5月24日、対面では2回目、オンラインを含めれば4回目となる日米豪印(クアッド)首脳会合が東京で開催された。ロシアによるウクライナ侵攻開始以来、ロシアを明確に非難し、経済制裁を続ける日米豪と、あらゆる場で「中立」の立場を変えず、制裁にも加わろうとないインドとの間では溝が深まっていた。日米豪は個別に、また3月3日のオンラインでのクアッド首脳会合においても、インドの説得を試みたがいずれも徒労に終わった[1]。

 そればかりか、インドはその後もロシア産原油を割引価格で購入するなど、対ロ経済制裁の「抜け穴」まで作る一方、世界的な食糧危機が懸念されるなか、国内への供給を優先して小麦輸出を規制することを発表した。露骨なまでに国益を追求するインドに米国がいら立ちを強めたのは当然である。日本でも、ムンバイの国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の備蓄倉庫から避難民支援のための物資を運ぶ自衛隊機の受け入れが、ロシアへの配慮のために「閣僚レベル」で拒否されたとのニュースが報じられ、日印関係やクアッドの危機ではないかという見方まで出ていた[2]。

「インド太平洋」の経済連携を主張したインドのIPEF参加表明

 首脳会合の冒頭、インドのモディ首相はクアッドでの協調分野として、ワクチン、気候変動、サプライチェーン強靭化、災害対応、経済協力を挙げる一方で、ウクライナ情勢については一切言及しなかった[3]。インドにとってクアッドは元来、「インド太平洋」地域における中国の影響力拡大に対して、自由や民主主義の価値を共有する4カ国が政治・経済的な連携を強める枠組みの「はず」であった。それは2021年9月に米英豪が立ち上げたAUKUSのような軍事同盟ではなく、非軍事的に中国を牽制するものとして期待されていた[4]。ところが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、クアッドでもロシア問題に焦点が当てられるようになる。ロシアという伝統的なパートナーを失いたくないインドは難しい状況に追い込まれた[5]。今回のモディ首相の発言からは、クアッドを「インド太平洋」における中国に対抗する非軍事的枠組みに戻したいという意思が窺えよう。

 バイデン米大統領肝いりの「インド太平洋枠組み(IPEF)」の発足式にモディ首相が出席したのも同様の文脈から理解できる。インドは直前までIPEFについて態度を明言しておらず、とくにデジタル経済を含む貿易分野に関しては米国主導の枠組みで拘束されることに抵抗感があるとも伝えられていた[6]。しかし結局、IPEFの「4本柱」すべてではなく各国が参加したい分野を選べるようになるとともに、「交渉のための議論」から開始することになったため、参加を断る理由はなくなった。発足式でモディ首相が強調したのは、IPEFが「包摂的で柔軟性のある」ものになるよう働きかける決意と、インドとしてはとくにサプライチェーン強靭化の柱を重視するという点であった[7]。モディ政権は「自立したインド」を目指すとしながらも、コロナ禍の2021年の対中貿易額(ほとんどが輸入額)は過去最高に達した[8]。脱中国のサプライチェーン構築はモディ政権の最優先の政策課題として位置づけられているものと思われる。

 他方で、インドではIPEFにそれほど期待をかけているようにもみえない。ブルー・ドット・ネットワークなど、米主導のこれまでのイニシアティブが何ら進展をみせていないなかでは、本当にバイデン政権に意思があるのか、そしてIPEFが具体化するかどうか疑問視する向きもある[9]。

インドとの「見解の相違」を認めた日米豪

 訪日前には、モディ首相がロシア問題であらためて日米豪から責め立てられ、孤立するのではないかとの危惧も一部にはあったが、まったくの杞憂に終わった[10]。日米豪の首脳がこの問題でインドを追い込むことを避けたのは、会合後に発表された共同声明をみれば明らかである。

 たしかに岸田首相は記者会見で、「インドも参加する形で、ウクライナでの悲惨な紛争について懸念を表明」したと、議長国として会合の成果を強調してみせた[11]。共同声明には「国際法及び全ての国家の主権と領土一体性の尊重」といった表現も盛り込まれてはいる[12]。しかしながら、前回、3月3日のオンライン首脳会合時においても「ロシア」に言及しない一方で「ウクライナ」の紛争や人道的危機といった点は指摘されていたし[13]、軍事侵攻開始直後の国連安保理でのロシア非難決議案をインドが「棄権」した際の「投票説明」においても国際法、各国の主権と領土一体性の尊重というというフレーズは使用されていた[14]。すなわち、今回の首脳会合でインドがこの問題に関して日米豪の立場に「近づいた」とはいいがたい。

 むしろ今回の首脳会合の成果を一言で表現するならば、4首脳がウクライナの紛争と人道的危機に対する「それぞれの対応について議論」し、インドとの見解の相違を認め合ったこと、そのうえでロシア問題を「脇に置いて」、中国を意識したクアッド強化の方向性に揺るぎはないことを確認した、ということであろう。

経済連携が実行に移されるかがカギ

 では、どのようにクアッドを強化しようというのか。今回、その具体的取り組みとして新たに盛り込まれた事項のうち、とくに注目すべきなのは、「インド太平洋」における経済連携の強化である。共同声明内に設けられた「インフラ」の項目では、今後5年間で500億ドル以上のインフラ支援・投資目標が掲げられ、中国の「一帯一路」への代替策として地域内各国にアピールする姿勢が明確になっている。

 さらに中国による「債務の罠」を念頭に、「パンデミックにより悪化した債務問題に対処する」と宣言した点も重要である。この点ではとくに、クアッド首脳会合直後に開かれたモディ首相と岸田首相の個別会談で、スリランカ経済危機への対処での連携を確認したことが注目される[15]。スリランカでは2021年、日印が受注することになっていたコロンボ港東ターミナル開発計画が中国企業に変更されるなど[16]、中国の影響力拡大が日印双方にとって頭の痛い問題となってきた。しかし、経済危機で国民の不満が爆発するなか、スリランカのゴタバヤ・ラージャパクサ大統領は、「親中派」として知られる兄のマヒンダ・ラージャパクサ首相を更迭し、「親印・欧米派」の野党党首、ウィクラマシンハを首相に任命してデフォルト状態からの脱却を図ろうとしている。ウィクラマシンハ新首相は早速、「民主化の旗手」としてインドや欧米でも評価の高いモルディブのモハメド・ナシード国会議長と連絡を取り、彼を海外支援獲得の「コーディネーター」に指名し、クアッドに対しても支援の中心的役割を担ってもらいたいというメッセージを発していた[17]。今回の共同声明と日印首脳会談で、債務問題への取り組みが取り上げられたのはこうした展開が背景にあると考えられる[18]。

 IPEFの発足を含め、東京での一連の会合において、日米豪印首脳は中国を意識した経済連携強化に一致点を見出した。日米豪としても、ロシア問題では一致できないとしても、より大きな中国の挑戦を考えれば、インドを手放すわけにはいかない。モディ首相としては、自らの思惑通りと評価していることであろう。

 とはいえ、問題はこれからである。インフラと債務をめぐる問題は、スリランカを筆頭にインド周辺国の多くの喫緊の課題であり、サプライチェーン強靭化も中国とロシア情勢の悪化のなかで迅速な対処が求められている。今回の合意が実際に履行されるかどうかが今後もクアッドが意味をもつのかどうかのカギとなろう。

(2022/06/16)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
India has drawn the Quad back to economic partnerships countervailing China: its diplomatic successes and issues going forward

脚注

  1. 1 伊藤融「「盟友」ロシアのウクライナ侵攻に苦悩するインド」『国際情報ネットワーク分析IINA』2022年3月3月24日。
  2. 2 『毎日新聞』2022年4月23日朝刊。『読売新聞』2022年4月27日朝刊。
  3. 3 Ministry of External Affairs, “English Translation of Opening Remarks by Prime Minister Shri Narendra Modi at Quad Leaders’ Summit,” May 24, 2022.
  4. 4 インドのシャングリラ外務次官は、クアッドはAUKUSのような「安全保障同盟」ではなく、非軍事的な連携だと明言した。Ministry of External Affairs, “Transcript of Foreign Secretary's special briefing on Prime Minister's visit to USA,” Sep.21, 2021.2021年10月に訪印したシャーマン国務副長官も、クアッドは軍事・防衛の枠組みではなく、「ソフト」な問題に焦点があると述べていた。Suhasini Haidar, “U.S. outlines a softer focus for Quad,” The Hindu, Oct.11, 2021.
  5. 5 伊藤融、前掲論文。
  6. 6 Dipanjan Roy Chaudhury, “Joe Biden set to launch Indo-Pacific economic plan; seeks big role for India,” The Economic Times, May 19, 2022.
  7. 7 Ministry of External Affairs, “English Translation of Remarks by Prime Minister Shri Narendra Modi at the Announcement of Indo-Pacific Economic Framework,” May 23, 2022.
  8. 8 “India-China trade grows to record $125 billion in 2021 despite tensions,” Business Standard, Jan.14, 2022.
  9. 9 “Caution and clarity: On the U.S.-led Indo-Pacific Economic Framework for Prosperity,” The Hindu, May 25,2022.
  10. 10 Rajiv Bhatia, “Deepening strategic commitment,” The Hindu, May 30, 2022.
  11. 11 首相官邸「日米豪印首脳会合 議長国記者会見」2022年5月24日。
  12. 12 外務省「日米豪印首脳会合共同声明」2022年5月24日。
  13. 13 首相官邸「日米豪印首脳テレビ会議共同発表」2022年3月3日。
  14. 14 Permanent Mission of India to the UN, “Statement by Ambassador T.S. Tirumurti, Permanent Representative of India to the United Nations: Explanation of Vote,” February 25,2022.
  15. 15 外務省「日印首脳会談」2022年5月22日。
  16. 16 花田亮輔「スリランカ、中国企業に港湾開発発注 日印協力から変更」『日本経済新聞』2121年11月25日。
  17. 17 Meera Srinivasan, “Ranil Wickremesinghe ropes in ex-Maldives President to ‘coordinate’ foreign aid for crisis-hit Sri Lanka,” The Hindu, May 19, 2022.
  18. 18 日本からの帰国後すぐ、モディ首相はスリランカに隣接するタミル・ナードゥ州を訪問し、スリランカ支援の決意を表明した(India will support democracy, stability in Sri Lanka: PM Modi, The Hindu, May 26,2022)。他方、スリランカのゴタバヤ・ラージャパクサ大統領も、日本経済新聞主催の国際会議「アジアの未来」で、国際通貨基金(IMF)のプログラム開始までのつなぎ融資として日本への期待を表明した(『日本経済新聞』2022年5月27日朝刊)。