2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、欧州は対ロシア制裁を段階的に強化し、エネルギー面でのロシア依存の脱却を図っている。一方、ロシアの原子力産業はEUの制裁対象となっておらず、依然として国際原子力市場で影響力を保持している。またロシアは積極的に原発を輸出し、世界各地でロシア製原発の建設が相次いでいる。本稿は、欧州がロシアの原子力産業への制裁に踏み切れない理由と、欧米からの経済制裁にもかかわらずロシアがウラン濃縮や原発輸出という巨大な原子力産業により、世界に強い影響力を維持している現状について考察する。

EUの対ロシア制裁

 欧州とロシアのエネルギー関係は、両地域間のガスパイプライン建設が本格化した1980年代まで遡り、欧州各国はエネルギー価格を抑制するため、安価なロシア産化石燃料を多く輸入してきた。その結果、ウクライナ侵攻前の2021年時、欧州連合(EU)域外からの化石燃料輸入先でロシアが1位となり、石炭が全体の45%、天然ガスが36%、石油製品が28%のシェアを占めた[1]。特に、ロシア産ガスへの依存が顕著となり、ロシアと地理的に近い北欧や東欧だけでなく、西欧のドイツ(総輸入の約60%)やフランス(約24%)、南欧のイタリア(約38%)でも依存度の高まりが見られた[2]。

 ロシア産化石燃料が必要不可欠となっていた中、欧州はロシアの戦費につながる資金の流れを断つため、対ロシア制裁に着手した。EU独自としては、2022年2月以降、主にロシアの金融・エネルギー部門を対象とした制裁パッケージを採択してきた。金融面は、金融取引の制限や外貨準備の凍結、世界各国の銀行・金融機関を結ぶ国際決済システムSWIFTからロシアの排除を行った。エネルギー面は、2022年4月のロシア産石炭の禁輸を皮切りに、同年12月より海上輸送による原油を、2023年2月より石油製品の輸入を禁止した[3]。他方、天然ガスの扱いについては、全面的な禁輸に至っていないものの、2022年7月に EU 加盟国はロシアからのガス輸入抑制を目的に、ガス消費量を自主的に15%削減することに合意した。

制裁を逃れるロシアの原子力産業

 ロシアの基幹産業である石油・ガス産業への国際的な包囲網が強まる一方、ロシアの原子力産業はEUの制裁対象外である。これに対し、ドイツのハベック経済・気候保護相は2023年4月、対ロシア制裁の中で原子力産業がまだ優遇されているという事実は正当化できないと述べ、EUの新たな制裁パッケージに原子力部門を含めるよう働きかけていることを明かした[4]。ただ、EUの制裁には全ての加盟国の同意が必要となり、ロシア製原発を擁するハンガリーはロシアの原子力産業に対するいかなる制裁も反対している[5]。

 ロシアの原子力産業はプーチン政権による積極的な原子力外交により、原発輸出分野で存在感を増している。原子力産業は1986年のチェルノブイリ原発事故を機に、事業規模が縮小傾向にあったが、プーチン政権下で台頭した原子力エリートと呼ばれる集団が同産業の再興を目指した[6]。彼らの活発なロビー活動に応える形で、プーチン大統領はロシア国内で原子力発電所の新設を再開させるとともに、原子力分野における国際ビジネスを推し進めた。

 ロシアの原子力外交を牽引するのが、2007年誕生の国営原子力企業「ロスアトム(ROSATOM)」である。ロシア連邦原子力庁を母体とするロスアトムは、民生と軍事の両方を含む原子力分野での全ての活動を統括し、原発の開発・運営、ウランの濃縮加工、廃棄物の処理、原発の海外展開までを一貫して担っている[7]。ロスアトムの海外事業収益は2021年に約90億ドルにのぼり[8]、同社は現在、中国やインド、トルコ、エジプト、バングラデシュなど11か国から34基の原子炉建設を受注している[9]。

ロシアのウラン濃縮技術に頼る欧州

 加えて、ロシアは原子力発電用燃料であるウランの数少ない生産国である。ソ連時代より核兵器計画のためのウラン採掘を進め、ロシアのウラン生産量は2022年に世界の総生産量4万8888トンのうち2508トンを記録し、世界シェアで5%を占めた[10]。一方、隣国カザフスタンが最大のウラン産出国[11](生産量2万1227トン、シェア43%)であるため、ロシアは豊富なカザフスタン産ウランの確保に努めている。ロスアトムが経営権を握るカナダ企業「ウラニウム・ワン (Uranium One)」はカザフスタン企業「カザトムプロム (Kazatomprom)」との共同事業を通じてカザフスタンのウラン生産に関与しており、生産されたウランはロシアに供給され、濃縮されている[12]。

 また、ロシアは発電用燃料に加工するためのウラン濃縮技術に長けており、ロシア企業全体の濃縮能力は2020年に世界シェアで46%に達した[13]。ロシアは濃縮技術の強みを原発輸出時に最大限に活用している。ロシアの原発建設契約は通常、長期燃料供給契約を含む「フルサービス契約」であるため、ロシア製原発を導入した国はロシアから燃料供給を受ける流れとなる。

 ウランが世界的に希少な資源であり、ウラン濃縮技術を持つ国が限られる中、ロシアが供給するウランは、欧州でも重宝されている。2021年、EUのロシアからのウラン輸入は全体の20%を占め、ウラン転換及び濃縮サービスはそれぞれ25%と31%を記録した[14]。こうした燃料調達の事情により、ウクライナ危機下でも欧州はロシアの原子力産業を容易に制裁できない。

 注目すべき点は、世界有数の原発大国であるフランスもロシアからの燃料供給を積極的に受けていることである。2022年、フランスがロシアの濃縮ウランの輸入を前年比で3倍に増やし、ロシアはフランスの原子力発電所を1年間稼働させるのに必要な濃縮ウランの3分の1を供給したとの指摘がある[15]。フランス・ロシアの原子力関係は冷戦期に構築され、ロスアトムは、フランスで原発を運営する国営電力会社「EDF(Electricite de France)」と深い繋がりをもっている。たとえば、EDFの子会社「フラマトム (Framatome)」がハンガリーにあるロシア製原発に安全制御システムを納入するなど[16]、原発輸出分野でも両社の協力関係が際立つ。

 EU主要国フランスがロシアとのエネルギー関係を維持している状況に対し、ウクライナのガルシェンコ・エネルギー相は2023年3月、フランス政府は国営企業にロスアトムとの関係を断つように促す道徳的義務があると述べた。またロシアの原子力産業と関係する全てEU加盟国にも関係を断つことを求めた[17]。

原発輸出を通じたロシアの影響力

 欧州がロシアの原子力産業への制裁に踏み切れない中、ロシア製原発を導入する国々は今後も増えると予想される。現在、多くの国々が国内で急増する電力需要に対応しながら、温室効果ガスの排出削減を目的した脱炭素化への取り組みを余儀なくされている。この点より、少量の燃料で安価に発電ができ、温室効果ガスの大半を占める二酸化炭素を排出しない原子力発電所の役割が注目されている。しかし、ロシア製原発の導入に伴うロシア依存度の高まりは、ロシアが政治的影響力を行使するための土台となる恐れがある。

 ロシアは建設費が高額な原発事業において、政府融資を通じて費用の大部分を肩代わりしている。ただ、バングラデシュやエジプトへの融資は返済期間が30年前後の長期にわたり、ロシアの政府融資が将来的な財政負担につながっている。この先、債務危機が生じ、ロシアへの債務返済が滞る事態となれば、ロシアが債権国として、政治的影響力を握る可能性も考えられる[18]。

 また最近では、ロシアが国際決済システムSWIFTから締め出された影響が債務返済にも及び、ロシアへのドル建て支払いに支障が生じている。こうした状況を受け、バングラデシュ政府は、中国が2015年に導入した人民元による国際銀行間決済システム(CIPS)を利用し、ロシアに人民元建てで返済することを決定した[19]。このようなバングラデシュの動きを踏まえると、他のロシア製原発導入国もロシアへの返済通貨をドルから人民元に切り替える可能性がある。つまりロシアの原子力産業を通じての世界への影響力が、人民元の世界的な浸透を促し、中露関係の結びつきを深め、両国の世界への影響力を強めているという現状を見逃してはいけないだろう。

(2023/5/24)

脚注

  1. 1 “EU trade with Russia - latest developments,” Eurostat, April 2023.
  2. 2 “National Reliance on Russian Fossil Fuel Imports,” International Energy Agency, April 2023.
  3. 3 “Ukraine: EU agrees on eighth package of sanctions against Russia,” European Commission, October 6, 2022.
  4. 4 “Germany pushes for nuclear energy EU sanctions in next package,” Reuters, April 17, 2023.
  5. 5 Jason Hovet, Gergely Szakacs, “Sanctions on nuclear energy would harm Hungary's interests, minister says,” Reuters, February 22, 2023.
  6. 6 市川浩『ソ連核開発全史』ちくま新書、2022年、204頁。
  7. 7 藤井晴雄・西條秦博『原子力大国ロシア』東洋書店、2012年、17頁。
  8. 8 Performance of State Atomic Energy Corporation ROSATOM in 2021, ROSATOM, September 2022, p.238.
  9. 9 ROSATOM, “For journalists.”
  10. 10 “World Uranium Mining Production,” World Nuclear Association, May 2023.
  11. 11 Ibid., 他の主なウラン生産国は、カナダ(世界シェア15%)やナミビア(11%)、オーストラリア(8%)、ウズベキスタン(7%)、ニジェール(4%)などである。
  12. 12 “Uranium and Nuclear Power in Kazakhstan,” World Nuclear Association, December 2022.
  13. 13 “Uranium Enrichment,” World Nuclear Association, October 2022.
  14. 14 Euratom Supply Agency Annual Report 2021, Euratom Supply Agency, August 2022, p.21, p.24
  15. 15 [INVESTIGATION] Le nucléaire français sous emprise russe, Greenpeace France, mars 11, 2023, p.8.
  16. 16 Jean-Baptiste Chastand, Adrien Pécout, Philippe Ricard, “Hongrie : la France prête à participer au projet de centrale nucléaire du russe Rosatom,” Le Monde, avril 27, 2023.
  17. 17 Victor Jack, “French-Russian nuclear relations turn radioactive,” Politico, April 20, 2023.
  18. 18 Samuel M. Hickey, Salaheddin Malkawi, Ayman Khalil, “Nuclear power in the Middle East: Financing and geopolitics in the state: nuclear power programs of Turkey, Egypt, Jordan and the United Arab Emirates,” Energy Research and Social Science 74, April 2021, pp.5-6.
  19. 19 Anant Gupta and Azad Majumder, “Bangladesh to pay off Russian nuclear plant loan in Chinese currency,” The Washington Post, April 17, 2023.