オーストラリア元首相・外相のケビン・ラッド著『The Avoidable War: The Dangers of a Catastrophic Conflict Between the US and Xi Jinping's China(避けられる戦争:米中間にみる破滅的対立の危機)』は、オーストラリア、米国、そして世界各地で繰り広げられる米中間競争に関する活発な議論について論じている[1]。ラッドがかつて母国で要職を務め、ニューヨークのアジア・ソサエティ理事長(CEO)という新たな立場で戦略的議論に関して今も精力的に執筆活動を行っていることを踏まえれば、約10年前に出版されたオーストラリア国立大学(ANU)教授(で元国防省高官でもある)ヒュー・ホワイトによる議論を呼んだ著書『The China Choice: Why We Should Share Power(アメリカが中国を選ぶ日: 覇権国なきアジアの命運)[2]』同様、本書は議論の在り方に一定の影響を与える可能性がある。こうした文脈において、日本の読者向けにラッドの主張を取り上げることは有用である。そうすることで、特別な戦略的パートナーシップにある日豪間の議論を形成する可能性があるからだ[3]。

 本書評では、同書の内容・構成、その主な貢献・主張を概説した後、分析的批評を行う。

 『避けられる戦争』は17の章と序論、結論から構成されている(特段記載のない場合、いずれもKindle版からの引用)。第1章では米中関係史が概説されており、続いて競争する大国間の「不信の問題」を巡る背景に関する章が続く。次いで第3章では、その後の10の章(第4章~第13章)の骨格となる、本書の主な構成枠組みを紹介している。この枠組みは10個の「同心円」の形を取っており、ラッドはそれを習近平中国共産党(CCP)総書記の世界観を理解するためのプリズムとして用いている。

 予想されるとおり、同心円は習近平の内面にある政治姿勢から次第に地域的、そしてグローバルな領域へと放射状に広がっていく。10個の同心円の順序は、(1)「権力維持の政治」、(2)「国の結束の確保」、(3)「経済的繁栄の確保」、(4)「環境面での経済発展における持続可能性実現」、(5)「軍の近代化」、(6)「中国に隣接する地域の管理」、(7)「中国の周辺海域の安全確保―西太平洋、インド太平洋、クアッド(QUAD)」、(8)「西進―一帯一路構想」、(9)「ヨーロッパ、アフリカ、ラテンアメリカにおける中国の影響力拡大と北極圏における足掛かりの確保」、そして最後に(10)「ルールに基づく世界秩序の変更」となっている。

 その後、第16章「危ない橋を渡る10年」では、結果が楽観的なものから悲観的なものに至るまで、一連のシナリオに基づく「米中関係の異なる未来」について検討している。最終章では、米中双方が望まぬ戦争を回避するための最善の手法とラッドが見なしている、「管理された戦略的競争(Managed Strategic Competition)」に基づく将来の関係を追求すべきとの同氏の主張が展開されている。

 基本的に、本書は米中間で現在繰り広げられている戦略的競争の性質について、ラッドが有する多くの洞察を提供するとともに、その中で、日豪といった米国の最も緊密な同盟国を含む第三国にとって、この競争が何の予兆となり得るのかについて示唆している。ラッドが明らかにするように、本書は、相いれない戦略目標と深刻な相互不信に根差した競争の危険性に関する教訓を提示している。これは、さきに出版されたグレアム・アリソンによる影響力のある著書『Destined for War: Can America and China Escape Thucydides's Trap?(米中戦争前夜――新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ)』に当然通ずるものがある。アリソンも同書で、既存の覇権国である米国と、台頭する挑戦者である中国との間で紛争が生起する可能性について警告している[4]。

 ラッドは、習近平政権の世界観の体系的分析を通じて、なぜ危険度が増したと考えるのか、そしてこれがいかに米国の戦略的利益と衝突するのかを説明している。本書の中で、ラッドはこの世界観について理路整然と議論を展開するとともに、鋭い分析を行っており、中国に関する造詣と豊富な外交経験(読者はそのことを頻繁に気付かされるのだが)を踏まえた有益な所見を本書の全編を通して提供している。二つの対立する超大国間の悲惨な紛争を防ぐためには、両国が「たとえ相互抑止により継続的競争が激化した状態であっても、相手方の戦略的思考への理解を深め、米中が競争的に共存可能な世界を概念化する必要がある」とラッドは結論付けている。このような折り合いが、本書の締めくくりとなるラッドの「管理された戦略的競争」の概念を支えているのである。

 特に優れている点は、ラッドが前述の「同心円」を用いて本書を構成したことである。これにより、政策概要的なプレゼンテーションのように、読者にとってとっつきやすくなっている。実際、本書には学術的なてらいがなく(ラッドは習近平の政策をテーマに博士号を取得している)、脚注もない(出典をたどったり、より詳しく探求したりする人にとっては残念なことであるが)。

 だが興味深いのは、習近平の世界観の様々な側面を図式化するためにこの同心円を用いることは、大筋において、学術的理論(や政策決定の形成・理解に影響を与える理論)と整合的なことである。バリー・ブザン、オーレ・ヴェーヴァ、ヤープ・デ・ワイルドによる「安全保障化」の概念は、政策課題がしばしば「安全保障」の問題として位置付けられる仕組みへの理解を助けるとともに、「経済安全保障」の重視を含め、国益を巡る認識が地域の戦略的競争の中でより顕在化する中、現実世界の政策問題に一段と共鳴し、応用することができる[5]。ラッドによれば、中国が直面しているあらゆる課題について、習近平自身が「完全な安全保障」のレンズを通して見ているのは明らかだという。

 環境に関する第7章(「第4の円」)を例にとろう。同章では、習近平が環境を「安全保障」の問題として見なしていることが記載されている。中国や世界が取り組んでいる気候変動の課題は、国内の環境を一層悪化させ、経済成長を阻害する場合、国家安全保障に影響を及ぼす。中国国内における地域の環境問題や、過去数年に起きた環境を理由とする数多くの抗議活動が象徴するように、環境問題が政情不安を引き起こす可能性があるという観点から、環境は中国共産党にとって国内政治の安全保障問題にもなっている。このように、ラッドは習近平が「党に対し環境の持続可能性を自身の取り組みにおける重要な要素とするよう強要」していることを指摘する。ラッドがいわゆる「非伝統的安全保障」(NTS)の問題を重視していることは、同氏が首相時代の一時期、気候変動を「現代において最大の道徳的課題」と表したことを踏まえれば驚くに当たらない。しかし、ラッドはそれほど重要だと主張したものの、それに見合った形でオーストラリアの国内政策を実際に転換することにおいてはさほど成功しなかった。

 全体的に、本書の内容は中国に対峙する上での問題や、これらの問題のうちどれだけが中国の競争相手である米国との関係を形成するかについて、総合的な理解を一層深める上で役に立つ。ラッドによる分析には多くの興味深い側面があるが、紙幅の制約から、最も鋭い2つの所見について言及するにとどめたい。

 第一に、中国の経済力は強みであるとともに潜在的な弱みでもあるとラッドは指摘している(そのため「経済安全保障」の問題(第6章)がある)。中国の経済力は世界各地で大きな影響力をもたらしてきたが、成長率は鈍化しつつあり、体制と国内の安定に影響を及ぼす可能性がある。中国共産党による統治の正統性は、政治における代表性を犠牲にする代わりに国民に資産をもたらすという暗黙の契約に基づいているからだ。成長が失速すれば国内で政治的反発が高まるかもしれない。ラッドによれば、これにより経済が習近平の、そして体制の「アキレス腱」になる。しかも、習近平が「マルクス主義的ナショナリスト」的気質を備え、経済面での資質に欠けていることを踏まえれば、市場経済や(脅威となる)起業家階級の台頭よりも安全保障、政治の安定、経済的平等を優先する習近平の「新発展理念」は、将来的に成長を制約し、中国共産党が避けようとしているまさにその問題を引き起こすおそれがある。

 第二に、既存の国際秩序に対する中国のアプローチはもう一つの喫緊の懸念事項であり、この点において、米中両政府の相互不信は抑えられなくなっている(第15章)。ラッドは、米国が戦後期・冷戦期に構築した既存の世界秩序に従うだろうという同国側の期待に中国が反発していることを指摘している。中国は大国へと台頭する過程でこのような秩序から恩恵を受けてきたが、(一帯一路構想や上海協力機構に代表されるように)その秩序をねじ曲げ、部分的には自国の価値観や国益に基づいた新秩序に作り替えるための様々な計画を明らかにしている。

 その上、米国のモンロー・ドクトリンの中国版を東アジアに構築しようとする同国の取り組みは、米国が同地域の同盟国、特に日本を支持していることに鑑みれば、米国にとって受け入れられるものではない。その結果、中国政府は至る所でアジアにおける米国の同盟システムの弱体化を図り、ハブアンドスポーク・システムを「冷戦的考え方」だとして非難してきた。米国は、そのような試みや、その根底にある権威主義的価値観を、自由な国際秩序に対する深刻な脅威と見なしている。

 本書は最後に「管理された戦略的競争」を追求するよう主張しているが、ラッドがかつて首相在任中に「仲介者」のような役割を果たそうとしたことを知っている読者にとっては驚きではないだろう。ラッドは米中両国に精通していることを生かして、「創造的なミドルパワー外交」を実行しようとした。こうした取り組みとしては、両国政府に対する自発的な周旋や、「アジア太平洋コミュニティ」の構築という、最終的には失敗した地域的戦略が挙げられる[6]。この思い切った取り組みの成功度を測ることは難しい。というのも、ラッドは中国政府に対しては「諍友(zhengyou)」(「忠告する友人」)の役割を果たそうとした一方で、ウィキリークスによると、米国政府に対しては中国による主張という挑戦を正面から抑え込むよう内々に強く求めていたためである。

 ラッドは、現代において恐らく最も重要な戦略的課題の一つについて執筆した。その知識に裏付けられた著作は間違いなく歓迎すべき一石であり、多くの思考の糧を与えてくれる。しかし、想定読者層の反応を確かめるのは難しい。一般読者や戦略アナリストを除いて、ラッドの主張は米中両政府の政策決定関係者の間で多くの関心を引くだろうか。その点は不明であるが、ジョン・ミアシャイマーの『Tragedy of Great Power Politics(大国政治の悲劇)』同様、ラッドによる相いれない対話者に関する説明から示唆されるのは、両超大国は徐々に紛争に向かう可能性の方が高いかもしれない、ということだ[7]。この点に関連し、ラッドは後書きで、両国に対し、そのような紛争に伴う相互損失の可能性((恐らく日豪を含めた)地域の軍人や、大規模な戦争がエスカレートし核兵器の応酬を伴うようになった場合には民間人さえも含まれる)について思いを致すよう、理性的な呼び掛けを行っている。ぞっとさせられる締めくくりである。

(2022/09/26)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
Averting a Sino-American Conflict: A Review of Kevin Rudd’s The Avoidable War

脚注

  1. 1 Kevin Rudd, The Avoidable War: The Dangers of a Catastrophic Conflict Between the US and Xi Jinping's China, Hachette Australia, 2022.
  2. 2 Hugh White, The China Choice: Why We Should Share Power, Oxford University Press, 2013.
  3. 3 トーマス・ウィルキンズ「日豪が円滑化協定(RAA)に署名:『特別な戦略的パートナーシップ』の強化」国際情報ネットワーク分析IINA、2022年2月21日。
  4. 4 Graham Allison, Destined for War: Can America and China Escape Thucydides's Trap?, Mariner Books, 2018.
  5. 5 Barry Buzan, Ole Wæver, and Jaap De Wilde, Security: A New Framework for Analysis, Lynne Rienner Publishers, 1998.
  6. 6 Thomas Wilkins, ‘Australia and middle power approaches to Asia-Pacific regionalism,’ Australian Journal of Political Science, Vol. 52, No. 1, 2017, pp. 110–125.
  7. 7 John Mearsheimer and Glenn Alterman. The Tragedy of Great Power Politics, WW Norton & Company, 2001; John Mearsheimer, “The inevitable rivalry: America, China, and the tragedy of great-power politics,” Foreign Affairs. Vol. 100, No.6, November/December, 2021.