である。

 そのうえで、入手した情報をいかに評価するのかという課題がある。インテリジェンス評価において日本の手法は極めて保守的(慎重)だといわれる。誤認を避ける観点では有効であろう。しかし、共通するインテリジェンスをもとに、同盟国である米国や、米国の他の同盟国といった友好国が異なる判断をする場合、日本がどこまで独自の評価を貫くことができるかが問われる。加えて、米国を相手に、米国側が不審がったり苛立ったりするほどまでにインテリジェンスの共有を求めることが、常に日本の利益であるかも自明ではなく、政治判断が求められる局面もある。

 実際、ロシアのINF条約違反の認定をめぐっては、なかなか同意しないNATO諸国に米国は苛立ち、失望したともいわれる。日米間では、2013年夏のシリア内戦における化学兵器使用が、アサド政権によるものだったかに関して、厳しいやりとりがあった。この時は、安倍政権が執拗に証拠を求め、最後は米国側が折れる形で、決定的証拠が例外的に提供されたようである[11]。これは、当時のオバマ政権がこの問題での日本の支持を強く欲し、対する日本がインテリジェンスの共有を強く求めた結果だといえる。これ以外の問題に関しても、類似の側面を有する事例はこれまでにも水面下で存在したと思われるが、「インテリジェンス外交」をいかに制度化するかは、日本の課題として残っている部分があろう。

 INF条約破棄に関しては、これまで議論してきた側面以外にも、新START(新戦略兵器削減条約)延長を含めた国際的な核軍備管理・軍縮への影響など、検討を要する問題が存在する。日本に求められるのは、それらの議論から逃げずに、軍事的・戦略的現実に根ざした冷静な議論を始めることであろう。

(2019/06/06)

脚注

  1. 1本稿の一部は、鶴岡路人「ポストINF条約のNATOと欧州安全保障」日本国際問題研究所「混迷する欧州と国際秩序」研究会平成30度報告書『混迷する欧州と国際秩序』(日本国際問題研究所、2019年3月)がもとになっているが、大幅な加筆・修正を行なっている。
  2. 2「河野外務大臣会見記録」2018年10月23日、「大菅外務報道官会見記録」2018年12月5日などを参照。一部報道では、米国による離脱の決定を「望ましくない」と述べたと報じられたが、その対象は「米国の決定」ではなく、「そうせざるを得ない状況」であった。この違いも重要である。
  3. 3例えば、“News conference following Russian-Italian talks,” The Kremlin, Moscow, October 24, 2018を参照。
  4. 4例えば、Theodore Postol, “Russia may have violated the INF Treaty. Here’s how the United States appears to have done the same,” Bulletin of the Atomic Scientists, February 14, 2019 (online)を参照。
  5. 5「INF条約破棄、北方領土交渉に余波」『日本経済新聞』(2019年2月12日、電子版)。
  6. 6「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱について」(国家安全保障会議決定、閣議決定、2018年12月18日)、別紙19-20頁。
  7. 7Toshi Yoshihara and Jacob Cohn, “The Case for Deploying U.S. Land-Based Missiles in Asia,” The National Interest, May 13, 2019 (online).
  8. 8Sugio Takahashi and Eric Sayers, “America and Japan in a Post-INF World,” War on the Rocks, March 8, 2019 (online).
  9. 9これについては欧米で膨大な研究があり、当初強調されたシュミットの役割は相対化されている。しかし、INFの欧州配備の背景に欧州側のイニシアティブがあった事実自体に変わりはなく、ポストINF条約のアジアを考える上で示唆的である。最新の研究動向に関する日本語での有益な概観として、板橋拓己「NATOの『二重決定』の成立と西ドイツ――シュミット外交研究序説」『成蹊法学』第88号(2018年6月)を参照。
  10. 10Takahashi and Sayers, “America and Japan in a Post-INF World.”
  11. 11この事例については、山口敬之『総理』(幻冬社、2016年)、192-201頁参照。