ネルー主義への回帰か?
私たちのG20の優先事項は、G20加盟国とだけでなく、しばしばその声が無視されてきたグローバルサウスの仲間との協議によって決める[1]。
インドネシアからG20議長国を引き継いだ2022年12月1日、インドのモディ首相は現地有力誌に寄稿し、このように述べた。そして年が明けた2023年1月12、13日、インド政府は、「グローバルサウスの声サミット」と題する途上国間の会合をオンライン形式で主催した。
ネルーやインディラ・ガンディーらが率いた冷戦期のインドは「非同盟運動」を主導し、途上国のリーダーを自認した。ところが近年のインド外交では、日米など西側先進国との関係強化に力が注がれる一方、途上国との連帯は概して軽んじられてきた。とりわけモディ政権発足後は、非同盟諸国首脳会議にも首相自身が出席せず、副大統領を代理として送るなど、その傾向が顕著になった。さらにカシミール問題や中国との国境問題をめぐって、モディ政権と与党インド人民党は、「ネルーの失政」を厳しく糾弾し、現政権はそれを正常化しようとしているのだといった主張を展開してきた[2]。
そうしたことを踏まえれば、「グローバルサウスとの連帯」を強調する、このところのモディ首相の言動は奇異に映るかもしれない。まるで、インドを途上国の盟主と位置づけたネルー主義に回帰したかのようだとも指摘される[3]。なにがあったのだろうか?
「グローバルサウスの声サミット」:西側との溝、合理を追求するインド
インドのクワトラ外務次官は、今回のサミット開催はG20議長国としてどう臨むかについての、冒頭で引用したモディ首相の意向に沿うものだとし、インドが途上国世界の擁護者であり続けてきたことを強調した[4]。
サミットとは称したものの、文字通りの首脳会合は最初と最後のセッションのみで、残りの8セッションは閣僚級で開催された。参加国はすべて合わせれば125カ国に上るというものの、どの国も一部のセッションに参加するにとどまり、共同宣言などもなく、実態としては小規模な意見交換だったとみるべきだろう。インド政府はどの国に招待状を出したかは明らかにしていないが、中国、パキスタン、アフガニスタンはいずれのセッションにも参加していない[5]。
バングラデシュ、カンボジア、ベトナム、タイ、モンゴルなど、10カ国の首脳が加わった初日の首脳会合でモディ首相は、新型コロナや、気候変動、テロ、ウクライナ戦争に言及し、「グローバルな課題のほとんどはグローバルサウスが生み出したものではないが、私たちのほうがその影響を強く被っている」として、先進国のせいで途上国が苦しめられているという問題意識を強調した。さらに、「解決策の探究についても、私たちの役割と声が重んじられていない」と不満を表明した。そこで、グローバルサウスが結束して現行の不平等な政治経済ガバナンスを作り変えようと呼びかけた。そのうえで、G20議長国として、「皆さんの声はインドの声であり、皆さんの優先事項がインドの優先事項になる」と、グローバルサウスの代弁者としてふるまう決意を示した[6]。
2日目の外相会合でも、ジャイシャンカル外相が、債務問題やウクライナ戦争に伴う燃料、食糧、肥料の価格高騰などグローバルサウスが直面する諸問題を取り上げ、「いくつかの大国が自分たちの利益だけに焦点を当てている」と非難した。またウクライナ戦争に対するインドの中立姿勢については、「グローバルサウスはつねに中道路線をとってきた」として、かつての非同盟運動を想起させつつ、各国に理解と同調を求めた[7]。
ロシアを非難し、制裁を強化するともに、ウクライナへの軍事支援を増強する西側と、戦争長期化による経済的困窮を問題視するグローバルサウスとの溝は深まっている。インド自身も西側の制裁に加わらず、原油や肥料をロシアから購入することで、なんとかしのいでいる。そうしたことを考えれば、自らをグローバルサウスの一員だと強調するのは、兵器や地政学の見地から、ロシアとの戦略的関係を放棄できないインド[8]としては、きわめて理にかなった行動といえるのである。
問われる今後の行動:世界大国を目指すか途上国の側に立ち続けるか?
1月26日には恒例のインド共和国記念日の式典が開催された。この2年間は新型コロナの影響で見送られたが、式典には毎年、海外から首脳が主賓として招かれる。今年の主賓はエジプトのシシ大統領であった。インドでは、エジプトといえば、ユーゴスラビア、インドネシア、ガーナとともに、非同盟運動の共同創設国として記憶されている。当時の大統領ナセルは、ネルーの盟友であった。そのエジプトから主賓を招いたというのは、非同盟運動時代の絆をもとに、グローバルサウスへの関与を強化しようというモディ政権の意思のあらわれとみられる[9]。首脳会談後の共同声明では、非同盟運動に言及し、創設時の価値を大事にすることを確認した。そのうえで、G20にエジプトを招待国として招き、ともにグローバルサウスの利益と優先事項を重視していくことで一致した[10]。
グローバルサウスとの連帯を強調するモディ政権の路線は、とくに国内の旧世代の外交官や研究者から支持されているようだ。ただ、問題は、それがインドの世界大国化の野望と矛盾しないかという点である[11]。2022年8月の独立記念日演説でモディ首相は、「今後25年で先進国入り」という目標を掲げた[12]。それでもインドはグローバルサウスの側に立ち、グローバルサウスの利益を擁護し続けるのだろうか?
G20議長国として、インドが先進国とグローバルサウスとの橋渡しの役割を果たせるのかがその試金石になるかもしれない。
(2023/02/08)
*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
India has Started to Emphasize the “Global South”
脚注
- 1 Narendra Modi, “India’s G20 Agenda Will Be Inclusive, Ambitious, Action-oriented, and Decisive,” The Hindu, December 1, 2022.
- 2 たとえば “Amit Shah Credits Modi for ‘resolving’ J&K Mess Left by Nehru,” The Hindu, October 13, 2022.; “This Isn’t Nehru’s, but Modi’s New India: BJP after Rahul’s Remarks on Chinese Threat,” The Hindu, December 17, 2022.
- 3 Seema Guha, “Energising India’s Constituency of the Global South,” Outlook, January 13, 2023.
- 4 Shubhajit Roy, “India to Virtually Host Voice of Global South Summit, 120 Countries to Be Invited,” Indian Express, January 7, 2023.
- 5 Ministry of External Affairs, “Summary of Deliberations: Voice of Global South Summit 2023,” January 13, 2023.
- 6 Ministry of External Affairs, “Prime Minister Shri Narendra Modi’s Opening Remarks at the Inaugural Leaders’ Session of Voice of Global South Summit 2023,” January 12, 2023.
- 7 Ministry of External Affairs, “Opening Remarks by External Affairs Minister, Dr. S. Jaishankar at the Foreign Ministers’ Session on G20 of the Voice of Global South Summit,” January 13, 2023.
- 8 伊藤融「『盟友』ロシアのウクライナ侵攻に苦悩するインド」国際ネットワーク分析IINA、2022年3月24日。
- 9 Suhasini Haidar, “In President Sisi Visit, India and Egypt Look to Rekindle Non-aligned Era Ties,” The Hindu, January 25, 2023.
- 10 Ministry of External Affairs, “India-Egypt Joint Statement during the State Visit of the President of Egypt to India,” January 26, 2023.
- 11 Vivek Katju, “Global South Expects Results,” The Tribune, January 18, 2023.
- 12 “Independence Day: PM Modi Sets ‘Panch Pran’ Target for Next 25 Years,” Indian Express, August 15, 2022.