英国のEU(欧州連合)離脱、すなわちBrexitは、英国に大きな影響をもたらすと同時に、EUに対しても多大な変化を引き起こすことになる。そこで、EU・英国関係自体に焦点を当てた前回(「残り一年を切ったBrexit(1)――離脱後のEU・英国関係はどこに向かうのか」)を受けて、今回は、EU側でいかなる変化がすでに起きているのか、そして今後何が起こると考えられるかを検討することにしたい。

 英国を除いたEUの27カ国は「EU27」と呼ばれる。そしてEU27にとっての最優先課題は、英国との離脱交渉や将来のEU・英国関係ではなく、EU27自体の将来である。端的にいってEU27の主たる関心は、すでに英離脱問題から「離脱後」に移っている。これ以上、英国の離脱問題で貴重な時間やエネルギーをとられたくないというのがEU27の本音であろう。

 Brexitを控えたEU、そしてBrexit後のEUとの関係という観点では、日本のような域外国にとっても、EU内の政治力学、なかでも特にEU27内部における加盟国間の新たな政策連合形成の動向を正確に読み解くことが、これまで以上に重要になる。

英国の「フェーズアウト」とEUの「英国はずし」

 2019年3月29日まで、英国はEUの完全な加盟国である。当然のことながら、EU加盟国としての権利も義務も従来どおりである。しかし、すでに大きな変化がみられる。その最大のものは、英国の「フェーズアウト」とEUの「英国はずし」である。

 まず、英国はEUのさまざまな政策決定において、自らの選好を通そうという意思をほとんど失っているようにみえる。何らかの決定に関して影響力を行使するために、政治的・外交的リソースの投入が必要になる以上、おそらくそれは割に合わない。いま決定された政策が実施されるのは、離脱後になる可能性がすでに高いからである。

 加えて、たとえ英国が声を上げようとも、その影響力はすでに大きく減退している。もうすぐいなくなる国の主張は、誰も聞かないのである。これも当然のことであろう。そして、影響力が低下してしまったために、影響力を行使できないし、しようとも試みないという状況になりつつある。

 EUにおける防衛協力の進展はまさにこの好例である。2016年6月の英国での国民投票後にEUでは防衛協力を進める機運が高まり、従来は英国の反対もあり実現していなかった「常設構造化協力(PESCO、Permanent Structured Cooperation)」が発足することになった。英国は、PESCOのプロジェクトへの参加こそしていないが、この枠組みが適用されること自体への反対は見送った。また、国民投票の数日後に発表された「EUグローバル戦略」は、基本的な内容は英国を含めて事前に作成されたままに維持されたものの、英国離脱の方向を受け、防衛協力の箇所については文言がわずかながら強められたようである[1]。

 加えてEUでは「英国はずし」が進行中である。直接のきっかけは英国との離脱交渉に関するEU側の調整の必要性だった。英国に対するEUの交渉ポジションを定める議論に英国が参加しないのは当然であろう。英国民投票以降、首脳レベルから事務レベルまで、無数の会合が英国抜き、すなわちEU27のみで行われている。EUの首脳会合である欧州理事会の際には、メイ英首相が参加しない――呼ばれない――会合がほぼ毎回開かれている。それらの一部は、英国との離脱交渉が議題とされているが、単一通貨ユーロの制度改革や移民政策など、離脱交渉以外をテーマとしたEU27のみの会合も増えている。

 こうした「英国はずし」がEU側の悪意に基づくもだと判断することも、もはや難しい。他国にとっても、何らかの政策論争において、英国の支持を取り付けるために同国を取り込もうという動機がほとんど消滅しているからである。これは、英国が好きか嫌いかという問題とは異なる。EU27というフォーマットが、公式にも非公式にも、次第にEUの日常の光景の一部になっているということなのだろう。

「英国ロス」

 EUにおける英国は、さまざまな重要な場面で反対の声を挙げる「厄介なパートナー[2]」だったとの側面は否定できないものの、常に嫌われ者だったわけではない。これも重要な点である。それどころか、EU内には、英国の陰に隠れて同国を頼りにしていた諸国が少なからず存在していた。超国家的な統合より主権国家を基礎としたより緩やかな連合、政治統合よりも経済統合という英国的な立場に親近感を有する諸国は少なくなかったし、そうした勢力にとって英国は、いわば体を張ってEU統合の過度な進展を押しとどめようとしてくれる、頼もしい存在だった。

 具体的な政策面においても、例えば外交安全保障における米欧協力・NATO(北大西洋条約機構)重視や自由貿易推進などに関して、オランダやデンマークは、最も強固な英国支持者だった。域内市場改革や経済の効率化、規制改革、EU予算の肥大化の阻止などでは、ドイツと英国の立場が一致することもしばしばだった。また、EUの意思決定における立場という観点で、英国との近似性が最も高かったのはスウェーデンである[3]。これは1995年の同国のEU加盟以来の一貫した傾向だった[4]。BrexitにともなうEU内での自由貿易派の退潮は、日本などの域外国にとっても懸念事項である。

 デンマークのある国会議員は、「我々の最重要のパートナーは英国だった。今後は仏独の中に一人取り残されてしまう。それは誰にとってもひどい状況だ[5]」と述べている。ここまで直裁的な表現をしなくとも、「ブリュッセルや独仏にモノをいう親分」としての英国を懐かしむような感情が、欧州の一部で共有されていることは否定できない。いわば、EU内の「英国ロス」である。

POWER

大国の影響力増大と各国の対応

 英国の離脱後に目を向けたときにEUが直面するのは、EU内部のパワーバランスの変化である。その主たる結果は、大国の影響力増大であり、上記のデンマーク議員の発言にもあるように、ドイツの影響力増大が焦点の一つとなる。従来のEUでは、ドイツ、フランス、英国(そしてイタリア)が主要大国として一定の均衡を維持していたが、そこから英国が抜けるのである。そうである以上、ドイツにその意図がなかったとしても、同国の影響力が増大することは避けられない。

 もちろん、これが直線的に進むかは不透明である。以下でみるように、ドイツや独仏協力が主導する欧州統合への反発や警戒感は根強いからである。しかし、主要大国の一つが抜ければ、他の大国の相対的地位が上昇すること自体は否定し得ない。Brexitに伴うEU内のパワーバランスの変化に関しては、さまざまな計算方法があるが、例えばEUにおける政策決定の中核であるEU理事会(閣僚理事会)については、いずれも、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ポーランドなどの影響力が増大するとの試算結果になっている[6]。

 EU政治の実態は、加盟国間のさまざまな連合形成とその間の駆け引き、そして多数派工作である。これが、事務レベルから首脳レベルまでさまざまな段階で日常的に行われている。そうしたなかで特に中小国は、新たな政策連合形成のための模索を始めている。

 注目されるものの一つは、「ハンザ同盟2.0(新ハンザ同盟)」と呼ばれる、北欧(デンマーク、フィンランド、スウェーデン)、バルト(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)、オランダ、アイルランドの計8カ国の中小国の動きである。8カ国は2017年後半から連携を強めており、2018年3月には、非公式の財務相会合を開催し共同声明を発表した[7]。

 同声明には、例えば、EMU(経済通貨同盟:単一通貨ユーロ圏)の将来は全ての加盟国に影響するために、(ユーロ参加国のみならず)全ての参加国で議論すべきとの指摘がある。これは、スウェーデンとデンマークがユーロ不参加国の権利を守る観点で譲れない点である。8カ国はまた、「EMUのさらなる深化にあたっては、欧州レベルへのさらなる大規模な権限の移譲ではなく、真の付加価値を強調すべきである」と主張し、さらに、EMU改革にあたっては、単一市場の完成や自由貿易の追求が欠かせないとも述べている。

 こうした動きは、Brexitを見据えたものであると同時に、フランス(マクロン政権)がEUのアジェンダを主導しようとしていることへの対応でもあるという。そうしたなかで「中小国の声が無視されないようにするのが狙いなのである [8]。財政規律の維持や、自由貿易の堅持といった原則部分に関する限り、ドイツはその有力な擁護者である。この点に疑問はないが、EMU改革を含めた独仏協力がトップダウンの政治主導によって進展する場合に、ドイツがフランスに引きずられてしまうことへの疑念がある。上記財務相共同声明が懸念するのもまさにこの点であった。

ポーランド

階層化するEUへ

 英国のEU離脱の意図しない効果の最大のものは、おそらく、EUにおけるユーロ圏の影響力増大の方向性であろう。上述「ハンザ同盟2.0」においても、ユーロ非参加国の権利擁護が重要な論点だった。これまでは、英国がEU内で最大のユーロ非参加国だった。そしてその英国は欧州最大の金融センターであるロンドンを擁しており、金融機関の規制にしても、銀行同盟にしても、英国を抜きに、さらには英国の強い反対を押し切ってユーロ圏のみで議論し、決定してしまうことは容易ではなかった。やはり英国は無視できない重みを持っていたのである。

 英国の離脱後、GDP規模で最大のユーロ非参加国になるのはポーランドである。それに次ぐのはスウェーデンやデンマークであるが、それら諸国に英国と同様の影響力を期待することは不可能であろう。その場合、ユーロ圏のみに関係する問題を超えて、EU全てに影響するような問題が、EU財務相会合(Ecofin)よりも、ユーロ圏財務相会合(Eurogrpoup)で扱われるケースが増えるのではとみられている。こうしたトレンドが続けば、ユーロ非参加国はこれまで以上に周辺化されていく可能性が高い。

 英国は自らの決定により、EU離脱という、いわば究極の周辺化をするわけだが、ポーランドやその他のユーロ非参加国は、自らの意思で周辺化されるわけではない。それら諸国は「二流市民」への転落を警戒している。そうしたなかで、チェコがユーロ圏財務相会合の「オブザーバー資格」を求めた背景には、まさにこの懸念が存在していた[9]。

 中核諸国と周辺諸国という階層化は、たとえ制度的な差別化がなかったとしても、EUのような大規模な枠組みにおいては不可避的かもしれない。これまでのEUにそうした階層の違いがなかったわけでもない。「マルチ・スピード統合」といった議論は以前から存在するし、ユーロに参加している国としていない国が存在するのは、厳然たる現実である。しかし、英国の離脱によってEU内のパワーバランスが変化するなかで、特に中小国の間では、新たな階層化への懸念がさらに高まっている。

 筆者は2018年2月にヴィシェグラード諸国(チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキア人)と日本との協力枠組み(「V4+日本」)のBrexitに関するセミナーに参加する機会を得た。その場でも、日本からの英国向け投資の一部がそれら諸国に振り向けられることへの期待が語られた一方で、英離脱後のEUにおけるドイツの影響力増大や階層化への懸念が、さまざまに示されていた。

 防衛協力が新たに進むようになったという側面はあっても、英国の離脱により、EUのさまざまな問題や内部の対立が表面化するのであれば、何とも皮肉である。そして、Brexit後のEUは、自らの失敗を「英国のせい」にすることができなくなる。変化するEU内のパワーバランスにおいて、どのような新たな均衡が生まれるのか。離脱交渉の行方とともに、注目していく必要がある。タイミングの悪いことにEUでは、通常であっても内部の駆け引きや対立の激化するEU予算(2021年から2027年の「多年次財政枠組み(MFF)」)交渉が本格的に始まる時期を迎えている。