1987年12月に米ソ両国が署名した中距離核戦力全廃条約(以下、INF条約)は、2019年2月2日に事実上の終焉を迎えた。米国政府はロシアによる条約違反を理由に、条約からの離脱の意思を正式に通告し、条約義務履行の停止を発表したのである。それを受けてロシアも条約からの離脱を発表した。今後は、ロシアが条約違反のミサイルを廃棄しない限り、条約の規定(第15条)に則り、半年後の2019年8月には離脱が効力を発揮し、条約は正式に終了する見通しである。

 INF条約に関してはさまざまな論点・課題があるが、ここでは米国による同条約からの離脱決定にいたるプロセスに着目することで、第1に、今回の決定の主たる要因は中国ではなくやはりロシアであった点を明らかにする。次いで第2に、米国の立場への支持を働きかける過程で大きな役割を果たしたのがインテリジェンスであり、NATOを中心として行われたのは、まさに「インテリジェンス外交」とでも呼ぶべきものであったことを論じる。これら2つの点は互いに関連しており、米国による今回の決定の主因がロシアであったがゆえに、米国の立場支持への働きかけの主たる対象はNATOだったのである。

 NATOは2018年12月の外相声明でロシアのINF条約違反を正式に認定し、翌2019年2月の米国の条約離脱手続きの開始を受けて、「米国の行動を完全に支持」するとした北大西洋理事会(NAC)声明を発出している[1]。しかし以下でみるように、この裏にはさまざまな駆け引きがあり、これを額面どおりにとるわけにはいかない。

米国の論理

 2018年10月20日のトランプ米大統領によるINF条約からの離脱意思の表明は、一見極めて唐突であり、実際、米政府内の正規のプロセスを経た決定ではなかった。しかし、「トランプご乱心」といった単なる思いつきでもなかった。

 第1に米国は、ロシアによるINF条約違反をオバマ政権時代の2014年から公式に批判してきていた。ロシアによる条約遵守への回帰が実現しないなかで、片方だけが守る条約では安全保障に貢献しないとの見方が米国内で広まっていた。第2に、INF条約に参加していない諸国が中距離ミサイルを増強してきた現実があった。この筆頭は中国だが、それ以外にも北朝鮮、イラン、インド、パキスタンなどが含まれる。米国のみがINF条約に縛られて必要な能力を保有することができないとすれば、それら諸国への対応において不利である。これも党派を超えた議論であり、いわばINF離脱への構造的要因だったといえる。

 しかし、それらは離脱のための十分条件とまではいえなかった。最終的にINF条約からの離脱を可能にした第3の要素、すなわち必要条件は、国際合意や条約を忌諱するトランプ政権に特有の姿勢であり、軍備管理・軍縮レジームの軽視である。その意味でINF条約からの離脱は、環太平洋パートナーシップ(TPP)やイラン核合意(JCPOA)などからの離脱と軸を一にする決定だと捉えることができる。ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官が大きな役割を果たしたことから、「トランプ・ファクター」であると同時に「ボルトン・ファクター」でもあった[2]。また、いわゆる「ロシア疑惑」の捜査が進められるなかで、ロシアに対して強硬姿勢を示す必要があったとの事情も否定できない。

ロシアか中国か?

 米国によるINF条約離脱意図を理解するにあたりどうしても避けて通れないのが、主たる問題がロシアなのか中国なのかという問題である。条約からの正式な離脱プロセスの開始と義務履行の停止を表明した2019年2月のトランプ大統領やポンペオ国務長官の声明は、いずれもロシアのみに言及しており、政権の公式見解としてはロシアの条約違反が主因であったとの立場が示されている[3]。

 他方、中国要因を重視する立場では、ロシアの条約違反は「口実」にすぎず、実際上は中国のミサイル能力増強に対応するために米国の側でも(地上発射の)中距離ミサイルが必要になり、INF条約が足かせになっていたと主張される。アジア地域に中国が有利なかたちで「ミサイル・ギャップ」(ミサイル能力格差)が生じており、これへの対応がINF条約離脱の隠された目的だったというのである。

 しかし中国を主軸に据えたのでは、「なぜ今、INF条約を離脱する必要があるのか」に対して十分な説明が難しい。グアムを射程に入れる新しい弾道ミサイル(DF-26)の配備が米国の懸念を引き起こしたのは事実だが、中国による中距離ミサイルの保有は新しいことではない。さらに、INF条約で禁止されていたのは「地上発射」のミサイルのみであり、現に米国はさまざまな航空機・艦艇・潜水艦発射の中距離ミサイルを保有し、核弾頭搭載可能な新たなミサイル開発も行なっていた。それらで対応不能な脅威が突如として浮上したわけではない。

 しかも、地上発射のミサイルが効力を発揮するのは発射台が移動式だからであり、これを活かすためにはトレーラー式の発射台が走り回れる広い土地が不可欠である。グアムに配備しても、土地が狭すぎて非脆弱性を確保することは困難である。つまり、中国の中距離ミサイルへの米国側の対抗手段が、同種類の地上発射中距離ミサイルでなければならない軍事的必然性は見当たらないのが現実なのである[4]。

 もっとも、INF条約がなければアジアにおいて中国に対抗する手段の選択肢が増えることは事実である。実際に開発・配備するか否かを問わず、この点は重要である。しかし、「中国に対応するためにINF条約から離脱する」との議論と、「INF条約が(別の理由であっても)破棄されれば副次的効果として対中国の選択肢も増える」との議論を混同してはならない。現実は後者であろう[5]。別のいい方をすれば、INF条約からの離脱に伴うコストと対中戦略上のベネフィットを比較した場合に、前者の方が大きいと考えられてきたということでもある。

好都合な中国主因論

 ただ、中国主因論が厄介であるのは、これを好都合と捉えるアクターが少なくないからでもある。第1はロシアである。米国の条約離脱の主因が中国だとすれば、ロシアは、いわば「スケープゴート」に使われた被害者ということになる。ロシアにとって、自国の正当性を主張するうえで何と好都合な議論であろうか。米国の決定が対中考慮に基づくものであれば、新たなINFが配備されるとしてもアジアだろうという議論にもつながる[6]。

 第2に、欧州ではINF条約破棄への懸念が強く、そうした文脈においても米国の決定の背後には対中戦略上の必要性があったとの議論は都合がよい。米中対立というアジアの問題に欧州が巻き込まれたというストーリーを作り、これ以上欧州を巻き込むべきではないと主張できるからである[7]。無責任な議論に聞こえるかもしれないが、新たなミサイルの欧州配備といった問題を避けたいとすれば、これも好都合である。

 第3は日本である。米国が対中国の考慮でINF条約から離脱したとすれば、それは米国が中国の脅威への対応に本腰を入れるようになった証拠になり、一部の日本人にとっては望ましい展開にみえてくる。米国におけるアジア専門家の一部もそうした立場を共有しているが、他方で欧州同様、これによって日本が米中対立に巻き込まれるという議論にも発展し得る[8]。

 もちろん、ロシアか中国かという議論は、どちらかが100%であるという性質のものではなく、異なる要素の間のバランスをいかに認識するかという問題である。それでも、2018年10月のトランプ大統領によるINF条約離脱意思の表明後のプロセスをみれば、米国の主たる関心が欧州方面、すなわちロシアであったことがさらに明確になる。

インテリジェンスをめぐる攻防

 たとえ米国、さらにはトランプ政権であっても、国際的に影響の大きな何らかの決定をする際に――あるいは、決定を「した」後で――関係国の支持を得ることは重要である。INF条約に関する限り、この働きかけの対象はほとんど排他的なまでにNATO諸国だった。

 これは、歴史的には自然なことである。というのも、1987年12月に署名されたINF条約で全廃されたのは、主として欧州に配備されていた米ソのINFであったからである。条約自体はグローバルな適用範囲を有していたが、主たる戦域が欧州だったことは否定しようにない。そうであれば、条約の将来に関してもまずは欧州の問題だと考えられて不思議ではない。しかし、もし今回に関してはロシアに加えて中国が念頭にあり、INF条約離脱に際して対中国のミサイル開発・配備を優先的に考えていたとすれば、日本との協議、すなわち日本からの支持取り付けの重要性が高かったはずである。

 INF条約の将来については日米当局間でも協議が行われたとみられるが、日本に対して米方針への支持をトランプ政権がどこまで強く迫ったかは不明である。結局日本は米国の「問題意識を理解」するにとどまり、「支持」には至らなかった。これは、米国の強い働きかけに日本が最後まで激しく抵抗した結果であるよりは、米国の働きかけが当初から対NATOほどではなかったことの結果だと解釈する方が現実に近そうである。

 それではNATOでは何が起きたのか。端的にいってそれは、米方針への支持を求める米国からの強烈な働きかけであった。結果としてNATOは、冒頭で触れたように、2018年12月にはロシアの条約違反を認定し、2019年2月の米国の離脱手続き開始に際してはそれを「完全に支持」する旨の声明を出すことになった。

 オバマ政権がロシアのINF条約違反を公に批判し始めたのは2014年だったが、その後しばらくは、この問題に関するNATO内の議論はほとんど進展しなかった。首脳会合宣言などでも、ロシアの条約「違反」という言葉すら使われず、「懸念」が表明されるにとどまっていたのである[9]。米国からの働きかけが強化されたのは2017年半ば以降だったとみられる。それ以降議論が進み、例えば2018年7月のブリュッセルNATO首脳会合のコミュニケは、9M729という当該ミサイルの名称を明記し、ロシアからの説明がない以上、ロシアが条約違反である可能性が極めて高いとした[10]。

 その後、2018年12月の外相声明に至る過程で焦点になったのは、ロシアによるINF条約違反の事実認定である。そのためには、ロシアが有するミサイルの射程距離が500キロ以上であり、それが地上発射であることを証明しなければならないが、ロシア自らが公表しない以上、これらの証拠は、機密情報、すなわちインテリジェンスに基づくことになる。米国は自らの評価への同意を求めたのである。それに対してNATO諸国は、ロシアのINF条約違反に関して米国が有するインテリジェンスの最大限の共有を求めた。当然のことであろう。

 コーツ米国家情報長官が明らかにしたところでは、米国の主張は、①ロシアはINF条約でも認められている地上の固定式発射台から射程500キロ以上のミサイルの発射実験を行い、②その後に、移動式発射台から同型のミサイルを射程500キロ以下で発射実験し、これらをつなぎ合わせればロシアの条約違反が明らかになるというものであった[11]。具体的には、発射実験に関するレーダー情報、衛星画像、実験当時の通信傍受記録、開発企業の内部情報などが含まれていたようである[12]。このうち、どの程度の情報がNATO諸国に共有されたのか、またNATO内でも国によって共有された範囲が異なるのか否かなどは不明である。それでも、2018年10月のトランプ大統領によるINF条約離脱意思の表明を受け、NATOの同意を得る目的でインテリジェンス共有が進んだことは間違いない。

 それを後押ししたのは、トランプ政権がこの問題でのNATO諸国の支持を真に欲していた現実である。そうでなければ、そこまで強い働きかけはしないだろうし、インテリジェンスも共有しないはずである。まさに「インテリジェンス外交」としての駆け引きが繰り広げられたのである。INF条約問題に限らず、機微なインテリジェンスは待っているだけでは共有されない。保有している側からすれば、支持や協力の獲得など相手国からのリターンを期待するから共有するのであるし、共有を受ける側から考えれば、支持・協力を求められる以上は知る権利を主張できるはずだという構図である。

NATOはどう対応するのか

 こうした経緯により、NATOは米国のINF条約からの離脱を「支持」することになったが、最大の問題はその先の議論が全く進んでいないことである。本来であれば、その後の措置を詰めたうえでINF条約から離脱すべきだったが、トランプ政権はそのような手順はとらなかったのである。

 INF条約後に向けたNATOの対応を考えるうえでの第1の要素は、米国の方針自体が明確ではないことである。米国は、新たな核兵器の欧州への配備が政治的に困難であることを踏まえ、新たな中距離ミサイルを配備する場合でも通常弾頭であると強調している[13]。それ以上の具体策は明らかになっていないが、逆にいえば、通常弾頭の中距離ミサイルの配備は現実的なオプションだということである。ただし、まだ具体的な方針は示されていない。

 第2に欧州は、たとえ通常弾頭であっても現時点で米国の新たな中距離ミサイルの配備を検討し、同盟として合意形成を行えるような状況にはない。しかも、ロシアのミサイルに対抗して配備される以上、それはロシアを標的にしたミサイルであり、対露関係においては根本的な転換点になる可能性が高い。そのため、2019年2月の米政府の決定を受けてもなお、欧州の指導者からは、条約の終了までには6ヶ月あり、その期間を条約存続のために使うとの考えが繰り返し表明されている[14]。ロシアによるINF条約違反は明らかだとしても、その先のことを考えると米国による条約離脱が望ましくなかったこともまた否定し得ない。そうした文脈での議論ではあるが、欧州では核軍縮アジェンダを維持するために、核軍備管理・軍縮の枠組みへの中国の参加を促す発言も聞かれるようになっている[15]。

 最後にもう1点、欧州にとって厄介な問題は従来の弾道ミサイルに対する防衛(弾道ミサイル防衛)に加えて、巡航ミサイル防衛の導入に踏み切るか否かである。というのも、ロシアの9M729は巡航ミサイルであり、それがNATO諸国の安全保障にとって脅威だとすれば、対抗する攻撃ミサイルの配備とともに、防衛手段についても検討するのが筋だからである[16]。しかし、NATO(および米国)はミサイル防衛の文脈では、ミサイルの種類を問わずロシアを対象から慎重に排除してきた歴史がある。ミサイル防衛へのロシアの懸念・反対に応えるために、ロシアからのミサイルに対応するものではないとの立場を堅持してきたのである。そうしたなかで、限定的ではあっても、ロシアを対象とした巡航ミサイル防衛に乗り出すにあたっては、対露関係の調整は当然のことながら、同盟内のコンセンサス形成においても大きなハードルが存在する。

 そうした事情もあってかNATOは、9M729ミサイルに関して「脅威」という言葉は使わず、これまで「(重大な)リスク」として言及している[17]。巡航ミサイル防衛のみならず、NATO(米国)側による欧州への新たなミサイル配備をめぐる問題に関しても、ロシアの新ミサイルの位置付けには着目していく必要がある。ポストINF条約の欧州安全保障に向けた議論は、まだまだ緒についたばかりである。それでも、具体的な議論が始まりつつある点は見逃せない。

  (2019/03/08)

脚注

  1. 1“Statement on the Intermediate- Range Nuclear Forces (INF) Treaty,” issued by the NATO Foreign Ministers, Brussels, 4 December 2018 ; “Statement on Russia’s failure to comply with the Intermediate-Range Nuclear Forces (INF) Treaty,” issued by the North Atlantic Council, Brussels, 1 February 2019 .
  2. 2“Bolton pushes Trump administration to withdraw from landmark arms treaty,” Washington Post, 19 October 2018 (online) .
  3. 3White House, “Statement from the President Regarding the Intermediate-Range Nuclear Forces (INF) Treaty,” 1 February 2019 ; Department of State, “U.S. Intent To Withdraw from the INF Treaty,” Press Statement, 2 February 2019 .
  4. 4David Kearn Jr., “The Future of US Deterrence in East Asia: Are Conventional Land-Based IRBMs a Silver Bullet?” Strategic Studies Quarterly, Vol. 7, No. 4 (Winter 2013); “China Is No Reason to Abandon the INF,” Defense One, 6 November 2018 .
  5. 5Abraham Denmark and Eric Sayers, “Exiting the Russia nuclear treaty impacts military strategy in Asia,” The Hill, 25 October 2018 .
  6. 6Dmitri Trenin, “Back to Pershings: What the U.S. Withdrawal From the 1987 INF Treaty Means,” Carnegie Moscow Center, 24 October 2018.
  7. 7Ian Bond, “Is Trump right to nuke the INF Treaty?” Insight, Centre for European Reform, 2 November 2018 .
  8. 8例えば、「米INF離脱にロシアも対抗 対中国、巻き込まれる日本」『朝日新聞』、2019年2月2日(電子版) 。
  9. 9例えば、“Warsaw Summit Communiqué,” issued by the Heads of State and Government participating in the meeting of the North Atlantic Council, Warsaw, 8-9 July 2016 , para. 6を参照。
  10. 10“Brussels Summit Declaration,” issued by the Heads of State and Government participating in the meeting of the North Atlantic Council, Brussels, 11-12 July 2018 , para. 46.
  11. 11Office of the Director of National Intelligence, “Director of National Intelligence Daniel Coats on Russia’s INF Treaty Violation,” 30 November 2018 .
  12. 12“U.S. Withdrawal from Nuke Treaty Worries Europeans,” Spiegel Online (international edition), 30 October 2018 (online) ; “USA legen Nato-Partnern Beweise gegen Russland vor,” Spiegel Online, 30 November 2018 (online) .
  13. 13 “Trump Administration Downplays Fears of Post-Treaty Arms Race,” Defense One, 1 February 2019 (online) ; “Pentagon Studies Post-INF Weapons, Shooting Down Hypersonics,” Breaking Defense, 1 February 2019 (online) .
  14. 14 “Speech by NATO Secretary General Jens Stoltenberg at the Munich Security Conference,” Munich, 15 February 2019
  15. 15“Rede von Außenminister Heiko Maas bei der 55. Münchner Sicherheitskonferenz,” München, 15 Februar 2019 ; “Rede von Bundeskanzlerin Merkel zur 55. Münchner Sicherheitskonferenz,” München, 16 Februar 2019 .
  16. 16 Bruno Tertrais, “The Death of the INF Treaty or the End of the Post-Cold War Era,” Note, No. 03-19, Fondation pour la recherche stratégique, 4 February 2019 .
  17. 17 “Statement on Russia’s failure to comply with the Intermediate-Range Nuclear Forces (INF) Treaty,” para. 1.