はじめに

 近年、AI(人工知能)産業の発展やデータセンターの拡大により、世界的に電力需要の増加が予想される一方、各国とも温室効果ガスの排出削減を目的とした脱炭素化への取り組みを迫られている。こうした中、原子力エネルギーが再生可能エネルギーと並び、温室効果ガスの大半を占める二酸化炭素(CO2)を排出しないクリーンエネルギーとして、重要性を帯びてきた。世界有数の原発大国であるフランスは、1970年代より原子力発電を柱としたエネルギー安全保障戦略を策定してきた。フランスの原子力産業は現在、ウクライナ危機下においても存在感を示し、周辺の欧州諸国や米国のエネルギー政策を支える存在になりつつある。他方、発電用燃料ウランの主要輸入先であるニジェールでの政変が、フランスへのウラン供給を不安定化させている。

 本稿では、フランスの原子力産業がウクライナ危機下で欧米諸国のエネルギー政策に寄与している点について考察し、不透明になりつつあるニジェール産ウラン調達の行方を検討する。

フランスの原子力政策

 フランスは戦後、原子力発電を軸としたエネルギー政策を追求してきた。発電比率に占める原子力の割合は、1970年時の3%から1980年中頃には70%まで上昇した。以後、原子力発電はフランスでコストが安く、昼夜を問わず安定的に発電できる電力源(ベースロード電源)としての役割を担ってきた。

 フランスが原子力技術を発展させた背景には、核兵器保有という軍事的側面と、産業育成という経済的側面があった。第五共和政下(1958年10月発足)のド・ゴール政権は1960年、アルジェリアのサハラ砂漠で初の核実験を実施し、フランスは米国・ソ連・英国に次ぐ、4番目の核保有国となった。核武装の過程で、プルトニウム製造やウラン濃縮を研究する部署の設置や生産・再処理工場の建設が行われた。ド・ゴール政権は核兵器を単なる軍事戦略上の手段としてのみならず、民生用原子力の活用によって国家の自主性を維持できる手段として捉えていた[1]。そして、フランスは国際的競争力をそなえ、技術的に自立した産業の保護・育成を目指し、1960年代より原子力産業の発展に注力した[2]。

 2023年末時点、フランスでは56基の原子炉が商業運転し、これは米国(93基)に次ぐ、世界第2位の規模である[3]。原子力由来の発電量は、総発電量の63%の320テラワット時(TWh)に達した(図1)。マクロン現政権もド・ゴール政権と同様に、原子力発電を軸とした自立的なエネルギー政策の構築を図っている。マクロン大統領は就任当初、オランド前政権が2015年に制定した「グリーン成長に向けたエネルギー移行法」[4]を踏襲する形で、2035年までに原発依存度を50%まで引き下げ、14の原子炉の廃炉を表明していた[5]。そして実際、2020年にフェッセンハイム原発1~2号機の廃炉措置を実行した。しかし2022年2月、原子力エネルギーの重要性を再認識して方針転換を行い、6~14基の原子炉を新設するとともに、全ての原子炉の運転期間を50年以上に延長する方針を発表した[6]。

図1:フランスの電源別の発電電力量の推移

出典:フランス・エコロジー移行・地域結束省の報告書をもとに筆者作成[7]

欧米のエネルギー政策を支えるフランス

 フランスの原子力産業は、①電力輸出、②原発の運営・建設、③濃縮ウランの供給の観点から、周辺の欧州諸国や米国のエネルギー政策を支えている。まず、フランスは原子力産業の発展により、ヨーロッパ有数の電力輸出国としての地位を築いた。フランスは送電線網の接続に有利な地理的位置にあり、周辺諸国(イタリア、英国、スイス、スペイン、ドイツ、ベルギー)と約50の送電線でつながっている[8]。フランスから周辺諸国への電力輸出量は2023年に77TWhを記録し[9]、欧州最大の輸出規模となった[10]。

 次に、フランス企業が英国やベルギーで原発を所有・運転している。英国では、フランス電力(EDF)子会社のEDFエナジー社が2009年に英原発事業者のブリティッシュ・エナジー社を買収し、英国の原子力産業に参入した。現在、ヘイシャム原発1~2号機、トーネス原発、ハートルプール原発、サイズウェルB原発で計8つの原子炉を稼働させている[11]。同じくベルギーでも、フランスのエンジー社が傘下企業を通じて、ドール原発1~2号機及び4号機と、ティアンジュ原発1号機及び3号機で、計5つの原子炉を管理している[12]。原発の建設では、フィンランドのオルキルオト原発3号機は、仏原子力メーカーのフラマトム社が設計し、フランス原子力会社のアレヴァ社(再編・統合を経て、現社名はオラノ社)によって建設された。

 そして、フランスはウラン濃縮技術を生かし、燃料供給国としての強みも持つ。採掘された天然ウランは濃縮加工を経て、発電用燃料に使用されるが、これには高度な技術が必要となる。オラノ社の年間濃縮能力は2022年に世界シェアで12%に当たる750万SWU(ウラン濃縮に必要な仕事量を表す分離作業単位)を記録した[13]。フランスで生産された濃縮ウランは、EDFやエンジー社が国内外で管理する原発に供給されるほか、2023年には米国にも輸出された(図2)。

図2:米国商業炉の運営事業者による国別の濃縮ウラン購入量(2023年)

出典:米エネルギー省の報告書をもとに筆者作成[14]

 ただ、ウラン濃縮分野で存在感を示すのは、ロシアである。ロシア企業の年間濃縮能力は2022年に世界シェアで44%(2,710万SWU)に達し、ロシアが濃縮ウラン市場で欧米諸国を圧倒している。こうした燃料調達の事情により、ウクライナ危機下でも、欧米諸国はロシアの原子力産業への制裁に踏み切れずにいた。

 しかし、米国のバイデン政権は2024年5月にロシア産ウラン輸入禁止法に署名し、ロシア産濃縮ウランの輸入禁止に踏み切った[15]。これを受け、ロシアも対抗措置として、11月15日に米国への濃縮ウラン禁輸を発表した[16]。ウラン貿易をめぐって米ロが対立する中、フランスは米国向け濃縮ウランの追加供給に動き出している。オラノ社は9月、テネシー州オークリッジで最新鋭の遠心分離機を擁したウラン濃縮施設を建設する計画を発表した[17]。また、同社米国法人のオラノ・フェデラル・サービシズ社は10月、米国エネルギー省(DOE)から、次世代原子炉の燃料として必要な高純度低濃縮ウラン(HALEU)の供給体制を米国内で確立するためのパートナー企業に選定された[18]。

不透明になりつつあるニジェール産ウランの調達

 以上のように、フランスは自国だけでなく、欧米諸国の原発の運転にも大きく関与している。この点から、各国の原子炉を安定的に稼働させるには、フランスは燃料となるウランを継続的に確保し、供給する必要がある。フランスは過去に自国でウランを採掘でき、ウラン生産量は1988年のピーク時に3,394トンを記録した。しかし、埋蔵量が次第に枯渇して鉱山が閉鎖した結果、2000年代初頭以降、フランスの原発で使用されるウランは、国内で濃縮されたものであっても、全て輸入されたものである[19]。ウラン輸入先は2022年、カザフスタンが第1位(総輸入量の37%)となり、次いでニジェール(20%)、ナミビア(16%)、オーストラリア(14%)、ウズベキスタン(13%)の順となった。

図3:フランスのウラン輸入相手国(2022年)

出典:ル・モンド紙の報道をもとに筆者作成[20]

 しかし2023年以降、フランスが1970年代から資源開発を主導してきたニジェールからのウラン調達に支障が生じている。その背景には、ニジェールで同年7月の軍事クーデターにより、反仏路線の軍事政権が発足したことがある。ニジェール軍事政権はフランスとの対決姿勢を強め、フランスとの軍事協力協定を破棄した。当時フランスはイスラーム過激派対策のため、ニジェールに兵士を駐留させていたが、軍事協力の停止を受け、2023年12月にニジェール駐留部隊を完全撤収させるとともに、2024年1月に在ニジェール仏大使館を閉鎖した。

 ニジェールでの政変は、オラノ社のウラン生産活動にも悪影響を及ぼした。まず、ニジェール軍事政権の正統性を認めない西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)加盟国ベナンとニジェール間の国境が閉鎖したことで、オラノ社は内陸国ニジェールで生産したウランを、ベナンの輸出港まで輸送できなくなった。次に、ニジェール軍事政権が2024年6月、オラノ社が開発を計画していた世界最大級のイモウレン鉱山での採掘許可を取り消した。そして10月、オラノ社は国境封鎖の長期化によるオラノ保有の現地企業の財政悪化を理由に、ニジェールで唯一の生産拠点であったアルリト鉱山での活動を停止せざるを得なくなった[21]。これにより、フランスは今後、ニジェールのウラン生産に一切関与できなくなる可能性が出てきた。

ニジェール産ウランの重要性

 フランスにとってニジェール産ウランは、現時点でロシアが資源開発に関与していない点で重要性が高い。ニジェールのウラン権益を持つ国は、フランスやスペイン、中国、韓国である。一方のロシアは2010年頃より、世界各地のウラン権益を囲い込んできた[22]。また、ウランの代替調達先であるカザフスタンやウズベキスタンは内陸国で、ウラン輸出時にロシアとの協力を必要とする場面がある点から、ロシアが欧州・中央アジア間のウラン供給網を間接的に握っていると言える。ロシアがとりわけウクライナ危機下でエネルギー供給を外交上のカードとして利用してきたことを踏まえると、フランスがウラン開発に直接関与し、ロシアを迂回してウランを調達できるニジェールは、ウラン供給国としての重要な役割を担っていた[23]。

 ロシアはこの数年、反仏感情に傾く地域情勢に乗じて、仏語圏アフリカ諸国に進出し、影響力の拡大や経済利権の獲得を目指してきた。仏軍に続き、2024年9月に米軍を追い出した[24]、ニジェール軍事政権にも接近している。ブルームバーグは今年6月、ロシア在住者からの情報をもとに、ロシア国営原子力会社のロスアトム社が、オラノ社のニジェール保有資産の取得について、ニジェール軍事政権と接触していると報じた[25]。8月には、サヘル地域(マリやブルキナファソ、ニジェール)で活動するアルカイダ系勢力がロシア企業に雇われた地質学者2人を誘拐した事件[26]から、ロシアがニジェールの鉱物資源に関する調査を進めていることが明らかとなった。

 ウラン産出国の数が限られる中、ロシアがニジェールのウラン権益をも握るとなれば、フランスをはじめ欧米諸国が原子力市場でロシアへの依存を強める可能性がある。その場合、ウクライナ危機下でロシアの戦費につながる資源収入を断つという目的で開始された、エネルギー面での脱ロシア政策が頓挫する恐れがあり、欧米諸国はロシアとのエネルギー関係を維持せざるを得ないだろう。

(2024/12/05)

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
France’s Nuclear Power Industry Makes Its Presence Felt During the Ukraine Crisis ― Energy Cooperation with Europe and the United States and the Future of the Procurement of Uranium from Niger

脚注

  1. 1 セジン、トプシュ(斎藤かぐみ訳)『核エネルギー大国フランス:「統治」の視座から』エディション・エフ、2019年、31頁。
  2. 2 熊倉修『フランスの経済発展と公企業:フランス電力公社の成長と構造変化』 芦書房、2009年、119頁。
  3. 3 “Nuclear Power Reactors in the World 2024 Edition,” International Atomic Energy Agency (IAEA), July 2024, p.8.
  4. 4 “Loi du 17 août 2015 relative à la transition énergétique pour la croissance verte,” Vie-publique.fr, August 18, 2015.
  5. 5 “Déclaration de M. Emmanuel Macron, Président de la République, sur la stratégie et la méthode pour la transition écologique, Paris le 27 novembre 2018,” Vie-publique.fr, November 27, 2018.
  6. 6 “Déclaration de M. Emmanuel Macron, président de la République, sur la politique de l'énergie, à Belfort le 10 février 2022,” Vie-publique.fr, February 10, 2022.
  7. 7 “Chiffres clés de l’énergie 2024 Edition,” Ministère de la Transition Écologique et de la Cohésion des Territoires, September 2024, p.68.
  8. 8 Julie Renson Mique, “Electricité: avec quels pays la France est-elle interconnectée?” L’Express, November 26, 2022.
  9. 9 “Chiffres clés de l’énergie 2024 Edition,” Ministère de la Transition Écologique et de la Cohésion des Territoires, September 2024, p.71.
  10. 10 “France tops Europe’s net power export chart,” Power Engineering International, February 6, 2024.
  11. 11 “Nuclear power stations in the UK,” EDF, accessed November 24, 2024.
  12. 12 “Nuclear energy,” Engie, accessed November 24, 2024.
  13. 13 “Uranium Enrichment,” World Nuclear Association, November 19, 2024.
  14. 14 “Uranium Marketing Annual Report 2023,” EIA: U.S. Department of Energy, June 2024, p.45.
  15. 15 ロシア産ウラン輸入禁止法(H.R. 1042)では、2024年8月12日よりロシア産ウラン製品の米国への輸入が禁止される一方、2028年1月1日までは米国務省及び商務省と協議した上で、エネルギー省による免除手続きが可能となった。“Prohibiting Imports of Uranium Products from the Russian Federation,” U.S. Department of State, May 14, 2024.
  16. 16 “Russia restricts enriched uranium exports to the United States,” Reuters, November 16, 2024.
  17. 17 “Project Ike Enrichment,” Orano, September 4, 2024.
  18. 18 “Biden-Harris Administration Announces Four Contracts to Boost Domestic HALEU Supply and Reinforce America’s Nuclear Energy Leadership as Part of Investing in America Agenda,” U.S. Department of Energy, October 17, 2024.
  19. 19 Pierre Breteau, “L’indépendance énergétique de la France grâce au nucléaire: un tour de passe-passe statistique,” Le Monde, February 21, 2022.
  20. 20 Assma Maad, “A quel point la France est-elle dépendante de l’uranium nigérien?” Le Monde, August 4, 2023.
  21. 21 Salimata Koné and Marie Toulemonde, “L’uranium nigérien entre dans l’ère post-Orano,” Jeune Afrique, October 25, 2024.
  22. 22 拙稿「世界への影響力を保つロシアの原子力産業:なぜ欧州は制裁できないのか?」国際情報ネットワーク分析IINA、2023年5月24日。
  23. 23 ニジェール産ウランは民生部門に比べて、軍事部門での需要が多いとの指摘がある。多くの国が生産したウランの軍事利用に制限を設けているのに対し、ニジェール産ウランは「自由利用」のカテゴリーに該当するため、フランスは軍事用ウランの供給をニジェールに特に依存してきたとされる。Rémi Carayol and Olivier Blamangin, “L’uranium nigérien au service de la « grandeur » de la France,” Afrique XXI, September 26, 2024.
  24. 24 “U.S. Withdrawal from Niger completed,” United States Africa Command, September 16, 2024.
  25. 25 “Russia Is Said to Seek French-Held Uranium Assets in Niger,” Bloomberg, June 3, 2024.
  26. 26 “Russia says it is working to free Niger hostages,” Reuters, August 10, 2024.