英国は2019年3月29日をもってEU(欧州連合)から正式に離脱する。残り1年を切ったものの、その先行きはいまだ不透明である。そこで以下では、離脱交渉の現状と、英国のEU離脱(Brexit)をめぐる争点を改めて整理し、残り一年を切ったなかで、EU・英国関係がどこに向かうのかを考えたい。

最大の争点としてのアイルランド国境問題

 英EU離脱交渉に関して、各種報道では英国側の内部分裂やEU・英国間対立の側面が協調され、交渉は難航しているといったイメージが強い。確かに難航・停滞している部分もあるが、事務的に着々と進められている分野も少なくない。EUが発表した2018年3月時点の離脱協定ドラフトの全文(計130ページで、進捗状況別にテキストが色分けされている)を見ると、かなりの部分で交渉がまとまりつつあることが分かる※1。双方におけるプロフェッショナリズムは安心材料であろう。

 離脱に伴う清算金やEU市民の権利の問題などの政治的争点については、2017年12月に基本的な方向性が合意された※2。それを受けて離脱交渉は、移行期間や離脱後の関係に関する第2段階へと進むことになった。これまでの交渉を振り返れば、まずは英国が非現実的な立場を示し、EU側はそれを受け入れ不能として拒否し、後に英国が譲歩するという経緯を辿ってきたといえる。350億ポンドから390億ポンド(5兆4千億から6兆円)と見込まれる清算金支払いに関する合意はその象徴的なものだった。

 そして、現時点で最も困難な課題として浮上したのが、英国の一部である北アイルランドとアイルランド共和国の間の国境問題である。アイルランド島の一部が北アイルランドであり、英国のEU離脱後は、これがEUの内と外を隔てる国境となるため、通関などの貿易面でも物理的管理が必要になる。しかし、人の移動を含め、アイルランドと北アイルランドの間にそうした国境――「ハード・ボーダー」――を設けずに、自由な往来を保証することは、1998年の北アイルランド和平合意(「グッド・フライデー合意」)の重要な要素の1つであり、これを損なえば和平全体を脅かすことになりかねない。

 しかし、英国がEUから離脱し、EUの単一市場および関税同盟からも離脱する場合、アイルランド国境を現状のまま、すなわち物理的な管理なしのままに維持することは、原理原則上、想定しにくい。英国政府はこれまで、車両のナンバープレートの自動認識やオンラインでの通関書類審査など、技術革新によって物理的な国境管理の導入を回避する案に言及してきたが、依然として具体性を欠いているのが現実である。

 EU加盟国のスウェーデンと、EU非加盟のノルウェーとの間では、実際にトラックについては停車しての物理的な通関手続きが行われている。しかも、スウェーデン・ノルウェー間の道路による国境ポイントは40箇所であるのに対して、アイルランド国境を越える道路は275箇所存在する※3。しかも、ノルウェーは関税同盟には入っていないものの、EU単一市場の一部であり、各種の規制などはEUと同一である(技術的な整理としては、関税同盟に入っていないために、通関手続きが必要ということになる)。

 2017年12月の時点でEUと英国は、現状の国境態勢、すなわち自由な往来を維持することへのコミットメントを示し、英国政府はそのための提案を行うとされたが、同問題に関する合意が得られない場合は、北アイルランドに特別な地位を付与し、EU単一市場・関税同盟における諸規則を適用することでアイルランド国境のハード・ボーダー化を回避するとの方向性で合意した。2018年3月の時点でメイ首相は、トゥスク欧州理事会議長宛の書簡で、前年12月のコミットメントを再確認している※4。しかし、具体的な提案をすべきは英政府であり、ボールは英国側にある状況が続いている。

イギリス

英国の直面する「トリレンマ」

 これに関して英国が抱える問題は、在ロンドン・欧州改革研究所(CER)のスプリングフォード(John Springford)副所長が指摘するように、「トリレンマ」である※5。つまり、(1)英国全土一体としてのEU離脱、(2)単一市場・関税同盟からの離脱、(3)アイルランドにおける「ハード・ボーダー」回避、の3つを同時に達成することはできず、どれか1つを断念し、残りの2つを選択しなければならないということである。

 つまり、(3)の国境問題の解決が譲れないとすれば(あるいは技術革新で解決できないとすれば)、北アイルランドのみ、ないし英国全体を単一市場・関税同盟に残留させるかしかないが、北アイルランドのみを特別扱いすることは、英国の一体性を損ねるという政治問題に直結する。すなわち、(1)の英国全土一体としての離脱ができなくなる。北アイルランドと英国の他の部分(イングランド、スコットランド、ウェールズ)との間に事実上の国境が誕生してしまう。

 加えて、英国のメイ政権は、保守党単独では下院の過半数を有しておらず、北アイルランドの右派政党である民主統一党(DUP)の協力のもとで政権が維持されている状況にある。DUPは、北アイルランドのみがEUの単一市場・関税同盟に残留するような案には強く反発している。北アイルランドの英国からの切り離しに近いからである。そのため、メイ首相がこの選択を行うことへの政治的ハードルは極めて高い。

 また、これまでのところ、保守党内でのいわゆる「メイおろし」の動きはほとんど見られないものの、北アイルランドのみ、ないし英国全土が単一市場・関税同盟に残留といった提案がなされる場合には、強硬離脱派の反発は急激に高まり、政権基盤は一気に流動化する可能性がある。アイルランド国境問題は、英内政にも直結するがゆえに、メイ政権としても容易には動けないのである。

 他方で、こうした事態を受け、穏健離脱派の間では、北アイルランドのみを単一市場・関税同盟に残留させ、英国の国家としての一体性が損なわれるよりは、英全土を単一市場・関税同盟に残留させるべきであるとの議論が活発になっている。上述(2)を諦めるとの選択肢である。これは2017年の時点でメイ政権によって明確に否定されたが、アイルランド国境問題をきっかけに再浮上した。与党保守党内にもこの方向を支持する議員は一定数存在するため、下院における議論の行方から目が離せない。

離脱後のEU・英国関係は・・・

 国際的視点からやはり焦点となるのは、離脱後のEU・英国関係、なかでも特に経済関係の行方である。これについては、単一市場・関税同盟への残留が否定される以上は、何らかの形の自由貿易協定(FTA)になるものとみられるが、具体的な中身や枠組みの行方は依然として不透明である。英国側は、自国の国力に鑑みても、既存のモデルの適用ではなく、特別な(bespoke)枠組みが必要になるとの立場を繰り返し訴えている※6。

 EU側でも、英国の特殊性、EUにとっての重要性に鑑み、従来の事例にとらわれない制度構築に応じるべきだとの見解が存在する。しかし、人の自由移動や欧州司法裁判所(ECJ)の管轄権の拒否、独自の規制権限の確立などの英国のいわゆる「レッドライン(譲れない要求)」を踏まえれば、可能な形態が限定されてしまうのが現実である。

 これは、EU側が「見せしめ」のために英国に意地悪をしている結果ではない。非加盟国が、加盟国としての義務を果たさずに、加盟国と同様の利益を享受することができないのは当然であるし、単一市場が正常に機能するためには、統一的な規制が必要であり、その履行にECJが一切関与しないことは考えにくい。結局、EU側としては英国のレッドラインを踏まえたものを提案する他ないのである※7。この意味でもやはりボールは英国側にあるといわざるを得ない。

 以下の図は、離脱交渉のバルニエEU側首席交渉官が2017年12月の欧州理事会に説明のために提示したものである。英国の要求を踏まえれば、カナダや韓国との関係のようなものになる他ないとの結論が示されている。将来のEUと英国との関係が、ウクライナやトルコとの関係より下位になり兼ねないとの評価は、英国のみならずEUにとっても衝撃的だったであろう。FTA締結もできない場合は、WTO(世界貿易機関)のルールが適用されることになる。

EUと各国との関係の事例(バルニエ首席交渉官の図)※8

EUと各国との関係の事例

EUと各国との関係の事例(表)

EUと各国との関係の事例 

(上記図をもとに筆者作成)

 それぞれのシナリオにおける経済的影響の試算は、さまざまな研究機関が行ってきたが、2018年に入って、政府が秘密裏に行ったインパクト評価の結果がリークされた。内容が暫定的且つ機微であるとして、議会においても、コピーや写真撮影を禁止して議員に開示されたものだったが、全文がリークされ、その後、公開要求に抗しきれなくなった政府が公開した※9。

 これによると、今後15年間のGDP成長を踏まえたうえで、ノルウェーのようなEEA(欧州経済地域)への参加に準じる枠組みの場合で、GDPへの影響の中央値がマイナス1.6%(マイナス0.6-2.6%)、FTA締結で同マイナス4.8%(マイナス3.1-6.6%)、WTOシナリオでマイナス7.7%(マイナス5.0-10.3%)となるなど、いずれも厳しい数字が示された。

離脱方針の撤回は非現実的

 いかなるシナリオにおいても経済的には損失であることは、政府関係者や専門家の間では以前から常識だったが、政治的にも覆い隠せない状況になったのだといえる。そうであれば、英国はEU離脱を思いとどまる、すなわち離脱の決定を撤回するのではないかとの期待を、英国内のEU残留派や日本を含めた諸外国が有するのは自然なことである。しかし、それはもはや非現実的である。この点を確認しておきたい。

 第1に、EU離脱派の論点はそもそも経済的利益の追求ではなかった。一部において、EUへの拠出金が問題にされ、その分を国民保険サービス(NHS)に回すとの主張もあったが、経済的な損得勘定よりも、移民規制や主権といった象徴的価値が上位に置かれたのが国民投票結果であった。つまり、経済的損失の見通しは、この段階になって離脱を思いとどまる理由としてはやはり弱いのである。

 第2に、たとえ英国のEU離脱意思の撤回が法的に可能であり、英国以外のEU27カ国が合意し、英国がEUに残留したと仮定しても、英国がEUにおいて従来享受していたさまざまな特別待遇――EU予算の還付(リベート)、単一通貨ユーロや社会政策などに関する適用除外(オプトアウト)など――を失うことになるのはほぼ確実である。そうだとすれば、従来よりも悪い条件での加盟であり、英国においてそれが政治的に受け入れられる余地はほとんどないだろう。離脱交渉での交渉結果の方がまだ受け入れやすいのではないか。

 第3のハードルは、国民投票の否定し難い民主的正当性である。国民投票の際に残留派だったエリート層の多くは、「国民投票で決まってしまったのだから仕方ない」、「あとは粛々と進めるのみである」と、すでに現実を受入れている。やせ我慢しつつ、しかし運命を淡々と受け入れる姿は「英国的」なのかもしれない。

 論理的に唯一考えられるEU離脱撤回のシナリオは、離脱撤回を訴えて主要政党が選挙に勝利し、新たな政府が再度の国民投票を実施することである。しかし、保守党・労働党の双方が党内で分裂している状況では現実的にあり得ないし、その前に時間切れになってしまうだろう。2019年3月29日をもって英国はEUから正式に離脱し、その後の移行期間も2020年末までになる方向である。

 また、昨今メディアなどで言及される2回目の国民投票(second referendum)は、EU離脱交渉の結果、すなわち離脱条件の受け入れの是非を問うものと想定されることが多い。しかし、離脱協定・離脱条件の否決が何を意味するかは不明である。離脱協定なしの離脱になるとすれば、それは考えられるなかで最もハードな離脱になってしまう。他方で、離脱協定の否決がEU残留を意味するとも考えにくい。そうであれば、第2国民投票とは、離脱交渉でよりよい条件を獲得するためのバーゲニング手段という理解が現実に最も近いのかもしれない。

 ただし、EU離脱自体の撤回はなかったとしても、本稿でも触れたように、アイルランド国境問題の進展次第では、英国全土を単一市場ないし関税同盟にとどめることが必要との議論が本格的に再燃する可能性は皆無ではない。いわゆる「ソフト離脱」派の最後の希望は、この点に存在しているといえる。

 いずれにしても、交渉にあたる英国側の要請は、離脱に伴う経済的損失を最小化しつつ、「離脱は離脱」として象徴的な部分を確保するというものであり、その範囲内で、EUと英国の間で折り合える地点を探す作業がいましばらく続くということである。

脚注

  1. “Draft Agreement on the withdrawal of the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland from the European Union and the European Atomic Energy Community highlighting the progress made (coloured version) in the negotiation round with the UK of 16-19 March 2018,” TF50 (2018)35 – Commission to EU27, Brussels, 19 March 2018.
  2. “Joint report from the negotiators of the European Union and the United Kingdom Government on progress during phase 1 of negotiations under Article 50 TEU on the United Kingdom's orderly withdrawal from the European Union,” TF50 (2017)19 – Commission to EU27, Brussels, 8 December 2017.
  3. “Norway’s border shows the problems Brexit could create in Ireland,” The Economist, 22 February 2018.
  4. “A letter fro Prime Minister Theresa May to President Donald Tusk,” 10 Downing Street, London, 19 March 2018.
  5. John Springford, “Theresa May’s Irish Trilemma,” Insight, Centre for European Reform, 7 March 2018.
  6. 例えば、“PM speech on our future economic partnership with the European Union,” London, 2 March 2018 を参照。
  7. これらの点は関連するEU側文書で繰り返し指摘されている。最新のものとしては、例えば以下を参照。“European Council (Art. 50) – Guidelines,” EUCO XT 20001/18, Brussels, 23 March 2018.
  8. “Slide presented by Michel Barnier, European Commission Chief Negotiator, to the Heads of State and Government at the European Council (Article 50) on 15 December 2017,” TF50 (2017)21 – Commission to EU27, Brussels, 19 December 2017.
  9. “What the UK’s Brexit impact assessments say,” Financial Times, 9 February 2018. 報告書全文は、“EU Exit Analysis: Cross Government Briefing (Draft Analytical Thinking with Preliminary Results),” House of Commons Exiting the European Union Committee, London, January 2018.